その時、彼女は……??
「えぇいっ!まだ行方は分からぬのかっ!」
怒鳴り声をあげているのはアスティア領の領主、ゲルラッハ=ウィル=アスティアだ。
彼はとにかく不機嫌だった。
せっかく見つけた『魔獣使役者』の確保を失敗するどころか、女に袖にされた腹いせに火を放った等と言う不名誉な噂が流れ、更にはあることない事、悪いのは全て領主だ、みたいな噂まで流れ出す始末。
すべては無能な部下の所為だ。
「ハッ、ウルの村で見かけたとの情報が入っておりますので、只今そちらに人を向かわせております。」
「だったら、サッサと捕らえてこぬかっ!」
「ハッ!」
領主の怒声に、部下は一礼して身を翻すようにして部屋を出て行った。
「ぐぬぬ……反乱の兆しもあると言うしそろそろ潮時か……しかしあの娘だけは……。」
苦悩しつつ部屋の中をウロウロと歩き回る……。
「フム、そうじゃ!アイツなら……。」
グフグフ……と気持ち悪い笑みを浮かべる領主。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「リディア、手順は覚えたの?」
「うーん?何とかなるのですよぉ。」
不安だ、不安しかない……。
そんな私の気持ちが顔に出てたみたいで、アイリスが苦笑しながら声をかけてくる。
「だ、大丈夫ですよ……それに、リディアさんに隊の指揮を任せる方が不安じゃないですか?」
「そうなんだけど……。まったく、何でこういう時にクリスがいないのよっ。」
クリスが居れば、軍隊なんか任せて私がシンジの手伝いに行けるのに。
「大丈夫なのですよぉ。」
ケラケラと笑っているリディア……久し振りにシンジと会えるのが嬉しいんだろうけど……不安だわ。
「5日後だからね、ちゃんとタイミングを見計らうのよ。」
「任せておくのですよ。」
……はぁ、不安しかないわ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ゴメンねラビちゃん。この先は危ないから連れていけないの。」
「きゅぃ、きゅぅ……。」
「そんな顔しないで、必ず迎えに来るからね。」
悲しそうな顔をしているホーンラビットのラビちゃんを、近くの森で放す。
この先の事を考えると、連れていけないとエレナが言い出したのだ。
「きゅぃ……。」
ラビちゃんは俺を見てくる。
「そんな顔すんなよ、すぐ呼んでやるからな。」
俺はラビちゃんに首輪をつけてやる。
「それは?」
「他の魔獣に襲われても大丈夫なように、簡単な防護結界を施したアイテムだよ。他に位置が直ぐ分かるとか、呼べば来るとか色々な機能もついてるけどな。」
俺の言葉にエレナは安心したように頷く。
「ラビちゃん、良かったねぇ。」
エレナはラビちゃんの頭を撫でると「行きましょうか。」と俺に告げる。
「じゃぁな、ラビちゃん。」
俺達はラビちゃんに背を向けると「きゅぃぃ……。」と言うラビちゃんのちょっと悲しそうな泣き声に見送られながら、森を後にする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「んー、結構不安定だねぇ。」
アスティア領に入って感じたのが、人民の心の不安定さ……これはやっぱり噂が功を奏してるんだねぇ。
「確かぁ、こっそりと反乱を指揮している代表に会えって事だったけどぉ……。」
んー、面倒だよねぇ。
「やっぱり、こういう場合は門番さんからかなぁ?」
『外堀を埋める』のが大事ってシンジさんも言ってたもんね。
だから私は厳めしい顔で門を守っている門番さんに声をかける。
「ご苦労様ですぅ♪」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うー、心配よ。」
「姫様、心配のしすぎですよ。」
そう声をかけてくるのは、この遠征軍の指揮官を任されたイシュタルだ。
イシュタルは普段は近衛隊の副隊長を務めるほどの実力者なんだけど、私の事をずっと『姫様』と呼んで憚らない。
私の事を持ち上げすぎるのは困りものだけど、実力は折り紙付きだから、安心して指揮を任せることができる。
「そうですよ、リディアの姉御に任せておけば……任せておけば……任せ……て…………エル様ぁ、アスティア領が瓦礫に埋まってないですよねぇ?」
「ティナ、不安を煽るようなこと言わないでよっ!」
