君達の生まれの不幸を呪うがいい。君達の国王がいけないのだよ!
「隊長、大変です!」
「なんだ、いきなり!」
折角楽しんでいたというのに……。
隊長と呼ばれた男は、ベッドの上で縛られている女に「また後で可愛がってやるからな」と下卑た笑いを見せてから、部下を部屋に通す。
伝令は部屋の中に入った途端、凄惨な情景に、ウッと息をのむ。
先程まで隊長が凌辱していた女性以外にも、壁に磔にされた女性、拷問道具の上で気を失っている女性など数人がこの隊長の慰み者になっていた跡を残している。
「どうした、何かあったのだろう?早く報告せよ。」
そういう隊長の眼には、下らない事だったら許さないという光が見て取れた。
思わず姿勢を正した伝令兵は、当初の目的を思い出し隊長へと報告を始める。
「先程王宮より、大至急戻るようにとの連絡がありました。」
「何だ、いきなり……理由は言っていたか?」
今はグランベルクとの和平交渉の最中だ。
このまま先に戻るとなると、この後待っている美味しい役目をシャマルの奴らが独り占めすることになる。
それは面白くないと思う。
「ハッ、何でもゴブリンが大量発生して王都付近まで入り込んでいるとのことで……。」
「ゴブリンごときで帰って来いって言うのか?王宮のジジィどももおかしくなった様だな。そんなのは冒険者風情に任せておけばよい。」
そう言いながら、床に転がっている女を抱きかかえ、その豊満な胸を鷲掴みにする。
「ヒィッ!」
胸を掴まれた女は短い悲鳴を上げるが、それが却って男を悦ばせるだけだと思ったのか、口をつぐみ必死に耐えている。
その表情が、男の嗜虐芯を煽っているという事に気づかずに……。
「それが……ゴブリンの数が1万を超えるらしく、冒険者達だけではとても手が負えないようで……。」
「何ぃ!」
大量発生と言ってもせいぜい2~3百だと思っていたが、例えゴブリンと言えど、1万を超えるとなると大事だ。
兵士の大半を出征させている現状では、下手すれば王都が滅びかねない。
「すぐに戻るか……しかしシャマルの奴等に……。」
「その事なんですが、シャマル王国の領地にも同じく1万近いゴブリンが襲っているようです。」
「何だって、その事はシャマルの奴等は知っているのか?」
伝令兵の言葉に隊長は思わず声を荒げる。
「いえ、おそらくはまだ知らないかと。しかし、近々向うの司令官にも同様の連絡がはいるのは間違いないと思われます。。」
伝令兵の言葉を聞いて隊長はすぐ決断する。
「皆に伝えよ、大至急王都へ戻る。追撃されないように、静かに、そして素早く撤退だ!」
人間としては下衆な男ではあるが、曲がりなりにも3万の兵を率いる男が無能な訳があるはずはない。
その決断力、統率力は本物であり、その証拠に、隊長の脳裏にはこの短い間に、自軍の撤退時にシャマル軍を囮として使い、国のゴブリンを片付行け……出来ればゴブリンの大半をシャマルの領地へ追いやってから、すぐに引き返してこれば美味しい所を独り占めできる、と言う所までのプランが出来ていた。
「途中の略奪は禁止、シャマル軍が動き出すより早く国へ戻るのだ!」
◇
同時刻、シャマル王国軍本陣……。
「指令殿、本国から至急の伝文です!」
指令と呼ばれた男は、伝令兵の持ってきた報告書を一読すると、クシャっと握り潰した。
「全軍に伝えよ!闇に紛れて撤退する。……後、敵軍に南アルティア軍の動向をこっそりリークしておけ、奴らを囮にする。」
南アルティア軍は、現在利害が一致しているという点で一緒に行動をしてはいるが、味方と言うわけでもない。
精々利用させてもらおうと考えていた。
……似た事を考えているという事はお互いに気づいていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「何嗤ってるんですか?」
モニターを見ながらニヤニヤしていると、怪訝そうな顔のアイリスが訊ねてくる。
「今度は誰を覗いてるの……やらしいんだから。」
エルが軽蔑のまなざしで見てくる……違うんだ……まぁ、覗いていると言う意味では違わないんだが、エルが思っているのとは違うんだ!と声を大にして言いたい。
「可愛い子なら、私もみたいですぅ。」
そう言って覗き込んでくるリディアだが、画面に映るシャマル国と南アルティアの指揮官の顔を見て、ゲンナリとする。
「うぅ……シンジさんはブ男のオッサン趣味でしたぁ。」
「おい、いい加減な事を言うなよ!……みんな引いてるだろ!」
リディアの叫びを聞いて、エル達だけでなく、リオナやレムを始めとしたメイドたちもドン引きしていた。
「でも……オッサン見てニヤニヤしてたぁ。」
「してないっての!こいつらは敵の指揮官だよ。思い通りに踊ってくれてるから、ついニヤケてしまったんだよ!」
「オッサンを見てニヤケてたってところは否定しないのね。」
エルが汚物を見るような目で見てくる。
