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先生、お願いしますっ!

 「……これはちょっと厳しいか?」

 領主の館の傍まで来て、俺は自分の甘さを少し反省する。

 城壁の周りには予想以上の兵が囲んでいる……正攻法では入り込めそうにもない。

 「どうするの?」

 「まぁ、正攻法じゃ無理なら裏口からって事で。」

 俺は人目につかない裏側を探す。


 「この辺りかな……。」

 「こんなところで何を……きゃっ!」

 俺はエレナを抱きしめる。

 「こんなところで……恥ずかしぃ……って、えっ?」


 『空間転移(ディジョン)

 

 エレナが困惑している間に、俺達は城壁の中へと移動した。

 「なに?何がどうなっているの?」

 訳が分からないというように、キョロキョロと辺りを見回すエレナ。

 「細かい事は後、見つからないように行くから俺から離れないで。」

 俺はエレナの手を握ると、隠蔽のスキルを使って、人目を避けて館内へと入っていく。

 外を守っていれば中は安心と考えているのか、館内の守りは驚くほどに少ない。

 「作りからすると、この奥だな。」

 俺がそう呟くと、握っているエレナの手がビクッと震える。


 「大丈夫だから、任せておけよ。」

 俺はエレナを安心させるように、握った手に力を入れる。

 「さぁいくぞ。」

 俺は力を籠めて扉を蹴り開けた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「じゃぁ、準備は大常備なんですねぇ?」

 「ハッ、全ては姐さんの指示通りに。……戦う意思のある市民は既に各所でスタンバイしております。また、館を守る護衛兵の殆どが我々の趣旨に賛同の意を示してくれておりますので、合図とともに館の城壁が開くことになっております。」

 ……なので、と何か言いたそうに私を見る反乱軍のリーダー。

 「そう、なら大丈夫ですねぇ。……うん、約束通り全てが終わったら帝王様に会わせてあげるのですよ。」

 「ハッ、ありがとうございます。後、ぜひ皆に声をかけて欲しいのですが。」

 そんな事を言ってくるリーダーさん。

 正直面倒だけど、私が頑張った分シンジさんに褒めてもらえるかもしれないので、ここは頑張るの。


 リーダーさんに誘われてテラスに出ると眼下に沢山の市民が集まっていました。

 あぅ……なに、コレ?

 みんな暇なの?

 「さぁ、皆に声をかけてください。」

 リーダーさんが、これ以上ないくらいの笑顔で言ってくる。

 うぅ……シンジさんの気持ちがわかった気がしますよぉ……。

 眼下ではざわざわと騒めく民衆……。

 「おい、誰だあれ?」

 「知らないのか?あの方こそ帝国の四天王(カイザーブライド)の一人『撲殺のリディア』様だよ。」

 「あの方が、我らに救いを運んでくれたんだぞ。」

 「そうか、あのお方のおかげで俺達は助かるのか。」


 ……ざわめきが大きくなる……なんか不穏な単語が聞こえた気がするけど、まぁいいのです。

 「皆さん!よく集まってくれました!。」

 私が一声発すると、騒めきがぴたりと止む。

 「帝国の軍隊がそこまで来ていますが、あなた方は私達との戦争を望んでいますか?……私は望んでいません。

 けれども、ここの領主さんは再三、再四の交渉にも応じることなく、自分の利益の為、そんな理由だけで争いを起こそうとしていました。あなた方はそんな領主さんの命令を甘んじて受け入れるのですか?

 戦争が始まれば、あなた方は敵です。我々帝国は敵対する者に容赦はしません……全ては自国の民を守るため、心を鬼にして戦うのが我ら帝国の在り方です!

 すべての元凶は領主にある事は分かっています……ですが、その命令に従うという事は我ラファ帝国に敵対するという事なのですよ。

 あなた方の守りたいものは何ですか?領主様の富ですか?

 違うでしょう?

 あなた方の守りたいものを守るために、今こそ立ち上がり、元凶たる領主を捕らえるのですよ!

 戦うのは、怖いでしょう、恐ろしいでしょう!でも、自分が逃げたためにあなたの大事な人が犠牲になる……あなたの隣にいるべき人が蹂躙される……その方がもっと怖くないですか?

 さぁ、立ち上がるのです!

 自分たちの未来の為に、領主を倒すのです!

 帝国は勇気ある皆様の味方です!

 さぁ、自由をその手に!

