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大風呂敷を広げるって意味わかりますか?

 「リオナ、詳しく報告を頼む。」

 「はい、連絡と共に入ってきた情報によりますと、メルクの街付近に5万の南方連合の兵が布陣。そして和平交渉の使者が参りました。現在は王宮で歓待しており、クリス様が戻られ次第内容を伺う事になっているそうです。」

 リオナはそこまで言うと書類を渡して部屋を出て行った。


 「クリス、予定変更だ。取りあえず和平の内容を聞いてこちらへ伝えて欲しい。そして返答は何だかんだと理由を付けて伸ばして欲しい……出来れば5日ぐらい……1週間も引き延ばせれば上出来だ。」

 俺はそう言ってクリスを抱きしめ、耳元で「頼んだぞ」と囁く。

 抱擁を解くと、クリスは頬を上気させてグランベルクへと戻っていった。


 「「「……。」」」

 クリスを見送り、部屋を振り返ると、エル達が冷たい視線で俺を睨んでいた。

 「何怖い顔してるんだよ?」

 俺は視線に気づかない振りをして、あえて明るい声を出す。

 「……クリスに何したのよ?」

 エルが低い声で訊ねてくる。

 「何って、見ての通りハグを……ほら、クリス一人に重責を負わせてるわけだし、激励の意味も込めてだなぁ……。」

 「そんな事聞いてないわよっ!」

 俺の言い訳じみた言葉をエルが強く遮る。

 「アンタ、クリスを抱きしめた時、何かしてたでしょ?」

 うーん、バレてるか……エルは意外と鋭いなぁ。

 

 仕方がないので、俺は皆に手の中の物を見せる。

 「ほらっ、これをクリスに忍ばせておいたんだよ。」

 「「「「あー……。」」」

 三人は揃ってクリスに対する同情の声をあげた。

 「何だよ?」

 「いや……ねぇ?」

 「うぅ……クリスなら大丈……夫?」

 「クリスさんでも、さすがに蜘蛛は……。」

 ……全部魔王が悪いんだよ!


 ◇


 「取りあえず、情報収集だよ。」 

 俺は執務机の前にモニターを広げる。

 魔晶石を薄く引き伸ばしたもので、この晶面に蜘蛛たちの見聞きしたものを映し出すシステムだ。

 「映すぞ。」

 俺が声を掛けると皆が傍に寄ってきて同じ様にモニターを眺める。

 魔力を流し込むと、ぼんやりした映像が浮かび上がり……段々と像が詳細になってくる。

 詳細な画面が映った所で音声も流れてくる。


 『……現在我々の支配下にある土地の割譲し、国境線を新たに引き直す事、年間金貨500枚の賠償金の支払いを10年間。これを承諾していただけるのならば、我々は兵を引き揚げますぞ。』

 脂ぎったいかにも小悪党と言った顔付きの男……コイツが南方連合の使者だろう。

 「うっわぁー、キモッ!」

 「ゴメンナサイですぅ。出直してきてくださいぃ。」

 「あはは……はぅ……。」

 キミタチ……いくらこっちの声が聞こえないからって、言いたい放題ですね。

 

 「っと、まだ続くみたいだ。」

 俺の言葉に、再びモニターを見つめる三人。

 『お返事は早くお願いしますよ、そうでないと、血の気に逸った我が兵達が街中へと飛び込むかもしれませんからね、クックックッ……。』

 王とその側近たちは何も言わない。

 『あ、そうそう、マスティルの領主殿は話の分かるお方ですね。つい先日も盛り上がってしまいましたよ。彼からもいい返事を期待していると伝言を預かっていました。良き忠臣がいて、グランベルク国王は羨ましいですなぁ。』