ティナのいう事があながち大袈裟じゃない所が怖いのよっ。
リディアの事だから「面倒」の一言で計画を勝手に変えかねない……まぁ、判断に間違いは無いから最終的には問題ないんだけど……って、そういう問題じゃないのよ。
「イシュタル、行軍を急ぎなさい!……アスティア領が灰になる前に!」
「ハッ!」
イシュタルが全軍に伝達するために走っていく。
「リディア……早まらないでよね。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「もぅー、エルさんも心配し過ぎですっ!不安なのはわかりますけど、そこで進軍速度をあげちゃダメじゃないですかぁ!」
こちらの声が届かない事が分かっていながら、ついモニターに向かって叫んでしまった。
「うぅ……リディアさんもリディアさんですぅ……エルさんの懸念通り暴走を始めちゃってるしぃ。」
モニターに映るリディアさんの様子を眺めながら呟くしかできない自分が歯痒い。
「クリスさんもクリスさんですよ……一体何をやってるんですか?」
私はクリスさんの映っているモニターに目をやる。
そこには、パーティでもてはやされているクリスの姿が映っている。
クラリス領の領主を説得すると言って出て行ったクリスさんですが、領主さんも一筋縄でいかないらしく、言質を与えず、歓迎のパーティだ何だと言ってクリスさんを振り回している……流石としか言いようがないですわね。
「元々、こういう腹の探り合いとかはクリスさんに向いてないのですよ。」
クリスさんは、どちらかと言えば武官向きで、その能力は戦場での指揮などで一番発揮されます。
だから本当なら、エルさんの代わりに指揮していただくのが良かったのですが……まぁ、エルさんやリディアさんに交渉とか説得を任せる訳には行けませんから仕方がないのですけどね。
あ、クリス様が一人になられましたね……。
「クリス様、クリス様、聞こえますか?」
(……あ、アイリス?どうしたの?)
「クリス様何やってるんですか?説得の糸口が掴めないのなら一度お戻りください。事態は常に動いているのですよ、パーティなんかで遊んでいる余裕はないのです。」
(あ、遊んでいるわけじゃぁ……。)
「黙りなさいっ!シンジ様の嫁十七の心得、二の三項をお忘れですかっ!」
(二の三項……シンジ様の嫁足る者、全てはシンジ様の利となる行動をすべし!……忘れてなどいませんわ。)
「だったら、今ご自分が無駄に時間を浪費している事もお分かりですね。現在、帝都の建立地が決まり、また、アスティア領を落とす作戦が最終局面を迎えています……ぶっちゃけ人手が足りないのですよ。」
(アスティア領を……何で急にそんな事になってるのですか!)
「シンジ様の所為ですっ!こんなこと予定にないのですよっ!だから、遊んでいるならさっさと帰ってきてください!」
思いがけない事態にクリス様が感情を高ぶらせ、それにつられて私まで感情を乱してしまいました……私もまだまだですね。
(さっきも言いましたけど遊んでいるわけじゃありませんのよ。交渉の糸口がつかめませんから、こうして外堀から……。)
「そうやってのらりくらりと躱すのがクラリス領主様の手だって気付いてないんですか?」
(気づいてないわけじゃ……ないですが……。)
「とにかく、時間稼ぎをされるくらいなら、一度戻ってください。……猶予は三日です。四日後にはアスティア領が堕ちる予定ですので。」
そう、四日後にはアスティア領は帝国の軍門に降る……リディア様が暴走しようが、エル様が焦っておかしな行軍をしようが、これだけは変わらない……シンジ様が「そうする」と決めた事なんだから。
「そうそう、クリス様が余りにもグズグズしていると第四王妃の座を明け渡すことになりかねませんわよ。」
(えっ、なに?どういうことですか……。)
クリス様が何か言っていましたが、私は問答無用で通信を切る。
少しぐらい、焦ればいいんですわ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねっ?分かってくれましたぁ?」
私が聞いているのに、門番さんをはじめとした皆は唖然とした表情のまま、何もしゃべってくれない。
「ねぇ……?」
「……。」
「ねぇってば……。」
「……。」
「聞いてるのっ!」
ちゅど――――ん!
