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海獣達の野球記(ベースボールライフ)  作者: Corey滋賀
5章 分岐点
52/65

49 便利屋の秘密

更新遅くてすみません…


あっという間のオフが終わり、2月上旬に沖縄にキャンプイン。


和人達はもう3回目のことだが、初のキャンプ一軍スタートとなった2年目の小鳥遊(たかなし)は飛行機で酔ってロッカーでぐったりとしていた。


「あーちくしょう…せっかくアピールできるチャンスなのにこれじゃ情けねぇよ…」


「ん、なんだ小鳥遊。お前乗り物酔いしやすいのか?」


太郎がそう声をかけると小鳥遊は頷く。


「はい…いや、車とかは平気なんですけどどうも飛行機は…」


「ほーん、そんならこれ舐めとけ」


ポケットから酔い止めの飴を差し出すと、小鳥遊が受け取る。


「あ、あざっす。いただきます」


(なんか田中さんって地味で目立たないけど、こうやってすげぇ気が利くんだな。野球でも私生活でも…)


飴を口の中で転がしながらそんなことを思っていると、そこに和人が現れる。


「あ、太郎さん。僕にも飴ください!」


「やらんわ。別にお前酔ってないだろ」


「うわ、ケチだケチ。ケチ中ケチ郎」


「はいはい、お前はいつまで経ってもカマチョのクソガキだな」


軽く受け流されると、和人の標的は小鳥遊になる。


「お、小鳥遊くんも一軍スタート?よろたんウェ~イ」


早速意味不明な挨拶で困惑させる。 


こういう面においては全く学習しない男だ。


「よ、よろたん??」


どう反応すればいいか分からずおろおろしていると、そこに太郎がカバーに入る。


「おめーは元ネタ知らん人間にそういうの平気でふっかけんなよ」


「え、太郎さん分かるんですか!?」


「某ウマのゲームやろがい。それはいいからお前は若い奴に謎のノリふっかけて困惑させる新手のいじめすんのやめろ!去年も瀧内にやってたじゃねーか」


「いえ、太郎さん。これは僕なりのスキンシップなんですよ!太郎さんも僕くらいフレンドリーに…」


「おまえがおかしいだけで俺も十分フレンドリーだろ!」


小鳥遊はそんな先輩達の言い争いを苦笑いして聞きながらスパイクを履いて、練習の準備をする。




内野ノック中、太郎が小鳥遊の守備の動きをいち早く指摘する。


「気になってたんだけどお前サードの動き一歩目が遅いぞ。自分でリズム作って打球に反応できるようにしとけ。例えば打者が足を上げたら軽くつま先立ちするとか」


「はい。ありがとうございます」


そう返事はしたものの小鳥遊は違和感を感じていた。


太郎は他の守備位置の選手にもそれぞれ別の細かい指摘をしていた。


つまり、どのポジションでもただ単純に守れる、というのではなく平均以上に守れる驚異の万能さを持っているのだ。


ケースバッティングでも絶妙なバントや、バットを短く持ち、カットするように左右のフェアゾーンギリギリに打ち分けるなど器用さを見せる。


まさにチームに欠かせないスーパーユティリティである。


その姿に小鳥遊は目を輝かせていた。




全体の練習後ロッカールームにて、


「田中さん。少しお願いがあります」


小鳥遊は神妙な面持ちで彼に話す。


「ん?なんだ。あと、覚えにくいだろうから“太郎”でいいぞ」


「それなら太郎さん…僕を弟子にしてください!」


「……弟子?」


急な展開に太郎は一瞬思考が停止したような顔をする。


「そこそこの守備力であれだけ多くのポジションを守れて、そこそこの打撃力でチームバッティングに徹する姿。すごくかっこいいです!僕も太郎さんみたいになりたいです」


褒められてるのか貶されてるのか分からない複雑な表情で太郎は唸る。


「うーん、いろいろ突っ込みたいんだけど…結論から言うと、断る」


「えっ?な、なんでですか?僕が師事すると迷惑だからですか?」


「そうじゃなくて、お前のために言ってんだよ。俺みたいな一生レギュラー取れない便利屋に何を教えてほしい?堅物だけど実力と指導力ある浪川にでも教えてもらったほうが絶対いいぞ」


