ある孤児院の事情……寄り道するのはお約束。
「うーん、平和だよなぁ?」
「平和ですねぇ……。」
俺達は今、クラリス領の領都の中央に位置する広場にいる。
帝国を出てから、情報収集を兼ねて辺境の街から領都を目指してやってきたのだが、ここに来るまでの村や街では「領都が戦争状態になっていて、物資が足らないから税が上がった。」と言うようなことを耳にした。
農民や町民たちはこぞって「俺達が安心して暮らせるのも、領主様が敵を引き付けていてくれるお陰だから、多少税が高くても我慢だよ。」と言っていたが、その身なりからして、決して楽な状況ではないことが見て取れた。
帝国は攻めていないから、マスティルかミランダと争っているのかと、そしてクリスはそれに巻き込まれているのではないかと考えていたんだが……。
「平和だな。」
「平和ですねぇ。」
何度目になるか分からない呟きをお互いに漏らす。
目の前で威勢のいい声を張り上げて野菜を売っている男、焼き串を売っている屋台にはそれなりの行列が出来ている。
アクセサリーを並べている店の前では、カップルがイチャイチャしている……どう見ても戦争をしている街には見えない。
「ちょっとお腹すきましたねぇ。」
「そうだな、何か適当に買うか。」
俺は手近な屋台に行き、リブ焼きとガレットを頼む。
「ちょっと時間かかるけどいいかい?」
「あぁ、構わんよ。」
店の親父にそう答えながら周りを見回す。
さっきからこちらを見ている視線が気になっていたのだ。
「あの子達だよ……。」
リディアも気になっていたのか、小声で教えてくれる。
リディアが指し示す方を見ると、子供たちが数人こちらを凝視している。
年のころは4歳ぐらいの幼い子から10~12歳ぐらいの子まで、男女取り混ぜて物欲しそうにこちらを見ている。
「旦那、目を合わせないほうがいいですぜ。」
店の親父がリブを焼きながら俺にそう言ってくる。
「あの子達は?」
「近くに住む孤児たちですよ。ああして、客の捨てた食い残しを漁ったり、恵んでもらえるのを待ってるんでさぁ。儂らもどうにかしてやりたいとは思うけど、あれだけの人数を毎日はねぇ。」
「ねぇ、シンジさん……。」
「おっと、嬢ちゃんよしなよ。」
リディアが俺に何かを訴えようとしているのを親父が止める。
「同情だけならよしなよ。明日以降もずっと面倒見れるわけじゃないんだろ?」
親父の言葉にリディアが黙り込む。
つらそうな表情だ……リディアのこんな表情は見たくないんだけどな。
その場限りの同情でも、それで救われることだってある。
俺はその事をよく知っている……だから親父に追加注文をしようとすると、リディアに袖を引っ張られる。
「シンジさん、あれ。」
リディアの声につられてそちらを見ると、ガラの悪そうな男が三人、孤児の中の年かさの女の子を囲んでいた。
男たちは女の子と何やら話をすると、腕を引っ張ってどこかへ連れて行こうとしている。
他の子供たちがそれを止めようとするが、女の子が子供達を止める。
そして、二言三言幼い子供たちに話すと、男たちについて歩いて行ってしまった。
「マズいですよねぇ?」
「あぁ、たぶんな。」
「ほっときな、たぶん身売りだろう。この辺りじゃよくある事だよ。」
店の親父はそう言うが、手元が細かく震えている所から、本心からの言葉じゃないのだとわかる。
「お節介な性質なんで……肉は焼けたら置いといてくれ、後で取りに来る。」
俺はそう言うとリディアと共に男たちが去っていった方へ走り出す。
金は先払いだったので、最悪親父には迷惑を掛けないだろう。
◇
「イヤっ、やめてっ。」
路地裏から女の子の声が聞こえる。
「へっへっへ……今更イヤじゃないだろ。」
一人の男が少女を羽交い絞めにして拘束する。
