顔はヤバいよ、ボディにしな。
「ふわぁー……。」
思わず大きな欠伸が出る。
「大きな欠伸ですぅ。」
膝の上でゴロゴロしていたリディアがその手で、頬をペタペタと触ってくる。
掌の肉球がぷにぷにして気持ちいい……最近リディアのお気に入りの『肉球グローブ』だ。
俺はリディアの頭を撫でる。
その頭から覗く三角耳、お尻には可愛い尻尾がふよふよと動いている。
リディアがアシュラムとミーアラントの技術者に作らせた、いわば両国……と言うより、今は帝国か……の技術の粋を極めたチャームアイテム(命名リディア)だ。
遺憾ながら、俺のツボにクリティカルヒットしている。
流石は帝国の最先端の技術を詰め込んだだけのものはある……ぶっちゃけ、これを装備したリディアの魅力に抗うのは不可能だ。
エルやアイリスの視線が冷たいが、仕方がないんだよ。
俺はリディアの三角耳をさわさわと撫でる。
「ひゃん……。」
リディアの身体がビクッと震える……作り物の耳の筈なのにちゃんと感覚が繋がっているらしい。
俺は楽しくなって耳を触ると、膝の上でリディアが見悶える。
「ハイ、そこまでです!」
アイリスがリディアを抱きかかえて俺から引き離す。
「あ……。」
「あ、じゃないですよ、もぅ……これは預かっておきます!」
アイリスがリディアのチャームアイテムを外してリオナに預ける。
「正気に戻った?」
エルが汚物を見るような目で見ながら聞いてくる。
「あ、あぁ大丈夫だ。」
エルの視線から目をそらす……そんな目で見ないでくれよ……仕方がないんや。
「そんな事より、何で集まっているか覚えていますか?」
アイリスの口調もいつもよりキツイ気がする。
「お、覚えているさ。」
俺はそう言いながら必死になって頭を回転させる。
えっと、確か国境付近の直轄地での難民問題と……反帝国軍への対抗措置でよかったっけ……、あぁ、後は帝都建立についても話さないといけなかったな。
「ホントかなぁ?」
エルが疑わしそうな目で見てくる。
「私は覚えてないですぅ。」
エヘッと笑うリディア……チャームを取り上げられてもめげていない所が彼女のいい所だ……いや、別の企みがあるのか?
「取りあえず、反帝国軍に対しては今まで通り様子見でいいと思う。国内の安定の方が先だからな。」
「そうね、私もそう思うわ。」
俺の言葉にエルも頷く。
「現在の所、軍備を増強しつつ乗るのはマティアス領のみで、他領は自領を守り様子見に徹しています。」
リオナが現状を補足してくれる。
その隙を狙ってティナがチャームアイテムを持っていこうと近寄るが、リオナに精され、足蹴にされる……リオナも成長したなぁ。
「そういう事だ、当面はマティアス領に気を付けていればいいと思う。マティアス領が動けば他領も追従するだろうけど、逆に言えばマティアス領が動かなければ、他領も動かないって事だよ。」
「分かりました、では、当面の問題としては……。」
アイリスが書類に何やら記載していく。
「南の国境の街へ行く……難民たちが流れてきているんだろ?……俺に責任が無いわけじゃないからな。」
「分かりました、準備は出来ていますのでこの会議が終わり次第向かいましょう。」
アイリスがそう答える。
「後は……帝都建立だったか?」
俺の言葉に一同が頷く。
「なぁ、それって必要か?今まで通りでよくないか?」
俺の言葉に皆はブンブンと首を振る。
「シンジ、アンタバカなの?一応帝国を名乗っているんだからそれなりの格好を付けないとバカにされるでしょうがっ。」
エルの言葉に、そんなもんかと思う。
「ダニエルからはアシュラムの王宮を改装してはどうか?との案が出ておりますが?」
アイリスがそう告げてくる。
「それと同様にクリス様からも、グランベルクの王宮をお使いくださいと伝言を預かっています。」
リオナも報告書を片手にそう告げる。
アシュラムとグランベルクの王宮か……どちらも捨てがたいけど何かが違うんだよな。
俺は昔よくやっていたSLGを思い出す。
帝都と言えば、いわば本国……俺はゲーム開始当初は本国を敵に囲まれにくい場所を選んでいた。
