王都陥落……ここまでがプロローグ?
「許して!わしが悪かった!この通りじゃ!」
「ツン!」
「のぉぉぉぉぉ!」
俺の目の前で繰り広げられている光景……年頃の娘を持った家庭のよく在る一幕。
いや、まぁ、見ている分にはほのぼのとしてていいんだが……。
今このお城、反乱軍に攻められてるんだよね?
俺はそう思い、ちらっとエルのお母さん……ミネアさんを見る。
彼女は、分かってます、と言うように頷いている。
「わ、わしはただ、「娘の連れてきた男」に「一発殴らせろ!それで許してやる!」と言うのをやりたかっただけなんじゃ!」
「ツン!」
「エルよ、わかっておくれ。これは一種の儀式なのだよ。長年、愛情をこめて育てた娘が、どこの馬の骨とも知らない奴に掻っ攫われて行く。1発ぐらい殴らんと。気がスマンじゃろ?」
「……私、お父様に育てられてないよ?」
冷たい表情でエルが言う。
「のぉぉぉぉぉ!」
……まぁ、今のは自虐ネタだったのか素なのか分からないところだが、エルの一言はかなり効いたみたいだ。
「まぁ、エルもその辺で……それよりやる事があるんだろ?」
「そうね。」
エルはそう言って、国王から離れミネアさんの方へと移動する。
それを見た国王は、俺の方を見て、キッ!と睨む。
助けたはずなのに……解せん。
「国王様から、姫様との時間を取り上げるなんて、やっぱり鬼畜ですね。」
近くに来たシェラが、ぼそっと耳打ちしてくる。
……そうか、あれはあれで楽しんでたって事なのか……理解は出来んが、王様ゴメン。
◇
「それでどうしますか?今なら逃がすことは可能ですが?」
シェラが国王とミネアさんに現状を説明した後、俺が問いかける。
現在、王宮を取り囲む、3重の城壁の一番外側が突破され、そこでの小競り合いが続いているそうだ。
もう少し時間はあるが、数量差から見ても、攻め込まれるのは時間の問題だろう。
「玉座の間へ行く。・・・・・・ワシはこれでもこの国の王だ!最後まで見届ける義務がある。」
俺の目の前には立派なひとりの王様がいた。
さっきまでのダメ親父はどこ行ったんだという位の変貌ぶりに驚く。
それはエルも同じだったようで、小さく「お父様・・・・・・」と呟いていた。
「そう言うことだからね、あなた達はもう行きなさい。」
ミネア様が、エルに微笑みかけながら言う。
「母様は、母様はどうするの。」
エルはミネア様に縋りつく。
「私はね、あの人と一緒に行くわ。……あなたも、自分の選んだ人と自分の道を歩んでいきなさい。」
そう言ってミネア様は、エルを軽く俺の方へと押し出す。
「し、シンジは、そんなんじゃ……。」
そんな事を話している間に、国王は扉を開く。
「フィン国王、どちらへ?」
すかさず、警護の者から声がかかる。
「玉座の間だ。何やら、門の方が騒がしい様だ。」
「その様な報告は受けておりませんが……おい。」
「ハッ。」
国王と応対していた警備兵の命を受けて、一人の兵が走っていく。
たぶん状況を確認しに行ったのだと思う。
「今、確認に行かせましたので。」
「ウム。」
会話しながらも、長い廊下を歩いていく国王と警護の兵達。
そこに前方から、別の兵が現れる。
「国王様、大変申し訳ありませんが、お部屋へお戻りいただきたく存じます。」
その兵の内隊長らしき人物が一歩進み出て、国王に告げる。
「何故だ?」
「理由を知る必要はありません。国王様は時が来るまで自室にて奥様と戯れていてください。」
隊長の口が、下衆っぽく歪む。
「何だ、貴様らは!」
「国王に対し不敬だぞ!」
手前にいる衛兵たちが騒ぐが、前方にいる奴らは気にした様子もない。
「反乱軍だな。」
「そうね。」
「じゃぁ、頼む。」
「分かったわ……『水棲の矢』」
俺とエルは一言二言で互いの意思疎通を図り、それぞれの行動に出る。
エルから放たれた水の塊が、無数の矢となって反乱兵達に降り注ぐ。
見た目は派手だが、それ程殺傷力の大きい魔法ではない。
『電撃』
そこに、俺の放つ電撃の魔法が加わる。
普通なら、ビリッと来るだけの初級魔法だが、水浸しになった彼らは伝導率がよく、ビリビリッ!とスタンガンをあてられたように感電する。
「今です!」
シェラが国王とミネア様を誘導する。
エルにもついて行かせ、俺は奴らが追って来れない様に殿を務める。
『落とし穴』
突然できた穴に足を取られ、バランスを崩す反乱兵達。
俺は収納から武器を取り出して構える。
一見ナイフに見えるソレは、柄の部分を60度ほど曲げると刃の部分が左右に広がる。
簡単に言えば小型のクロスボウ……俺のアイディアを取り入れた特注品だ。
俺は、本来ボルトを設置する所に小瓶をセットする。
そして反乱兵達に向けて引き金を引く。
ヒュンッ!
