街を歩けば美少女にあたる……トラブル付きで。
「……ふぅ、やっぱりエルかリディアを連れて来るべきだったかなぁ。」
俺は路地裏の片隅でそんな事を呟く。
表通りをそっと覗き見ると「どこ行った!」「あっちで見かけたぞ!」「急げ!」等の声が聞こえる。
「結構しつこいなぁ……そう思わないか?」
「それには同意しますが……そろそろ放してもらえませんか?人を呼びますよ?」
抱きかかえている女の子に同意を求めたら、そんな風に言われてしまった。
今人を呼んだら君も困るだろうに……とは言えなかった。
彼女の眼は本気だった。
「まったく、私のような美少女を見て欲情するのはわかりますが、こんなところに連れ込むなんて……もっとムードを考えていただきたいですわ。」
彼女を降ろすとそんな事を言ってきた。
改めて彼女を見る……この辺りでは一般的な農民の服装ではあるが、腰まで伸ばした長い黒髪はしっかり手入れがされているのだろう、艶やかな輝きを放っている。
勝気そうな光を湛えた少し大きめの黒い瞳は、彼女の意志の強さを表しているかのようだ。
薄く紅を指している小ぶりの唇……この口で毒舌を吐くなどとは誰も想像しないだろう。
小柄ながらも出る所はしっかりと主張している均整の取れたプロポーション……ヘタな貴族より整った容姿だけを見れば、美少女と言っても間違いではない……のだが……。
「あれ?俺って君を助けたんだよな?」
「……頼んでませんわ。」
「……。」
「……。」
二人の間に静寂が訪れる……。
「おーい、ここにいるぞー!」
俺は徐に大声を上げる。
「わわっ!」
彼女は慌てて俺の口を塞ぐ。
「何か聞こえたぞ!」
「こっちじゃないか?」
「いや、あっちで目撃情報がある。」
「急げ!逃がすなよ!」
捜索の声が近くまで聞こえてくる。
どれくらいそうしていたのだろうか?
やがて辺りに静けさが戻ってくると、彼女は「ふぅ……。」と小さく息をつき俺の口から手を離す。
そして俺をキッっと睨みつけると文句を言ってくる。
「あなた、バカじゃないの?バカでしょ!何であんな大声出すのよ!見つかっちゃうじゃないっ!」
キャンキャンと言う感じで文句を言い続ける彼女を見ていると、なんだか懐かしくなってくる。
「えーと、もう一度聞くけど、俺って君を助けたんだよな?」
文句を言い疲れたのか、ゼェゼェと息をついている彼女に問いかけてみる。
「……頼んでませんわ。」
プイっと視線を逸らす彼女。
「おーぃ、むぐっ……。」
「すみません、すみません、助けていただきました。ありがとうございます、感謝していますっ!」
再び大声を上げかけた俺の口を塞ぎ、ひたすら感謝の意を述べてくる彼女。
焦っている姿が妙に可愛くて、ついからかいたくなってしまう。
「最初から、素直にそう言えばいいのに……。」
「……殿方に隙を見せるな、借りを作るな、と言うのが母様の教えですから。」
恥ずかしそうに視線をそらしながらそんな事を言ってくる。
「そうか……まぁ、奴らもどこかに行ったみたいだし、もう大丈夫だろ。気をつけて帰れよ。」
俺は大通りをそっと伺い、追手の姿が無いのを確かめてそう言った。
「……待ってください。」
立ち去ろうとする俺の服を掴んで引き留める彼女。
「家へ来てください……お茶をご馳走しますので。」
「……なんで?」
唐突な誘いに、つい聞き返してしまう。
「先程も申したように、殿方に借りを作るわけには行けませんから……助けていただいたお礼です。」
彼女の顔を見ると照れている様子はなく、本当に借り作らずお礼をするためだけに誘っているように見える。
「分かったよ……家は近いのか?」
「こちらです、案内しますね。」
俺が承諾すると、心なしか明るくなった表情の彼女が笑顔を見せてくれた。
俺としては、この笑顔だけで十分なんだけどな……。
口に出すと、また面倒になりそうなので、心の中で呟くだけにとどめる。
◇
「お待たせしました。どうぞ。」
彼女が目の前のティーカップにお茶を注いでくれる。
「いただきます。」
彼女が入れてくれたお茶を一口含むと、口内にさわやかな香りが広がる。
「ミト茶だね……色々ブレンドしてるのかな?すごくおいしいよ。」
俺は素直に感想を述べる。
お茶に関してはアイリスが趣味なので色々と飲んでいる内にそこそこ詳しくなったつもりだが、出されたお茶は、今までに味わった事の無い深みを醸し出していた。
「ありがとう……お茶を入れるぐらいしか取り柄が無いから、褒めてもらえると嬉しいわ。」
目の前に座った彼女は、はにかんだようにそう言う。
「いや、ホント、美味しいよ。」
俺はもう一口飲んでから、添えられたスコーンに手を伸ばす。
「そう言えば自己紹介もしてませんでしたね。」
そう言って居住まいを正す彼女。
「私はエレナ、エレナ=ヒューストンと言います。先程は助けていただいてありがとうございました。」
そう言いながら優雅なカーテシーを披露してくれる。
ファミリーネームと言い、この洗練された仕草と言い、普通の農民ではありえない。
「俺はシンジ……旅人?」
「何で疑問形?」
俺の言葉に座り直したエレナがクスクスと笑う。
「何でだろうね?」
俺自身にも分からないよ、そんなのは。
その後も他愛のない話に花を咲かせ、楽しいひと時を過ごす。
「そう言えば、シンジ様はミト茶の意味はご存じですか?」
お茶を入れ直しながらそんな事を聞いてくるエレナ。
「意味?」
意味なんてあっただろうか?
