魔獣はトモダチ、怖くない!?
さてどうするか……。
俺を囲む男たちを一瞥しながら俺は考え込む。
その一……逃げる。
まぁ、逃げるのは簡単だ。
転移石を使えばいいのだから……ただ、それでは根本の解決にならず、また来た時に絡まれたら厄介だ。
その二……戦う。
これは少し面倒な。
こいつらを一掃するのは簡単だけど……殺さずに無力化と言うのは手間がかかる。
こんなことなら『死の銃』で非殺傷性の特殊弾を撃てるようにしておくのだった。
魔力弾は、その都度状況に応じて属性を乗せれるので、状況に応じて使い分け無ければならない特殊弾を放棄したのだ。
その三……わざと捕まる。
捕まってこいつらに指示を出している奴の所に連れて行ってもらえば、状況も分るだろう。
ウン、これが一番良さそうだ。
と言うわけで大人しくやられて捕まろうと決意した。
「抵抗はしないぜ。何が何だか分からないが、大人しくしてやるから、説明位はしてくれるんだろうな。」
「へっ、物分かりがいいじゃねぇか?そうそう、そうやって大人しく言う事を聞けば痛い目に合わないんだよ。」
リーダーらしき男がそう言いながら近づいてくる。
周りの男たちもゆっくりと包囲を狭めながら近づいてくるところを見ると、俺の言う事を信用してはいないらしい。
降伏すると宣言した相手に対しても油断しない所は、それなりに高評価だ……俺が当事者でなければ……だが。
「お前と一緒にいた女も、今頃は捕まっている筈だ。怪我はなるべくさせないようにと言われてるが、抵抗されたら少しぐらいはなぁ?俺もあっちが良かったぜ。」
下卑た笑いを隠そうとしないリーダー格の男。
その言葉を聞いた時、考えるよりも先に体が動いた。
垂直にジャンプし、真下に向けて『死の銃』に込めた魔力弾を撃地込む。
その反動を利用して、少し離れたところまで飛んで着地する。
さっきまで俺が経っていた地面には、大きく穴が穿たれ近づいていた男達を巻き込んで地面が崩壊していく。
濛々と立ち込める土煙が消え去った後には俺以外に立っている者はいなかった。
地面に埋まっている奴もいたが、まとめて『拘束』の魔法を掛けたうえで『遮断結界』の魔法で辺りを囲っておく。
『遮断結界』あらゆる攻撃を物理的に遮断する魔法だ。
物理的に遮断しているため、形あるものは何物も通さない……その性質を逆利用してやれば抜け出すことのできない牢獄としても使える。
光属性と土属性の合成魔法で、術式はやや複雑だが、初級魔法に位置するため俺でも使える、数少ない有用な魔法だ。
「っと、こいつらにかかわっている時間は無いな。」
俺は急いできた道を引き返す。
エレナが無事だといいんだが……。
◇
「その子を放しなさいっ!」
エレナの声が響く……。
人質でも取られたのか?
