私と僕とそれと。
‘起きなさい、佑一…’
その声で佑一は目を覚ました。
目を開けるとそこはいつもと変わりない真っ白で無機質な天井がある。
「おはようございます!」
たくさんの人が佑一の部屋の外から挨拶しているのが聞こえた。佑一はだるい体を起こし、ゆっくり立ち上がった。
‘今朝はよく晴れているわね、気分はどう?’
佑一は朝の定期検温のために中央ホールへと重い足を引きずって行った。
「小林さん、おはようございます!」
伊藤さんはいつも真っ先に佑一に挨拶をしてくる。同室だから心を許していると思われているのかもしれない。
「伊藤さん、おはようございます。今日も元気そうですね。」
佑一は定型文を返した。
ーピピッピピッ
そんな挨拶を交わしているうちに佑一の体温計は小気味良く鳴った。
‘平熱よ、佑一。’
「川島さん、おはようございます。」
佑一が川島と呼ぶこの男は妙齢50のシルバーのショートモヒカンと髭の似合う快活な紳士である。
「小林くん、おはよう!」
朝から元気だなあ、と呑気に思ったが実を言うとこの川島という男はかなり口うるさく(いわゆるとがっている)、周りの人間から少し怖がられている節がある。もちろん本人は気付いていないが。
‘佑一、今日は大人しくしていなさい。’
部屋に戻った佑一は今朝から無視し続けている、‘マザー’に話しかけた。
「マザーが言うならそうするよ。ありがとう。」
佑一はマザーに逆らうことは絶対に有り得なかった。マザーの言う通りにしていればなんでも上手く行く、そう信じているから。佑一は今日が転機の日で台風がやってくるとは考えてもいなかった。