 わっはっはっは……と下卑た高笑いをする使者を見て三人娘が激高する。


 「何なのよアイツ!」

 「石投げましょう、石!」

 「石じゃ生ぬるいですわ。八つ裂きですわよ!」

 「リディア、ホントに石を投げるんじゃない、壊れるだろ。」

 魔法で出した石礫をモニターにぶつけようとするリディアを慌てて止める。


 「あ、クリスの方に来ましたわよ。」

 アイリスの声に、俺達はモニターを見ると、使者の顔が大きく映っている……クリスの目の前まで来たようだ。

 ガマガエルが人間になったらこんな顔になるんだろうか……とにかくキモイ。

 『あなたがクリスティラ王女ですね。お噂通りお美しいですな。我が王が、和平の暁には有効の証として側室に迎え入れてくださるそうですぞ。良かったですなぁ。』

 「よし、殺そう!」

 「ま、待ちなさい!」

 「落ち着くのですぅ。」

 「だ、ダメです、早まらないで!」

 立ち上がり部屋を出ていこうとする俺を三人がしがみ付いて抑える。

 

 「放せ!あいつはクリスを側室にって言ったんだぞ!お前らはそれでいいのか?」

 「だからって、アレを殺しても意味ないでしょ!」

 「落ち着いてください。今すぐどうこうってわけじゃないですから。」

 「敵はアレじゃなく相手の国王ですよぉ。」

 リディアの言葉に、冷静さを取り戻す。

 「そうだな、相手は国王だな……決めた。南アルティアとシャマル王国を潰す!」

 俺はそう宣言すると各所に指示を出す。


 「アイリス!クリスに連絡を取って、明日の会議に全議員出席させるように伝えろ。元老院メンバーも含めてだ。もちろん俺も出席する。議題は和平交渉の件だ。もし出席しない場合は反逆の志があると認定すると伝える様に言っておいてくれ。」

 俺の言葉を受け、早速クリスと連絡を取るアイリス。

 「リディアは、兵士達の移動を伝達。明日までにカストール領との領境まで移動する様にと伝えてくれ。指揮は……そうだな、トーラスに任せる。」

 「分かりましたぁ。」

 そう言って部屋を飛び出して行くリディア。


 「エルは情報の管理を頼む。すでに蜘蛛たちが現場で情報を集めているはずだから、今から書き出すリストの奴らを重点的に洗ってくれ。」

 そう言って、モニターの使い方や蜘蛛型収集システムの使い方、切り換え方などを説明する。

 「リオナ、レム、エルを手伝ってやってくれ、一人じゃ大変だ。」

 リオナとレムを呼び出して、エルの手伝いをさせる事にする。

 他に細々した指示を出した後、俺は皆に告げる。

 「俺はちょっと出かけてくるから後は頼んだ。エル、リディア、アイリスは明日の会議前にクリスの所に行ってくれ。俺は明日直接向かうから、向こうで会おう。」


 ◇

 

 執務室を飛び出した俺は転移陣を使って、グルリア山脈のレオンの元まで転移する。

 転移陣を使う度に、俺の『空間転移(ディジョン)』もこれくらい便利だったら……と思うのだが、まぁ、ない物ねだりをしてもしょうがない。

 俺はレオンに事情を話すと、その背に飛び乗る。

 俺がしっかり捕まったのを確認して、レオンは走り出す……このスピードなら予定していた所を全部今夜中に回れそうだ。


 魔王のインデックスの中に、携帯転移陣ともいうべき『転移石』の作り方もあった。

 通常の転移陣は、対になる陣同士での移動になるが、これは目視できる場所及び転移陣の場所であればどこにいても転移できるというスグレモノだ。

 緊急脱出用として皆に持たせてあるが、これがあっても、やはり行ったことの無い場所へ飛べるわけではないので、現在最速で移動しようとするなら、神獣のレオンに頼るのが一番なのだ。


 「やっぱ速いな。」

 目的の場所に着いた時、思わずそう呟いてしまった。

 (主殿、いかがですか?)

 誇らしげな感じの念話を送ってくるレオン。

 「いや、流石だよ。……じゃぁ予定通り頼むな。」

 俺がそう言うとレオンは眷属の召喚を始める。

 それを確認して俺は俺でやる事をする。


 「よし次へ行こう。」

 やるべきことを終えると、俺は再びレオンの背中に乗って次の目的地まで急ぐ。

 

 「……ふぅ、これで最後だ。レオンありがとう助かったよ。」

 (いえ、お役に立てて何よりです……それより主殿、我もついて行って構わぬであろうか?)