俺は疑問に思いながら聞き返す。
「えぇ、この辺りでミト茶を出すという事は……『早く帰れ』って言う事なんですのよ。」
「……ぶっ!」
口に含んでいたお茶を思わず吹き出してしまった。
「まぁ、汚いですね。……うふっ、冗談ですよ。」
「ご、ゴメン……。」
俺はこぼしたお茶を慌ててふき取る。
その様子をエレナはクスクス笑いながら見ている……本当に冗談だろうな?
「……それよりエレナは貴族?……あ、いや、言いたくないなら答えなくていいから。」
意趣返しのつもりで、何気なく聞いたつもりだったが、彼女の顔が曇ったのを見て慌てて言い繕う。
やっちまったと思うと同時に、リディア達との会話を思い出す。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある朝、目が覚めると、ネコミミ姿のリディアの姿が目の前に飛び込んでくる。
俺は思わずリディアを抱きしめて可愛がり始める……このチャームを付けたリディアには抗えない……状態異常の耐性はMAXの筈なのにおかしい。
更には、同じくチャームを付けたエルとアイリスが近づいてくる。
俺は彼女たちに抗えない!
……ここが天国なんだろうか。
◇
「仲良しなのいいですが、執務を忘れてもらっては困りますっ!」
夕方、執務室に顔を出すとリオナに怒られた……笑顔ではあるが目が笑っていない……本気で怒っている。
「……まったく、私だって……でも私まで加わると、ホントに執務が滞るし……。」
何やらブツブツ言っているが、よく聞き取れないので気にしないでおこう。
「いや、今朝は早起きしたんだよ。でもなぜか気づいたらこんな時間だったんだ……時の女神に悪戯されたのかな?」
「それは女性を口説く時に使う言葉であって、執務をサボった言い訳には使いませんっ!」
リオナのそんな言葉を受け流し、溜まっていた書類に目を通していく。
現在の情勢は、良くも悪くも膠着状態で、下手に動くのが難しくなっている。
まぁ、こちらとしてはその状況を利用して、国内の復興をするだけなので特に問題は無いけどな。
……結局、溜まっていた書類を片付け終わったのは深夜遅くなってからだった。
……何か締め付けられる感じがして目を覚ます。
目の前にはネコミミ姿のエルがアップで迫ってきて……唇を塞がれる。
しばらくしてエルが身を離すと、入れ替わりにネコミミ姿のアイリスが……そしてその後は同じくネコミミ姿のリディアが俺にキスを迫ってくる。
その後も代わる代わる三人から求められ続けた……あぁ、天国はやっぱりここにあったんだ……。
◇
「いい加減にしてくださいっ!」
執務室で怒りをあらわにするリオナ。
「最近のおにぃちゃん、おねぇちゃん、ダメダメだよ!」
横ではレムもぷんぷんと怒っている。
俺はリオナの前で正座をさせられている……エル達も同様だ。
流石に丸一日、執務をサボってしまったせいで、リオナの怒りメーターはMAXになっているらしい。
「気持ちはわかりますが、このままでは『ハーレムで身を崩した初代ダメ帝王』と呼ばれることになりますよ!それでもいいんですかっ!?」
……とはいっても、俺自身そんなに時間が経っているようには感じなかったんだけどな。
目覚めたら天国にいて、気づいたら地獄にいたという感じだ……浦島太郎もこんな気持ちだったのだろうか?
