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海獣達の野球記(ベースボールライフ)  作者: Corey滋賀
5章 分岐点
57/65

54 先輩

投稿くっっっっっそ遅くなりました

マジですみません


渡会、彼は先輩とはいえ数少ない浪川の友人と呼べる人物だった。


浪川は1年生の頃「天才」と称されていたがなかなか芽が出ず苦しんでいた。


社交的な性格ではないため他人に必要最低限の会話以外ほぼせず、誰も彼に手を差し伸べようとしていなかった。


が、当時2年だった渡会が進んで話しかけた。


「ワレ、ええスイングしてんのに打てへんのは勿体無いなぁ…ほら!ワイが指導してやるから身振り手振りよう見とき!」


最初は浪川が遠ざけようとしていたが実際に一度指導を受けてみると、浪川はスランプを脱して1年秋にはベンチ入りを果たすまでになった。


それからは互いに言葉や技術、たまに冗談を交わし、良い仲を築くようになった。



「ええか?相手の動きをよう観察して予測するのも大切なことやで。打撃だけやのうて盗塁、走塁もそう。相手のクセを見つけたりしてそれに漬け込むんや。ワイはそれを得意にしてる」


「いやらしい野球を目指せということですね」


「せや。女も一緒。そいつの動きをよう見て考えてベストな言動をするんや。そうすればモテる!女遊びし放題や!」


「…なぜそうやって煩悩に」




「ワレ、よく告白されては振っとるらしいが、気になる女でもおるのか?」


「別に。ただ野球に打ち込みたいだけです」


「ん??最近やけに安里と仲良うしてるって聞くんやけど…ほんまは安里と付き合うてんちゃうのか?」


「……さぁ?なんのことだか」


「図星か!!お前!!」



また、渡会は俊足巧打の一番・センターとしてチームを牽引して、プロからも注目を集める存在となった。


浪川は正捕手を目指していたが、監督に強肩を買われて控え投手をやらされたり、ベンチ入りこそしたがなかなか自分のポジションを確立できずにいた。


そして2年の夏、監督に無情にも告げられた一言に浪川は心を深くえぐられた。


「あと一年ベンチ温めるか、センターでスタメンやるか、選べ」


当時3年には染谷(そめや)という正捕手がおり、ブロッキング、スローイングの面で浪川をはるかに上回っていた。


同級生にも浪川の捕手としての能力を凌駕する選手がいて、浪川の捕手としての能力は頭打ちしていると判断した監督は彼に事実上の「捕手失格」の烙印を押したのだ。


それを察した浪川は暫く口を紡ぐ。


「渡会は最近打撃の調子を崩しとるし、なにより守備が下手や。お前は打撃は言わずもがな、守備も上手い。それならお前をつこたほうがいいやろう?」


バッサリと切り捨てるような言葉に浪川はなにも言えなかった。


そして、夏の大会一週間前の背番号発表のときに事は起きた。


「…8番、浪川!」


「はい」


「一桁番号やぞ。もっと声出せや」


背番号を受け取ると浪川は悔しさで気持ちがいっぱいになっていた。


「もう俺はマスクを被れない」


自分の力の不甲斐なさと怒りで、部室で一人静かに泣いていた。


そこに渡会が背番号「13」を持って背中を叩く。


「ワイからスタメン奪うなんてやるやんけ!一生誇っていいぞ!ははは!」


「どうでもいい」


「……え?」


「俺は「2」以外いらない。なんだよ「8」って。外野なんて誰がやっても同じだろ」


浪川は我慢できず、言ってはいけないと思っていた言葉をこぼしてしまう。


渡会の顔から笑顔が消え、震えた手で浪川の胸ぐらを掴んで殴る。


突然の揉め事に部室内はざわつく。


「ワレ、自分の言うとることわかってんのか!?いらんなら寄こせやその番号!!ワイは必死こいてその番号を譲れへんと決めとったのに…!お前になれ奪われてもしゃあないと思えたのに…!こないなこと思ったワイがバカやったで!」


