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噂って怖い、怖すぎるっ!

 「ハイよ、全部で30Gだよ、持てるかい?」

 「あぁ、大丈夫。これくらい軽いもんさ。」

 人の良さそうなオバちゃんから野菜を受け取る。

 「そう言えば、昨日街はずれで火事があっただろ?」

 俺が話を振ると、おばちゃんは待ってましたとばかりに食いついてくる。

 「おや、知ってるのかい?あそこの子はそりゃぁ器量の良い娘でねぇ。よくこの店にも買い物に来てくれてたんだよ。」

 オバちゃんはしみじみとそう語り出す。

 「そうそう、早くに親を亡くしたって言うのに一生懸命でね。いつも明るく笑顔でこっちも癒されたんだよ。」

 「そうだねぇ、大丈夫だったのかしら?」

 いつの間にか近くのおばちゃん達まで集まってくる。


 「シンジ、私も持つよ。」

 一抱えもある野菜を見て大変だと思ったのか、またまた褒められすぎて以後事が悪くなったのか、変装をしている(・・・・・・・)エレナがそう言って野菜を取り上げる。

 変装と言っても髪の色を変えて、認識疎外のイヤリングをしているだけだが、たったこれだけでも気づかないらしい。

 ……いつも買いに来てたんじゃないのかよっ!と言うツッコミは心の中にしまっておく。


 「でも、何で火事なんて……そう言うのに人一倍気を付けてる子だったのにねぇ。」

 一人のおばちゃんがそんな事を言い出す。

 「そうそう、それなんだけどさ、ここだけの話……。」

 オバちゃん達の話に乗っかる様に会話に加わる。

 更に声を潜めてここだけ(・・・・)と言う所に力を籠める。

 「実はあの家の子、領主様に狙われていたらしいんだ……ほら、おばちゃんも器量よしって言ってただろ?」

 「そうねぇ、確かにあれだけの器量だったら領主様が目を付けるのも頷けるわねぇ。」

 「で、聞いた話なんだけど断ったら怒って、ゴロツキを雇って火を付けたって噂なんだけど……。」

 「あぁ、あの領主様ならやりそうねぇ。」

 オバちゃん達は頷きながら、可哀想にと口々に言いだす。

 ……領主、どんだけ女癖が悪いんだよ。


 「でも、アンタが何でそんなこと知ってるのよ?」

 一人のおばちゃんが訝し気に問うてくる。

 「あぁ、俺は冒険者だからさ、昨日この街についたら火事があるってニュースが飛び込んできたから色々と聞いて回ってるんだよ。冒険者には情報が大事だからね。」

 「ふーん、そうなのね。」

 オバちゃん達が少し警戒をし出したように感じる。

 「それよりさ、ここに来る前に寄った街の話なんだけど……。」

 幾つか、おばちゃん達の好きそうなゴシップネタを披露すると、先程までの警戒心があっという間に消え去る。


 「……と言うわけで、サウシュの街では綺麗な女の人が一生懸命炊き出しとかしていたんだよね。」

 「あらあら、そんなこと言うから、お嬢ちゃんが膨れてるよ。」

 「アンタも隅に於けないねぇ。」

 「お嬢ちゃん、しっかりと捕まえておかないとだめだよ。こういう男は綺麗な子を見ると、フラフラーってどっかに行っちまうよ。」

 オバちゃんたちの笑い声が響く。

 揶揄われたエレナが顔を真っ赤にして俯く。

 その仕草を見て、オバちゃん達はさらに笑い出す。

 しばらく雑談をした後、俺は果物をいくつか追加で買ってから、その場を離れる。


 「ねぇシンジ、何か意味あるの?」

 エレナは自分の髪をいじりながらそんな事を聞いてくる。

 「あぁ、ちょっと座っては無そうか。」

 俺は近くのベンチにエレナを座らせると、屋台から串焼きとガレットを買ってきて渡す。

 そしてその隣に座るとエレナの質問に答える様に話し出す。


 「あまり深い意味は無いんだけど、まずは実験かな?」

 「実験?」

 「そう、その格好でエレナってバレないかどうかの実験。」

 「そう言う事……あのおばちゃん全然気づかなかったよね……いつも買い物していたのにぃ。」

 気づかれなくてホッとしたのと、なぜ気づかないの?と言う相反した気持ちがせめぎ合っているらしく、複雑な表情をしている。

 「まぁ、気づかれなくてよかったじゃないか。これで街中にいても時間が稼げるしな。」

 「それはそうなんだけど……。」

 分かってはいても納得は出来ないらしい。


 「後はいやがらせ、かな?」

 「嫌がらせ?」

 「領主が女に断られた腹いせに火を付けたって噂があっという間に広がるだろ?」

 俺はニヤリと笑う。

 「それでさっきの会話なのね……でも、そううまく行くかしら?」

 「大丈夫だろ?あのおばちゃん達話し好きみたいだし……ああいう人たちは『ここだけの話』って言うのに弱いんだよ。勝手に広めてくれるさ。」

 実際、おばちゃん達があっちこっちで『ここだけの話』をしているらしい光景が見て取れる。

 この様子なら、領主の耳に入るのは2~3日後ってところかな?