立て続けに引き金を引く。
ヒュンッ! ヒュンッ!
ボウガンはその構造上連射に向いていないが、いくつかのギミックを改良して、そのあたりは改善してある。
それでも三連射が限界だったが。
反乱兵達は、最初こそ警戒していたが、あたったのがのが何の変哲もない液体だと知ると、猛然と襲い掛かってくる。
俺は再度小瓶をセットする。
『着火』
そしてその瓶から出ている布に火をつけ、反乱兵に向かって撃ち込む。
火のついたその小瓶は、反乱兵達に当たって砕けると、たちまちその炎で包み込んでいく。
最初に放ったのがアルコール度の高い蒸留酒で、それを全身に浴びている兵達は、一気に燃え上がる。
気化した部分が燃え上がるので、見た目派手だが、実はそれほど殺傷力は高くない。
ただ、燃えた服をそのまま着ていれば当然大やけどを負うことになるが。
炎に巻かれパニックを起こした反乱兵達を、その場に残して、俺はエルたちの後を追った。
◇
玉座には、今国王が座っている。
こうしてみると立派な国王様だ。
国王は、各地へ次々と指示を飛ばしているが、反乱軍は第二の城壁も落として、第三の城壁まで迫っているとのことで、戦況は厳しい。
俺達は国王の背後で目立たない様に控えている。
いざという時は逃げだすために……。
シェラは、城内の反乱分子を炙り出している所だ。
あまり深入りしないようにとエルも言っていたので、すぐに戻ってくるだろう。
ガヤガヤ……
ザワザワ……
ん?入り口辺りが騒がしい。
俺はエルに合図を送り、すぐ動けるように準備をしておく。
バンッ!
乱暴にドアが開かれる。
ダッダッダッ……と、兵たちが雪崩れ込んでくる。
「グスタフと……ミラー公爵か。」
兵たちの後ろから姿を現した二人を見て、国王が唸る。
「フィンドルフ、大人しく玉座を明け渡してもらおうか!」
「ミラー公爵、ワシが玉座を明け渡して、それからどうする?」
「フン、知れた事よ!この俺を資格なしと見下した貴族共、権威に媚び諂い、裏でコソコソと馬鹿にしてる貴族共を、この俺の下に集め、ひれ伏せさせてやるんだよ。誰が一番偉いのかを骨の髄まで分からせてやるのさ。」
「何をバカなことを……。」
ミラー公爵という男の眼が血走っている。
絶対の権力を目前にして、建前を殴り捨てて欲望が先走っている。
興奮のし過ぎか、まともな判断力を失っているみたいだ。
あの手合いには、まともな会話は通じないという事を、俺は知っている……いや、知らされた、といった方が正しいか。
「グスタフよ、血統に拘るお主がワシの事をよく思っていない事は知っておった。しかし、その結果がコレか?」
国王は、まだ喚いているミラー公爵を指す。
「王よ、穢れた血を元に戻すのはもはや不可能なのです。だったら、全てを打ち壊し、新しい血統を作るしかないではありませんか?」
グスタフ宰相は落ち着いて話をしている。
しかし、決定的に話が噛み合わない。
結局グスタフ宰相も、自分の欲望を叶えるためだけに動いているにすぎない。
「ワシは玉座なんぞに固執はしていない。欲しいと言うなら喜んで差し出すさ。元々望んで王の位に就いたわけではないからの。……ただし、あくまでも、その者が国をまとめ、民を支える能力があるならば、だ。
一度王位に就いたのならば、民を守り、国を豊かにする責任がある。
わしはその責任はしっかりと果したいと思う。
よって、お主等のように、自分の欲望を満たすためだけの者共に、渡してやることは出来んな。」
国王がそう言い放つと、反乱兵たちが色めき立つ。
「ぐぬぬ……言わせておけば。」
「元より、王たる者は私情を捨てねばならぬ。私情を排し、公の立場から見て物事の判断が必要である。
そこに私情が絡めば、公平さを失い、国と民は王の私物となってしまうであろう。
王の判断は絶対である。故に間違いは許されない。
判断を間違えた場合、すべての重荷を負うのは民たちである。
普段、民たちが税を納めるのは何故か?
