敵のインフレは必要ないです……いやホントに。
『正統派女神信教南方支部教会』……それがこの目の前にある建物の名前だそうだ。
エルやリディアの所属していた『神聖女神教』から別れた宗派らしいが、いかにもっぽくて胡散臭い。
南アルティア連合首長国とシャマル王国の国境に位置する、この場所に建てられたのは『両国の融和の証』らしい。
事実、一種の治外法権になっているらしく、この教会へは属する国に関係なく出入りすることが認められている。
そして、教会の中の祭壇近くには二人の国王……南アルティア首長国のカルロス三世とシャマル王国のルーディス二世がいた。
俺は気配を完全に遮断して二人の会話が聞こえるくらいまで近づく。
「まったく、呼び出しておいて遅刻とは……我々をバカにしているのではないか?」
「ウム……しかし何を考えておるのか分からぬ御仁だからな……。」
「フン、小心者め。あんなやつを恐れているのか?」
「そうじゃないさ。ただ得体の知れない者を相手には慎重に対応したいだけだよ。」
どこか小ばかにしたように笑うカルロス三世。
それに対し、平然と受け流して態度を微塵も崩さずに答えるルーディス二世。
「イヤぁ、お待たせしました。」
その時、何処からともなく現れた白い仮面をつけた人物から声がかかる。
……こいつ、今どこから現れた?
俺はこの建物を含む周り一帯の気配探知をしていた。
「呼び出しておいて遅れるとは、なってないのじゃないかね。」
あくまでも鷹揚な態度を崩さないカルロス三世……相手の実力がわかってやっているのなら実に大物だと思うが……知らないって事は幸せだって事が、彼を見ていればよくわかるな。
「アハハ、申し訳ないね。ただ、私はあなた方を救ってあげたんですから、少しは感謝していただけたら、と思うのですが?」
「我らを救う?どういうことだ?」
ルーディス二世が訝し気に白仮面に問う。
「いえ、こういう事ですよ。」
白仮面はそう言いながら中空に映像を映し出す。
「こ、これは……。」
そこには煙をあげながら半壊している王宮が其々映し出されていた。
「現在のあなた方の王宮の様子ですよ。また派手にやったものですねぇ、あのままあそこにいたら、今頃はどうなっていたでしょうね。」
ククク……とおかしそうに笑う白仮面。
「いったい、なぜこの様な事を……。」
「何故!?何故と言いますか。ククク……これはおかしなことを……。あなた方を恨む者の仕業に決まってるじゃありませんか。」
愕然とするカルロスに、かすかに侮蔑を込めた声で答える白仮面。
「恨みだと!誰が、どのような恨みを持つと言うのだ!」
「おや、身に覚えがない、と……これは面白い!」
可笑しさに耐えられなくなったのか、身を小刻みに震わせる白仮面。
「だそうですよ。彼らは恨まれる筋合いはないと言っておりますがどうしますか?」
ひとしきり笑った後、白仮面は俺の方に向いて声をかけてくる。
完全に気配は消している上に、光魔法の迷彩を使って姿を隠しているのに、白仮面の視線はしっかりと俺を捉えていた。
「どうしたのです?恥ずかしいのですか?」
再度問いかけてくる白仮面。
誰かいるのかと、他の二人もこちらを見るが、彼等には俺の姿は見えていない……つまり、白仮面の実力が俺を上回っているという事だ。
しかし、付き合ってやる義理は無いな。
俺は『空間転移』を使ってカルロスの背後へまわり、その首に向かって『死神の鎌』を振り下ろす。
ガキッ!
『死神の鎌』がカルロスの首を刎ねる寸前、白仮面の持つ剣によって防がれる。
「この方々は大事なゲストです。まだ傷つけさせるわけにはいきませんねぇ。」
白仮面は飄々とそんな事を言う。
俺は大きく飛びのき、相手との間合いを空ける。
「ふぅ、それより早く出てきてもらいたかったですね。アレでは誰もいないところに向かって喋っている痛い子だと思われるじゃないですか。」
「……いや、その仮面だけで充分イタいから。」
取りあえず言い返しておく。
余裕ぶって見せているが内心は冷や汗が出ていた。
あのタイミングで防がれるのはありえない……という考えを俺は即座に振り払う。
現実を認めるんだ、俺の一撃を防がれた現実を……。
「さて、この二人に聞きたいこと、もしくは言いたいことがあるのではないですか?ミーアラントの代表さん。」
「「ミーアラント??」」
何でも知ってるぞ、と自分の力を見せつけるかのように言ってくる白仮面。
しかしカルロスとルーディスはミーアラントの存在すら知らなかったらしい。
「フン、じゃぁお言葉に甘えるとするか……クリスティラ王女を側室に向かえるというようなふざけた事を言ったのはどっちだ?」
俺の言葉にルーディスがカルロスを見る。
「それが何だというのだ。あんな王女は側室でももったいないわ。奴隷女として買わなかっただけ感謝してもらいたいな。」
ガキッ!