そしてその前に立った男の手が、少女の胸元を掴み、一気に衣類を引き裂く。
「イヤぁッ――――!」
少女のまだ熟しきっていない果実が露わになる。
必死になって隠そうとするが拘束されているので、身をよじるのが精一杯だ。
その様子が男たちの欲望に火を付ける。
「ヒャッハー!中々のモンじゃねえか。」
「あのガキどもを食わせてやりたいんだろ。だったら大人しくしな。」
男の言葉に少女は大人しくなるが、男の手が胸に伸びると「ひぃっ」と軽く悲鳴を上げて身をよじった。
「リディア!」
俺が声をかけるとリディアは既に魔法を発動させるところだった。
「分かってるよぉ。ボディでしょ……『岩の礫』!!」
人の頭位から拳サイズまで大小様々な大きさの岩が男たちを襲う。
普通に投げたのではありえない軌道を描いて、男たちの腹や背中に無数の岩がぶつかる。
その衝撃で拘束から逃れた少女は、胸を隠すようにしてその場にしゃがみ込む。
俺は少女に駆け寄り『無限収納』から上着を取り出し、少女にかけてやる。
「あ、あなたは……。」
「大丈夫ですかぁ。」
俺が少女に応える前に、リディアが割込んでくる。
まるで俺と少女を引き離すかのように。
岩の嵐はいつの間にか収まっていて、地面には無残な姿の男たちが転がっている。
衣服はボロボロだが、顔には傷一つついていない。
「そういう意味じゃないんだが……。」
俺は苦笑しながら男たちから金目の物を剥ぎ取る。
……碌に持っていない。
「大丈夫か?」
男たちをゴミ箱に放り込んだ後、俺は改めて少女に向かう。
「えっと、やり過ぎ?」
リディアに抱きかかえられ落ち着いた様子の少女がそんな事を言ってくる……若干顔が引きつっているみたいだ。
「いや、君みたいな少女の肌を触ったんだからこれでも安い位だろ?」
俺がそう言うと少女は真っ赤になって俯いてしまった。
「シンジさん、セクハラですぅ。」
リディアが冷たい視線を向けてくる。
えっ?今のって俺が悪いの?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの子、マリアって言ってたっけ。
私はシンジさんに言われて、親父さんの屋台へ向かっている所……何でも子供たちに食べさせてあげるんだって。
私が残ってシンジさんが買いに行けば?って言ったんだけど、マリアって子が、ギュっとシンジさんの袖を引っ張るのを見て、それ以上言うのをやめたの。
アレは……ヤバそう……シンジさんはホントに女の子ホイホイなんだから。
っと、一応連絡入れておかないとね。
『……リディアどうしたの?』
通信機の向こうからエルちゃんの声が聞こえる。
「ん、シンジさんがまたやった……今度は愛人候補。とりあえず今は一人だけど最終的にはもっと増えるかも。」
『どういう事!詳しくっ!』
「今は時間が無いから簡単に言うけど、ニナやニコラたちと同じパターンですぅ。」
『……あぁ、そういう事……仕方がないわね。夜にでもゆっくり説明して頂戴。』
そう言って通信が切れる。
流石エルちゃん、あれだけですべてを理解してもらえたみたい。
シンジさんが孤児院出身だって事は以前聞いたことがあるけど、あのシンジさんの様子はそれだけじゃないよね。
シンジさんはその孤児院で理不尽な目に沢山あっていて、特にまわりの女の子が理不尽に傷つけられるのを止めることが出来なかったって言ってたってエルちゃんから聞いたことがある。
だからシンジさんは理不尽な暴力によって女の子が傷付くのを見るとすぐにキレる……まぁ、それで助けられた方が堕ちるって言うのはチョロすぎぃって思わなくもないんだけどね。
たぶん、あのマリアって子も堕ちかけている……いや、多分落ちるんだろうなぁ。