俺は急いでエレナたちが視認できるところまで近づく。
エレナの家の周りを5人の男たちが囲んでいる。
「だったら大人しく出て来るんだな。じゃないと……。」
エレナは家の中に立て籠もっていて、男たちはそこから出てくるように人質を使って脅している。
人質?……よく見ると男が捕まえナイフをあてているのは1匹のウサギ……ホーンラビットだった。
5人か……まずは人質を取っている男に雷属性を乗せた魔弾を撃ち込んで人質を手放させる。
その時点では何が起きたか分からないだろうから、その隙にあっちの男二人を……。
いや、ダメか、残った二人が冷静だったら一人が盾になってエレナを人質に取るかもしれない……あいつらが気を取られるような隙が出来るといいんだが……。
「分かりました……。」
俺の考えが纏まらない内に、ガチャリとドアが開いてエレナが出てくる。
「さぁ、出て来たわ……だからその子を放しなさい!」
「ダメだなぁ、武器を隠し持ってるかもしれねぇ。近づいて不意を打たれたらシャレにならないからなぁ。」
「武器なんか持っていないわよ。見ればわかるでしょ!」
エレナは手をブラブラさせて武器を持っていないことを示す。
「いんやぁ、隠し持ってるかもしれねぇからな、そこで服を脱いでここまで来なよ。」
男が下衆な笑いを浮かべる。
最初からエレナが武器を持っていないことは分かっているはずなのに、単に辱めたいだけなのだろう。
他の男たちもにやにやと笑っている。
「くっ……。」
「ほらほらどうしたぁ?早くしないと、コイツの首から血がでるぜぇ。」
男はナイフを持った手に力を籠める振りをする。
エレナにとって、そのホーンラビットは人質になるくらいの大事なものかもしれないが、男たちにとっては単なる魔物だ。
殺すことにためらいはないだろう。
「やめて……言う通りにするわ。」
エレナが上着に手を掛けて、衣類を脱ぐ……下着姿になったエレナの身体は見事なものだった……どうやら着やせするタイプらしい。
「どうした、まだ残ってるぜ。」
男がホーンラビットに当てたナイフをちらつかせる。
怒りと恥ずかしさで真っ赤になったエレナが、黙って下着に手を掛ける。
男たちはエレナの身体に視線が釘付けになる。
今だ!
俺は『死の銃』でホーンラビットを捕まえている男を撃つ。
「ぐぉっ……。」
男が倒れ、その隙にホーンラビットが逃げ出す。
キュインッ! キュインッ!
続けて二発……二人の男が倒れ込む。
残った二人は何が起きたか分からずにパニックを起こしている。
キュインッ! キュインッ!
更に二発……それで、男たちの制圧は完了だ。
雷のショックで倒れ込んだ男たちは、ぴくぴくと小刻みに震えているが、命に別条はないだろう。
「あなたは……。」
俺の顔を見て驚くエレナ。
「やぁ、さっきぶり……またお茶をご馳走してもらえるかな?」
俺は冗談めかしてそんな事を言ってみる。
「あ、ありがとう……助けてくれて……。」
消え入りそうな声で礼を言うエレナ。
下着姿なので身体中真っ赤に染まっているのが丸わかりだ。
「取りあえず、服を着なよ、俺はこいつら片付けておくから。」
「っ……!」
俺の言葉に自分の格好を思い出したのだろう、更に真っ赤になってキッと睨みつけてくる。
俺はそれに気づかない振りをして背中を向け、地面に転がっている男たちを片付け始める。
取りあえずは『拘束』をかけて動けなくてから、庭の片隅に聳える木の根元に穴を掘って、順に埋めていく。
もちろん死なない様に、首から上だけは出してある。
「ふぅ……こんなものかな?」
「そんなところに埋められると、景観が悪くなるんだけど?」
俺の呟きにエレナが応える。
振り返ると、しっかりと身だしなみを整えたエレナが、先程のホーンラビットを抱えて立っていた。
「聞きたいことを聞いたらちゃんと持っていくよ……しばらくは痺れて口もきけないだろうから、それまでの一時的な処置、と言う事で我慢してくれないか?」
俺がそういうとエレナは渋々と頷いてくれた。
「ところで、お茶はご馳走してくれないのか?借りは作りたくないんだろ?」
笑いながらそう言ってみるとエレナはその形のいい眉を吊り上げる。