渡会は浪川とは比にならないほど号泣して、怒った。


渡会は悔しい我慢して浪川の背中を押そうと決めたのだ。


それを踏みにじるようなことを言われたら当然だろう。


しかし当時の浪川はかなり自己中心的で、ねじ曲がった思考で自分を正当化しようとしていた。


「あんたの気持ちはわかるよ。でも俺はあんたが8番を欲しかったように2番が欲しかった。でも、もうそれは無理だ。監督はもう二度と俺にマスクを被らせない…その変わりにセンターで起用するって約束があるからな……俺は染谷さんに勝てず、あんたは俺に勝てなかった。俺もあんたも同じ実力不足でポジションを掴みきれなかった敗者なんだよ」


それを聞くと渡会は胸ぐらを掴んでいた手を離し怒りというより悲しみに暮れたような表情をしていた。


浪川はその顔が脳裏にずっとこびりついて離れなかった。


それからというもの、二人の関係は見えない分厚い壁に阻まれ、言葉を交わすこともほぼ無くなり、浪川は再び孤立することになった。


浪川はその後の甲子園で大活躍を見せて3年時にはドラフト1位は確実と言われたが、プロ志望届を提出せず早田大学に進学。


一方の渡会は見せ場なく高校野球を終えて、関西の大学に進学。


リードオフマンとして2年時から活躍し、ドラフト3位で北海道フェアリーズに入団した。


数年は伸び悩んでいたが、4年目の今季はブレイクし、現在は両リーグトップの盗塁数、三塁打をマークしている。


浪川は今の彼の姿を見ていると、なぜだかモヤモヤしてどうにもならないような気持ちになるのだ。


その理由は過去の自分の失態を恥じているからか…それとも…




場所変わり北海道札幌市。


「そんでですね、僕もマンションに住むことにしたんです!ずっと居座ると寮長がうるさいから…」


「まぁ億稼いでる奴は100%生活にも困らねぇだろうし居られるとめんどくせーんだろうな。そろそろ俺もそうするかね」


いつものようにそんな会話をロッカールームでしている和人と太郎に対し、どこか雰囲気がいつもと違ってそわそわとしている浪川は、優香里からの電話に出るために廊下に出る。