王族を、貴族を敬うのは何故か?
それは、事が起きた場合、全ての責を我々が負うからだ。」
これは……俺はエルに目をやる。
エルも理解しているのか、軽く頷く。
国王の言葉……一見賊共に対し話しているように見えるが、これはすべてエルに向けられたものだ。
エルに対して、王族とはなにか?王族の矜持は?責任は?……。
それらすべてを教えるには時間がなさすぎる。
だから限られた時間の中で、エルに教えているんだと思う。
王としての心構えを語ることによって、王としての態度を見せることによって……。
フィンドルフ=グラーシス=ハッシュベルク27世の生きざま……それが、王として、父親として、エルに残せる唯一のものだと信じて、国王は今語っているのだ。
だから、エルもじっと国王を見つめ、その言葉を漏らすことの無い様、その姿をしっかりと刻み付けるようにしている。
「王は民を飢えさせてはならない。王は民を苦しめてはならない。民に責を負わせてはならない。
民を慈しみ、守るのが王の一番の務めである。
なぜならば、民が礎を作り、それが国となるからだ!」
国王は、そこで言葉を切り周りを見回す。
反乱兵の中には、王の迫力に押されだしている者もいる。
「故に、自らの欲望のために、隣国を招き入れ略奪を許すような真似を、そしてそれを当然のように受け入れているような輩には、この命に代えても玉座を渡すことが出来ぬ!」
王の言葉に、衛兵たちが奮い立つ。
「我らが王を守るんだ!」
「反乱軍を押し返せ!」
おぉ―――――!
オォォォ―――――!
各所で剣と剣がぶつかり合う音が響く。
「エルっ!」
「分かってる……『風の守り』」
エルの唱える風魔法によって、放たれた矢はことごとく落ちてゆく。
それほど広くもない室内で、ぶつかり合う衛兵と反乱兵。
士気は衛兵たちの方が高いため、一時押し戻してはいたのだが、反乱兵は後から後から増援が来る。
やがて数の差が指揮の差を上回り始めると、徐々に衛兵たちが押し込まれてくるようになった。
「どうやらここまでですね。」
見ると、俺達から少し離れたところで、俺達を守る様に、国王が反乱兵と打ち合っている。
流石の技量で、一般の反乱兵など寄せつけもしないが、数量差を考えると時間の問題だと言えよう。
「母様、父様と共に私達と脱出を……。」
「それも、今やかなわぬ夢……エル、顔をよく見せて。」
ミネア様はエルの頬に両手を添えてじっと見つめる。
「ウン、綺麗になったわね、流石は私の娘。でもね、安売りしちゃダメよ。もっと磨きをかけて、誰もが振り向くようないい女になるのですよ。」
「母様……。」
「シェラ……私のもう一人の娘。エルをお願いね……。」
「ミネア様……必ずや、必ずや姫様を守り通します。」
エルとシェラを抱きしめるミネア様。
キィン!キィン!