敵に攻め込まれないように調整しながら、本国を富ませ軍備を充実させる。
軍備が整ったところで攻めに転じ、本国に攻め入るルートを塞ぎながら領地を広げて、ある程度領地が広がったら最前線に拠点を移していたな……。
俺はそこまで考えて現状と照らし合わせてみる。
旧ミーアラント領は、いわば最初の拠点だ……グランベルクやアシュラム、ベルグシュタットを盾にして、敵に攻め込まれることもなく富ませる事が出来た。
しかし現在はアシュラム、グランベルクを属国としたことにより領地が広がってしまった。
ミーアラント領自体の安全は確保されているものの、前線から遠くなるのが難点だ。
幸い、と言っていいかどうかわからないが、アシュラムの北方は魔王が色々やっていたおかげでしばらくは安全が確保されているから、目を向けるべきはグランベルク方面だ。
なので本拠を置くならグランベルク国内になるのだろうけど……。
「帝都に関しては、もう少し考えよう。」
俺はそう結論付ける。
「まぁ、シンジがそういうなら、しばらくは保留ね。」
エルが同意してくれたのを機に軍議はお開きとなった。
◇
「あー、予想以上にひどいなぁ。」
南の国境近くの街……サウシュの街を見て出てきた言葉がこれだった。
サウシュの街は、場所が場所だけに、先の戦役では戦乱の渦中にあった……つまり一番被害にあったともいえる。
そういう状況なので、旧南アルティアや旧シャマルに対しての憎悪は根強く、戦後両国から難民が流れてきても当然心証は良くないわけで……。
難民の受け入れは、上からの命令と言う事なので、一応表面上は受け入れてはいるが、現状は……眼前に広がる光景が物語っていた。
「中央にサウシュの住民達、入り口ギリギリのところに南アルティアからの難民、少し離れてシャマルの難民か……。」
見事に三分割している上、サウシュの住民たちは難民たちが近づかないように常に距離を取っている。
まぁ、物資に余裕があるわけでもないので、難民たちに施すのも難しいのだろうが、それ以上に心の垣根が阻んでいるという事だろうか。
「取りあえず炊き出しだな……シャナ、ティナ……大丈夫か?」
ティナは民たちによって奴隷商人に売られ、シャナは民たちから乱暴されそうになっていた過去を持っている……正直連れて来るかどうか迷ったのだが、いつまでもそのままと言うわけにもいかない。
何より人手が足りないのだ。
「正直……怖いです……でも王様の役に立てるなら頑張ります。」
「私はおーさまの奴隷だから拒否権は無いよね。それにいざとなったらおーさまが守ってくれるんでしょ?」
シャナとティナは其々思う所を話してくれる。
「私達がついてるから大丈夫ですよぉ。」
横からリディアが請け負ってくれる。
「そうですわ。だから早く準備しましょう。」
アイリスも近寄ってきて安心するように、と二人の頭を撫でる。
「「姐さん!」」
二人がそれぞれリディアとアイリスにしがみつく。
何だかんだと言っても、この二人の面倒を見てきたのだから、俺にはわからない信頼関係が出来ているのだろう。
「じゃぁ、アイリスはティナと一緒に南アルティアの難民たちの方へ、リディアはシャナと一緒にシャマルの難民の方を頼む。」
大丈夫だとは思うが、一応元国民じゃない方へ割り振っておく。
二人もその方が気兼ねなく働けるだろう。
リディアたちは、メイドや有志を引き連れて、それぞれの担当の方へr向かっていった。
「俺達はサウシュの民たちを担当だな。」
エルに向かってそう言うと「仕方がないわね」と言うように頷いてついてきてくれる。
◇
「ほら、ちゃんと並んで!……そこっ、横入りしない!」
エルがテキパキと人の列を誘導していく。
炊き出しにより、お腹が満たされた民たちは、余裕が出て来たのか、話を振ると様々な話をしてくれる。
幸いにも、この辺りまで俺の顔は知られてなく、物好きな貴族様が施しに来てくれたと思っているようで、それほど警戒されることなく話を聞くことが出来た。
俺の隣ではリオナが要点を書き出してまとめている。
「……まぁ、あいつらが悪い訳じゃないって分かってはいるんですがね、特にヨハンの奴なんざぁ、結婚したばかりの嫁を兵士達に……それは惨いもんだったからなぁ。」