「助けてもらった事は感謝してるわ。でもあなたは私の肌を見たのだからおあいこよ……いいえ、むしろあなたに貸しを作ったようなものね。」
……どうやら乙女の柔肌には窮地を救う以上の価値があるらしかった。
「まぁ、貸し借りは置いといて、事情を教えてくれないか?」
「……あなたには関係ないわ。」
エレナはプイと視線を逸らす。
腕の中にいるホーンラビットが「きゅぃ……」と心配そうな泣き声をあげてエレナを見上げている。
「関係ない……か。だったらなぜ俺も襲われたのかね?」
「……っ!」
俺の言葉に驚いたように見てくるエレナ。
「さっき別れた後、少し行ったところで20人ぐらいの男たちに襲われたんだよ。そのリーダーっぽい奴が、エレナの方にも向かったって言ってたから、慌てて戻ってきたんだけど……関係ないか?」
俺の言葉に俯くエレナ……「巻き込んでゴメンナサイ」と小さな声で謝ってくる。
「謝らなくてもいいさ。ただ、この先も襲われる可能性があるなら事情を知っておきたい。その上でどうするか判断する……正しい情報は行動を決定するのに必要不可欠だからな。」
エレナはしばらく逡巡していたが、やがて「家に入って」と言って先に家屋の方へ歩き出す。
どうやら説明してくれる気になったようだ。
頭の中で『ほら、やっぱり』とエルの声が聞こえた気もするが、俺の所為じゃない……と反論したい。
◇
「えーと、どこから話せばいいのかしらね……。」
お茶を注ぎながらそんな事を言ってくる。
どうやら思った以上に複雑な事情みたいで、エレナ自身どう話せばいいのか分からないみたいだ。
「そうだな……まずはアイツらについてかな?誰かにやとわれているっぽいけど、それが誰だか分かっているか?」
俺は窓の外に視線を向ける。
まぁ、アイツ等を尋問してもいいんだけど、エレナがわかっているのなら聞いた方が早い。
「たぶん……と言うか間違いなく領主様だと思うわ。」
「何でまた領主なんかに狙われているんだ?」
「それは……。」
エレナが言い淀む。
「言いたくなければ無理に話すことは無いけど……どうせあいつ等からも話を聞くからな。ただ、向こうは向うの言い分があるだろうし、一方的に歪められた情報が入るのは避けたいな。」
「そうね……。それはわかるけど……。」
それでも言いよどむエレナ。
「あなたは……あなたはどこまで信用できるの?」
絞り出すように言葉を紡ぎ出すエレナ。
「信用か……、難しいな。それこそ、信用してもらうしかない、としか言えないな。」
大体何をもってして信用できるというのだろうか?
しばらく考え込むエレナだが、やがてゆっくりと口を開く。
「……あなたは私を二度も助けてくれたわ。」
……信用してくれた、って事でいいのかな?
「領主様が私を狙っているのは……この子に関係があるのよ。」
そう言ってホーンラビットを抱き上げる。
「ソイツはただのホーンラビットじゃないのか?」
「いいえ、ただのどこにでもいるホーンラビットよ。」
エレナは悪戯っ子のような表情で笑う。
「ただのホーンラビットがこんなに懐いているのを不思議に思わない?」
「まぁ、言われてみればそうだな。」
「驚かないのね……その方がびっくりだわ。」
呆れたように言うエレナ。
「そういう事もあるかもなって思っただけだよ。」
「はぁ……まぁいいわ。この子は友達なの。森に行けばもっとたくさんのお友達がいるわ……ウルフファングとか、タイガーベアとか……ね。」
意味ありげに言うエレナ。
「モンスターと友達か……つまり……。」
「そういう事なの。」
「『魔物使役者』か……話には聞いてたけど実物を見るのは初めてだよ。」
「魔獣と友達なんて変な子だと思うでしょ?気持ち悪いって思うでしょ?」
投げやりな感じでそういうエレナ。
「いや、別に。魔獣が友達でもいいんじゃないか?ちゃんと心が通い合ってるんだろ?」
「えっ……そ、そうね。」
俺の答えが意外だったのか、目を見開いてこっちを見ている。
「そ、それで領主様は私のこの力を使って魔獣を戦力として使いたいらしいのよ。」
少し上ずった感じで話を続けるエレナ。
「……あの子達は友達……使役なんてしていない!ただ友達として力を貸してくれたり、優しくしてくれてるだけなのに……そんな友達を戦争の道具に使われるのはイヤなのっ!」
