会議の間も現場は動いているんです。偉い人にはそれを分かって欲しいですね。
「我が国を侵すもの許すべからず……これが、フォーマルハウト=フォン=グランベルク国王のお言葉です。」
クリスの冷たい言葉が部屋の中に響く。
「……分かった。」
俺はエルに目配せをする。
エルは頷いて遮音結界を張ってくれる。
「まぁ、念のためだ……それでクリス、本意はどこにある?」
クリスは結界が張られたのを見て、少し肩の力を抜き、やや砕けた口調で返してくる。
「本意も何もそのままですわ……残念ながら。」
「成程な……じゃぁそれはいいとして、グランベルクはどう動くつもりだ?周りを囲まれた状態で無策って事は無いだろ?」
俺の問いかけに、クリスは苦笑で返した。
「知恵と勇気があれば万兵たりとて恐るるにべからず……だそうですわ。」
俺は絶句した……マジかよ。
「それで、その知恵と勇気はどこにあるんだ?」
「さあ?ドラゴンの巣かしら?」
この世界ではドラゴンは知性を持ち、独自の魔法を操る最強の魔獣だ。
『知恵』『勇気』『力』この三つが備わっていなければドラゴンには勝てず、備わっているからこそ、ドラゴンバスターたりえる勇者なのだ……これは古くから伝わる勇者の伝承の一節だが、つまりドラゴンを倒す為には、ドラゴンの裏をかく、もしくは上回る戦術と、それを成しえるための実行力を兼ね備えたうえで、ドラゴンを倒せるだけの戦力が必要だという事だ。
古来より、勇者たらんと、幾人もの強者がドラゴンに挑んでは敗れ去っている……クリスはそういう『知恵と勇気』が落ちているんじゃないかと揶揄しているわけだ。
「冗談はそれくらいにして……。」
「冗談だったらどれだけよかったかしら……あの元老院のハゲジジィども。」
「クリスさん……言葉が乱れてますわ。」
荒ぶるクリスを必死に宥めるアイリス。
あのクリスがここまでキレるとは余程の相手なんだろうか……。
「コホン……失礼しましたわ。取りあえずグランベルクとしては攻め入ってきた『南方連合』の軍を打ち破り、奪われた領地を取り戻すのを第一目標として動くことになりますわ。」
「えっとぉ、独立した領主さん達はどうなるの?」
「放置……だそうですわ。敵を打ち破れば、向こうから頭を下げて来るだろう、と言うのが元老院及び議会の総意ですわ。」
「バッカじゃないの?」
エルが吐き捨てる様に言う。
「その通りですわ。何も分かっていない、自己の利権しか考えていないバカの集まり……それが今のグランベルクを動かしているのですわ。」
「王様が、こうするんだ!って一言言えばいいんじゃないですかぁ?」
リディアが疑問を口にする。
リディアにしてみれば、何でそんな人の言う事を聞かなければいけないのか分からないのだろう。
「そう簡単にいかないのが、グランベルク独自の議会システムなんだよ。」
俺はリディアにわかりやすく立憲君主制について説明をする。
「簡単に言えば国として決められたルールがあって、国王と言えどもそれを守らなければならないんだ。そしてそのルールを決めるのが議会ってわけだ。」
「んー、それって何か意味あるの?」
絶対君主制で育ったリディアには、今一つ理解が出来ないようだ。
「独裁を阻止するのには非常に有効なんだが……そうだな、例えばミーアラントがベルグシュタットみたいな絶対君主制の国だとする。」
「今でもそんなものよね。」
エルが口をはさむ。
「そこでだ、王たる俺が『ハーレムを作る!国中の美女は皆、王の側室にする!』と言い出したらどうする?」
「メテオをぶち込みますぅ!」
思った以上に過激だった……気を付けよう。
「つ、つまりだ、そんな無茶でも通るのが絶対君主制なわけで、そういうバカを言い出す王様がいると国中が荒れるというのは分かってくれたと思う。」
「納得ですぅ。」
「そういう無茶を言わせないために、見張ったり、いい方向へ持っていくのが議会の役目なんだ。例えばさっきの例でいえば、そういう無茶を言ったとしても議会が側室は三人までしかダメです、と言ったり、それに対して王様が、せめて10人にして欲しいなどと話し合いをする場であり決定するのが議会の役目なんだよ。」
「でもそれだと一つの物事を決めるのに時間がかかるんじゃない?」
「その通り、それが議会の欠点なんだよ。それを回避するため、グランベルクでは王様に45%の議決権と、王権が与えられているんだ。」
「んー、ん??」
リディアが頭を抱えている……まだ難しいかな?
