茶番でクーデターを起こすのはアリですか?
「この時を持って、我が領地ミーアラントはノイエ・ミーアラント帝国として独立を宣言する!」
俺の言葉に城内がどよめく。
しかし、まだこれは序の口だ。
「そして、この場で我がミーアラントはグランベルク王国に対し宣戦布告をする!」
「何だって!」
「何をバカなっ!」
「一体何を……!」
「動くなっ!」
ドゥォォォォォン……!
騒めき、収拾がつかなくなりそうな城内だったが、俺の一喝と直後に起きた爆発により、城内はシーンと静まり返る。
「動くなよ、動いたらまた爆発するぞ。」
俺はその時にはすでに国王の背後に立っていた。
「国王っ!」
「動くなと言っただろ!」
俺はすでに国王の首に大鎌を押し当てている。
それを見て、近衛の兵達も動けなくなる。
「さて、まずは皆さんの現状を理解してもらおうか?」
俺は中央に1匹の蜘蛛を放り投げる。
「その蜘蛛をよく見ててもらおうか。」
一同の眼が蜘蛛に集まった所で、俺はスイッチを入れる。
ドゥォォォォォン……!
先程と同規模の爆発が起こる。
「さて、そこで皆さま、近くの人の頭を見て貰えますかな?」
俺の言葉に市雄堂が近くの人を見る。
「蜘蛛だ……」
「蜘蛛がいる……」
「いつの間に……」
「おっと気を付けてくださいね、その蜘蛛を触ったり、落としたりすると爆発しますからね。規模はご覧の通り、精々頭を吹き飛ばす程度で大した威力は無いですがね。」
俺の言葉に振り払おうとしていた人々の手が止まる。
「ご理解いただけたようで何よりです。命が惜しい皆さま、そこから動かないでくださいね。」
俺は城内にいる奴らにくぎを刺しておく。
茶番はまだ続くのだから、そこで黙って見てなよ。
「さて、我が婚約者であるクリスティラ王女様、ここであなたに選択権を与えましょう。」
一同の視線がクリスに向かう。
彼女はすでにエル達によって捕らえられている。
「グランベルクを捨て、我が婚約者として行動を共にするか、我を捨て、グランベルク王国と運命を共にするか……選んでください。」
クリスは呆然としている。
いきなりの展開に戸惑っているのだろうが、クリスに残された時間はあまりないんだよ。
好きな方を選んでくれ……そういう意味を込めてクリスを見つめる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いきなりの爆発音……一体どうなってるの?
突然の事に戸惑っている私をエルさんとリディアさん、アイリスさんが取り囲む。
「一体何が……。」
(シッ!黙って!)
三人によって拘束されますが、彼女たちの眼にはいつもと変わらない優しさが溢れています。
シンジ様の突然の独立宣言と宣戦布告……一体どうなっているのかわかりませんが、彼はこの会議の前に「任せろ」と言ってくれました。
だから私は彼に総てを任せるつもりでいましたが……訳が分かりません。
何故シンジ様がお父様に鎌をあてているの?
……まさか本当に殺す気なのでは?
そう思えるぐらいの殺気が彼から溢れています。
近衛たちが動けないのも、彼の放つ威圧の所為でしょう。
助けないと!