 「それでこの後はどうするの?」

 「うーん、このまま街を出るのもいいけど、折角だから利用させてもらうか?」

 「利用?なにに?」

 「あー、うん、こっちの話。取りあえず、今夜の宿を決めようか。」

 俺はエレナを促して、広場を後にする。

 もう2~3日噂をバラ撒いたら、次の街へ行ってみよう。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「……と言うのがシンジ様の計画だそうです。それで私達に与えられた指示はXデーに備えて進軍及び民の扇動です。」

 リオナちゃんがそう言って報告を締めくくる。

 「はぁ……シンジらしいというか、相変わらずえげつないやり口ね。」

 エルさんがそう言いますが、効果的なのは間違いありませんよ。

 「領主の悪い噂を流して人心を離れさせ、帝国の良い噂を流して後の統治をやりやすくする……間違っていませんわ。」

 だから私はそう言ってシンジ様を擁護する。

 「分かっているわよ……、私が言いたいのはその噂が全くの嘘じゃないって事……大袈裟にしているにしてもね。」

 「まぁ、そうですね、きっと、些細な事をきっかけに、さも大きく酷い事の様に触れ回っているのでしょうねぇ。」

 エルさんの言葉に、私も心から同意します……だって、シンジ様だもの。


 「……って事は、シンジさん、やっぱり女の子と一緒にいるよねぇ?」

 ピキッ!……。

 ……私達の間で、何かひび割れたような音がします……気のせいでしょうか……。

 「たぶん、だけど、その『領主が迫っていた女の子』と一緒だよねぇ?」

 ピキッ!ピキピキッ……。

 追い打ちをかけるかのようなリディアちゃんの言葉に、更に空気がひび割れたような気がします。

 「アイリスぅ……。」

 「えぇ、分かっていますわ。早速詳細を調べさせます。」

 エルさん、顔が怖いですよぉ……。

 うぅ……シンジ様のばかぁ。

 「どんな子か楽しみだねぇ。お嫁さんかな、お妾さんかな?」 

 リディアちゃんが楽しそうで羨ましいですよぉ……あれ?笑顔なのに目が笑ってないですね……。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「きゅいっ、きゅきゅ、きゅいっ!」

 俺は今戦っていた……敵は目の前の白い毛玉……じゃなくて野獣だ。

 奴も俺も同じモノ(・・)を狙っている……分ける事が出来ないのであれば戦って勝ち取るしかない。

 奴もそれを分かっているのだろう、構えに隙が無い……これは一瞬の勝負になる……隙を見せた方が負ける。

 お互いにわかっているが故に動けない……結果として膠着状態が続いていた。


 しかし、それもここまでだ!

 俺は隙を見せるように息を抜くと、奴は待ってましたとばかりに飛び上がる。

 よし、かかった!

 あの位置からならば奴は飛ぶしかない……しかし直線距離で行ける俺の方が一瞬速いはず……貰ったっ!


 俺の手が獲物に届く寸前、別の所から手が伸びてきて……ソレ(・・)がなくなる……えっ?

 「あ、あれ?シンジもラビちゃんも欲しかったの?ゴメンね、誰も手を出さないからいらないんだと思って……。」

 野菜サンドを頬張ったエレナが申し訳なさそうに俺達を見る。

 俺と、ホーンラビットのラビとの最後の野菜サンドを賭けた死闘が、今終わりを告げた……。

 「きゅぃ……。」

 ラビが悲しそうな泣き声をあげる……分かるぞ、同士よ!

 俺は近くに来たラビを抱き上げ、慰めるように撫でてやる……モフモフサイコー!

 「ちょ、ちょっと二人とも、そんなに悲しそうな顔しないでよ。また作ってあげるからっ!」

 俺達の様子を見たエレナが焦ったように叫ぶ。

 悪いとは思うが仕方がない……それほどまでにエレナの作った野菜サンドは美味しかったのだ。


 「そ、それより、今日はウルの村に行くんだよね?……これっていつまで続けるの?」

 話題を変えようとそんな事を言ってくるエレナ。

 意地悪したいわけじゃないので、話題変更に乗る事にする。

 「俺たちの居場所を悟らせない目的もあるんだけどな、でも今日か明日で終わりだろう。そろそろ次の段階へ移行しないとな。」

 「次の段階って?」

 「領主の館に突撃して失脚させる。」

 「無茶よ!」

 俺の言葉にエレナが無謀だという。

 「だったらずっと逃げ回るか?」

 だから、俺はそう問い返す。

 「そ、それは……。」

 エレナは口籠る……彼女だって本当は分かっているのだ、逃げ回っていても意味がない事を。

 

