52 選手は燃えているか
やって見せろよマフティー
なんとでもなるはずだ!
ガンダムだと!?
シーレックスは前年の優勝チームということで、無論今年も多くの解説者に優勝候補と言われていた。
チームもその期待に応えるように開幕から連勝…と、いくほど甘くはなかった。
オープン戦とは打って変わってなんと5連敗というかなり厳しいスタート。
特に5連敗目は今後悪い意味で引きずりそうな試合となってしまった。
先発の小貫が7回1失点の好投でラビッツ打線を抑えると、冷凍されていた打線も8回までに4点を取った。
3点リードで迎えた9回表、クローザーの山崎を投入。
“あとアウト3つ”、しかしそれは山崎の体を縛り付け不自由にするものだった。
先頭に死球を与えてしまうと、その後も連打でなんとあっさり同点に追いつかれてしまった。
そして一死、二三塁で迎えるはFAで移籍した梶。
初球を捉えられ、勝ち越しのタイムリーを浴びてまさかの逆転負け。
呆然とするチームとファン。
その中で、一人の男はこのままではいけないとこの現状を打破することを決心した。
それは正捕手、打線の中軸として責任を感じていた浪川である。
キャプテンの矢野を通じて、選手全員をミーティング室に集めてもらうことにした。
「珍しいな。お前、こうやって人の前で話すの好きじゃないのに」
矢野が不思議がると浪川がため息をつく。
「こんなことになったらもう好き嫌いでやってられないでしょう」
集まった選手たちは、何事か?とざわざわする。
浪川は一つ深呼吸をして心を落ち着かせる。
正直試合よりも緊張している。
が、今更引き返せないとマイクを握って話す。
「えー、すみません、選手の皆さん。いきなり招集をかけてしまって…その張本人の浪川です」
いきなり静まり返る場に冷や汗をかくが、冷静に話し続ける。
「長話は大嫌いなので手短に。まず始めに、僕の不甲斐ないリードとバッティングでチームに迷惑をかけてしまい、誠に申し訳ございません。それはこの場を借りて謝罪します……ですが」
そう謝ると、浪川は声色を変える。
「開幕からチーム全体でちょっとありえないミスが多すぎませんか?昨日のバントの処理やイージーフライの落球もそうです。それに、去年から気になってたんですがベンチでの態度が悪い。一部の打たれた投手、打てなかった野手がうなだれたまま声も出さずにギスギスしている」
その厳しい指摘に心当たりのある選手が多いのか雰囲気が重くなる。
矢野や首脳陣が心配するが、大丈夫です、と浪川がアピールする。
「それでもなんで去年は勝てたのか?その答えは一つ。去年までの僕らは皆が優勝という目標を持った“挑戦者”だったからです。一昨年、惜しくもラビッツに敗北して優勝を逃して、「今年こそは俺たちが」という強い気持ちが見えました。それで雰囲気飲み込まれず勢いに乗って見事に優勝、日本一に輝きました」
「そして今年、僕達は“挑戦者”を待ち構える“王者”です。それは至極当然の事で、おそらく去年のラビッツも「かかってこい」という気持ちだったでしょう…それはいいんです。問題は皆がそれを意識しすぎて「このままでいいや」と、変化を恐れてしまうこと」
長年優勝というものから離れていた弱小チームだ。
浪川の言うとおり、変わることを恐れてどこか「仕方ない」と妥協しているところがあった。
内野の連携プレーでのミスや消極的なバッティングがそれを物語っていた。
「王者が何もしなければその地位は誰かに奪われるだけです。皆目を覚ましてください。去年のように変化を恐れず果敢にプレーすればこのチームはまた勝てるようになる!少なくとも俺はそう信じてる!…俺からは以上です」
語気を強め熱く自分の意見を主張する。
去年まではあまりなかった浪川が感情をあらわにする姿に、チームが重い腰を少し上げた。
キャプテンの矢野が拍手をすると皆もそれに続いて拍手。
選手一人ひとりの目の色が完全に変わっていた。
浪川は安堵から少しニヤッとするとお辞儀をしてその場を離れた。
