53 fast ball
更新遅くてごめんなさい!
チームは上昇気流に乗り、4月終わって2位に浮上。
浪川が率いる打線も好調で、投手陣も安定してきた。
しかし、先発陣の中で1人苦しむ男がいた。
和人である。
3、4月は上げた勝ち星はわずか1で敗戦は3、防御率は5点台と、パッとしない成績だった。
「やはり中継ぎの方が良かった」「先発ローテの足を引っ張っている」という声が巷でちらほらと聞こえてくるが、三村監督はいつか目覚めると信じて起用していた。
和人も早く結果を残さないといけない、と、意気込んで望んだ5月初登板。
6回2失点という内容だったが、勝ち星はつかず内容には満足できなかった。
得意の真っ直ぐを投げることが不安になり、なんとか変化球で誤魔化して抑えたからだ。
オルドリッジに言われた「ファストボールが好きなやつにこそファストボールを好きなだけ投げてやれ」という言葉を思い出し、より悔しくなる。
今の僕は自分に負けている。
和人は心底思い知り、ある決心をして監督室に行くことにした。
「失礼します…」
「お、佐々城か。どうした?いつもみたいな元気がないな」
「いえ、実は今日はあるお願いがあって来ました」
「お願い…?」
和人は拳をぐっ、と握りしめて悔しさを押し殺す。
「僕を二軍に落としてください。今の僕じゃチームの力になれない」
それを聞くと、三村は少し顔をしかめてただ黙る。
「こうやってチームがいい状態にいる中、僕だけが戦力になれず足を引っ張っている。そんな状況が耐え難く辛いんです。自分勝手ですみませんが…」
「あぁ、自分勝手にもほどがある。断る。俺は今季お前を絶対二軍に落とす気はない」
「え、な、なんで!今の僕が居てもただのチームのお荷物じゃないですか」
「“今は”そうかもしれない。だがお前の来年、再来年、将来を見据えたとき、こんなとこで落としたらお前のためにならない」
三村は20年前の優勝年の事を思い出していた。
他の先発が勝ち星を重ねる中、自分ひとりが連敗。
ある日、ベンチで投手コーチが監督に「三村を二軍に落としましょう」という話をしているのが聞こえた。
しかし当時の監督は「三村のためにならない」と、その意見を拒否し、三村はその日から監督の期待を裏切るわけにはいかない、と奮起して先発の一角として成長した。
時が流れ、今は自分はその監督の立場である。
しかめていた顔を緩めて、フレンドリーに話す。
「でも、お前最近なんだか投げるのが楽しくなさそうなのが気になるなー。去年はいつも投げるのが楽しそうだったぞ?」
「え?あ、確かに…」
良くない登板内容が続いたことからか、自然と去年までのバッターと勝負することの楽しさを忘れてしまっていた。
和人は口角を両手で上げて、にっ、と笑う。
「そうそう、そんな顔!去年はそのかわいい笑顔で女子ファンのウケ抜群だったらしいぞ」
「そうだったんですか!?いやぁ、モテモテになるためにももっと楽しんで投げよ…」
美波という彼女がいながらまんざらでもなさそうなニヤケ顔で頭をかくと、いつの間にかなぜこの部屋に来ていたか忘れていた。
「てことで、二軍降格の話はナシな。今後もローテで投げてくれ」
「あ、え、はい。頑張ります」
三村に流されるように和人が頷く。
監督室を退出した後、自分の意見を揉み消されてしまった、と思ったが、監督がそれ以上にそこまで自分を気にかけてくれていることが和人は嬉しくてたまらなかった。
更に次の登板は和人の誕生日である5月13日にするという配慮までしてくれた。
そしてその登板当日のロッカーにて。
『和人くん誕生日おめでとうございます!』
美波が電話越しに祝ってくれた。
「ありがとう。そんなわざわざ電話しなくてもいいのに…」
『できれば声で伝えたほうがいいかな、と…それに、私今日は有給取って神宮球場行きますから』
「うえっ!?貴重な有給こんなもんに使っていいの?」
「有給」という言葉に、隣の太郎が反応して和人を見る。
『あはは、特に使い道ないので…』
「そ、そうなんだ。僕社会人になったことないからよくわかんないんだけど…」