 「大丈夫だ、俺に任せておけって言っただろ?心配するな。」

 不安そうなエレナの頭を撫でる。

 「きゅ、きゅい?」

 ラビちゃんもエレナの膝の上に載って心配そうに見上げている。

 「ゴメンナサイ、もう大丈夫よ。」

 ラビちゃんを抱き上げてそういう。

 「ウン、あなたに任せるって言ったもんね。」

 そして俺の方を見てにっこりと笑った。

 「さて、そうと決まったら、ウルの街に向かうとするか。」

 俺は立ち上がると、エレナに向かって手を差し出す。

 エレナはさらに笑みを増して俺の手を取った。


 ◇


 「はぁ……思った以上の効果だな。」

 「えぇ、びっくりしました。」

 俺とエレナは村の市場の片隅にあるベンチに腰かけて、軽食を取りながら話している。

 いつものように、世間話を振りながら領主の悪行を話そうとしたのだが、それより先に『情報通』を自負するオバちゃんから色々と聞かされたのだった。


 曰く、最近の領主様の行動は目に余る、領都では年頃の女の子の姿を見なくなった。

 曰く、領主に逆らえば惨い拷問の上、一家ともども虐殺される。

 曰く、領都では領主の名のもとにチンピラがのさばっていて、無銭飲食や暴行などやりたい放題なので領都には近づかないほうがいい。

 曰く、近々帝国と戦争を始めるらしいが、平民たちは女子供まで前線に駆り出され肉壁にされる。

 曰く、帝国との戦争に勝ち目がないので、自分だけ逃げだす準備をしている。

 等など……どこまで本当か分からない位の領主の悪行が知れ渡っていた。

 

 更には帝国に関するうわさもいくつか流れている。

 曰く、帝国は逆らうものには情け容赦ないが、従うものには分け隔てなく遇してくれるらしい。

 曰く、その証拠がシャマル王国だ、あの国は帝王の怒りに触れたため、王宮を含め王都が半壊して人が住めなくなっている。

 曰く、罪のない難民を快く受け入れ、自国民と変わらぬ生活をさせてくれる。

 曰く、帝国はグランベルクを接収したのではなく、王女の婚約者である帝王に王位を譲るため、グランベルク王が自ら望んで帝国の庇護下に入った。

 曰く、各地の領主は、自己の野心の為に反乱を起こした。帝国はグランベルクの為に、矢面に立ってこれを平定しようとしている。

 曰く、帝王は女好きだが、小さい子が好みらしい。だから妙齢の女性は安心して生活が出来る。

等など…………最後の噂を流した奴は誰だ!


「なんか怖いわね。」

エレナがぼそりと呟く。

 「何が?」

 「だって、最初は『領主が断られた腹いせに火を付けた』って言う噂を貴方が話しただけでしょ?それが1週間で、あの領主の下にいたら未来(さき)はない、みたいになってるじゃないの。それにあなたが言った『近いうちに……たぶん1週間後位に領都で反乱がおきる、自分たちが安心して暮らすためにも、それに手を貸すべきだ!』って何なのよ、あれ?」

 「あー、噂って怖いよなぁ。」

 俺はとぼけて見せる。

 「だから怖いって言ってるじゃないの!……ねぇ、本当に1週間後反乱がおきるの?」

 「たぶんな、だからそれに合わせて領主の所へ乗り込むんだろ?」

 エレナは黙って、じぃーっと俺を見つめてくる。


 「ねぇ、あなたは何者なの?」

 しばらくして口を開いたエレナからそんな言葉が出る。

 「言っただろ?ただの旅人さ。一応冒険者でもあるけどな。」

 俺はそう言ってギルドカードを見せる。

 「金色……のカード……?あなたSクラスなの!?」

 「そんなに驚くことか?」

 「驚くわよっ!Sクラスの冒険者なんて、一生かかっても見る事が出来ないぐらい希少なのよっ。それなのに、目の前でぼーっとしてるのがSクラスの冒険者だなんてっ!」

 「エレナ、声が大きいっ!場所を変えよう、なっ、なっ。」

 突然声を張り上げたエレナに、周りの人から何事か?と注目を浴びてしまう。

 俺は慌ててエレナの口を塞ぐと、そのまま人気のない場所へと引きずっていった。

 ……字面だけを見ると、まるで犯罪者だよな、と独り言ちる。


 「ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃって……。」

 市場から少し離れた展望台につく頃には、エレナも落ち着いてくれていた。

 「でもSクラスの冒険者って、他では受けれないような特別な依頼とか、国家にかかわる依頼とかしか受けないって聞いてるけど……まさか……。」

 「何を考えているか知らないけど、今の俺はただの旅人。パーティメンバーが、今別の事に関わっているから、依頼は一切請け負っていないんだよ。だからこの機に色々回ってみようと思って旅してるんだよ。」

 ウン、嘘は言っていないな。

 「そうだったんだ……うふっ。」

 エレナが納得したように、そして嬉しそうに笑う。

 俺が怪訝そうな顔で見ると、「一生守ってやるって言葉の根拠が分かった」から嬉しいのだそうだ。

 その嬉しそうなエレナの顔を見て俺は一筋の冷や汗を感じた。

 何か壮絶な勘違いをしてるんじゃぁ……まさかね。

 俺は一瞬頭をよぎった悪い予感を、首を振って振り払う。


 「じゃぁ、領都に向かう準備をしようか?」

 俺はエレナに声をかけて歩き出す。

 エレナはその後を黙ってついてくる。

 終始ご機嫌な様子に、俺はそこはかとない不安を覚えるのだった。

 

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