カルロスの言葉に反射的に『死神の鎌』を振るうが、それもまた寸前で弾かれる。
「だから、まだ傷つけられたら困るんですよ。」
俺の攻撃を事も無げに防ぐ白仮面……1対1では敵わないかもな。
再び間合いを取り様子を窺う。
直接攻撃が通じないなら間接攻撃が、1対1がだめなら多対1で……戦う方法はいくらでもあるはずだ。
「余興はここまでにして、そろそろ本題に入りましょうか?」
白仮面が俺に背中を向け、二人の方へ向く。
……背中を向けているが全く隙が無い。
「そうそう、少しだけ大人しくしててくださいね。」
一度だけ振りむいてそんな事を告げる白仮面。
「さて、あなた方を呼んだ理由ですが……。」
「それより、アイツを殺れ!儂を殺そうとしたんだぞ!」
「あなた方の役目は、もう終わったのですが……そうですね、あなた方を殺させるわけにはいきませんね。」
その言葉に頷く二人。
「自分の蒔いた種は自分で刈り取らなければいけませんからね。」
その言葉と共に一刃の閃光が舞う……。
ボトリ……。
二人の首が地面に転がる…… カルロス三世もルーディス二世も、自分の身に何が起きたか分からなかっただろう。
理解しえぬまま二人はその生涯を終えた。
「……説明はしてもらえるのかな?」
「そうですね、あなたは知りたいでしょう……いいでしょう、何が知りたいですか?」
「なぜ二人を殺した?」
「あの二人は、単なる駒ですが少し暴走してしまいましてね、仕方がないので最後にあなたを呼び寄せるために使ったのですよ。そして用済みのオモチャは自らの手で片づけるものですよ。」
事も無げに言う白仮面。
「俺に何の用がある?お前らの目的は何だ?」
「あなたへの用ですか……ただ御尊顔を拝見したかっただけ……と言ったら信じますか?」
ククク……と笑う白仮面。
「信じないね。」
俺は戯言を一言で斬り捨て『死神の鎌』を構える。
「おぉ、怖いねぇ。じゃぁ改めて挨拶をさせてもらいますか。」
白仮面から飄々とした雰囲気が消えて、殺気が立ち上る。
「私はサイラス……あなた方の言う『南方連合』を統べる者です……以後お見知りおきを。」
白仮面……サイラスの言葉が終わらない内に俺は飛び掛かり鎌を振り下ろす……が躱される。
しかしそれは想定内だ……。
空中で『死神の鎌』に魔力を注ぐ。
大鎌の刃が開き、柄に巻きつくように収納される。
手元の部分が握りやすく変形し、一瞬のうちにロングバレルの銃に変わる。
ズキューン!ズキューン!ズキューン!
サイラスに向けて魔弾を放つ。
サイラスは余裕を持って躱すが、そこに別の角度からの魔弾が命中する。
魔王戦で使った全方位攻撃だ。
ズキューン!ズキューン!ズキューン!
キイッン!キイッン!キイッン!
ズキューン!ズキューン!ズキューン!
キイッン!キイッン!キイッン!
サイラスが魔弾を剣で弾いていく……が、最初のような余裕はなくなっているように見える。
このまま数で押す!
ズキューン!ズキューン!ズキューン!
キイッン!キイッン!キイッン!
「ククク……中々やりますね。面白いっ面白いぞっ!」
高らかに笑いだすサイラス。
ズキューン!ズキューン!ズキューン!
キイッン!キイッン!キイッン!
……もう少しだ……後三歩右へ……。
俺は仕掛けたトラップへと誘導する様に弾丸の方向を調整する。
ズキューン!ズキューン!ズキューン!
ズキューン!ズキューン!ズキューン!
キイッン!キイッン!キイッン!
……よしっ!
サイラスが予定ポイントに移動したところで、スイッチを入れる。
ドゥォォォォォォォン!
予めばら撒いておいた蜘蛛が大爆発を起こす。
エクスプロージョン5発分の威力だ……流石に無傷ではないだろう。
土煙が収まり、視界が晴れる。
「フッハッハッハハハ……実に桃白い!」
そこには無傷の白仮面……サイラスが高笑いしていた。
「チッ、無傷って……化け物かよ。」
思わず舌打ちをする。
よく見ると、奴の周りを薄い結界みたいなものが覆っているのが見えた。
爆発の瞬間、あの結界でダメージを防いだのだろう。
「この私に片膝をつかせるとは大したものだよ。また遊ぼうではないか!」
サイラスはそういうと、何か呪文を唱え……そして掻き消えた。
「見逃されたか……っと、ヤバいな。」
建物が崩れ始めている。
俺は慌てて建物から外へと飛び出す。
俺が外へ出ると同時に教会が崩れ落ちる。
瓦礫の下にはクズな王の死体が埋もれている……利用されて必要なくなれば捨てられる……クズにお似合いの末路とは言え哀れだな。
「……帰るか。」
南方連合の代表と言ったサイラス……。
南アルティア首長国もシャマル王国も、奴らにとっての駒に過ぎないってか……ふざけんなよ!