「へー、そんなことするなんて珍しいわね。高校の時も生徒会とキャプテン拒否してたくらいなのに」
帰宅後、妻の優香里にそう言われ、泰介は「言うと思ったよ」と呟く。
「そうしねぇとこのチームずっとこのままだろうなと思って仕方なく、な」
彼女の風呂上がりのシャンプーのいい匂いに、そわそわしながら泰介は和人から受け取ったメモを見ていた。
「それどうしたの?」
「佐々城から借りた。毎試合日記書いてるらしい。認めたくないが野球に関しては人一倍真面目なやつだ」
自身の投球についてもこう振り返っていた。
『開幕二戦目。僕は6回4失点と不甲斐ない投球で敗戦投手になってしまった。決して打線もリードも悪くない。粘れなかった僕が悪いのだ』
確かにこの日は和人は明らかに調子が悪く、最速は154kmで抜け球も多かった。
それでも6回まで投げきるのは意地だったのだろう。
しっかりと自分の悪いところを反省しているので、次の登板は期待できる。
そう思いながらページをめくっていくと自分のことが書いてあった。
『浪川くんは入団したての頃はいつもおっかない顔で口調もトゲトゲしてたけど最近は垢抜けた気がする。笑顔も増えてきたし自分を無理に殺してたんだろうな〜。結婚していちゃいちゃしてるからかも!』
恥ずかしさでページを滅茶苦茶に破りたくなったが堪える。
こう見るとで試合のことだけでなく日常のことも詳しく書いてあった。
寮でのこと、ゲームやアニメのこと、家族のこと…そして今後のこと。
『今日、三角くんがロサンゼルス・ドラゴンズに僕を推薦して高評価してくれたという話を電話で聞いた。複雑な感情だった。メジャーの強豪球団に評価されるのは選手としてすごく嬉しい。でもこのチームを離れることはとても寂しいし考えられない。まだ美波ちゃんと結婚するとも決まってもいないし…なにより浪川くんの方がメジャーに憧れを抱いている。そんな選手を差し置いてまで僕が行くのはおかしいんじゃないか…?』
泰介はこのページを見たとき、ふとこの前の会話を思い出した。
「もし、もしだよ?僕もメジャーに挑戦したいって言ったら…ど、どうする?」
これは決して冗談ではなくメジャーを目指していた自分に気を使った相談だったのだろう。
思えば声こそ明るかったが表情は固くなっていた。
自分の鈍感さに呆れて頭をかく。
「俺にもわからねぇよ…そんなの」
泰介はそう独り言を言って明日の試合のために早めにベットに寝転がった。
「やっほー浪川くん。僕のメモ、なんか参考になった?」
球場入り早々元気はつらつな声に、浪川はそっけない返事をする。
本当はメジャー挑戦の件に関して話したかったのだが、なぜか喉にひっかかって言葉が出なかった。
「…まぁ多少な。けどお前野球以外のこと書きすぎだぞ」
「いやーそれだけだとあんま書くことなくて…それはそうと絶対今日で連敗止めたいね!」
和人がとぼけた顔をして話をはぐらかす。
「そうだな…昨日の俺のスピーチで皆の気持ちが変わっていれば間違いなく勝てる」
「それなら大丈夫だと思うよ。グラウンド見てみ?」
そう促されて行ってみると、多くの選手がすでに練習を始めていた。
浪川は驚いた。
普段なら自分が一番早くに球場に到着して練習しているのだが、皆がそれよりも早くに来て練習をしていたからだ。
「普段は大人しくてあんまり感情を表に出さない浪川くんがああやって皆の前で「勝ちたい」っていう気持ちを見せた事で、皆心打たれたんだと思うよ」
多くの選手が自分の言葉で心動かされ、また強いチームに戻れそうなこの現状に浪川は嬉しくて少しだが瞳を潤ませる。
皆の目の色は明らかに昨日までとは違うものになっていた。
シーレックスの先発投手は東山。打撃不振が続いている浪川だが、打順は3番。
一回裏まず幸先よく一番の鍬原が先頭打者ホームランで先制して、雰囲気が明るくなる。
そしてラビッツキラーの東山は得意のチェンジアップを駆使して6回1失点と打線を封じ込める。