彼女から電話がかかってきた理由は一つ。


今日から交流戦が始まり、その最初のカードが北海道フェアリーズだからだ。


無論、優香里も浪川と渡会の確執を知っている。


それでまた揉め事にならないかという心配の電話だった。


「高校生の頃の話だから渡会さんも許してくれてるかもしれないけど、だからってあなたも強気に出ないでね。無意識かもしれないけどそういうとこあるから」


「流石に俺が悪かったから強気には出ねぇよ。安心しろ…心配かけて悪かった」


電話を切り、戻ろうとしたその時だった。


「よう。久しぶりやな。浪川」


後ろから特有の関西弁が聞こえ、振り向く。


「お久しぶりです…渡会さん」


「そのだるそうなテンション…そういうとこは変わってへんなぁ。ワレは」


渡会は髪の毛は青色っぽく染めており、目つきはよりきつく、昔のようなような面倒見のいい先輩という雰囲気は消えていた。


「変わってしまいましたね。あなたは」


浪川がそうぽつりと呟くと渡会は吹き出す。


「がははっ!ワレが言えたことやがなやろ。ワイが変わってへんって言うたのは見た目だけや」


「なら他に俺のどこが変わったと?」


「雰囲気や。なんか垢抜けたというかなぁ…」


周りの人間にはよく言われていたが、それはお世辞ではなく本当なんだろうなと理解した。


「そうですか?それはどうも」


浪川が軽く会釈すると、渡会はまた笑う。


しかしその笑いは自分のことを見下す、嘲笑だった。


「そういうとこ、ほんまきしょいわ」


その一言に浪川が困惑する。


「…え?」


「今のワレには昔みたいな誰も近寄らせないような雰囲気がない。周りに愛想振りまいて、媚びて、そういうところがきしょい言うとんねん」


浪川は頭の整理がつかなかった。


そんなことを言われたのは初めてだったからだ。


渡会はポケットから煙草とライターを取り出す。


「煙草…昔のあなたなら絶対吸うなんて言わないし、考えてなかったんでしょうけど」


浪川は悲しんでいるような憐れむような顔と声色で残念がる。


渡会は一服すると床に吸殻を落として踏みつける。


「ワイはワイが今楽しければそれでええねん。なにも保証もなくて分かれへん未来なんて考えてたら頭が痛くなるだけやろ」


「そうですか。俺は逆にどうなるか分からないからこそ未来を想像して行動していますけどね…あなたがそうしていたように」


「……昔話はここまでにしよか」


誤魔化すように渡会が話を切る。


「ま、今日の試合はお互い頑張ろうや…後輩」


そう言うと渡会は浪川の右肩をポンポンと叩いて自チームのロッカー側に帰る。


浪川は吸殻を拾って近くにあった灰皿に捨てて決心したように拳を握りしめてロッカーに戻った。




シーレックスの先発、プロ初登板のルーキーの川平(かびら)は5回まで1失点と好投し、その内に打線も3点を取り勝ち投手の権利を得た。


そして、6回も続投。


その回の先頭の渡会が左打席に入る。


なにか仕掛けてくる、と読んだ浪川は低め中心のリードを変えてインハイのストレートを要求。


そしてその予感は的中し、セーフティーバントの構えを見せる。


浪川はインハイだとヒットコースに転がすのは困難のため揺さぶりかと思ったが、バットを引かずそのまま転がす。


一塁側へのドラッグバントで、投手とファーストの守備範囲の間に絶妙に転がり、セーフティーバントは成功。


浪川はタイムを取りすぐに川平のもとへ駆け寄り、落ち着かせる。


「安心しろ、相手が上手だっただけだ。だからランナーは気にするな。走っても俺が刺す」


「はい。切り替えていきます」


「…あと、一つ俺に考えがある。それ通りやってくれ」


浪川が一塁に目をやると、渡会は浪川を睨むように見ていた。


それに応じるように、浪川もキッ、と睨み返して配球を考える。


打席は強打者の小田なので走者のことばかりは考えていられない。


大胆にも初球に外低めのシュートを要求すると、川平もそれに頷いて投じる。


ランナーに動きはなかったが、ひとまずストライク先行。


その一球で渡会は川平のクセを確信した。


ベンチからも見ていて気になっていたが、牽制するときは少し首をかしげて、何もしないときはそのまま投げるのだ。


2球目のサインが決まると、川平は首をかしげずそのままだった。


渡会は確信を持ってスタートの準備をする。


そして、川平が右足を上げたと同時にスタートを切る。


…が、川平はまさかの牽制。


完全に頭になかった渡会は一二塁間で挟まれてしまい、そのままタッチアウト。


これは浪川の言っていた作戦であった。


浪川はクセを早々に発見しており、それを指摘して直せとは言わず、逆に利用してやればいいと機転をきかせたのだ。


浪川は内心少し嬉しかった。


その作戦が成功したこともあるが、それ以上に渡会が自分によく言っていたことを忘れず実践していることに、だ。


(動きを観察して予測する、そしてそれに漬け込む…いくら外面、内面変わってもあの人の体は覚えてるんだな)




『右中間に弾き返した!長打コース!セカンドランナーホームイン、浪川は悠々と二塁に到達!シーレックス終盤に追加点で4対1!」


内角ギリギリストライクの球を巧打でタイムリーにした浪川は、ショートの渡会に声をかけられる。


「敵ながらナイバッチや。あんなん打たれたら投手はたまらんわ」


「ありがとうございます」


浪川がまた丁寧に会釈すると、渡会は眉間にシワを寄せて喉をかく。


「あぁ~~慣れんわ。昔のワレなら絶対「あれくらい当然です」とか言ってたやろ」


「それになにか問題でも?」


「野球意外なんも考えてないマシーンみたいなワレは好きやったけど、今のワレはどうもうつつ抜かしとるように見えてな…」


「…野球以外なにも考えてない?昔の俺が好き?」


浪川は耳を疑った。


違う、ほんとの俺はそんなじゃなかった。


「せや、安里……今は浪川優香里か。あいつもほんとは昔のワレの方が好きなんやないのか?だから高校んとき付きおうてたんやろ」


「…先輩、俺は昔からなにも変わってないですよ…本当に変わったのはあんたの方だ」


「は?」


「昔から俺の中の俺は今と一緒だ。ただそれを自分の中で締め付けてたか、開放してやってたか。それだけの差だよ…怖かったんだ。信じた人を失ったり、裏切られたりするのが。だから人を遠ざけようとした」