「だからー、違うってぇ―――――。」
結局まともに話が出来るようになるまでにしばしの時間を要した……。
◇
「コホンっ……予定通り奴等は撤退を始める。奴等は気づかれずに撤退をするつもりだから、そこを狙うとしよう。……全軍に伝令を!」
俺が指示を飛ばすと、皆は一緒に動き出す。
「あっと、アイリスとリオナちょっといいか?」
俺は二人を呼びよせる。
「何でしょうか?」
「あまり気分のいいものじゃないが……これを見てくれ。」
「「……っ!」」
二人はモニターに映った凄惨な光景を見て息をのむ。
映っているのは、南方連合の兵達によって凌辱された女性たちの姿だ。
「たぶん、引き払った本陣にはこのような目にあった女性たちが残されていると思う……二人には申し訳ないが彼女たちのケアを頼みたい。」
「言われなくても……全身全霊を込めてお助けします……シンジ様に助けていただいた恩を、今度は私が返す番です。」
リオナが決意の表情を表す……たぶん昔の自分の状況と重ね合わせているんだろう。
リオナも一歩間違えば彼女たちと同じ目にあっていたのだから。
「ミリアの部隊が、領地の平定をする手はずになっているから、それについて行ってくれ……ただ危なくなったらすぐに逃げるようにな。」
俺はいくつかの注意事項と、アイテムの入った収納バックを渡して二人を送り出す。
「エル、リディア、準備が良ければ行こうか。」
アイリスとリオナを送り出した後、待っていた二人に声をかける。
「準備OKだよぉ。」
そういうリディアの腕の中には子犬サイズのレオンがスヤスヤと眠っている。
「寝てばっかだな、……この駄犬が!」
俺はレオンの額を軽くデコピンする。
嫌そうに顔をしかめたのも一瞬で、またスヤスヤと眠りにつく。
「……まぁ、いいじゃないの、可愛いんだから。」
エルがそう言いながらレオンを撫でる……ウチの女性たちはレオンに甘いと思う。
◇
「おぉー、壮観だなぁ。」
「シンジ、悪い顔になってるわよ。」
「うぅ……自業自得とは言え、見ていて気分いいものじゃないですよぉ。」
眼前には『大地崩壊』に巻き込まれて右往左往しているシャマル軍の姿があった。
メルクの街を包囲していた南方連合の兵、約5万。
その内訳は、シャマル軍2万7千、南アルティア軍2万3千と言ったところだ。
その軍勢が包囲を解いて撤退を始めたのが三日前の夜のこと。
敵が撤退を始めれば、追撃を行うのが定石・・・・・・とは言え、5万の相手にグランベルク軍、ミーアラント軍併せて2万5千の兵で追撃を行うのは無謀と言うもの。
しかし、愚かにも敵軍はシャマル軍と南アルティア軍に分かれてそれぞれ独自に撤退。
しかも互いを囮に使おうと下手な小細工を弄するので、此方としてはそれを逆手に取る事で数の差を埋め、効果的なダメージを与えることが出来た。
もとより、この追撃戦で相手を殲滅するつもりはなく、確実に国境から追い出すため、あわよくば少しでも数を減らすことが出来れば……と言うものであったためにこちらの被害はほとんどなく、結果として、現在俺達の目の前には2万のシャマル軍が現れたのだが……。
「どんどん穴に落ちていきますよぉ……止まればいいのに、バカなんですか?」
リディアが呆れたように言う。
「これだけの大群になると、なかなか止まれないんだよ……全滅する前には止まれるんじゃないか?」
『大地崩壊』によってできた大地の大穴はかなり深くなっていて、気づかずに落ちた奴らは無事では済まないだろう。
しかも、この辺りの岩盤は脆く、壁を伝って登ろうとしても、その土壁はボロボロと崩れ落ちるばかり……しかも、後から後から、上から落ちてくる兵隊たち。
急停止がしにくい騎馬で編成された軍と言うのが仇になった感じだ。
俺の目算では、無事ここを超えることができるのは2千~3千位とみている。
5千の兵が残れば御の字と言う所だろう。
「さて、ここはこれくらいにして南アルティアの方を見に行こうか。」
俺達は転移石を使って移動する。
眼前には一面の砂漠……南アルティア連合は、砂漠を中心に住む部族達が集まってできた国だ。
山岳の多いシャマル国とはまた別の意味で生活できる土地が限られている為、豊かな土地が欲しいと思うのは分からないでもないが……だからと言って襲われた方の国が黙って言い成りになる筋合いはないのだ。
「攻めてくるという事は攻められる覚悟があるって事だよな。」
俺がぼそっと呟くと、エルが「何か言った?」と首をかしげる。
「いや……それよりそろそろ予定ポイントに到達するぞ。」
砂漠の中を進軍する南アルティア軍。
かなり過酷な進軍だと思うが、砂漠に生まれ育った者達には慣れたものなんだろう、その足並みに乱れたところはない。
その上、撤退当初こそ追撃を受けたものの、その後は一切の追撃が無かったため、シャマル軍を使った囮作戦が功を奏したのだろうと、安心しきっている節があり、その足取りは軽やかなものに見えた。