剣撃の音が近づいてきている。
どうやら本当に時間がないようだ。
ここから俺の転移で移動しても、城の外に出るまでに5回は飛ばなければならないだろう。
その間、見つからないという保証はないし、城外に出たとしても反乱兵であふれかえっている所を突破していかなければならない。
アイテム全部を放出して何とか……ってところか。
「シンジさん、と言いましたわね。」
俺が脱出に向けて思考を巡らせていると、ミネア様から声がかかる。
「娘を……娘たちをよろしくお願いします。そして……あなたの力を少し借りますね。」
ミネア様は、そう言うと、エルとシェラを抱き寄せるように指示する。
「あなた方の脱出は私が行いますので、三人とも離れないようにね。」
「母様!」
「エル、愛しい私の娘……幸せになるのよ。……『絶対自在の1分』
ミネア様が力ある言葉を唱える。
俺の身体から魔力が吸い上げられていく感じがする。
『次元断層』
ミネア様が力ある言葉を唱えると、玉座の間全体が揺れ、歪んでいく。
空間がどんどん圧縮されていく……ダメだ、これはヤバいヤツだ。
俺の困惑をよそに、ミネア様はどんどん魔力を注いでいく。
『超新星爆発』
あたり一面が光に飲み込まれていく。
エルとシェラをギュッと引き寄せ抱きしめる。
意識を保つのが厳しくなってきたが、それでも俺はこの手を離さない。
『空間転移』
遠くの方でミネア様の声が聞こえ……俺の視界がぼやける。
そして、そのまま意識を失った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハイ、どうぞ。」
俺はエルが差し出した器を受け取る。
最近おなじみの山菜がたっぷり入ったスープだ。
エルも自分の分を装い「頂きます」と食べ始める。
あれから1週間……あんなことがあっても、ご飯は美味しい。
それが嬉しくもあり、悲しくもあった。
ミネア様の使った魔法は、ミネア様のユニーク魔法で、とっておきだとエルが言った。
何でも、対象の能力をすべて自分の物として使うことが出来るらしい。
しかも、自分の魔力を上乗せするため、実際の能力より数倍から数十倍の効力を発揮するのだとか。
実際、あの光に包まれて気が付くと、王都から十数キロ離れた森の中で俺達は目覚めた。
空間魔法……本来はすごいポテンシャルを秘めていたんだなぁとつくづく思う。
あの後、集めた情報によると、王宮は謎の爆発により半壊。
王族は全て死亡したと発表され、クーデターは成功……したかに見えたが、王位につくと宣言したミラー公爵に対し、グスタフ宰相が 「王族を弑いたのはミラー公爵だ。僭王を認めることは出来ない。」と反旗を翻し、今は国を二分にしての内乱が続いている。
どちらが勝ったとしても、この国はもうお終いだろう。
そう思う人々は多数いて、各地の村や街から逃げ出す住民も出始めている。
「これから、どうしよっか?」
エルがぼそりと言う。
「そうだな。とりあえずはこの国を離れるか……そして、冒険者として旅してまわるのも悪くないだろ?」
「そうね、それもいいね。」
今は、エルの中でも気持ちの整理がついていない。
冒険者として、各地を巡っていくうちに、エルの中で何らかの答えが出るだろう。
少なくとも、それまでは付き合ってやるつもりだ。
「ミネア様にでかい借りが出来たからな……。」
「えっ?何か言った?」
エルが聞きとがめて聞いてくる。
「いや、何でもないよ。」
あの時、俺の力では、無事に脱出できるかどうかは5分5分だった。
それをミネア様の力であっさりと窮地を抜け出した。
この借りは大きいが、本人に返せないからな……。
熱々のスープを美味しそうに頬張るエルを見つめながら思う。
「まぁ、ただ単に一緒に居たいってだけかもな。」
「えっ?何?」
「あんまり食べ過ぎるなよって……シェラが、また泣くぞ?」
「あー、アハハ……。」
見ると鍋の中には殆どスープが残っていなかった。
俺とエルは互いに顔を見合わせ、そして笑う。
とりあえず、笑顔でいられるこの時間を大事にしたいと思うのだった。
タイトルにもありますように、実は本編に入っていなかったんですね。
元々、エルが亡国の姫という所から始めるつもりだったのですが、一応国を無くすまでの件を……と思っていたら、ここまでかかってしまったという。
これでは建国に向けての行動がいつになるやら……ひょっとしたら冒険に明け暮れて、建国しないかもしれませんしね(^^;
 