「そうそう、ジビエなんかはいまだに外に出てこれないしなぁ……。」
「新しい王様の指示って言うから我慢してやすが、自分たちの食い扶持を減らしてまで分けてやるなんてことは……。」
「この前もカイルの奴が『復讐だ!』って言って襲い掛かっていたのを、兵隊さんに取り押さえられていたけど、カイルの気持ちはわかるんだよなぁ。」
「えっ、協力して……ですかい?……それは……まぁ……命令なら従いますけどね。」
…………。
………。
……。
「はぁ……分かっていたつもりだけど、根深いなぁ。」
「仕方がない事ですわ。……こういうのは時間が必要ですよ。」
ため息をつく俺を慰めるようにリオナが言ってくれる。
「まぁ、サウシュの民達にしてみれば被害者なのに、加害者の身内が被害者面して乗り込んできたようなものだからなぁ。」
「そうですね……こちらはそろそろ落ち着いてきたみたいですし、シャマルの難民たちの様子を見に行きませんか?」
「そうだな、向こうの意見も聞いておかないとな。」
俺とリオナは、エルに後を任せて、リディアたちが取り仕切っているシャマルの難民たちの所へ向かった。
◇
「これは一体……。」
一言でいえば、その場はすごく静かだった。……いや静かすぎた。
きちんと列に並び、誰も一言も話さずに黙々と炊き出しを受けている。
おかしなところはどこにもない……ただ難民たちの顔が腫れ上がっていた事を除けば……。
「えっと、リディア何があった?」
「ん?何もないですよぉ?」
リディアは笑顔で答える。
……何もないはずがない。
元々シャマルは土地柄、乱暴な……いや、元気な者たちが多い。
それなのに異様に静かと言う事自体がおかしいのだ。
俺はシャナの方を見る。
「えっと……ちょっと元気が余っている人達が多くてデスネ……。」
シャナが遠くを見つめている。
何とか聞き出したところによると、炊き出しの対応をしているのが女性とみてちょっかいをかけてくる奴らが居たそうだ。
最初はそれとなく躱していたものの、元々血の気が有り余っている輩が多く、更にはここの所の難民生活で鬱屈していた不満が噴出し、暴動の一歩手前まで行きそうなほどの騒ぎになりかけたのだそうだ。
そして、その状況にキレたリディアが何かの魔法を唱えると、何も無い所から大量の石礫が飛び出してきて、難民達を襲っったという事だった。
しかも、その石礫は狙われた物の顔面に必ず当たるという、不思議な動きをしていた為に難民たちは恐怖で大人しくなったという。
「リディア?」
話を聞き終えた俺はリディアに声をかける。
「あはっ……えっとねぇ……礫のコントロール大変なんだよ?」
リディアは笑ってごまかそうとしている。
やり過ぎたという自覚はあるらしい。
「リディア!」
「ハイっ!ゴメンナサイ。」
「顔は跡が残ってヤバいから、今度からはボディにしな。」
「……あ、はい……ごめん……なさい?」
不思議そうに見上げてくるリディアの頭を撫でると、リディアは目を細めて嬉しそうにする。
「はぁ……そういう問題なんですか?」
「デスヨネ~。」
リオナとシャナが遠い目をしているが、気にしないでおこう。
その後、難民たちに聞き取りを行おうとしたが、みんな一様におびえていて聞き取りどころではなかった。
「仕方がない、少し時間を置くか。」
俺とリオナは、シャマルでの聞き取りを諦めて、アイリス達がいる南アルティアの難民グループの方へ向かう事にした。
◇
「アイリス、問題は起きてないか?」
「えぇ、皆様紳士的で助かっています。」
まわりを見ると、アイリスの言うように、整然と列を作り、特に混乱は起きていないように見える。
「なぁ、アイリス、あいつらは何だ?」
列の先頭でしきりに何かを叫んでいる一団を指さして俺は訊ねてみる。
「さぁ?何でも手伝いたいとか言って、率先してその場を取り仕切っていましたからお任せしているのですが……。」
現地の協力者と言う事か……まぁ、問題は無いんだけど、何でお揃いの服を着て頭に手ぬぐいを巻いているんだろうか?