 帝国に勝利を(ジーク・ライヒ)!! 我らがシンジ様万歳ハイル・マイン・シンジ!!」

 ふぅ……やっちゃったよぉ……。

 ちょっと乗り過ぎちゃったけど……まぁみんな喜んでいるからいいよね?

 眼下を見ると、皆が口々に『帝国万歳(ジーク・ライヒ)』を叫んでいる。

 

 「感動しましたっ!必ずや勝利をお届けします。吉報をお待ちくださいっ!」

 「あ、あー、うん、頑張ってね。」

 なんか、やけに興奮したリーダーさんが張り切って出ていった……やり過ぎたかな?


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 『アイリス、聞こえる?』

 「あ、はい聞こえますよ。」

 シンジさんが調整しているのか、ようやくリディアさんとエルさんとの通信がつながるようになったのが先程の事。

 それで、エルさんが連絡してきたのは、今のリディアさんの演説の件でしょうね。

 『今の見てた?』

 「はい、リディアさんですよね?」

 『門のところまで聞こえてきたんだけどね……あの子扇動者(アジテーター)の素質あるんじゃない?……街中興奮している市民で溢れかえってるわ。』

 「あはは……はぅ……一応、王女様ですから慣れているだけだと思いたいですわね……。」

 『うん……なんかね、リディアだったら口先だけでみんなを戦場に送り込めるんじゃないかって確信したわよ……何人か連れてきてるんだけど皆「自分達にも戦わせてくださいっ!」て逸っているから、押しとどめるのが大変だわ.』

 「あはっ……予定より1日早いのがちょっと気になりますが、どうやらシンジさんも領主の館の方へ向かったみたいですから、問題ないでしょう。」

 『ん、じゃぁこっちは予定通り街を包囲するね。守備隊の人達への差し入れもしておくわね。』

 「はい、終わったら私も行きますので、もう少しだけお願いしますね。」

 

 ふぅ……エルさんとの通信を終えて、改めてモニターを見る。

 興奮した市民たちが口々に『帝国万歳』を唱えながら領主の館に向かってる……はぁ、ちょっとやり過ぎよ。後が大変だって事分かってるのかしら?

 私は大きくため息をつくと、この後のスケジュールの調整の為にリオナを呼ぶことにした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「お邪魔するぜ!」

 俺はドアをけり破り、室内に入ると、驚いた顔をしている領主に声をかける。

 「何だ貴様は!」 

 「通りすがりの旅人?」

 「ふざけるなっ!……ん?何だ、ようやく諦めて儂の下へ来たのか。」

 エレナを見た領主が下卑た笑いを見せる。

 「おい、お前、女をつれてきた褒美に、今の無礼は許してやるから、さっさと帰れ!」

 「あほか、コイツに二度と手を出さないようにと言う事を言いに来たんだよ。今回は警告だ!次に手出しをしたら存在そのものを消滅させるからな。」

 俺がそう言うと、領主はフンッ、と鼻で笑う。

 

