最終奥義は「パパなんてキライ!」……この攻撃を食らったら残りHP1だね。
ボグッ!
いきなり殴られる……避ける間もなかった。
と言うより、この場でそんな行動に出るとは予想もしていなかった。
それ程の強さは無く、なんとかその場に踏みとどまり、俺は殴った相手を睨みつける。
目の前にいる……国王フィンドルフ=グラーシス=ハッシュベルク27世の姿を。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「結構ヤバいんじゃないか?」
「うん……凄く物々しいよね。」
ここは王都から少し離れた小さな町。
王都と主要都市を繋ぐ街道の要所にある為、規模の割には人の行き来や物資の流入が多く、普段から賑わっている街だ。
しかし、普段なら商人や旅人たちで賑わっている広場も、今は物々しい装備に身を固めた兵士たちがたむろしている。
「とりあえず、シェラの報告を待つしかないか。」
「そうね、その方がいいわね。」
俺達は、1か所に留まっていると却って目立つという事で、色々な店を見てわまりながら、情報を集めに行っているシェラを待つことにした。
ちなみに、俺達の格好は目立たない様に、一般体な冒険者に準じた姿になっている。
俺は皮の服に、腰に剣を下げた軽ファイタースタイル……まぁ、剣は飾りに近いけどな。
エルは頭からフードをすっぽりとかぶったローブ姿……典型的な魔導師スタイルだ。
これなら、武器屋に入っても魔法屋に入っても違和感もない……はず。
◇
「お、ニィちゃん中々、目がいいじゃねぇか。」
俺が店内の中に置いてあった一振りの剣を手に取って見ていると、店の親父が奥から出てきて、そんな風に声をかけてきた。
ちなみに、エルは珍しそうに、店内を見回っている。
「あぁ、なんか眼を引いたんだが……。」
俺は、剣のおいてあった棚に目をやる。
そこには『特価品 700G』と言う札があった。
銅貨1枚が10G換算なので、この剣は銅貨70枚……大銅貨7枚って事になる。
ただ、この剣はそれ以上のものだと、素人の俺でもわかる。
「本当に700Gか?」
「そうだ。ニィちゃんみたいな目が利く奴の為のサービス品だぜ。」
そう言って親父がニヤリと笑う。
「同等品に比べて、切れ味が増す魔力が付与されている……通常なら3000Gだぜ、買ってくか?」
「そうだな、買い得だというのはわかるが……。」
俺は腰の剣を抜く……今使っているものは頑丈なだけが取り柄の安物だ。
それと比べれば雲泥の差なんだが………。
「いや、やっぱりやめておくよ。」
俺は自分の剣を鞘に納め、手にしていた店の剣を棚に戻そうとしたところで、エルから声がかかる。
「買えばいいじゃないの。何迷ってるのよ。」
「いや、だってなぁ……。」
「お金なら、また稼げばいいじゃない。それくらいなら常設依頼2回ぐらいでもと取れるわ。シンジは剣の腕が下手っぴなんだから、せめて武器位は良いのを持っておくべきよ。 」
「そうだぜ、嬢ちゃんはいいこと言うなぁ。腕が無くても武器さえよければ、多少の不利は何とかなるモンだ。いい武器を揃えるのも実力の内だぜ。」
エルの言葉に乗っかり、親父がそう言ってくる。
剣がメインの武器ってわけじゃない、エルもそれは知っているはずなのに、買えって薦めてくるのは何か思惑があるのだろうか?