「議会で物事を可決するのに51%以上の同意が必要となっているんだけど、そのうちの45%を王様が持っているって事。つまり王様に数人の議員が同意するだけで、その案件は可決されるんだよ。そして戦争とか議会を通す暇が無いほどの火急を要する場合、全ては王の責任において決裁するという『王権』を発動させることが出来る。これらによって『議会は時間がかかる』という欠点を少なくしているのが、グランベルクの王権制度なんだよ。」
「ふーん、めんどくさいんですねぇ。」
「めんどくさいんだよ。それで今回は、その議会を取り仕切る元老院と言うのが、敵を攻めろ、反乱はほっとけ、後は現場で何とかしろ。って言ってるって事だ。」
「バカなんですかぁ?」
「バカなんだろ?」
俺とリディアの会話の間、クリスは終始苦笑していた。
「それで、シンジ様。グランベルクの元老院がアレなのは置いといて、これからどうなさるおつもりですか?」
……アイリスも思う所があるのだろうか?やや辛辣な言葉を使っている。
「うーん……幾つか考えはあるんだけどな。どれも決め手に欠けるんだよなぁ。」
アイリスの問いかけに俺はそう答える。
グランベルクの打ち出した方針があまりにもアレ過ぎて、却って此方の方針を大幅修正せざるを得なくなっている。
「よろしければシンジ様の方針をお聞かせ願えないでしょうか?」
クリスがそう言ってくる。
まぁ、ちょっと考えをまとめるためにも、口に出した方がいいかもな。
ひょっとしたら俺の思いつかなかったヒントが出て来るかもしれないしな。
「当面の戦略としては大まかに分けて三つ……まぁ、どこを相手にするか?って事なんだけど、まずは南方連合。メルクの街を拠点にして、そこから反撃に出て奪われた土地を取り戻しつつ、敵を追い返す。」
「どうやって?」
エルが聞いてくるが、それは後回しだ。
「戦術については後でな。次に各領主たち……こいつらを説得、あるいは力づくで恭順させる。そして最後は……。」
そこで言葉を一旦切りクリスを見る。
クリスは何を言われるのかと身構えている。
「最後はグランベルクだな。この際に邪魔にしかならない奴らを一掃する。……以上の三つの中でどこから攻めるか?と言うので悩んでいる所だ。」
「どうやって……ていうのは後だったわね。其々に問題あるんでしょ?」
エルが続きを促してくる。
「あぁ、現在グランベルクと領主、南方連合は三すくみの状態で膠着している。ここで、バランスが崩れたら、戦況がどう動くかが読めないって言うのが一番の問題だな?」
「どういうことですかぁ?」
リディアが聞いてくる。
そんなリディアの頭を、いつもの様に撫でながら俺は具体例を挙げる。
「俺としては、まずはグランベルクを攻略したいと考えていたんだ。とにかく、グランベルク内での意思統一がされないとどこで足元を掬われるか分からないからな。ただ、力づくにせよ搦手にせよグランベルクに手を掛けるとなると、自称忠臣の領主たちが黙っていないだろうし、そうなった場合、それを好機と捉えて南方連合も暴れ出す可能性も否定できない。流石に同時に三か所を相手取るのは骨が折れるから避けたいんだよ。」
「じゃぁ、先に領主軍を抑えるのはどうなんですかぁ?」
「今の状況を考えると、たぶん三つの中で一番現実的なのがそれだろうね。ただ、領主軍を抑えた後になるとグランベルクの攻略は出来なくなる。」
「何でですかぁ?」
「領主たちが邪魔するからさ。ムリを通すと、今度は領主たちが完全に敵に回る。そうなった場合一番得するのは南方連合って事になる。だから、領主たちを抑えた後南方連合を駆逐して、グランベルクは現状のまま……元老院のジジィ達も大喜びって結果だな。」
「うぅー、何かヤですぅ。」
「俺もヤだよ……で、南方連合を先に潰す場合だけど……まともに戦うとなると戦力差が厳しい事になる。領主軍の事さえなければ何とかなるが、南方連合を相手取っている間に領主軍が攻めてきたら意味が無いからな。」
「他にないんですかぁ?」
「……実はある。」