そこに「そして…」と付け足す。


「あんたはそんな昔の俺に振り回されて結果、性格も人生もおかしくなっちまった。昔の俺のように自分を見失って、なにか無理をしてるような」


浪川は渡会を見ると湧き上がる感情の理由をようやく理解できた。


昔の自分を見ているようで、もどかしいのだ。


自分中心的で、後先考えずに今のことばかりを考えて…


「…それじゃ、おしゃべりは終わりにしましょう」


そう言うと、いきなりプレーに集中し三盗を仕掛けて盗塁成功。


渡会は唇を噛んで黙っていた。


何も言い返せない、正論だったからだ。




試合終了、シーレックスがそのまま4-1で逃げ切って勝利した。


凱旋登板としてマウンドに上がった川畑は、ビジターながら球場全体から拍手を受け、ピンチを無失点で凌いだ。


そして、ベンチで試合を見ていた明日の先発の和人は偶然にも渡会と鉢合わせになる。


「あっ、どうも。浪川くんの先輩の渡会さんですよね。今日もいい守備してましたね!」


「ワレは佐々城…やったか?そういえば明日の先発やったな。ワイには甘い球投げてくれやー」


「あはは!絶対やですよ!」


鬱陶しいほど眩しい笑顔に、渡会は一つ聞きたくなった。


「…なぁ、浪川はいつからあんな垢抜けたん?俺の知ってるあいつはもっとドギツイ感じの奴なんやが…」


「あーそうですね。僕も初見はそんなイメージでしたよ?いきなり僕のこと3流投手呼ばわりしてきたりしましたし…でもすぐに実力認めてくれた。そっから仲良くなって、喧嘩したり、話してるうちになんか丸くなったかなーって…気のせいかもしれないですけどね!」


和人は少しへらへらと語ったが、渡会は和人が浪川を変えた…いや、本当の彼にしたのだと理解した。


腹を割って話せる友人ができたからこそそのままの彼が常に出るようになったのだ。


自分は高校の時、浪川が時々見せた本当に楽しそうな笑顔を、“時々”のまま増やすことができなかった。


だからあの夏…あんなことになってしまった。


「…ワイはあいつの心に寄り添ってやることができなかったんやなぁ…」


渡会は廊下の何もない天井を見てつぶやく。


それを聞いた和人は首を横に振って否定する。


「それは違いますよ」


「…ワレに何が分かる?」


「彼からさっき聞き出しました。なんで確執ができたか…彼が渡会さんを傷つけるようなことを言ってしまったからなんでしょう?」


渡会は「そうや」と頷く。


「…もしかしてあなたは彼がそんなことを言ったのは、そんな彼をそのままにしてしまっていたは、自分の責任だと感じて過去の自分を隠すように縛り付けてしまっているのではないか…そう彼は心配してました」


あいつには何もかもお見通しなんだな…と渡会が笑う。


「かも…な。昔のワイは面倒見が良すぎたんや。だから無駄なことまで考えすぎて自分自身の迷路に迷い込んでもうた…そんでそのままずっと出られてない。だから実のところあいつが今みたいな感じになって安心してたんや。あいつにもそんな友人ができたんやな…と」


渡会は煙草の箱を取り出して一服しようとしたが、その中には一本も入っておらず、そのままポケットにしまう。


「…ワイも、いつか本当のワイに戻れるんやろか…」


「絶対戻れますよ!浪川くんもそれを望んでるはず」


和人にそう促されると、彼に右手を振って帰る。


(…これを期に禁煙やってみよ)


煙草の空箱を見てそう思い、ゴミ箱に捨てる。


少しづつ、一歩づつ、ワイが来た道を逆走するか。

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