そう思って思わず飛び出しそうになりましたが、エルさんに抑えられます。
……この三人どういう訓練をしてきたのかわかりませんが、しっかりと急所を抑えられていて、この私が本気で抗っても抜け出せそうにありません。
(シンジさんに任せるのですよ……信じて欲しいのですぅ。)
小声でリディアさんが囁いてきます。
(彼を信じれないのなら……好きにすればいいわよ、この場で拘束を解いてあげる……けど、あなたとはそれっきりよ。)
エルさんに告げられる選択……彼を信じるならこのまま大人しくしている事。
もし信じられないのなら……私は彼から、彼女たちから縁を切られる……そういう事だ。
私は少し考え……思考を止める。
彼を信じるって決めたのは二年前……何をいまさらって感じですわね。
私が力を抜くと、三人からホッとした雰囲気が伝わってきました。
でもホッとしたのもつかの間……今度はシンジ様から選択を迫られます。
グランベルクを捨ててシンジ様を選ぶか、シンジ様を捨ててグランベルクを選ぶか……。
どちらか一方なんて選べませんのに……シンジ様は意地悪ですわ。
私が悩んでいるとアイリスさんが小声で伝えてくれます。
(どちらを選んでも悪い様にはしませんから、心のままにお決めください。)
その言葉を聞いて私の心が決まりました。
私はシンジ様を信じる……だから私の答えは……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
心が決まったのか、クリスが俺を見つめてハッキリと告げてくる。
「シンジ様の事は心からお慕いしております。ですが、私にはグランベルクを見捨てることは出来ません。」
クリスの眼に迷いはない……クリスがそう決めたなら、その意見を尊重しよう。
「分かった、では、王女はそのまま人質となってもらう。」
そう告げると、会議室の扉が開いて兵達がなだれ込み、城内の人員を拘束していく。
抵抗しようとする動きもあったが、近くで蜘蛛を爆破してやると途端におとなしくなった。
国王を守る近衛兵たちは流石に最後の抵抗を試みようとしていたが、国王と王女を人質に取っている為、無駄な努力に終わる。
すべてを拘束し終えたところで、俺は改めて国王に向き直る。
「さて、我々は国王及び議会を抑えたわけですが、どうしますか?まだ抵抗しますか?」
「何が望みだ。」
国王が唸る様に聞いてくる。
「では和平交渉と行きましょうか。こちらの条件は南方連合ほど甘くないですよ……そうですね、まずは属国としてミーアラントに従属、このリストの人員を戦犯として処分……そして友好の証として、王女を貰い受けようか。」
俺はニヤリと笑いながらクリスを見る。
クリスは吃驚した様な、してやられたという悔しそうな、それでいて嬉しそうな複雑な表情をしていた。
「そして最後に、この条件を受け入れるか受け入れないか、この場で決めてもらおうか。」
俺は国王に詰め寄るが、しかし国王は黙ったままだ。
「お一人で決めることは出来ませんか?……丁度いい、ここには主だった議会の参加者が揃っていますから、最期の議会を開きましょうか?議題は一つだけ。今の和平交渉の条件を承認するか否定するか。承認する者はその場に座ってもらおう。」
俺は城内の人々を見回すと、和平交渉と言う名の言降伏勧告に戸惑いながらも、それでも幾人かの議員が力なく座り込む。
立っているのはリストに載っていた人物だけ……まぁ、死刑執行書に自らサインするようなものだからな。
「さて、国王様はいかがいたしますか?」
「受け入れよう。」
そういうと静かに玉座へ座り込む国王。
「では、議長、あなたの最後の仕事ですよ……裁決を!」
「……分かりました。賛同多数により我がグランベルク評議会はミーアラントの差し出す条件を飲み、降伏勧告を受け入れる事を承諾いたします。」
あらら、降伏勧告って言っちゃったよ……建前は和平交渉なんだけど、最後の意地って奴かな……ま、いっか。
「じゃぁ、細かい事は後で詰めるとして、まずは……。」
俺は兵達に賛同の意を示さなかった評議員たちを連れて行かせる。
あいつらはエルに調べてもらったところによると、裏で南方連合を操る人物?組織?と繋がりがあるっぽい。
はっきりとした証拠はつかめていないが、そんな奴らを中枢に於くような馬鹿な真似はせず、処分リストに入れてある。
後程グランベルク自身で処分してもらえばいい。