リディアの問いかけに俺が応えると、皆がびっくりしたようにこちらを注目する……特にクリスの眼は期待に満ちていた。
……まぁ、最初に三つと言っておいて四つ目があるとなったら、そういう反応するよな。 「期待には応えられないと思うぞ。」
俺はクリスに向けてそう前置きをしてから話し出す。
「今までの三つは、要はグランベルクの立場に立った場合の話であって、ミーアラントの立場とした場合はまた話が変わってくるんだよ。」
4人の眼がどういう事?と聞いてくる。
「最初に言ったように、現状は三すくみの状態で硬直している……つまり互いに動けない……という事はしばらくの間この状況が続く。だったらミーアラントとしては様子を見てるだけでいい。南方連合にしろ領主軍にしろ、敵対しているのはグランベルクであって、ミーアラントじゃない。ミーアラントに攻め入る場合はグランベルクを落とす必要がある。グランベルクが敵対する場合は、先に背後の南方連合や領主軍を何とかしなければならない……つまり、現状が続く限りミーアラントに不利益はなく、あえて動く必要もないって事だ。」
俺の言葉を聞いてクリスは青ざめる。
「クリスを見捨てるの?」
エルが責めるような口調で言ってくる。
「見捨てるとは言ってないだろ?大体現状維持であれば今現在と何ら変わりない……違うか?」
「それはそうだけど……。」
それでもエルは納得がいかないようだ。
「でも、放っておくとグランベルクは南方連合に攻めていくんですよね?そうなったら領主軍がグランベルクを攻めて来るようになり、そのままミーアラントへ……となると困りませんか?」
黙ってしまったエルの代わりにアイリスが聞いてくる。
「そうなった場合、壁がグランベルクから領主軍になるだけさ。領主軍はミーアラントに攻める前に背後の南方連合やグランベルクの残党を何とかしなければならないからな。そしてつぶし合って残った所を相手取ればいい……かなり疲弊しているだろうから、それ程難しくはないだろう。」
俺の言葉に、エルやクリスだけでなく、アイリス迄俯いてしまう……うーん、そんな顔をさせたい訳じゃなかったんだけどなぁ。
「ねぇ、シンジさん、何とかならないのですかぁ?」
見上げてくるリディアの眼に涙が溜まっている。
「そうだなぁ……正直なところ手詰まりなんだよ……せめてグランベルクが迷っていてくれればなぁ……。」
俺としてもグランベルクがこんなに早く、しかも考えられる限りの最低の下策を取るとは思ってもみなかった。
いい所、現状を維持しつつ領主軍の懐柔なり、南方連合との小競り合いが続くとみていた……最悪、結論を出せずに議会で意味の無い議論をして時間を浪費するだけ、と考えていたんだけどなぁ。
「シンジ様、議会が時間を浪費していれば何とかなりますの?」
迷ってくれれば……と言う俺の言葉に反応してクリスが聞いてくる。
「あぁ、今各地の情報を集めている所だからな。グランベルクが結論を出せずにいたら、その間に情報をもとにして領主軍の足を止め、グランベルク内の膿を一掃したところで、南方連合なり領主軍なりへと立ち向かう予定だったんだ……その為の戦略プラン、戦術プランは練ってある。」
俺がそう言うとクリスはしばらく考えた後ゆっくりと口を開く。
「分かりましたわ。議会の結論は私が何とか差し戻して白紙に変えますので、シンジ様はそのプランの実行をお願いできますか?」
そう言って真剣な眼差しで見つめてくるクリス。
「1か月……いや、3週間は現状維持が望ましいが……出来るか?
「分かりましたわ。任せてくださいな。」
クリスがにっこりと微笑ミ、俺も笑顔で答える。
何とかなりそうだと、部屋の中の空気が弛緩した時、リオナが飛び込んできた。
「リオナ、どうした?」
「無礼をお許しください……クリス様、王宮より緊急連絡です。大至急お戻りください……南方連合が和平を申し出て来たそうです。」
リオナの言葉に固まる一同。
……どうやら運命の女神は、尽く俺を苛めたいらしいな。