 「バカめっ、ここまで来て易々と逃すわけが無かろう。」

 領主が手を叩くと、わらわらと人が出てきて俺達を取り囲む。

 領主の部屋がそれなりに広いと言っても、これだけの人数がいると息苦しく感じる。

 「これだけの数から無事に逃げ出せると思うなよ。」

 領主が勝ち誇ったように言うが、まだまだ甘いと言わざるを得ない。

 「ねぇ、どうするの?」

 エレナが怯えたように俺の服を掴んでくる。

 一掃するのは容易いけど、本来エレナの問題だからエレナに任せよう。


 「指輪に魔力を流して、ラビちゃんに来てくれるように呼びかけてみな。」

 「何で、そんな事……それにラビちゃんは……。」

 「いいから、……早くしないと捕まるぞ?」

 男たちがじりじり、と包囲を狭めてくるのを見て、エレナは心を決める。

 「ラビちゃん、助けてっ!」

 指輪から光が溢れ出しまわりを照らす。

 「な、何事だっ!」

 領主を始めとして、その場にいた者たちの動きが止まる。

 「きゅぃ?」

 光が収まると俺達を囲むように十数匹のホーンラビットが姿を現した。

 「ら、ラビちゃん?なんで?」

 「きゅぃっ!」

 中心に位置するホーンラビットがエレナを見上げ、「任せておけ」と言う様に一声鳴くと、周りのホーンラビットに命令するかのようにもう一声鳴く。

 「きゅいぃぃ!」


 俺達を取り巻くホーンラビットの角から雷撃が飛び出し、周りを包囲していた男たちを襲う。

 ホーンラビットの固有魔法『ライトニングスパーク』だ。

 1体の威力は軽く痺れる程度だが、これだけの個体の電撃を一度に浴びたら、しばらくはショックで動けないだろう。

  突然の出来事に呆然としていた男達は、成す術もなく電撃によって倒れていった。


 「きゅぅ、きゅきゅ、きゅぃ!」

 男たちが倒れたのを見届けると、ラビちゃんは再度鳴く。

 すると、ホーンラビットたちの姿が掻き消え、ラビちゃんだけが残る。

 ラビちゃんは、「きゅぃ」と鳴いてエレナの腕に飛び込んだ。 

 「ラビちゃん、ありがとう、凄いのね。」

 エレナはしきりにラビちゃんを褒め称え、頭を撫でてやる。

 俺の方を見て「きゅい!」と鳴きながら前足を立てる仕草が、ちょっとウザかったが。

   

 「ぐぬぬ……。」

 「これがアンタが欲した力だけどな、アンタの私利私欲の為には使わせない。」

 俺は床に転がる男たちに拘束(バインド)の魔法を掛け、部屋の片隅へと蹴り飛ばす。

 「それで勝ったつもりか?儂にはまだ奥の手があるのだ……先生、お願いしますっ!」

 ……お願いしますって……またベタなお約束だなぁ。

 俺がそう思っていると、部屋の奥にあった隠し扉が開き、男が出てくる。

 「ディアボロはAランクの冒険者以上の実力があるんだぞ!」

 

 「ディアボロって……まさか?」

 「ん?知ってるのか?」

 「えぇ、実力はSランクにも引けを取らないと言われている元Aランクの冒険者で、あまりにもの素行の悪さにギルドを追放されてからは、殺しを含めた裏稼業に手を染めて、彼に殺された要人は数十人に上ると言われているわ。中には30人の護衛がいたにもかかわらず、護衛ともども皆殺しにされたって話も聞くわ。」

 成程、ディアボロって奴はそれなりの字実力者らしい……奴が自信満々なのもそのためか。


 「痛めつけるだけでいいのかい?」

 「女は生け捕りだ、男は殺しても構わん。」

 ディアボロと呼ばれた男が、のそりとやってくる。

 「と言う事だ、アンタに恨みはないが、これも、いら……い主……の……。」

 ディアボロが俺の顔を見て固まる。

 「ま、まさか、あなたが……相手……。」

 ディアボロが、ギ、ギ、ギ……と言う感じで領主の方へ首を回す。

 「何をしている!さっさとやらないかっ。」

 領主が焦れて怒鳴っていた。

 「マジかよ……。なぁ、シンジさん、物は相談だが、その女の子を置いて手を引いてくれるってわけには……いきませんよね?」

 ディアボロがこちらに向き直ると、丁寧な態度で俺に聞いてくる。」

 「行くわけないだろ?と言うより、何で俺の名前を知っている。」

 「マジっすか……。」

 俺の言葉に少し落ち込むディアボロ。

 「えーと、覚えていませんか?以前南の方で奥方たちと……。」

 「……ん?……あぁ、サウシュの街近くの……財布!」

 「財布扱いですか……。」

 泣き崩れるディアボロ。

 「ねぇ、どうなってるの?」

 話が見えずに、俺の袖を引っ張るエレナ。

 「あぁ、以前な、サウシュ街から移動しようとした道中で、コイツが率いるお財布集団に出会ったことがあって、丁度金欠で困っていたから、彼等が身包み置いて行ってくれたおかげで助かったんだよ。」

 「お財布集団じゃないっ!立派な盗賊団だったんだよ!……お嬢さんには俺から説明させてもらうよ。」

 そう言ってディアボロが語り出す。


 ディアボロが引きいる盗賊団は、残虐、非道の集団として、その近辺ではそれなりに名の知れた存在だった。

 「その日も、貴族の一行が街道を通るという情報を仕入れて襲う計画を立てたのさ。なんでも4人だけで護衛もつけずに通るらしい、しかもそのうちの三人は女と言う事で部下たちも色めき立っていたんだよ。

 この商売柄仕方がないが、どうしても女不足で部下たちも皆飢えていたからな、そんなところに極上の女を三人も連れた貴族様が通るというのだ、カモがネギをしょってやってきたと大いに喜んだものさ。