「さて、カストール領主殿、あなたはどうする?主筋たるグランベルクはミーアラントに帰順した。カストール領は、同じく帰順するか?それともミーアラントを敵に回すか?」
カストールの領主は俺を睨みつけたまま黙っている。
「ふん、ま、いいでしょう。あなたには三日の猶予を与えましょう。領地に戻ってよく考えてください。三日後に返答の無い場合、帰順する意思なしとして、他の領主達と同じく討伐対象とさせていただきます。」
「勝てると思っているのか?」
カストールの領主が初めて口を開く。
「勝てないと思うのですか?」
だから俺は逆に聞いてみる。
「…………。一つだけ聞かせていただきたい。」
俺の問いには答えず、別のことを聞いてくるカストール領主。
「何なりと。」
「貴殿はなぜ、このような暴挙に出た?」
「グランベルクがバカだからだよ。バカな奴らに抗えず、バカな交渉を受け入れようとした。だから潰しただけだよ。
「……分かった、クリスお嬢様は愛されておるのだな。……三日後に返答しよう。」
カストールの領主はそれだけ言うと部屋から出て行った。
「さて、作戦会議でも……うをっ!」
思わず変な声が出てしまう……振り返った先には近衛隊の隊長をはじめとする近衛兵たちと、残った評議員隊が揃って跪いていたからだ。
「シンジ殿に感謝を。」
隊長が代表して言葉をかけてくる。
なんでも、今ここに残っている者達は、皆和平交渉に憤りを感じていた者達ばかりで、加えて言えばクリスのファン?らしい。
憤りを感じてはいても評議会の決定には逆らえず、歯痒い思いをしていた所での俺の暴挙。
手段に賛同は出来ないが、結果として感謝をしているって事を伝えたかったらしい。
「ん、まぁ強引だったしな。思う所があるかもしれないが、ゴタゴタが済んだら元に戻すから、それまでは従ってくれると助かる。」
俺がそう告げると、一同は大きく頷いてくれる。
「と言う事で、茶番に付き合わせて申し訳ありません。」
俺は国王に頭を下げる。
「お父様はご存じだったのですか?」
近くに来たクリスが口をはさんでくる。
「ん?茶番だったのか?儂は本気だったのだが?」
笑いながら俺を見る国王。
「半分は本気ですよ。俺から何かを取り上げようとするなら、今後もそれなりの覚悟をしてもらいますから。」
俺も負けじと笑い返す。
「っと、時間がもったいないので作戦会議を始めたいと思う……クリス、いいか?」
「はい、大丈夫ですわ。」
「取りあえずミーアラントの兵をメルクの街まで動かすから、入れ違いで、メルクの街に駐屯している兵の半分を王都に戻してくれ。」
「そんなことして大丈夫なんですの?」
「安心しろ、南方連合の奴等は三日後には撤退を始めるから、残った半分の兵達は追撃をしながら、奴らに取られた領地の平定に回ってくれ。」
何故分かる?とか撤退する理由がわからないなどの声が上がるが、「俺がそう仕向けた」という一言で黙らせる。
「仕向けたって……無茶苦茶ですわ。」
「まぁ、シンジだからねぇ。」
「シンジ様ですから……。」
「シンジさんは普通じゃないですよぉ。」
嘆くクリスをエル達が宥めていた。
彼女たちが俺の事をどう見ているのか、今度話し合う必要がありそうだった。
「とにかく、クリスは半数の兵で王都を守りつつ、他の領主を牽制してほしい。カストールは帰順してくるだろうから、カストールに接するアスティア領は任せても大丈夫だろう。」
「カストール領が帰順してこなかった場合は?それにシンジ様達はどうなさるおつもりで?」
「帰順してこなくても王都で守りを固めることに変わりはないだろ。あと、俺達はミーアラントの兵を率いて、南アルティアとシャマルを潰してくる。」
あっさりと言う俺にクリスはジト目を向ける。
「私があれ程頭を悩ませていた問題を、シンジ様は何でもない事の様におっしゃるのですね。」
「いや、だってクリスをくれとかいうおかしな奴は、潰しとくのが普通だろ?それともクリスは嫁ぎたかったのか?」
「そんなはずないじゃありませんか。その……私の為、と言うのはとても嬉しいのですけど……。」
クリスが頬を染めながらモジモジと言う。
「じゃぁ、まぁそういう事で……ミーアラント帝国の王が命ずる!グランベルクは至急軍を編成し、反逆者たる領主軍に備え、機会を見て領土を取り戻すことに邁進せよ!」
「「「「仰せのままに!」」」」
俺が高々と告げると、一同が皆跪き首を垂れる。
……んー、ちょっと偉くなった気分?