「そうだな、そこまで言うなら買うか……ついでに、これって下取れるか?」
俺は購入金額と、今までの剣を出す。
◇
「なぁ、俺のメイン武器はこれだって知っているよなぁ?」
武器屋を出て、しばらくしてから、俺は隣に歩くエルに、亜空間から引き出したソレを見せる。
「ウン、知ってる。いつも自慢してるもんね。」
エルはクスクス笑いながら言う。
結局、あのサービス品の剣は700Gで購入し、俺の腰にぶら下がっている。
元の剣は下取り出来ないと言われたので、収納してある。
「だったら、なぜ?」
今の俺達の手持ちは、剣を買ってしまったので、銀貨3枚と銅貨が数枚……シェラがいくらか持っているらしいが、それはシェラとエルの金であって、俺の金ではない。
「バカねー、あの店主の話聞いてなかったの?『魔力付与されている』って言ってたでしょ?通常なら3000Gはくだらないって。」
「あぁ、そんなこと言ってたなぁ。」
「武器に限らず、魔力が付与された物は、高い上に値崩れしないのが普通なの。その剣も売りに出したら、銀貨2枚位で売れるわよ。足元見られて安く買いたたかれても銀貨1枚を切る事はないわ。……700Gで売ってること自体がおかしいのよ。」
「そうなのか?……魔力付与ってのは騙されてるとか……?」
「それはないわね、さっき確認した時、何らかの付与された魔力を感じ取ることが出来たから、間違いなく付与付きの武器よ。」
「じゃぁ、採算度外視で、趣味でやってるとか?」
「そうかもしれないわね。……まぁ、この街で売るのは流石にまずいから、今度売りに出したらいいわよ。」
転売かよ!……っと思わず突っ込みそうになったが、よく考えたら向こうの世界のUSOではよくやってたことを思い出す。
「安く買って、高く売る……か。」
「そうよ、よく分かってるじゃない。」
俺のつぶやきに、エルが嬉しそうに応えてくる。
「まだ、シェラが戻って来るまで、時間があるよな?」
「そうね……。次はどこ行くの?」
「うーん、市場でも見てみるか。」
俺達は、市場に並んだ品物を冷かし、露店で買い食いをし、魔法店で品物を眺めて回った。
「ふぅー、こんなに街中回ったの初めて。」
「俺も、こんなにゆっくりと色々見たのはこの世界に来て始めてだぜ。」
俺達は広場の端の木蔭に並んで腰を下ろす。
「喉、乾いただろ?……ほらっ。」
俺は収納空からのコップを出してエルに投げ渡す。
「あわわ……急に投げないでよっ!」
文句を言いながらもしっかりと両手で受け止めるエル。
「アハハ、まぁ、いいじゃないか。それより……『純水精製』」
俺は水の魔法で、エルのもつコップ中に水をいれる。
『氷の欠片』
続いて、小さな氷の塊をコップの中に出す。
「それと……『次元斬』」
俺は殺気市場で買ったオレンジに似た柑橘系の果物に『次元斬』で切り込みを入れる。
そして、そこから絞り出した果汁をエルの持つコップに注ぐ。
「どうぞ。」
「ありがと……んくっ、んくっ……美味しぃ。」
喉が渇いていたこともあって、エルは一気に飲み干す。
「お代わりもあるよ。」
そう言って、水差しからお代わりを注いでやる。
エルが飲んでいる間に追加を作って詰めたものだ。
と言うより、思い付きで切った果物は、予想以上に果汁が豊富で、コップの2~3杯じゃ足りないくらいの果汁が取れたので、急遽追加作成したのだが、結局1個の果物から4リットル分ぐらいの果汁水が作れた。
エルも気に入ってくれたみたいなので、後でたくさん作ってストックしておこうと思う。
「こういうのいいなぁ……ゆっくりと街を廻って、買い食いしたりして……あこがれだったの。」
そう呟くエルの顔を、俺は何も言わずに見つめている。
俺の視線に気づいたのか、エルは慌てる。
「ばっ、かっ……勘違いしないでよねっ!デ、デートとかそんなんじゃないんだからねっ。これは、その……そう、視察よ!情報収集よ!」
なぜか真っ赤になって言い繕うエル。
「ハイハイ、分かってますよ。視察、視察。」
俺がそう言うと、なぜか叩かれた。
「バカッ、知らないっ!」
プイっと横を向いて拗ねるエル……女の子は難しい。
しかしデートか……その考えには思い至らなかったな。
◇
「……と、このように、王都内の各地に武装兵が紛れ込んでおり、いつ蜂起してもおかしくないかと思われます。」
あの後、ようやくエルの機嫌が直った所にシェラが戻ってきたので、報告を聞く。
現状はヤバそうだった。
「よし、王都へ行こう。」
ここから王都までは約半日の距離……今から向かえば夜には着く。
「王都についたら夜陰にまぎれて忍び込む……シェラ、王宮に一番近い所へ案内してくれ。」
「王宮に一番近いとなると、山間になりますが城壁に阻まれて、入り口は一切ありませんが?」
「それでいいよ。入り口がないって事は近くに人がいないって事だろ?」
俺はニヤリと笑う。
俺の空間魔法は、正直言ってしょぼい。