それだけに、先に罠があるとは誰一人として思ってもいないであろう。
「えぇ、……リディア準備はいい。」
「大丈夫ですよぉ。」
二人が力ある言葉を唱え始め、進軍している南アルティア軍に向けて魔法を放つ。
『『砂嵐!』』
突如巻き起こる砂嵐が南アルティア軍を包み込む。
「何だ!」
「何でここに砂嵐が!」
「ここで起きるはずがないのに……どうなっているんだ!」
パニックを起こした兵達が、我先にと逃れようとするが、そう簡単に逃れれる規模の砂嵐ではない。
あるものは流砂に足を取られ沈み込んでいき、あるものは、風に巻き込まれ、天高く飛ばされていく……またある者は、騒ぎを聞きつけて集まってきたサンドワーム達の餌となり、平穏な砂漠が一転として地獄と化した。
「さぁ、これくらいでいいだろ。エル達は先に戻ってアイリス達の手伝いを頼む。」
「シンジはどうするの?」
「最後の仕上げをしてくる。」
「何やるんですかぁ?」
「両国の王宮を吹っ飛ばしてくる。」
「か、過激ですねぇ。」
俺の答えにリディアが引きつりながらも笑って答えてくれた。
「ミーアラントを敵に回しても割に合わないってところを見せつけておく必要もあるからな。」
「……王宮を吹っ飛ばして……それからどうするの?」
エルが心配そうな顔で聞いてくる。
心配しているのは残った国民たちの事だろう。
まぁ、バカを王にした報いを受けると言えばそれまでなんだが、国民に罪は無いとエルは言いたいのだろう。
「どうもしないさ。元々は、両国とも少数の部族がそれぞれの土地に適応して生きてきた奴らの集まりだ。纏め上げる王が居なくても、昔みたいに小部族で集まって何とかしていくだろうさ。」
生活水準は下がるだろうけど……と言う事は言わないで置いた。
「でも……。」
エルとしては納得がいかない様子だが、だからと言って自分の国が危険にさらされるのは本末転倒と言うもの……エルだってそれくらいは分かっていて、分かっているからこそ悩んでいる。
「まぁ、最悪グランベルクの国境付近の土地で受け入れる体制は作っておくさ。後は選ぶのは彼ら次第だよ。」
「……そうね。」
「なんにせよ、占領されていた所の治安回復が優先だよ。」
俺はそういうとエルとリディアを送り返す。
「さて、レオン、少し働いてもらうぞ。」
俺は元の大きさに戻ったレオンの背中に飛び乗り、一路南アルティア軍の首都に向けて走り出した。
◇
「……おかしいな……逃げだしたか?」
ここは南アルティア連合首長国の首都、カルロスの街。
オアシスの中ほどに位置する、周りの素朴さに似つかわしくない豪奢な建物がこの国の王宮だ。
首長国国王カルロス三世が、この王宮にいるはずなんだが……と、情報収集蜘蛛の眼を通して王宮内をくまなく探すが見当たらない。
仕方がないので、国王のプライベートルームと謁見の間に絞って過去の記録をさかのぼって確認する。
「逃げだした……ってわけでもないのか?」
過去の記録から分かった事は、何者かの指示により、そっと王宮を抜けだしたのが昨晩の事。
ゴブリン襲撃の混乱で、誰も国王が居なくなったことに気づいていない。
「レオン、眷属に銘じてゴブリンの始末を頼む。と言っても殲滅する必要はない。適当に数を減らすだけでいいからムリはさせないようにな。」
(主殿、了解した。)
レオンはそう答えると、ひときわ高く遠吠えをする。
何らかの合図なんだろう。
俺は数体のゴーレムを作り、街中のゴブリン達の下へ送る。
俺の相手は国王であって、国民たちではない。
国王がいない上に1万のゴブリンの群が居たらこの国は壊滅してしまうだろう。
なので、ゴーレムたちにはゴブリン達が1000匹ぐらいに減るまで戦い続けるように命令しておく……勿論最後はゴブリンを巻き添えにして自爆することも織り込み済みだ。
ゴブリン1000匹ぐらいなら、戻ってきた兵士達が何とかするだろう。
「しかし、ゴブリン数十匹に苦労していたあの頃を思うと、俺も成長したのかねぇ?」
自嘲気味に呟く。
俺自身は何も変わってない……と思う……。
ただ作成できるアイテムの数と質が上がっただけだ。
「ダメだな、ヘタに己惚れると足元を掬われそうだ……自重しないとな。」
俺はそう呟くと、手元のスイッチを入れる。
遠くで爆発音が鳴り響き、王宮が崩れ落ちる。
「カルロスの事は後回しにして、先にシャマルに行くか。」
俺はレオンに飛び乗ると、シャマル王国へ向かった。
◇
「っと、こっちもかよ……どうなってるんだ?」
シャマル王国についた俺は、早速国王を探したが、南アルティアと同じく、シャマル王国国王ルーディス2世は王宮にはいなかった。
調べてみると、どうやら二人は同じところにいるらしかった。
俺は南アルティアと同じ処理をシャマル王国にも施し、王宮を爆破したうえで、二人がいると思われる、国境の神殿へ向かう事にした。