話しているうちに感情が抑えきれなくなったのか、俺の胸をポカポカと叩いてくるエレナ……。
「イヤなのっ、イヤなのよぉ……。」
ずっと一人で感情を抑えてきたのだろう。
俺に話したことで感情のタガが緩んだのかもしれない。
いつの間にか胸を叩くことをやめて、顔をうずめしがみ付いてくる。
この家の中にエレナ以外が住んでいる気配はない……つまりはそういう事なのだろう。
いつからか分からないが、ずっと一人で、その感情を抱えて生きてきたのだろう。
俺はエレナをそっと抱きしめる。
今だけは甘えさせてやろうと思って……。
「取り乱して、ゴメンナサイ……お茶を入れ直してくるわね。」
感情を吐き出して少しすっきりしたのか、先程よりは明るい表情になったエレナが新しくお茶を入れるために立ち上がる。
「えーと、どこまで話したかしら?」
「ここの領主がエレナの力を利用しようとしているってところまでだな。」
新しく入れ直したお茶を飲みながら話を再開する。
「じゃぁ、殆ど話したわね。この力の事はずっと隠していたんだけど、最近どこからか聞きつけたらしくて、ああいうのに追われるようになったのよ。幸いこの家はお父様が残してくれた結界に守られているから、家の中にいれば安全なんだけどね。」
「成程な……領主が戦力を集めているのは反帝国の動きが原因か。」
「だと思うわ……。帝国相手に無謀だわ。」
「オイオイ、そんなの分からないだろ?それこそ魔獣の軍団なんかが出来れば、帝国何かあっという間につぶれるかもしれないだろ?」
「そんなわけないわ。聞くところによると帝国の王様は、1万の魔獣を殲滅した事もあるって。しかも極悪非道で情け容赦なく、敵対したものは地獄の果てまで追いつめて、生きている事を後悔するような目にあわされるって……。私の友達をそんな悪魔の前に出すなんて絶対イヤ!」
悪魔って……ちょっと傷つくなぁ。
頭の中で、うんうんと頷く婚約者たちのイメージが浮かぶ。
「うーん、じゃぁ、帝国がサッサとこのアスティア領を平定すれば問題は解決するのか?」
「まぁ、そうね……取りあえずは、だけど。」
「取りあえず?」
聞き返す俺にエレナが応えてくれる。
「帝国がこのアスティア領を治めてくれれば、今の領主様の目的は無くなるから、そういう意味では解決なんだけど……他に、この力を狙う奴らがいないって言う保証はないわ。ひょっとしたら帝国の王様が狙ってくるかもしれないし。」
「成程な……まぁ、帝国の王様については問題ないと思うけど、確かに他の奴等に狙われるって可能性もあるな。」
「そういう事よ。」
大体の話が終わり、しばらく無言でお茶を飲む。
しかし、エレナのおかげで当面の目的が出来た。
情報を集めて、領主を締め上げ、止めにアスティア領を平定する……。
後は、エレナが平穏に暮らせるようにお守りでも作って渡せば大丈夫だろう。
「うん、そうだな。」
「えっ、いきなりどうしたの?」
突然声を出した俺にビックリするエレナ。
「いや、後は任せておけって言う事だよ。エレナが安心して暮らせるようにしてやるからな。」
「そ、そう?ありがと。」
何を言い出すんだ?と言うような顔で見あげてくるエレナ。
「っと、もうこんな時間だ。色々ありがとうな。」
俺はそう言って席を立つ。
窓の外からは夕陽が差し込んでいた。
早く街に戻って宿を探さないと、今の時期はすぐ暗くなるからな。
「あ、……その……良かったら泊まって行ったら?へ、部屋は余っているし……へ、ヘンな意味じゃないからね。助けてもらったお礼って言うだけで……。」
あたふたとしながらそんな事を言うエレナの様子が可愛くて、思わず顔がほころぶ。
「ほ、ホントに深い意味は無いんだからねっ、ヘンな事したらダメなんだからねっ!」
「そうだな、今から宿を探すのも大変だし、お言葉に甘えるか。」
「そ、そう?じゃぁ仕方がないから泊めてあげるわよ……あ、晩御飯の用意しなきゃね。」
頬を赤く染めながら、そそくさと出ていくエレナ。
その後ろ姿を見ていると脳裏に呆れ顔のエル達の顔が浮かぶ。
……取りあえず連絡を入れておくか。
俺はエレナが近くにいないことを確認して、通信の魔術具に魔力を流した。




