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海獣達の野球記(ベースボールライフ)  作者: Corey滋賀
5章 分岐点
53/65

50 挫折からの再起

初投稿から2年&50話かー

いつも読んでくれる方々に感謝です


これは、大昔の俺の自語りなんだが…


俺の家は貧乏だった。


狭いマンションに弟含む家族四人で生活して、年に数回のごちそうといえばそこらへんによくあるファミレス。


それでも幼い頃から俺の好きだった野球はやらせてくれた。


生活が余計辛くなるとわかっていても新品のいいグローブを買ってくれたり全面的にサポートしてくれた。


幼いながらも俺はその気持ちを裏切りたくなかったから、毎日遅くまで素振りを続けていた。


その甲斐あって中学のシニアの頃、俺は“怪物”と評されるほどのスラッガーになった。


一試合に一本はザラだったし、三打席連発なんてこともしばしばあった。


もちろん監督からも高く評価されて、1年の頃から中軸を打たせてくれたし、俺が打てなくて負けたときも先輩たちは責めずに「お前が打てなかったらしかたねーよ」って慰めてくれた。


そんな周りのサポートもあって俺は中3の時に全国大会に出場できた。



…が、その大会で俺の全てが狂った。



あれは忘れもしない第一回戦、俺らのチームは弱小から這い上がってきた、と大々的に取り上げられていた。


その四番でキャプテンの俺は否が応でも注目され、完全に天狗になってた。


全国大会初打席、その高く脆い鼻はいとも簡単にくじかれた。


まっすぐは今まで見たことないほど速く、変化球は視界から消える。


一言で表すなら別次元。


同じスポーツをやっている気がしなかった。


20-2の大量ビハインドの最終回、俺の最後の打席が回ってきた。


メンタルはズタボロにやられていたが、それでも偶然来た甘い球を強く叩き、意地のホームランを打つことができた。


その時は知らなかったがすぐ後日に、ショックな話が俺の耳に届いた。


監督と母親がこっそりと話しているのを偶然聞いていた時だった。


どうやら俺の打ったホームランが相手チームの選手の親御さんに直撃し、身体に障害を負ってしまったらしく、このことは俺が聞いたらショックを受けてしまうだろうから秘密にしよう、ということを話していた。