 「どういうことだ?」

 (実は……)

 レオンが言うには、フェンリルとなった自分に対し敵対する者はおらず、テリトリーに入り込んでくる人間も、分をわきまえたアシュラムかベルグシュタットの者ばかりで特に問題もない。

 時々己の部をわきまえない若い魔獣や、山賊たちが出ることもあるが、それらは星狼(スターファング)達だけでどうにかなる程度。

 もう少し修練を積めば星王狼(スターキング)に進化出来そうな個体も数体現れている為、後進の育成という事で色々と任せているらしい。

 (ぶっちゃけ、暇なのだ。)

 ……コイツ、ぶっちゃけやがった。


 「まぁ、来るのは構わんが、小型化してもらうぞ?」

 (それくらい構いませぬ。)

 「モフモフされるぞ?」

 (…………大丈夫です。)

 応えるまでにかなりの間があったが……まぁ、それでいいならいいか。

 「じゃぁ戻るとするか。」

 俺はレオンと共に転移石を使って戻る事にした。

 今から戻れば会議が始まるまで一眠り位は出来るだろうと思いながら……。


 ◇


 「きゃっ!」

 可愛らしい悲鳴が聞こえて、目が覚める。

 「……ん?」

 体を起こすと目の前には夜着姿のクリスがいた。

 「シンジ様……夜這いですか?」

 クリスが責めるような目つきで聞いてくる。

 「いや、この部屋の転移陣が一番見つからないだろうと思ってな……それに夜這いと言うには遅すぎないか?」

 まだ日は登ってはいないが、東の空は薄く白みかけている。

 「こんな時間まで仕事か?」

 「えぇ、まぁ……それより……。」

 クリスの眼はベッドに横たわる大きな毛皮に向けられている。

 「フェンリルのレオンだよ。モフモフで気持ちいいぞ。」


 俺はクリスを抱きかかえると、ベッドに押し倒す。

 「あ、これいいですね。」

 レオンの毛並みに包まれたクリスが気持ちよさそうに言う。

 「いいだろ?そのままゆっくりと休めよ。俺も時間まで休ませてもらうから。」

 俺はクリスに軽く口づけをすると、その隣で横になる。

 まだ疲れが残っている為、あっという間に意識が闇の中へと引きずり込まれる。

 「……もぅ……久し振りなのに……、キスだけって……、あんまりですわ……。」

 意識を手放す前に、クリスが何かを言っている気がしたが、それが何かと思う間もなく、深い眠りに落ちていった……。


 ◇


 「……ですわ。ひど………せん?」

 「あは……らしい……ね。」

 「……ですよぉ。」

 ……遠くで声が聞こえる。

 「……ン……。」

 「あ、シンジ起きた?」

 「おはようなのですよ。」

 「昨夜はお楽しみでしたね。」

 「目覚めのお茶はご入用かしら?」

 目を覚ましたのはクリスの部屋……そこにはすでにみんなが揃っていて、口々に挨拶をしてくれる……が、アイリス、そのネタをどこで覚えた?


 「あぁ、貰おうか。」 

 俺はクリスからお茶を受け取ると一気に飲み干す。

 さわやかな香りとほろ苦さが、半分眠っていた身体に覚醒を促してくれる。

 「あ、これ、まとめた資料ね。」

 エルから受け取った資料に目を通す。

 「大体は予想通りだな。」

 俺はエルに資料を返すと、他の皆にも目を通しておくように伝え、クリスには昨日の使者の告げた内容を報告してもらう。

 実はすでに知っている事ではあるが、ここで聞いたという事実を残しておきたかった。

 