しばし話してから電話を切ると、太郎が速攻質問する。
「お前さっき有給の話してたみたいだけど、なにかあったか?」
「いや、彼女が有給とってまで今日の試合見に来てくれるって言うんで…」
「若い子だと有給って年に10、11日くらいしか取れないんだぜ?それ使ってまで来てくれるなんて彼女ちゃんお前にべた惚れだな」
和人は鼻の下を伸ばして照れる。
「うへへへへ、そうですか?」
「笑い方きっも。つか、それなら絶対情けないピッチングすんなよ」
「言われなくてもそんなことしませんよ」
和人はユニフォームに袖を通して、よしっ、と自分に気合を入れる。
「よし、今日の円陣は先発の佐々城にやってもらうか!」
矢野に指名されると露骨に嫌そうな顔をするが、仕方なくやる。
「皆さん!突然ですが今日はなんの日でしょうか!?イギリスが、アメリカの南北戦争に対する中立を宣言した日?F1世界選手権第1戦が開催された日?そうですけどもっと重大な日です!」
周りから「言ってねぇよ」「無駄な雑学」と突っ込まれて和人が半笑いで答える。
「そうです!わたくし佐々城和人の誕生日です!プレゼントは好守と大量の援護点、そして多少のご祝儀でお願いします!さぁいこぉ!!」
「「「おーっしっ!!」」」
円陣を終えると、矢野が謝る。
「え、今日お前の誕生日だったの?ごめんマジで忘れてたわ」
「なんか他のみんなも忘れてたのか知らなかったのか無反応でしたね。あ、試合終わったら皆からご祝儀徴収しといてくださいね」
試合開始、まず一回の裏、和人の投球は今までとは別人のようなものだった。
まず1番の塩谷を三振に抑えるとそこから2番3番も三振に抑え三者連続三振でイニングを終えた。
新フォームのワインドアップのおかげか最速は156kmで今日の和人は一味二味違う、と浪川はひしひしと感じていた。
2回表、7番の太郎が先制のタイムリーツーベースで先制する。
しかしその裏、5番のオルドリッジの打席だった。
(この人はオープン戦でアウトローいっぱいの真っ直ぐを逆方向に叩き込んでた。しかも開幕してから現状打撃三冠全部トップ3に入ってるバケモンだ。どうすりゃいい…)
浪川は考える。
考えた末に導き出した配球は、インハイを速球で攻めて追い込んだらアウトローのカーブでタイミングを外す、というものだ。
そして浪川がサインを出して、和人も頷き、インハイにミットを構える。
しかし、これが安易な考えだということに浪川は気がついたのは数秒後だった。
少しだが中に入ったフォーシームを逃さず、腕を畳んで豪快に引っ張る。
普通、和人の速球がインコースに来ると振り遅れるか詰まるかの二択で、引っ張られるなんてことはまず無かった。
それをあっという間に低いライナーでライトスタンドに叩き込んだ。
和人はあまりの打球の速さに、球が視界から消えた。
これが現役メジャーリーガー、ジョシュ・オルドリッジか…
守っていたナインもベンチも唖然としていた。
和人のメンタルを心配した浪川はタイムを取ってマウンドに駆け寄る。
「おい、あんまショック受けんなよ。あれはあの人が凄すぎるだけ…」
「ショック?ううん、全然。それどころかニヤケが止まらないよ!見たでしょ今のとんでもないライナー。The メジャーリーガーって感じ!」
和人は打たれたにもかかわらず大興奮していた。
試合というよりも勝負を楽しむ姿。
それを見た浪川は自分の心配が無駄だったことを笑う。
「はは、そうだな。俺もいつかあんな打球を打てるようになりたいもんだ…次はぜってーあの人抑えるぞ」
「ああ、言われなくても!」
後続をきっちりと抑えると、試合は膠着状態が続き5回の表。
先頭打者は9番の和人。
高校時代はチームの主砲だったこともあり得意だ。
まず初球、大川のストレートを空振り。
2球目のカーブは外れてボール。
カウント1-1になって、和人はバットを長く持つ。
そして3球目の甘く入った真ん中のカーブを芯で捉える。
和人は打った瞬間確信。打者有利の球場とはいえ、なんとレフトスタンド中段に自ら勝ち越しのホームラン打ち込んだ。