ただでさえ俺は全国のレベルの高さに心が折れていたというのに、そんなことを知って、どうしようもない気持ちになっちまった。


どうにか野球のことを忘れようとしていたが、家が貧乏だったことで昔からプロを目指していた俺はそうやすやすと辞めるという決断はできなかった。


「調子をこいていた噛ませ犬」と、後ろ指をさされるのが怖かった俺は高校は他県の中堅校に入学した。


久々にバットを手に持ち、高校初めてのバッティング練習で俺は俺自身に驚いた。


以前のようなフルスイングをすることが本能的に怖くなっていた。


もしまた打球が誰かに当たってしまったら…という恐怖だった。


持ち味だった打撃も平凡になり、全てが並レベルにまで落ちた俺がどうすれば試合に出てプロのスカウトにアピールできるかを考えたとき、便利屋になる事が一番だと思った。


前よりも打撃フォームを控えめにし、小技ができ、いつでも複数ポジションを守れ、チームに欠かせない存在。


監督もそれを認めてくれて一年夏から三年までずっとベンチ入りさせてくれた。


だが、一桁番号を背負うことは一度も無かった。


スカウトから話をもらうことも時々あったが、見た目も名前も地味だったから多分すぐに忘れられてたと思う。


大学の時も同じような感じだった。


監督からはいつも申し訳無さそうに「便利すぎてスタメンで使えない」と言われていた。


けど、社会人でまた俺に転機が訪れた。


あの時の監督は早くから俺のことを「センスがある」と言い続けてくれた。


守備位置は毎試合のようにコロコロと変わっていたが以前と違ってスタメンでずっと使ってくれた。


そして中学以来の全国大会に出場することができた。


初戦から打撃や試合終盤に他のポジションに回って守るなどしてアピールを続け、スカウトも俺のことを社会人No.1選手などと高評価し、各地に名を轟かせた。


そしてドラフト会議当日、3位でシーレックスに指名して貰って、幼い頃からの夢だったプロになれた。


母も弟も泣いて喜んでくれて、高校から便利屋に徹したことに後悔はなかった。


だから俺はプロになってからも便利屋として一昨年去年とチームに貢献して欠かせない選手になったつもりだ。


それでも…俺の中にうずくスラッガーとしての本能がたまに抑えきれなくなって、そんときは球場に残って俺と球団職員の誰かを呼んでフルスイングしまくって解消してた。


「それで今に至るってわけよ…あー久々にクソ長い話ししたわー…」


話し終えると、ため息をついて浪川たちの顔を見る。


「で、どうすんの?これ聞いてお前は」


「いや…別にどうもしませんよ。そういう理由があるなら無理強いしてまたスラッガーになってくれなんて言えません」


浪川がそう素っ気ない反応をすると、太郎は少しムッとする。


「おいおい、ここまでやっといてそりゃねーだろ」


「なんですか?…もしかして太郎さんもうそのトラウマ克服してるんですか?」


図星だった。


「あー…まぁそうだな。十年以上前の事だし…」


「だったらなんで今まで首脳陣にアピールしなかったんですか?」


「…ビビってんだろうな。本気出して通用しなかったらなにも言い訳できないから…」


太郎は自分の拳を強く握って口を結ぶ。


彼女に言われた通り、いろんな言い訳をして逃げてきた。


ただ自分が情けない。


「それなら今から変わればいいんですよ。周りに本当の自分を見せつけてやればいい。安心してください。間違いなくあなたはチームでも指折りの打者になれる。俺が保証します」


太郎はその説得に、苦笑いする。


「はは…どっちが歳上なんだかな…ありがとよ」


「いえ、俺はただ優勝するために必要なピースを揃えてるだけです…来週の紅白戦楽しみに待ってますよ」


「楽しみに待つって…お前俺らと同じ紅組(一軍チーム)じゃねーか」


太郎がそうツッコむと浪川は思い出す。


「ん?あぁ、言ってませんでしたね。俺は白組に入りますから」


「…え?え?なんで?」


「一つは佐々城と対戦するため、もう一つは二軍の投手の球を受けたいってことで監督にお願いしました…なにか不満でも?」


「いやまぁ不満というか…」


そんな会話をしていると、彼女が太郎のことを呆れたような目で見る。


「ちょっと!自分がさっき柵越5本打った理由忘れたの?」


太郎があっ!と思い出して手を叩く。


「完全忘れてた。また付き合うって約束だったよな?キャンプ終わって暇できたら連絡するよ」


彼女は意外と素直な太郎に不意をつかれ、まったく…と呆れつつ、誘う。


「…今日じゃダメなの?」


彼女が照れを隠すように横を向いてそう聞くと、太郎は元気よく答える。


「ぜーんぜんダメじゃない!よし、練習終わったらどっか遊び行くか!せっかくの沖縄だしな!うん!」


「た、太郎さん…」


小鳥遊が少し引きつった顔で苦笑いする。


「小鳥遊。お前も女ができたらあんなもんだ。そんな顔してやるな」


「え、浪川さん奥さんと昔はあんな感じだったんですか?」


未だ慣れない「奥さん」という響きに違和感を覚えて首を傾げる。


高校の頃は野球のこと以外考えていなかったためほとんどの記憶が無く沈黙する。


「…なるほど、沈黙が答えってことですね!つまり浪川さんも動揺しつつもベタベタと…」


「ちげーよ。あ、思い出した。キャッチボールだキャッチボール。それで付き合おうって話になってそっからいろいろあって今に至る」


「流石に過程省きすぎじゃないですか?」


「いや、ほんとにほとんど覚えてねーんだって」


至って本音なのだがそれでも濁しているんじゃないかと疑いの目を向ける小鳥遊だった。




「沖縄のホテル飯うんめ!」


もくもくと夕飯を食べる和人がいきなり喋る。


「いやそれよりもなんでお前いっつも俺の隣の席座るんだよ。ストーカーか?」


「だって浪川くん友達いないから可哀想だと思って…」


純粋な和人の強烈な一発に浪川が呆然とする。


「余計なお世話だ。さすがの俺にも飯食う人くらい…」


周りを見渡すと小鳥遊は同期の青木と席が隣であり、太郎は恐らく彼女と一緒に外食しているのだろう。


「ほら、いないでしょ?いいじゃん一人で食べるより複数人で食べたほうが」


和人がニコニコと笑顔でそう言う。


決して友人が少ない事をバカにしているわけではなくただ自分を心配してくれてることを理解し、ため息をついてパスタをほおばる。


確かに父を亡くしてから自分を養うために母が朝から夜遅くまで仕事で家にいないことが多くなり、あまり一緒にご飯を食べることができないことをいつも母は謝っていた。


でも時々一緒に食べられるときは心なしかいつもより安心して美味しく感じた。


「お前にしてはいいこと言うな」


素直に肯定すると和人が目を瞑ってうんうんと頷く。


「でしょ?…にしても浪川くん最近ほんと丸くなったよね。後輩にも積極的に教えたりするし、自分のことよりもチームのことを考えてるというか…僕なんかまだ自分のことで精一杯だもん」