 だけど、襲い掛かってみれば、俺達は手も足も出せないまま地に這いつくばり、命が惜しければと脅されて身包みはがれるどころか、アジトにため込んだお宝さえ奪われる始末……。俺は、あの時を境に裏稼業から身を引き事に決めたのさ。」


 ディアボロの話を聞いて、ジト目で俺を見てくるエレナとラビちゃん。

 「いや、だって、盗賊団だよ?奴等に人権は無いんだよ。皆困ってたんだよ?」

 俺が言うとエレナは「確かにそうですが……」と考えこむ。

 「俺の国にこんな言葉がある「人を襲っていいのは襲われる覚悟がある奴だけだ」ってね。つまり、アイツ等は自業自得って奴なんだよ。」

 俺が必死にエレナを説得していると、横から領主が怒鳴る……空気の読めない奴め。


 「何している、サッサと始末しないかっ!」

 「いや、お言葉ですけどね、アレは相手が悪いですぜ?」

 「お前ほどの奴が何を言ってるんだ!高い金を払っているんだ!早く始末してこいっ。」

 「イヤぁ、そうは言いますが、確かに『試合」なら俺が勝つでしょうが『死合い』となると分が悪いんですぜ……。」

 「何ゴチャゴチャ言っているっ!早くけりを付けろっ!」

 領主が怒鳴る。

 ディアボロが困ったようにこっちを見る。

 

 「まぁ、そういうわけ何で……出来れば手を引いていただきたいのですが?」

 「うーん、敵わないと知っていて、何で逃げない?以前のお前ならさっさと逃げ出していただろ?」

 「そこは、俺なりのプライドってやつですわ。盗賊稼業と違って、これは正式に契約して請け負った仕事ですからねぇ。」

 「ふーん、じゃぁ、俺に雇われないか?違約金込みで支払うぞ?」

 「気持ちはありがたいんですが、この依頼の後ならともかく、依頼中は依頼主を裏切る真似は出来ませんので。」

 「ほぉ、中々見上げたもんだ。じゃぁ、この依頼が終わったら改めて誘わせてもらうとするか。」

 「生きていればいいんですけどねぇ。」

 その言葉を最後に、ディアボロから表情が消え、殺気が膨らむ。


 「エレナ、少し下がって……。」

 キィンッ!

 俺の言葉が終わらない内にディアボロが飛び掛かってきた。

 咄嗟に出した『死神の鎌(デスサイズ)』の柄で、それを受け止める。

 奇襲に失敗したディアボロはさっと飛び退り、俺との間合いを空ける。

 俺は大鎌の長いリーチを利用してディアボロに斬りかかるが躱され、その隙をついて飛び込んでくるディアボロの刃を手元の柄の部分で受け止める。


 「どうしました?本気を出さないんですか?」

 間合いを空け、そんな事をディアボロが言ってくる。

 呼吸を整えるための時間稼ぎだと分かってはいるが、あえて乗る事にする。

 「いや、アンタ強いからな、手加減できそうにもなくて困ってるんだよ。」

 「この俺も舐められたもんですな。」

 舐めているわけではない。

 このディアボロは俺より強いのは確かだ。

 まともにやり合えば負けるだろう………負けない為には俺も本気を出すしかないが……そうすると、十中八九、アイツは死ぬだろうなぁ。

 でも手加減して勝てる相手じゃないし。

 

 「まぁ、だから、手加減できる相手を呼ぶことにするよ……レオン!仕事だっ!」

 俺の召喚に応えて姿を現す『純白の氷狼(フェンリル)』のレオン。

 俺が敢えて雑談に乗ったのはレオンを呼ぶ時間を稼ぐためだった。

 「そんなのアリかよ!」

 驚くディアボロ。

 「目の前にあるのが事実なんだよ……レオン、殺すなよ。」

 (主殿、了解した。)


 勝負は一瞬だった。

 力の限り、と飛び込んできたディアボロをレオンは前足で軽く受け止めて、そして抑え込んだ。

 そしてディアボロは、レオンの足に踏みつけられて動けずにいる。

 「くそっ!」

 ディアボロがやられたのを見て慌てて逃げ出そうとする領主。

 「っと、逃がさないよ。」

 俺は拘束(バインド)の魔法で領主の動きを封じる。

 

 アスティア領でのゴタゴタはこれで片付くだろう。

 俺はエレナに笑顔を向けた。


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