レフトスタンドの後部に席を取っていた美波は大興奮して周りのファンとハイタッチする。
「やったー!まさかのホームラン!」
「佐々城って打撃いいんだなー!流石に横浜商価の4番だっただけある」
その周りの声を聞いて美波は思わず変な笑顔が出る。
打たれた大川はガックリとし、ライトのオルドリッジは感心していた。
(メジャーでも打撃が得意な選手は好投手が多い…彼はそれに当てはまるな。3球目の前、彼は次の球を大川が不安に感じているカーブ、と読んでバットを長く持ち替えた。やはりなかなかのやり手だな)
ホームインし、ベンチに戻ると、皆から祝福される。
「誕生日に登板してホームランって、ついてんなーお前!」
「皆さんがちょっとしか援護というプレゼントをくれないからですよ!自分で祝ったんです!」
「わりわり、こっから点とるよ」
打線は和人の一発から火がつき、爆発して5点を追加した。
そしてその裏の守り、怪しい雲行きから予想されていたが雨が降ってきた。
(あれ?雨か?美波ちゃんカッパとか傘持ってるかな)
そんな悠長なことを考えながら滑らないようにロジンバッグをしっかり手に付けると、先頭打者を見る。
またしてもオルドリッジだった。
和人は浪川を呼んで配球を考える。
「さてどうする?どこ投げさせようが打たれる予感しかしないんだが」
「そう?じゃあ、全球ストレートで行こうぜ」
「…なるほど、またホームラン打たれてぇのか」
「だってオルドリッジさん、ファストボールが好きな奴にこそファストボールを投げてやれって言ってたじゃない。ならお望み通りそれで打ち取ってやればいい」
和人の真剣な顔と声のトーンに浪川は納得する。
「ま、いいんじゃねーの?5点差ついてるし」
「よーし!やるぞー!」
その和人の笑顔を見て準備していたオルドリッジも笑顔になる。
しかし打席に入るとその笑顔はすっ、と消えて集中しきっている顔になっていた。
それの雰囲気に和人もゾクッする。
(す、すごい…打席で構えてるだけでもとんでもないオーラを感じる…でも…)
浪川のサインに頷き、ワインドアップから初球を投じる。
1打席目に打たれたインハイにフォーシームを決め、ファーストストライクを奪う。
(俺は自分より凄くてデカいやつと戦うのが大好きなんだ!)
155kmをコースにぴったりに決められ、オルドリッジは「oh」と思わず口に出す。
そして2球目、アウトローの154kmのツーシームで空振りを奪うと、浪川が返球するとすぐさまサインを出してミットを構える。
そのコースはど真ん中だった。
「誤って投げた真ん中と、故意に投げる真ん中は全く別物のボール」
これはよく言われることだがまさか現役メジャーリーガーにそんな配球をするところが、浪川のふてぶてしさを表しているだろう。
和人はニヤッと笑うと頷いて投球動作に入る。
細長い指から放たれたフォーシームは要求通りにど真ん中一直線に伸びる。
オルドリッジは「もらった」と言わんばかりのフルスイングでその球を仕留めにかかる。
が、その球はオルドリッジのバットの上をかすめて浪川のミットに収まった。
空振り三振。
メジャーでも三振率の低さが有名だった名打者から奪った三振は他のものと比べて格別に嬉しいものだろう。
小さくガッツポーズをして吠えると、オルドリッジが「ナイスボール」と笑顔で親指を立てて和人をリスペクトする。
「やっぱり野球って楽しい」
和人はこの試合でまた和人はそう思えるようになった。
試合結果は8-2でシーレックスが勝利し和人は7回1失点12奪三振の好投で2勝目。
これからの復調に期待ができる内容だった。
ヒーロインタビューでは「心配かけてすみません。今日からこのピッチング続けます!」と、今後の飛躍を誓った。
そして試合後のホテルへ帰るバスに乗ろうとしたとき、美波が出待ちをしているのを見つけた。
「あ、浪川くん先乗ってていいよ。ちょっと用事が…」
「あぁ、あれお前の彼女さんか。早く戻ってこいよ」
和人がダッシュして彼女のもとへ向かうと、美波の手を握って跳ねて喜ぶ。