「そうか?そこまで自覚は無いんだが…」


言われてみれば優勝を経験してからそうなった気がする。


一時は原山への復讐という目標が終わり、プレーする意味を見失った。


しかし、ビールかけや、優勝パレードで街全体が盛り上がる雰囲気を見て気持ちが高ぶった。


また優勝をしたい、ファンの喜ぶ姿を見たい…それならとにかくチームが強くならなければならない。


そのために自分にできることは何か。


その想いが無意識にも行動に現れているのかもしれない。


「まぁ元から教えるのは嫌いじゃなかったしな。それにまだまだ俺は人にメンタルだのを指導できるほどこの世界で生きてねぇし、そんなに細かいことは言ってないんだけどな」


「それでもいいじゃん。後輩はどんなことだろうが君に教えてもらったということが大きな財産になるんだよ。君は去年の三冠王で現役最強打者と言っても過言じゃない。そんな選手が直接指導してくれたということは「期待されてるんだ」ってその選手のモチベーションにもなるでしょ?」


なるほど、と理解できる言い分だった。


首を縦に振り納得したことを和人に示す。


「お前も最近頭良くなったんじゃないか?」


「いやぁそうでも…あるかな?ははは!」


そうお互いに冗談を交えて笑顔で食事をした。


この時の和人は浪川がいつかメジャーに挑戦してしま

うと分かっていても、ずっと同じチームでプレーして、ずっとこんな調子でいたいと思っていた。


それは浪川も一緒だったのだろう。





紅白戦、和人は紅組の先発として登板。


初回を三者凡退に抑え、2回の先頭、4番・捕手の浪川との対戦する。


練習とはいえ一切手加減はしないと試合前に宣告していたため、お互いに全力で勝負する。


初球は152kmのフォーシーム、浪川もフルスイングするが空振り。


まだ調整中のためスピードはあまり出ていないが低いところから伸び上がってくるような軌道に手こずる。


2球目も151kmのフォーシームだったが、今度は見送ってボール。


3球目は147kmのツーシームに詰まりファール。


追い込んだ和人はリズムに乗り、間髪入れずにクイックで投じる。


縦に割れるナックルカーブに対応できず空振り三振を奪い、和人は思わずグッとガッツポーズをする。


予定の3イニングを投げ1失点。カレラスにソロを浴びるも、浪川の三振含む5者連続三振を奪って早速ローテ入りへアピールできた。


浪川は4打数2安打のマルチヒットで流石の安定感を見せた。


そしてその浪川が「優勝のピース」と期待をかける太郎は、3打数無安打1四球だった。


まだ実戦でのフルスイングに慣れていないため、変化球に苦しんだがフェンスギリギリのフライを放つなど、片鱗を見せた。


間近で見ていた捕手の浪川もそのスイングスピードに期待を寄せていた。


しかしそれ以上に浪川には白組に気になる投手がいた。


一昨年のドラフトの育成1位の宮村海音だ。


内容は1回2被安打5四死球4失点という散々なものだったが、最速はこの時期ながら157km、アウトはすべて三振だった。


あまりにもノーコンすぎるが決して投げている球自体は悪くなくそのキレ、そしてもう一つの点に浪川は目をつけた。


「お前ほんっっといい投手だよなぁ。フォークは抜けるかワンバン、ストレートすら構えたところにきっちり投げたのは一球だけ、全体的に見ればストライクなんかほんの数球だけだったぞ」


そうバッテリーを組んだその日のうちに皮肉っぽく宮村に話しかける。


「えっ、いい投手…なんすか?…俺いい投手なんすか!?俺そんなの言われたの人生で初めてっすよ!しかも浪川さんにそんなこと言われたら俺嬉しくてたまんないっす!うぉぉぉぉ!!」


内心うるせぇな、と思いつつも、その正直さにつっこむ。


「皮肉に決まってんだろ。投げてる球ははっきり言って一軍でもおかしくないレベルだが、制球力はそこらへんの草野球のジジイのほうがマシだ。さすがの俺でも後逸しかけたボールが何球もあったしこのままならお前来年か再来年には…“これ”だな」


宮村に詰め寄り、彼の首に親指を立てる。


普段と表情は同じだが凄まじい気迫に、周りの選手が凍る。


しかし当の宮村は緊張感なく、少し考えてから、あっ!と手を叩く。


「“クビ”って事ですね!なるほど、浪川さんあったまいいなー」


周りの選手達が、やばい、殺されるぞ、とひそひそ話す中、浪川は怒ることなくニヤリと笑う。



確信した。やはりこいつは化ける。



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