俺は湧き上がってくる憤りを抑えながら、レオンに乗って帰路につく。
転移を使っても良かったのだが、今は少し時間を置いた方がいいと感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから2週間が過ぎた。
グランベルクは、フォーマルハウト国王の名において、ノイエ・ミーアラント帝国に降り、属国となった事を世界に向けて発表した。
俺としては、あの場でイニシアティブを取るための方便のつもりで、事が収まればなかったことにしようと思っていたのだが、後処理で忙しく動いていた間に勝手に進められていた。
さらに言えば、どさぐさに紛れてアシュラム王国のダニエル国王がミーアラントに帰順すると宣言していた。
まぁ属国とはいっても、名目上なだけで、実質は何も変わらない……何か起きた時の責任を取るというだけで……。
たぶん、面倒な事をすべて押し付けようという魂胆で言い出したんじゃないかと俺は見ている。
最近ではベルクシュタットも属国になろうかなぁと言い出す始末。
大量のお刺身とともに、良き同盟国でいましょうとお願いして引き下がってもらう毎日が続いていた。
ともかく、名実ともにノイエ・ミーアラント帝国はグランベルク・アシュラムを属国とした一大帝国として世界に認められることになり、この事が旧グランベルク王国の元領主たちの神経を逆なですることとなった。
曰く、グランベルクを取り戻せ!……だそうだ。
先の戦役で独立宣言をしてグランベルクを見捨てた奴らが、どの口で言ってるんだと思うが、意外賛同者が多く、例の4大領地に従う中小領地が集まって、反帝国運動が起きているのが、現在俺の頭痛の種の一つだったりする。
「おーさま、お茶が入りました。」
「お菓子もありますよー。」
これからどうするかと頭を悩ませている俺に二人のメイドがお茶とお茶菓子を用意してくれるが、その礼儀のなっていない仕草に、リオナが眦を釣り上げている。
「シャナとティナか。どうだ、少しは慣れたか?」
空いたトレイを胸元に抱えて立っている二人に声をかける。
シャナは南アルティア首長国の、ティナはシャマル王国の王女だ。
サイラスとの死闘を繰り広げた日、帰路の途中で寄ったシャマル王国で奴隷として売られるところを買った少女がティナであり、南アルティアで、怒り狂った民衆の慰み者にされそうなところを救ったのがシャナだった。
王女と知って助けたわけじゃないのだが、結果として両国の王女を囲う事になってしまった。
面倒はゴメンだと捨ててこようとしたが、奴隷でいいから助けてと懇願されて仕方がなく連れ帰ったのだが、当然一悶着は起きた。
特に、二人は王女として何不自由なく育てられてきたため、奴隷でいいと言いながらその態度には目に余るものがあり、メイドたちとの間で憤懣が爆発しそうになった。
しかし、アイリスとリディアの指導の後、二人はがらりと性格を変え従順になった。
あまりにもの代わり具合に、何をやったかを聞いても、二人はにっこりと笑って「ナイショ」と言うだけで教えてもらえなかった。
その笑顔と、怯える二人の姿を見て、これ以上は聞かないほうが身のためだと思ったのは秘密である……世の中知らない方が幸せと言うのはよくあるのだ。
「ねぇ、おーさま?いつ私達を抱いてくれるの?」
ブッ!
ティナの言葉に、思わずお茶を吹き出す。
「な、何を……。」
「お姉さま方にはまだ早いって言われてるんですけどぉ……生殺し状態はイヤなんですよ。」
シャナが、俺の顔を拭いながらそう言ってくる。
「子供出来れば下剋上……子供出来れば下剋上……。」
何やら不穏な呟きが聞こえてくるが、聞こえない振りをしよう。
「それで、おーさま。良かったら今からでも……痛いっ、痛いですぅ。」
「サボりはいけませんわー。」
ティナの頭をアイリスの変化した杖が挟み込んでいる。
逃げ出そうそしたシャナは、すでにリディアによって拘束されている。
「ちょっと教育してくるのですよぉ。」
リディアはそう言ってアイリスと共に二人を引きずっていく。
「「アレはもういやぁー。」」
シャナとティナの悲痛な叫びが後に残される。
俺はレムが入れ直してくれたお茶に口を付ける。
……ウン、今日も平和だな。