「あの格好は?」
「よく分かりませんわ。何でも『聖女様に謁見する正式衣装』とのことですが、聖女様がいらっしゃるのでしょうか?」
「いや、そもそも『聖女』なんて存在聞いたこともないけどな。シャナなら何か知ってるかな?」
その時、俺の袖をツンツンと引っ張るものがいた……ティナだ。
ティナに引っ張られる様にして少し離れた場所まで移動する。
「あのね、おーさま。『聖女』ってアイリス姐さんの事なんだよ。で、アイツ等は『親衛隊』なんだって。」
ティナの話によれば、難民がこの地に来た当初はもっとひどい状態だったらしい。
けがの治療のアテもなく、食べるものさえない状態で辿り着いた街では、目の敵にされ手夜もろくに眠れない状態だったらしい。
そこに現れたのが、誰でも分け隔てなく治癒魔法を施し、回復薬と食料を分け与えてくれた『聖女様』……アイリスだったらしい。
「まぁ、確かにアイリスには色々頼んでいたけど……そんな事になっていたなんて。」
「後ね、中には乱暴を働こうとした奴もいたらしいんだけど、突然光に撃たれて動けなくなったらしくて……それを見た奴らが「天の御加護だ」とか言い出して、撃たれた奴も「目が覚めました」とか言い出して……。」
「それは『集光の矢』だな……アイリスに手を出そうとした奴らはどいつだ?俺がお仕置きをしてやる。」
ティナは黙って親衛隊を指さす。
「アイリス姐さんの偉大さを知ったと言って、あんな感じなの。」
「……そうか、でアイリスはそれに気づいてない……と?」
「ウン、アイリス姐さんはまったく……。」
「そうか……。」
なんか、どっと疲れた気がする。
ティナを手伝いに戻し、リオナと聞き取り調査を始めることにする。
「全ては聖女様のおかげです。」
「聖女様のおかげで今日を迎えることが出来ました。」
「聖女様命!」
「聖女様の為なら死ねるっ!」
「聖女様ばんざーい!」
「あぁ、聖女様に踏まれたい!」
etc.etc.……。
途中ヘンなのも混じってはいたが、終始『聖女様のおかげ』になっていた。
最後には『聖女様』『聖女様』……と聖女コールまで起きて収拾がつかなくなってしまう。
そこまでの騒ぎになっても、聖女=自分だという事に気づいていないアイリス。
「あ、シンジ様。炊き出し終わりましたよ。」
信者?が遠巻きに見守る中、アイリスがトテトテ~と駆け寄ってくる。
ここでアイリスを抱きしめようものなら暴動が起きるだろうなぁ。
そんな事を考えているうちにアイリスが目の前にやってきた。
「ちょっと数が多くて大変でしたよ。」
褒めて、褒めて、と見あげてくるアイリス。
ここまで甘えてくるのは珍しいなと思いつつ「助かったよ、ありがとな」と言って頭を撫でてやる。
「えへへ……褒められちゃった。」
にっこりと笑うアイリス……傾きかけた柔らかい日差しを受けて、煌めくストロベリーブロンドの髪、赤味がさした頬、嬉しさが溢れ出しているかのように輝く瞳……その笑顔はいつもより5割り増しぐらいの破壊力があった。
ふと周りを見ると、信者?達が見悶えていた。
「聖女様可愛すぎます……」
等と言う声があちこちから漏れ聞こえてきているので、きっとアイリスの笑顔にやられたんだろう。
なんか、アイリスに任せておけば全て解決するんじゃないのか?等というバカな考えが頭をよぎる。
「っと、じゃぁアイリス戻ろうか?」
おかしな考えを振り払いながらアイリスに声をかける。
「そうですね、他の皆さんの様子を見てから戻りましょうか?」
そう言いながら俺の手を取り指を絡めてくる。
「えへへ……。」
何だろう、さっきと言いやけに甘えて来るなぁ?
俺はちらっと、リオナに目をやる。
リオナははぁ、と大きくため息をつくと、小声で教えてくれる。
(朝、リディア様ばかり構っていたじゃないですか、その反動ですよ。)
リオナに言われて、納得する。
って事は、戻ったらエルも構ってやらないといけないってわけか。
ちょっと面倒だと思いつつ、顔がニヤケるのを止めることが出来なかった。
……可愛い子にやきもち焼かれてるんだぞ、仕方がないと思わないか?