理解してから、練習を重ね少しでも能力向上に努めてきたおかげで、多少向上したものの、それでもしょぼい事には変わりがない……それは認めよう。
しかし、それでも使い方次第でどうとでもなる……はず。
料理や雑用に向いているだけじゃないって事を見せてやるぜ。
◇
「この城壁の向こう側が王宮の裏側になりますが……。」
怪訝そうな顔で俺を見てくるシェラ。
目の前には高い城壁。
左右を見ても登れそうなところはない。
門へ至る道はここから数キロ離れている。
直線距離では近いかもしれないが、ここでどうしようというのだ?と言うような目だな。
「エル、その裏側からこっそりと王宮内に忍び込めるようなところはあるか?」
「使用人たちの通用口があるわ。この時間だと、殆ど人はいないと思うけど……。」
「シェラ、エルのお母さんはどのあたりにいるかわかるか?」
「この時間なら、国王様の寝室か、御自分にあてがわれた部屋だと思われます。」
「そこまでの道はわかるか?」
「それはお任せください……しかし……。」
シェラがまだ理解できないというように唸る。
まぁ、説明する暇も惜しいしな。
「二人ともこっちへ。」
俺は城壁にぴったりと背中をつけ、二人を手招く。
二人が寄ってくるが、少し距離が開いてる。
「もっと近くに!」
俺は二人を引っ張り抱き寄せる。
「きゃっ。」
「っつ、何を!」
「静かに……『空間転移』」
俺は二人を抱きかかえて、力ある言葉を唱える。
一瞬の後、俺達は城壁の内側にいた。
ギリギリだった。
俺の能力は伸びて、転移なら5mは飛べるようになったのだが、それでギリギリって、どれだけ分厚いんだよ。
ごめんなさい、城壁舐めてました。
「ここは……城壁の内側?どうやって……。」
「いいから行くぞ!」
突然、中に移動したことに軽いパニックを起こしているシェラを促して、俺達は王宮内へと侵入した。
◇
王宮内は騒然としていた。
俺達はエルの光学迷彩魔法と、シェラの隠蔽魔法で姿と気配を遮断して、目的の場所……国王の寝室へと向かっているのだが……。
「一の門へ、近衛を回せ!」
「急げ!三の門だ!」
「宰相は?この様な時に宰相はどこにいらっしゃるのだ!」
……。
どうやら、夜陰にまぎれて侵入を試みたのは俺達だけではなかったらしい。
「内乱がはじまったようですね。」
「その様だな……しかし。」
このような時に取りまとめるのは国王じゃないのか?
宰相を探す声は聞こえても国王の事は誰も触れていない。
もしくは、すでに国王が指示を出しているのか?
「とにかく急ぐわよ!」
◇
「シンジ様、この先が寝室になります。」
「随分と警戒してるなぁ。・・・・・・いつもこんな感じなのか?」
シェラが示した方を物陰から覗くと、部屋の前に4人、少し離れて6人のグループが二つ、警戒をしている。
「いえ、この先はプライベートルームですので、このような間近に、ここまでの人数を割くことはしないはずですが。」
シェラの言葉に少し考える。
内乱が勃発したから、警戒レベルがあがっているのか、もしくは・・・・・・。
「中から出さないように・・・・・・か?」
「それって・・・・・・。」
俺のつぶやきをエルが聞き咎める。
「まだ分からん・・・・・・が、中にいることだけは確かだな。」
空の部屋を、これだけ厳重な警備をするってことはありえないだろう。
「シェラ、国王の部屋の近くに、身を隠せそうな場所ってないか?・・・・・・出来れば部屋と5m以上離れていない方が良いが。」
「そう言うことであればこちらへ。」
俺達はシェラの案内で来た道を戻る。
そのまま、ぐるっと回ってかなり離れた処で立ち止まる。
「この部屋は丁度王様の寝室の真後ろにあたります。奥の倉庫からなら直線距離で1mもないでしょう。」
何でもシェラが属していた影の部隊が、各部屋を覗く・・・・・・じゃなくて監視するための場所だそうだ。
「あっ」
扉に近づいたシェラが声を上げる。
見ると鍵穴がつぶされていた。
情報漏洩を防ぐためにやったのだろうが、俺にとっては無意味だ。
「待ってください。」
俺が空間転移で中に入ろうとしたところをシェラに止められる。
「中はきっとトラップが一杯有ります。」
そのまま飛び込むのは危険だと・・・・・・。
しばらく考え込んで、あることを思いつく。
「シェラ、このドアが開けば問題ないんだな?」
「えぇ、いくつかのトラップは、このドアの開閉が鍵になっていますので。」
確認すると、ここがあけば正規の手順で解除できるという。
「それなら・・・・・・。」
俺はロックがかかっている部分をじっと見つめ、イメージする。
『次元斬』
キィン!と言う甲高い音と共に、ロックしていた金具がすべて切り落とされる。
「これで中に入れるな。」
俺はそう言ってシェラを見ると、彼女は「そんな……」と青ざめた顔で立っていた。
何かまずかったのか?