ホント気苦労が多いよぉ。
正直、私は孤児たちの立場や辛さなんか、本当の意味では分からない。
だけど、シンジさんが助けたいと思うなら、全力で助ける。
それがシンジさんの嫁としての第一優先事項なのです。
だから買い物だって全力ですぅ。
「おじちゃん、ありったけくださいな。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ゆっくり食べろよ。まだまだあるからな。」
そう、本当にまだまだあるのだ……まさかリディアが屋台の在庫全てを買ってくるとは思いもよらなかった。
「あの……シンジ……様?本当によろしいのですか?」
少女……マリアがためらいがちにそう聞いてくる。
「気にしなくていいよ、シンジさんはマリアちゃんの笑顔が見たいだけなんだから。」
横からリディアが口をはさむ。
「でも、シンジさんはこう言う事しちゃだめだからねっ。」
そう言ってリディアはマリアの背中から抱きつき、スリスリと頬を摺り寄せる。
「きゃっ!」
いきなりの事で驚いたマリアの手からガレットが滑り落ちる……が、地面スレスレで受け止めることに成功する。
「危ないだろ。」
俺はリディアに注意しながらマリアにガレットを返す。
そして、他の子どもたちが、そんな俺達の事を見つめているのに気づく。
「ん?どうしたお前達。食べないのか?」
俺がそう聞くと、一人の男の子が意を決して持って帰りたいと言い出した。
話を聞いてみれば、ここにいない子供がまだ孤児院にはいるという。
そんな子達に分けてあげたいそうだ。
「いいぞ、お土産もあるし、孤児院に案内してくれ。」
俺がそう言うと子供たちは大はしゃぎだ。
「よろしいのでしょうか?」
そんな子供たちを眺めながらマリアがおずおずと聞いてくる。
「あぁ、院長にも話を聞きたいしな。」
グランベルクの制度では、孤児院には国と領主から補助金が出ているはずだ。
だから贅沢をしなければ、少なくとも子供たちが飢えることは無い筈……だけど、現実にはこうして飢えた子供たちがいる……どういうことか話を聞いておかないとな。
◇
「お待たせしました。私がこの孤児院の院長を務めておりますテレサと申します。それでこちらが助手のケイトです。」
そう言って丁寧な挨拶をしてきたのは、年の頃は40ぐらいの女性だった。
気苦労が絶えないのだろう、頭にはちらほらと白いものが混ざり始めていた。
「それで子爵様、今日はどういったご用件で?」
普段使っていない……と言うかすっかり忘れていた感のある爵位を示したのには訳がある。
この孤児院の現状を調べさせろと一介の冒険者が言っても断られるのがオチだが、貴族からの命令であれば逆らう事は出来ないだろうという目論見だ……本当はこういう事はしたくないんだが、これも子供たちの為と思って我慢している。
「いや、街であの子達が物乞いの真似事をしているのが気になって……。」
「大変申し訳ありません、どうか、どうかお許しを……。」
いきなり土下座を始めるテレサさんとケイトさん。
「いや、落ち着いて。ほら椅子に座り直してください。」
根気よく説得を続けると、二人はようやく椅子に座り直してくれた。
「大変申し訳ありません。実は補助金が打ち切られてからと言うものの、孤児院の経営は立ち行かなくなり、あの子達に負担を強いてしまっています。それでも何とか食べさせて入るのですが……。」
テレサさんの声がだんだん小さくなる。
「まぁ、それはいいんですが、どういうことか事情を知りたくなりましてね、申し訳ないですが帳簿を見せてもらえますか?」
「ハイ、……ケイトお願いね。」
テレサさんに言われて、ケイトさんが立ち上がる。
しばらくしてケイトさんが戻ってくる