そして打線もその好投に応えるように、6回裏には浪川が今季1号となるレフトへの2ランで勝ち越すと、連敗ストップへと球場全体が盛り上がる。
7回表、球数がかさばってしまった東山を交代し、エスターを登板させるが、これが裏目に出てしまう。
先頭から二者連続で四球を与えてしまうと、3番の坂木に同点となるツーベースを浴びてしまった。
後続は断ち切ったが浪川は自分のリードに不甲斐なさを感じて、ベンチで唇をかみしめていた。
そしてそのまま試合は最終回へ進む。
表の攻撃、前日に乱調で敗戦投手となった守護神の山崎が登板。
するとあっさりと先頭の梶にヒットを許してしまい、嫌なムードが漂う。
そしてその次の打者の初球、浪川はあることに気がついた。
梶はリードしてから球がミットに到達した後に帰塁するまでの動きがやや怠慢気味だ。
この一連の動作から一つ作戦を思いついた。
2球目、外角低めのボール球を捕球するとすぐさまファーストへ牽制。
遠投130m超えの強肩が唸り、梶は戻りきれずタッチアウト。
これでシーレックスは流れを断ち切って、結果としては最終回の攻撃を3人で終えた。
その流れのまま裏の攻撃、先頭の鍬原が四球で出塁すると、否が応でもサヨナラの期待感が高まる。
3番の浪川はギリギリまでベンチ裏で精神統一をしており、鍬原が出塁したところでようやく出てきた。
ネクストバッターズサークルで準備をしていると、ベンチで試合を見ていた和人が声をかける。
「放送席、放送席、今日は見事なサヨナラ打を放ちました。浪川選手です!」
「気が早え。まだ試合は終わってねぇぞ」
冷静な浪川につまんないなぁ、と和人が口をふくらませる。
「君インタビューど下手だから練習しないとね?…おほん、今のお気持ちどうですか?」
「って続けんのかよ…『最高の気分です』」
「奥さんのこと大好きですか!?」
「そんな質問しねぇだろ。お前ほんとそのいじり好きだよな」
つっこまれ和人がへらへらと笑う。
「感覚はどうでしたか?」
そんなことをしている間に、2番の芝田がヒットで繋ぎ、球場が最高潮に盛り上がる。
「そうだな…『打った瞬間、行くと思いました』で、いいか」
浪川がそう告げるとバットを担いで打席に向かう。
その後ろ姿を見て、和人は微笑んでぽつりと呟く。
「浪川くん。やっぱあんたが一番かっけーよ」
相手投手の高原に睨みつけるように会釈すると、右投手相手なので左打席に立つ。
不調とはいえ今日は本塁打と二塁打と当たっているため、バッテリーは警戒を緩めない。
その焦りを感じ取った浪川は、初球のリリース寸前にバントの構えを見せる。
それに驚いた高原はカーブがすっぽ抜けて高めに浮いて明らかなボールになった。
この場面、絶対素直にバントなどしてこない。
それはどこかでわかっているが、バッテリーは更に焦り考える。
そうなれば考えさせた方の勝ち。
去年の日本シリーズで甲斐谷に教えられたことだ。
人というものは考えすぎると裏目に出る。
そして次の球、今度もバントの構えを見せてボール。
カウント有利になった浪川は次の球種とコースに狙いを定める。
恐らく内角高めのストレート。
その読みを信じて低めを捨ててフルスイング。
ボール気味だったが内閣高めのストレートを捉えてライトに強い打球を飛ばす。
外野手は一歩も動かず確信した浪川は軽くバットフリップを見せて雄叫びを上げた。
『いったぁぁぁぁ!これは間違いない!開幕からの連敗を止めたのはやはり浪川のバットでした!今日2本目のホームランはサヨナラホームラン!』
ライトスタンドの上段に突き刺さり、満員の球場は大歓声に包まれる。
ホームイン時にはバケツいっぱいの水をかけられ春先のため寒さに少し震えた。
「ははは!いやーやっぱやると思ってたよ僕は!」
「当り前だろ。昨日あんなこと言ったんだから俺が決めねぇとカッコつかねーよ」
浪川がびしょ濡れの髪をかきあげて安堵したような表情の見せる。
なお、ヒーローインタビューではいつも通りのぎこちない応答をしていた。