破壊すると何かトラップが発動するとか……急に不安になってきた。
俺が声をかけようとすると、シェラが何か意を決したような顔でエルに言う。
「姫様!今夜から一緒に寝ましょう!」
……は?
何を言い出すんだ、いきなり……と俺が思っていると、エルも同じ事を思ったらしくシェラに答えている。
「何言ってるの?いきなり、何の話?」
「姫様も見たでしょう!シンジ様のお力を。」
「あ、うん、それが?」
「それが?じゃないです!姫様は危機感が足りません!」
俺とエルは、何言ってんだ?コイツ、という目でシェラを見る。
「いいですか?シンジ様の壁抜け・潜入・施錠破壊に気配遮断……ここまで夜這いに適した能力を、非情に悔しいですが、私には防ぐ手段がありません。って事は、シンジ様は夜な夜な姫様の部屋へ押し入り、やりたい放題、抵抗できない姫様を無理やり……うぅ、その若い果実を散らされて、あんなことやこんなことを強要され……お労しや……。かくなる上は、私が寝所も共にし、シンジ様が私を手籠めにしている間に、姫様に逃げていただくしか……ぐぇっ……。」
聞くに堪えない妄想を喚きだしたシェラを後ろから叩く……本当にハリセンが欲しくなってきた。
「シンジが、私に夜這い……ぽっ……いやだ、どうしよ……。」
エルを見ると、真っ赤に染まった頬を両手で覆いながら、イヤイヤと首を振っている。
「おーい、エルさんや?」
……ダメだ、二人とも。
『純水精製』
「あぶぅっ」
『氷の欠片』
「ひゃんっ!」
俺は「くっ、殺せ……あぁんあダメですぅ……。」と自分の妄想に悶えているシェラに水をかけ、「いやん、いやん」と首を振っているエルの背中に氷を落とし込む。
「頭冷えたか?いいかげん中に入るぞ。」
俺は、まだ真っ赤な顔をしている二人を促す。
こんなところでモタモタしていたら、誰かに見つかっても不思議じゃない。
……しかし夜這いはともかく、俺の空間スキルって犯罪向きなのか。
シェラの言葉にショックを受けている俺がいた……。
◇
「この壁の向こう側にダクトがあり、その向こうが王様の寝室となっています……大体3mと少し離れているって感じです。」
シェラの言葉に俺は頷く。
それくらいなら二人を抱えて飛ぶことは可能だ。
しかしここで一つの疑問が沸き上がる。
もし、王様とエルのお母さんが……その……いたしていたとしたら、そんなところに娘を連れていくのは、非常に気まずい。
「シンジ、どうしたの?」
エルを見ていた俺の視線に気づき、訊ねてくる。
「いや、なんでもないんだ。」
さて、どうするか……せめて向こうの様子がわかれば……。
そんな事を考えながらしばらく壁を見つめていると、不意に視界がぼやけてくる。
何だ?
視界が、と言うより見ている壁がゆがんでいくようだ。
そして、ぼんやりと壁の向こう側の様子が見える気がした。
ひょっとして……俺は、視覚を強化するイメージで壁の向こう側が見えるように念じる。
すると、ぼんやりとしていた目の前が段々クリアになっていき、そこに映るのは、壁の向こう側……王様の寝室だった。
そして……予想通りいたしておりました。
内乱が始まっているというのに、呑気な事だ……と言うより、ここまで報告が上がっていないのかもな。
しかし……目の前には喜びに喘ぐエルのお母さんの姿が……色っぽい。
エルと同じぐらいの頃にエルを産んだとしても、三十路前後のはずだが見た目はどう見ても二十代前半のお姉さんだ。
しかもエルの母親なだけあって容姿は文句なし……そんな人が目の前で……。
いかん!
俺は頭を振り、浮かび上がったイメージを振り払う。
「どうしたの?大丈夫?」
そんな俺の様子を見て、心配そうに見上げてくるエル。
その顔が、姿が、先程の光景と被る。
エルは文句なしの美少女だ。
そんな子が心配そうな表情で俺を見上げ、手を握ってくる。
ダメだ……理性が吹っ飛ぶ……。
思わずエルに手を伸ばしかけるが、寸前で躱される。
シェラがエルを引き寄せたのだ……助かった。
「いけません、姫様、離れてください。あのシンジ様の眼は野獣の眼です!」
「もぅ、シェラったら、まだそんなこと言ってるの?」
エルがクスクス笑う。
「いーえ、私にはわかるのです。このままでは、姫様があんなことやこんな事……クゥ!なんて破廉恥な!」
「破廉恥なのはお前だ!」
俺は見悶えるシェラにチョップをかます。
一応ツッコんでは置いたものの、今回ばかりは何も言い返せない。
しかも、結果としてシェラに救われた……チクショウ。
「あたっ!」
悔しいので、もう一度シェラにチョップをかましておく。
しかし、俺の空間スキルって……料理、夜這い、覗き……もっとまともな使い方はないのかぁっ!