手には1冊の帳簿が……俺はそれを見せてもらう。
つけているのはテレサさんだろう……性格の几帳面さがその字にも表れている。
帳簿を見ているとある時期を境に補助金の額が減っている事に気づく……丁度、このクラリス領が独立宣言をしたころだ。
ある意味仕方がないとはいえ、2ヶ月もしない内に領主からの補助金が半額以下になり、ここ2ヶ月は補助金が無い。
「補助金打ち切りについて何か説明がありましたか?」
「いえ、何も……ただ戦争だから、と。」
俺の質問にテレサさんは力なく応える。
「それは領主様から?」
「えぇ、領主様の名代であるジャスワート伯爵様が直接いらして……。」
「成程な……。」
「あの、子爵様、戦争はどのような状態なのでしょうか?この国の貴族の方々は心配ないとおっしゃるだけで何も教えてくれません。……せめてカチュア様の安否だけでも知りたいのです。」
「えぇ、カチュア様は幼いころ領主様が見初めて、この孤児院から養子と言う形で身請けしていただいたのです。以前はよく顔を出してくれていたのですが、ある日を境にぱったりと姿を現さなくなって……何か事件に巻き込まれているのではないかと心配で……。」
「そうか、この後、領主様に会う予定もあるから、聞いておくよ。」
俺はそう言って会話を終え、広間で食事をとっている子供たちを見る。
「子供たちの笑顔……なくしたくないよな。」
「えぇ、その通りですわ。」
俺の呟きにテレサさんが応える。
「取りあえずは……食糧庫に案内してくれるか?」
俺とリディアはケイトさんの案内で食糧庫に行く。
そこは食料を腐らせないために少しひんやりとしていた……これなら大丈夫か。
俺は『無限収納』から、オーク肉を始めとした魔物肉の山を食糧庫一杯に詰める。
ウルフ肉は硬くて普通の包丁で調理するのは難しいので、それ用の包丁も数本出しておく。
横では、リディアがテレサさんとリディアさんにウルフ肉の調理法を説明していた。
「取りあえず1ヶ月程度なら持つと思う。1ヶ月もすれば状況が変わると思うが、もしやっていけそうにもないと思ったらサウシュの街へ移住するといい。サウシュの守備隊にこの紹介状を見せれば、後は全て取り計らってくれるから。」
俺はそう言って紹介状をテレサさんに渡す。
「どうして、ここまでしてくださるのですか?」
テレサさんが訝し気に聞いてくる。
まぁ、見ず知らずの貴族がなんの下心もなしにここまでするはずもなく、警戒して当然だろう。
「言っただろ、子供たちの笑顔をなくしたくないって。」
俺が本心からそう言ったのに信じてもらえなかったようだ。
「シンジさんは孤児院出身ですから。」
しかし、リディアがテレサさん達にこっそりと伝えると、テレサさん達は納得してくれたようだった。
……まぁ、いいけどね。
「取りあえず、領主に会って問い詰めないとな。」
孤児院を出て、歩きながらリディアに言う。
「そうですねぇ……でもクリスさんの事も忘れちゃだめですよ?」
「あっ……。」
「あっ、って何ですか?あっ、て。」
「いや、忘れてないよ。クリス心配だなぁ、あはは……。」
「忘れてたぁ?」
「忘れてナイヨ?」
「視線が泳いでますよ?」
「夏だからな、視線だって泳ぎたくなるだろ?」
「……まだ春ですよ?」
「さぁ、今日の宿はどうするかなぁ。」
「誤魔化しましたね?今誤魔化しましたよねぇ?」
「気の所為じゃない?」
「うふっ、今夜たっぷりと可愛がってくれたら、忘れちゃうかもぉ……ですよ?」
「なんの話かなぁ?」
「あー酷いですぅ!」
紅く染まる夕陽が、じゃれ合う俺達をの顔を赤く染め上げていた。
赤く染まるリディアの笑顔を見て、あの孤児院の子達もこんな風に笑って過ごして欲しいと思うのだった。