「聞いているんですかっ!」
どうでもいい事を考えていたら、リオナの雷が落ちてくる。
怒っているリオナとレムだが、その瞳には悲しそうな色が浮かんでいる。
それを見た俺は深く反省することにした……。
◇
「……と言う事で、旅に出ようと思う。」
「なんでそうなるんですかっ!」
翌朝、俺は皆を執務室に集めてそう宣言すると、リオナからツッコミが入る。
「わーい、久し振りの冒険だねぇ。」
喜ぶリディアだが、ここはあえて心を鬼にしよう。
「いや、旅に出るのは俺一人だ。」
「なんでですかっ!」
抗議してくるリディアを宥めながら、俺は説明を続ける。
「最近は情勢も安定しているし、復興も予定通り行われている……だからこの機に他領に潜り込んでいろいろと調べてくるつもりだ。」
『蜘蛛型魔術具』で情報は集めているが、その場の雰囲気を直接肌で感じないとわからないこともあるだろう。
情勢が逼迫してくれば、出かけている余裕もなくなるから、今がちょうどいいタイミングであることは間違いない。
「一緒に行きたいにゃん♪」
「置いて行かれるのは淋しいにゃん♪」
「私のコト……キライになったにゃん?」
……いつの間にかチャームを身に着けた三人がすがる様な眼で見てくる。
……ダメだ……抗えない……。
「わ、分かっ……。」
「いい加減にするのっ!」
一緒に行こう……と言いかけたところで、レムの怒りが爆発し、三人からチャームを剥ぎ取る。
「おねぇちゃんたち、そこに正座なのっ!」
レムが三人を正座させお説教を始める……いつの間にか立派に成長したんだなぁと、微笑ましく見守る。
……しかし、さっきのはかなりヤバかった。
リオナの俺を見る目が冷たい。
「なぁ、リオナ、ソレに使用制限掛ける様に技術部に回しておいてくれないか?」
耐性MAXの俺でさえ易々と魅了するアイテムは……世に出してはいけないものだと悟った。
◇
「……と言う事でエル達にはサウシュの街で動いてもらいたいんだ。」
俺はかねてから考えていた帝都建立の地をサウシュの街にすることを話す。
正確には国境を越えた辺りに要塞を兼ねた王宮を建てて、内側にサウシュの街及びその周辺を帝都として囲う予定だ。
正直、他領主たちに関してはそれほど脅威に感じてはいない。
それより、サイラスと名乗ったアイツが指揮する『南方連合』の方が手強いと考えているから、それに対する備えは早急に対応したいと考えている。
今だ、何のアクションも起こしていない『南方連合』が不気味に感じるが、こちらが備える時間を貰ったと前向きに考えて行動しよう。
「リオナとレムには引き続き執務の管理をしてもらいながら帝都建立の調整を頼みたい。」
俺がそういうと、リオナは浮かない顔をする。
「どうした?何か問題があるか?」
「いえ、まぁ、問題と言うか……本当に旅に出るんですか?」
どうやら俺の事を気遣ってくれているらしい。
「心配ないよ。俺だって、そこそこは戦えるし、いざとなれば転移石で逃げることもできるしな。」
「いえ、そこは心配してないのですが……。」
「……リオナちゃん、諦めよ?」
「シンジだから仕方がないわよ。」
「最小限で済むことを女神様に祈りましょう。」
リディアとエル、アイリスが、落ち込むリオナを宥めている……どういうことだ?
訳が分からないという顔をしている俺に気づいたのか、リディアが寄ってきて教えてくれる。
「リオナちゃんは、シンジさんのお嫁さんが増えることを心配してるんだよ。」
「……そんなバカな。」
思いがけないリディアの言葉に、俺はそんな事は無いと反発する。
「シンジさんが旅に出るって事は、高確率でトラブルに巻き込まれて、そこには必ず女性が関わってくるのですよ。そしてトラブル解決後に情に流されて連れ帰ってくるのが目に見えるのですぅ。」
「そんな事……。」
「ないって言いきれる?」
エルのツッコミに俺は押し黙る。
よくよく考えてみれば、この子達との出会いもそんな感じだった……まぁ、リディアはエルが拾ってきたんだが。
「嫁を数人連れて帰ってくるシンジさんの姿が天啓で見えるのですぅ……。」
イヤな天啓だな、オイ……。
「よし、分かった。なるべくトラブルに合わないようにする!」
俺が宣言すると、女性陣一同は諦めたように大きくため息をつく。
「まぁ、アテにせずに待っているわね。」
エルが代表して諦めたようにつぶやいたのが印象的だった……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっぱり、引っかかったですぅ。」
思いつめたような、何かを話そうかとしているような、そんな複雑な表情を浮かべたエレナを見ると、リディアのそんな言葉が聞こえてきた気がした。
「あ、そろそろ帰るな……お茶ありがとう、美味しかったよ。」
エレナが何か言いだす前に、俺は立ち去る事を選択する。
「待ってくだ……いえ、何でもありません。……楽しい一時でした。またいらしてくださいね。」
一瞬引き留めかけたエレナだったが、思い直したのか、居住まいを正して礼儀よく見送ってくれる。
俺はエレナの見送りを受けながら、その場を後にした。
……危なく引っかかるところだった。
俺はエレナの家をかなり離れてから、ホッと胸をなでおろす。
エレナの様子が気にならないと言えば嘘になるが、トラブルに巻き込まれないようにすると約束したからな。
自ら飛び込む真似はしないんだが……どうやらトラブルと言うのはこっちの都合を考えてくれないらしい。
俺は周りを取り囲む男たちを見て、心の中でそう呟いた。