そして俺達は部屋を出ていき、クリスの部屋に設置してある転移陣を使ってミーアラントの執務室に移動する。
「ふぅー、疲れた。柄じゃないことはやるもんじゃないな。」
「シンジ様お疲れさまでした。」
ドカッとソファーに倒れ込む俺を、アイリスが労わってくれる。
「まったく、無茶したわね。はい、ミト茶よ。」
エルがお茶を入れてくれる……さわやかな香りが、疲れを癒してくれるようだ。
「どうせなら、教えておいてほしかったですぅ。」
「そうね、合わせるの大変だったわ。」
リディアの文句にエルが同意する。
「まぁ、相談する暇が無かったのは謝るけど、一応レオンを通して念話で伝えただろ?」
俺がそういうと、エル達は窓際を見る。
そこには窓から差し込む陽を浴びながら昼寝をしている神獣が寝そべっていた。
「……いつから?」
「わからないけど、戻って来てからずっとみたいよ。」
レオンは俺達が集まった後一足先にこちらに戻しておいた……つまり、会議中はずっと寝ていたという事だ。
「……どおりで返事が無かったわけだ。」
こういう状況だから、返事をする余裕がないのだと勝手に思っていたが、そもそも中継すらされていなかったらしい……。
これでよく、俺の意をくんだ行動をしてくれたものだと、俺はエル達にあらためて感謝する。
「それで、南アルティアとシャマルを潰すって、具体的にはどうするんですか?何か色々やってたって事ですけど?」
アイリスが聞いてくるので、俺はレオンと駆け回った前夜の事を話す。
「悪辣ねー、シンジの方がよほど魔王みたいよ。」
「褒めるなよ。」
「褒めてないと思いますぅ。」
「えっと、つまり、現在両国の傍の森や林などではゴブリンが大量発生しているってわけですか?」
「その通り。……まぁ、ストーカーの真似をするのもどうかとは思ったんだがな。」
「それでレオンちゃんの配下が街へ向かう様に追い立ててるってわけね。」
「そういう事。今は両国とも大騒ぎだろうな。平定するための戦力がほぼ残っていないんだから慌てて戻ってくるように使いが出ている事だろう。」
「それでこの後はどうするんですかぁ?」
「あぁ、これを見てくれ。」
俺はそう言ってモニターに地形図を映し出す。
「南方連合の軍は、出来るだけ静かに、出来るだけ素早く撤退をしようとするはずだ。その場合このルートを通る事になる。」
モニター上にルートを指し示す。
「他のルートを通らないって言う論拠はあるの?」
「グランベルク軍とミーアラントの兵が追撃するんだ、他のルートは通らせないよ。」
「納得。」
俺の言葉にエルは頷いてくれたので話を進める。
「それで国境を出て……この辺り一帯をリディアの『大地崩壊』で落とし穴を作っておく……砂がちょうどいい具合に隠してくれるから、近付くまでバレないだろう。そして後ろからミーアラントの兵が追い立てれば……。」
「全滅ですかぁ!シンジさん凄く悪どいですぅ。」
いや、だから嬉しそうに人聞きの悪い事を言うのはやめて欲しいんですけど。
「全滅まではいかないだろうけどな、まぁ半壊ぐらい行けばいいかなって程度だよ。」
「でも、なんでこの場所なの?もっと手前でもいいんじゃない?」
「この場所なら、両国から確認できるだろ?……自分達の軍隊の崩壊が。」
「……はぁ、そういう事ね。」
エルの疑問に俺が応えると、エルは呆れたように溜息をつく。
「そして仕上げはこいつらだよ。」
そう言って、会議室でも見せた蜘蛛型魔術具を見せる。
「うぅっ。」
「いつ見てもキモいですねぇ。」
「あ、あのっ……あまりこちらに……。」
三人の受けはやっぱりよくなかった。
コレ1体でエクスプロージョン1発の爆発力があって、すでに王宮に100体ほど入り込んでいる。
「後は俺がスイッチを入れれば……ドッカーン!と言うわけ。」
「分かってはいたけど……シンジがキレるとホントヤバいわ。」
「もう、ベルグシュタットの王宮の二の舞はゴメンですよぉ。」
「あは、あはは……はぅ……。」
「そういうわけだから、最後の仕上げに行ってみようか。」
俺はドン引きしている三人に笑顔で声をかけた。
南アルティア連合とシャマル王国はあと数日の命だ……ふざけた事をしでかしたことを後悔するがいい。