 「会議は2時間後だったよな。俺はちょっとやる事あるので先に行くが、お前らも遅れるなよ。」

 俺はそう言って部屋を出る準備をする。

 ちなみにレオンは子犬モードになっていて、今はリディアに抱えられている。

 「クリス、会議は全て任せておいてくれ。お前はただ合わせてくれればいいからな。」

 心配そうなクリスにそう伝え、軽くクリスを抱きしめてから部屋を出ていく。

 時間が無いからな、ちょっと急ぐとしますか。


 ◇


 「遅くなって申し訳ない。」

 そう言いながら会議室に入ると、すでにみんな揃っていた。

 パッと見まわすと空席は5つ……一つは俺の席として残りの4つは……カストール領以外の領主の席か。

 まぁ、予想通りだと思いながらクリスの横の席に座る。

 「呼び出しておいて……。」

 「あの不遜な態度……。」

 「分かっているのか?若造が……。」

 等と、色々な声が飛び交うが気にしない。

 どうせこの後もっと罵声が飛び交うのだから。


 「静粛に!」

 議長の言葉に場がシーンと静まり返る。

 「では御前会議を始める。最初に発起人のシンジ卿より何かありますか?」

 「そうですね、昨日の使者についての事を本日の議題としたいのですが、その前に今この場にいない領主4人を反乱の疑において除名及び犯罪者として取り扱うという事でよかったか?」

 俺の言葉にパラパラと賛同の意を表する札が上がる。

 「おいおい、札をあげてない奴は反逆者へ加担する意志ありという事でいいか?」

 勝手な事をぬかすな!等の罵声が響き渡るが、クリスの一言で押し黙る。

 「召集の時に伝えた筈です。召集に応じない者は犯意ありとみなす……と。」

 しばらくしてパラパラと札が上がる。

 「議長、決議をお願いしますわ。」

 「……満場一致で、この場にいない4名を王国議会より除名し、国家反逆の疑いありとして容疑者として扱うものとする。」

 ……容疑者も何も、すでに『独立』とか言って反旗を翻しているんだから、すでに国家反逆者なんだが……まぁ様式美って奴だろう。


 「さて、本題に入らせてもらうが、昨日の使者が突きつけてきた要求は、領地の割愛、10年間の金貨500枚の支払い、そして王女を人質として引き渡す……これで間違いないか?」

 「待たれよ、シンジ殿。王女を人質ではなく、友好の証として婚姻を結ぶという事ですじゃ。」

 「ほぉ……ではその婚姻を結ぶ王女は第二王女か?第三王女か?まさか俺の婚約者である、クリスティラ第一王女じゃないだろうな?」

 国王が何か言いたそうにしていたが、この議会の場では国王が発言出来るのは限られている。

 「先方はクリスティラ王女を指名してきておる。なので、貴殿との婚約は白紙に戻すことになる。」

 一人の議員がそう発言する……あいつはリストの上位に乗っていた奴だ。

 「なる?その言い方ですと、グランベルクとして、使者の要求を呑むことに決定しているように聞こえますが、いかがなもんですかね?」

 俺の言葉に何人かが顔を背ける。


 「私は、この場でどうするかを話し合いたいと思って参加したんですが、話し合う必要もなく、降伏に近いこの要求を呑むって事が決定しているという事ですか?」

 誰も何も答えない……場がシーンと静まり返っている。

 「誰か応えてくれませんかね?」 

 しばらくしてから再度訊ねる。


 「シンジ卿控えよ!昨日の和平の内容を受け入れることに決定しておる!」

 低いがハッキリとした声が玉座から響く。

 フォーマルハウト国王が発した言葉だ。

 城内の何人かは驚いた顔をし、それ以外は深く頷いているのを見て取る。


 (今頷いたりドヤ顔をしている奴らが粛清対象だ。)

 俺は念話をレオンに送り、レオンからクリスやエル達に伝えられる。

 俺は彼女たちが頷くのを確認してから立ち上がる。


 突然立ち上がった俺に衆目が集まる中、エル達はさり気無くクリスをサポートできる位置へ移動する。

 そして俺は宣言をする。


 「グランベルク王国の意向はよくわかった。この時を持って、我が領地ミーアラントはノイエ・ミーアラント帝国として独立を宣言する!」 


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