今度は近くにメテオを落とす。
「聞いてますかぁ?」
「「「「「「は、はひぃっ!」」」」」」
「だからぁ、私達帝国は酷い事する気はないんだけどぉ、ここの領主様がね、我がまま言ってるのですよぉ。」
「う、うむ……元々は我々もグランベルクの兵だしな。」
「でしょう?それなのに領主さんが『グランベルクは敵だ!』って言うのはおかしいと思うのですよ。」
「し、しかし敵は帝国だと……。」
「うーん誤解があるみたいですけどぉ、別に帝国はグランベルクの敵じゃないですよ?グランベルクの王様が、勝手に『娘を嫁にやるなら、相手はそれなりの身分じゃないといけない』って言って勝手にシンジさんを帝国の王様に仕立て上げちゃっただけで……。」
本当に、アレには困ったものでした……私はまだ怒ってますからねっ……ぷんぷん。
「そういうわけでぇ、余り勝手な事されるのは困っちゃうんですよぉ。そう言っているのにここの領主様が戦争をしたがっているから、此方としては守るために反撃をしないといけないわけで……。」
「……隊長!今斥候より報告が来ました。こちらに帝国軍が向かっているようですっ!」
報告を受けた隊長さんがこっちを見る。
「あちゃぁ……エルさん速いですよぉ……コホンっ、予定より早く来るみたいなのですぅ。」
私はにっこりと笑って見せる。
がやがや……。
「おい、マジかよ。帝国ってアレだろ?逆ら者には容赦しないって!」
「そうそう、奴らが通った後は草木も生えない砂漠になるって……。」
「まさか、そんな事……。」
「お前も、あの嬢ちゃんがクレーターを作ったの見ただろ?」
一人の衛兵が私の空けたクレーターを指さす。
ざわざわ……。
「そう言えば、聞いた事あるぞ領主は俺達を肉壁にして時間を稼いでいる間に逃げ出すって……。」
近くに集まっていた市民の一人がそんな事を口にする。
「何でも火を付けて、金目の物を一切合切奪っていくって話だぞ……。」
「マジかよ、泥棒と一緒じゃねぇか。」
ざわめきが広まっていく。
「でも、帝国兵も無慈悲なんだろ?」
「いや、聞いた話だと善良な市民には何もしないって、それどころか、以前の戦役の時には略奪を受けた街に積極的に支援していたって……。」
「だったら安心なのか?」
……うーん、色々な噂が広がってますねぇ。
じゃぁもう一押ししますかぁ。
「でも、今の状態だと帝国に逆らう愚かな領地の民……ですよね?」
私の一言で、その場がシーンと静まり返る。
「ま、待ってくれよ、俺達帝国に逆らう気なんて……。」
「でもぉ、領主様から『帝国軍を迎え撃て!』なんて命令が来たらどうするんですかぁ?」
「そ、それは……。」
私の言葉に黙り込む守備隊の隊長さん……苛めすぎたかな?
「まぁ、悪いのは領主さんだって事は分かっているから、先にやっつけちゃえばいいんじゃない?」
「……そ、そうだよな。」
「俺達には帝国と争う理由なんてないんだし、そもそも、独立だぁ、戦争だぁって言っているのは領主様とその側近だけだし。」
「俺達に押し付けて逃げ出そうとしている奴は領主なんかじゃねぇよ。」
「そうだっ!領主を捕らえて帝国につきだせばいい!」
私の言葉に触発されて、皆が反領主の意思を示しだした。
「……ちょっと手順が変わっちゃったけど、結果オーライだよね?」
私は今も見てるだろうアイリスに向かってそう呟く。
魔術具の出力の関係で、アイリスからの声を聴くことは出来ないけど、この辺りの情報を集めている蜘蛛型魔術具を通じて、アイリスには届いているはず。
今頃モニターの前で、呆れたように溜息をつくアイリスの姿が目に浮かぶ。
「さて、もう一仕事しますよぉ。」
私はどうやって領主を捕らえるか?と話し合っている守備隊や市民の人たちの所に向かう。
この人たちを纏め上げて反乱を起こすまでが私の仕事だからね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……結果オーライだとね?」
画面の中のリディアさんからそんな言葉が届く。
全く……分かっているんだかいないんだか……。
天然ボケの振りして、全て計算づくで動いていそうなリディアさんが、正直恐ろしく感じますが、全てはシンジ様の為と言うのがわかっているから頼もしい、と言うべきなんでしょうか。
っと、エルさんの方にも連絡をしないといけないですね。
私は『リディアさんの方はうまくいっています。門の守備隊はこちらの見方ですので話を通してください』と言うような内容をしたためて、エルさんの持つゲートミラーに向けて書類を送ります。
「後はシンジ様ですが……ちょっと前倒しに進んでいますけど、大丈夫ですかねぇ?」
シンジ様の様子も覗えればいいのですが、あいにくと情報システムの要となる魔術具のコントロールはシンジ様が握っているから、シンジ様周辺を伺う事が出来ないのが残念でなりません。
まぁ、逆に言えば情報が途絶えている辺りにシンジ様がいるという事で大体の行動は掴めるんですけどね。
現在領都全体が見れているって事は、シンジ様はまだ領都に入っていないって事で……Xデーは明日ですから予定通りなんですけど……大丈夫かしら?
 