「美波ちゃん!今日の僕のピッチングどうだった?」
「えっ!?そ、それはもちろんかっこよかったですし、ま、まさかホームランも打つなんて…」
「…な、なんでそんなに萎縮してるの?」
疑問に思って周りを見ると、一般のファンもそこそこ集まっていて、手を握っているところを激写されていることに気がついた。
和人は焦って手を離して固まる。
「あー…えっとですね…これは決して汚いお付き合いとかではありませんよ?」
場を治めようとするが、よりファンがざわつく。
「も、もしかしてその人は佐々城選手のセフレ…」
「あー!あー!そんなわけないでしょ!!汚いお付き合いじゃないって言ってるじゃん!」
「セフレ…ってなんですか?」
「美波ちゃんは知らなくていいから!」
「え、じゃあ彼女さん?」
「そうですよ!僕の彼女!普通はそう思うでしょ!」
そっちの方に勘違いされるとまずいと思ってパニクった和人は思いっきり自白して美波をぎゅっ、と抱きしめる。
「っ!?か、和人くん!?そんな公の場で…」
「変なふうに見られたらそっちの方がヤバいでしょ?僕ら潔白なお付き合いしてるのにさ…」
「そ、そうですけど…」
付き合っている、と自白して抱きつく方もかなりヤバいのでは?と脳内でツッコむが、言葉には出なかった。
「次もナイスピッチング頼むぞ!」
「彼女のためにも頑張れよ!」
「オタクなのになんで彼女いるんだよ!」
様々な声援と罵倒が聞こえてくるが
「美波ちゃん、僕のせいで面倒なことに巻き込んじゃってごめんね?」
「いえ!プロ野球選手の人とお付き合いしてたらこうなることくらい分かってますから、気にしないで」
和人はなんだか気を使わせているようで申し訳なくなる。
「あ、後で誕生日プレゼント渡しますから楽しみにしといてください」
「お、ありがとう!……あ、やべぇ!」
バスが出発しそうになっていることに気づき、急いで戻って乗り込む。
隣の席の浪川がイヤホンを外して叱る。
「早く戻ってこいって言ったじゃねーか。しかもあんだけファンに見られてたら面倒なことになるだろ。あっという間にSNSに拡散されちまうぞ」
「そうだよね…そうなったら僕だけの問題じゃなくなっちゃうし…ただ、顔だけは隠しておいたから大丈夫だと思うよ」
「ほんとかよ。信用ならねぇな」
浪川は頬杖をつく。
やけに口調が荒いことに和人が疑問に思う。
「なんでそんなにカリカリしてるのよ?君はホームラン打って好リードしてチームも勝ったってのに」
「なんでもねぇよ。ちょっとした個人の問題だ」
「個人?」
「あぁ、お前には関係ないから心配すんな」
和人がチラッと浪川のスマホを覗くと、北海道フェアリーズの試合結果を見ていた。
リーグも違うチームの結果を見てどうするだろうと思うと、浪川が和人に問う。
「お前今年フェアリーズでブレイク中の渡会って選手知ってるか?」
「え?うん。いま確かパリーグの盗塁王だよね」
浪川は深くため息をついて話す。
「…あの人は俺の高校の先輩だったんだが…確執があるんだ。平和的に解くのはまず無理なくらいのな」
北海道フェアリーズのロッカールーム、1人タバコを吸いながらスマホでシーレックスの試合結果を見ている選手がいた。
「ほー、浪川の奴またホームラン打ったんか…よぉやってんな」
そこに先輩が入ってきて注意する。
「お前まだタバコやってるのか…この前言っただろ。お前みたいに身体能力で野球やってるような奴はタバコやったら短命に終わっちまうって」
「はは!前も言いましたけどワイは別に短命に終わっても別に構いまへんで。この瞬間を楽しめればそれでいいねん。アホは未来なんか心配してたら生きていけへん」
関西弁にキリッとした目つきが特徴的で、先輩や監督にも恐れず自分の意見を通す芯の強さがある。
「それにしたってもうちょい未来を考えたほうがいいんじゃないか?…渡会」
この男は現在パ・リーグ盗塁王の北海道の韋駄天、渡会将司である。
この男と浪川になぜ確執ができたのか。
それは渡会が高校3年生、浪川が2年のときの出来事であった。