取りあえず、事が終わるのを待つためと、俺自身が落ち着くために、しばらく休憩することを提案する。
そして、シェラには反乱軍の様子を探って来てもらう事にする。
「ねぇ、何かあったの?」
シェラがこの場を離れると、エルが聞いてくる。
「いや、別に?」
俺はエルからつい視線をそらしてしまう。
マズい、今は冷静にエルを見る自信がない。
「嘘……何か隠してる……まさか、母様に何か……。」
「そんな事はない……大丈夫だから。」
「でも、でも……じゃぁ、なんで……。」
瞳に涙を浮かべながら、必死に問いただすエル。
「いや、それは……考えていたんだよ。」
とりあえず思いついたままを口にする。
「考えてたって、何を?」
「えーっと、それは……。」
俺は必死に頭を働かせる。
「そう、あの二人の現状がわからなくて……もし、エルを引っ張り出すための罠だとしたら、そこにノコノコと顔を出していいものかと……。」
今思いついたにしては、中々の理由だと思う。
そして、その可能性もある事に今更気づいた。
「それでもっ!それでも、母様に会いたい。あって無事かどうか確かめたい…母様に会いたいよぅ……。」
泣きじゃくりながら訴えてくるエル、最後の方はかすれて聞こえなかった。
気丈に振舞っていても、まだ14歳……この世界ではもうすぐ成人を迎えるとは言っても、ずっと母娘二人で生きてきたんだ。
その母親と会えなくなるかもしれないという恐怖にずっと耐えていたんだろう。
俺は気づいたらエルを抱きしめ、優しく頭を撫でていた。
「大丈夫だから……落ち着いたら、会いに行こうな……大丈夫、俺が守ってやるから。」
「ごめんね、もう大丈夫。」
しばらくして落ち着きを取り戻したエルが、俺から、そっと離れて言う。
感情のままに泣きじゃくったのが恥ずかしかったのか、その顔は、赤く染まっている。
「さて、行くのはいいが、もう少しだけ待ってくれ。」
「どうしたの?」
「いや、ここで行くとシェラが……。」
「あ、そっか、忘れてた。」
意外と酷い。
「ところで、以前から「母様」の話は聞くけど、お父さん……国王様の事はいいのか?」
「んー、私にとって家族は母様だけだし、いきなり出てきて「父親だ」って言われてもねぇ。」
エルはあっけらかんという……。
世の中のお父さん、娘さんとは幼い内からコミュニケーションをとらないとダメですよ。
「何泣いてんのよ?」
「いや、世の中のお父さんが不憫で……。」
何言ってんの?と呆れかえるエル。
「ただ今戻りました……エル様、何もなかったですか?」
「何があるって言うだよ!」
俺はシェラの脳天にチョップをかます。
「取りあえず行くぞ。」
俺は、エルを抱き寄せ、頭を抱えて悶えているシェラを掴み上げて転移魔法を唱える。
『空間転移』
「な、何者だ!」
一瞬の後、俺達は国王のプライベートルームに姿を現す。
俺達の目の前に国王とエルのお母さんの姿がある。
二人とも服を着ていた……ホッと胸をなでおろす。
「エルっ、シェラ!」
二人の姿を認めたエルのお母さんが二人の名前を呼ぶ。
「ただいま!」
エルはそう言って、お母さんの胸に飛び込む。
エルを抱きしめる、母親。
それを見て涙ぐむシェラ。
……俺と国王だけがぽつんと立っていた。
手持ちぶたさになった俺と国王は、気まずそうに互いを見る。
「貴様は……何者だ?」
居住まいを正した国王が、威厳たっぷりに誰何してくる。
「アハハ……初めましてシンジと言います。」
俺はとりあえず王様に挨拶をする。
マナー?
夜更けにプライベートルームにいきなり入り込んで、マナーも何もないだろう。
「実は……。」
「私の大事な人よ。」
俺の声に被せてエルが特大の爆弾を落とす。
エルの方を見ると、べぇーっと、舌を出している。
「アハハ……」
言い訳をしようと国王を見ると……目の前に拳が迫っていた。