そうアドバイスすると、小鳥遊は露骨に落ち込んで、しゅん、としてしまう。


世話焼きの太郎はそれを見て折れたのか、ため息をついて妥協する。


「…しゃーね。いいよ、どういう基準かは知らんけど弟子にしてやる。ただし自分がダメになると思ったらとっとと辞めろよな」


「あ、ありがとうございます!必死に学ばせてもらいます!太郎師匠!」


小鳥遊が鼻息を荒くしてそう呼ぶと、太郎はやれやれと言いながらも少し嬉しそうに微笑む。


(俺、こんなに人に師事されたことなんて初めてだわ。なんか案外嬉しいもんだな…だけど…)


少し考えたあと、太郎が質問する。


「ノーアウトランナーは二塁、お前なら何をする?」


いきなりの質問に小鳥遊は驚くものの、しっかり答える。


「え?そうだな…最低でもセカンド方向に打ってランナーを進める…とかですか?」


「それもいいが…それよりも俺はできればヒットが欲しい。だから俺はあえてここでバントの構えをする」


そう言うと、持っていたバットをその話している通りに握る。


「するとサードは警戒してチャージしてくる。そうなりゃこっちのもんだ。バントだと思い込んでたら強いゴロやライナーはそう簡単にはさばけない。だから強く引っ張っればほとんどヒットになる。所謂バスターだな」


身振り手振りで説明すると、小鳥遊は頷いて理解する。


「なるほど、そうやって意表を突くんですね。太郎さんみたいに小技ができる打者だからこそ「バントだ」と確信してチャージしてくるから…」


小鳥遊があっ、と声を上げて自分という選手を思い出す。


太郎は彼の言おうとしていることを察して先に言う。


「まぁ、お前みたいな中長距離打者だと「なにか裏をかいてくる」と疑われてこの技はあんま使えねーけどな」


小鳥遊は考え込んで口を紡いで黙る。


「ほらな、そもそも俺とお前じゃタイプが違うんだよ。お前は本業のサードの守備だってそこまで上手くないし、それで複数ポジション守れてもどうしようもないだろ」


こうやって突き放すのは自分のような小さくまとまった選手になって欲しくないという太郎なりの優しさなのだが…


「俺の役目をかっこいいと思ってくれたのはすげーありがたいし嬉しいけど、お前にはもっとデカい活躍して欲しいんだよ」


小鳥遊は優しくそう言われると考えて、「はい…」と呟いて、ただ黙ったままロッカーから出ていった。


(まぁこれでなんとか納得してくれただろ。浪川辺りに任せとけばもっといい打者になれるはず…)


「小鳥遊のこと俺に押し付けるつもりでしょう?」


太郎がその声に驚いて振り向くと、その浪川がいた。


さっきまでロッカールームは太郎と小鳥遊の二人きりだったはずだ。


「お、お前いつからここに?」


「今さっきです。なんだか重要そうな話をしていたので息を潜めてました」


それにしたって気配がなさ過ぎると笑って、太郎が浪川の背中を叩く。


「ま、あいつはお前とかコーチに任せるよ。スイング見ててもいいバッターだろ?」


「そうですね。タイプとしては宮坂さんに似てますかね。打率もデカいのも狙える。守備走塁は微妙ですけど磨けば光りそうです…が、多分今は俺とかコーチが教えても多分伸びませんよ」


浪川が伸ばし始めた顎の髭に手をやりながらそう言うと、太郎がまた驚いて目を丸くする。


「えっ、なんで?お前いろいろ怖えけど教えるの上手いじゃん」


「あいつ太郎さんにぞっこんじゃないですか。いっぺん教えてやって、それから決めたらどうです?そうすればあいつもやっと納得するでしょう」


太郎は、んー、と唸ってから頷く。


「それは一理あるな。よし、明日は色々と教えてやるとするか」


「あぁ、それと一つ…」


と、思い出したように浪川が付け足す。


「ん、なんだ?」


「後輩に嘘つくのはやめたほうがいいですよ。信頼なくしますから」


そう言い残すと荷物を持って行ってしまった。


太郎は頭を掻いてから静かなロッカーでバットを持ったまま一人居残る。  


「ったく…やっぱりあいつ知ってんのかよ…」




一方、浪川はとぼとぼとホテルへの道のりを歩いていた小鳥遊を見つけて声をかける。


「おい、小鳥遊」


「あ、浪川さん。お疲れ様です。僕になにか用が?」


「さっき太郎さんが明日お前のことみっちりしごくって言ってたぞ。よかったな」


「えっ、てことは僕を弟子にしてくれるってことですか!?」


小鳥遊が目を輝かせる。


「お前の弟子の基準はよくわからんが…」


「僕に何かを教えてくれた人は全員俺の師匠なんです!ダメですか?」


「いや、別に駄目もなにもないが…」


浪川は低いコミニュケーション能力でなんとかやりとりをする。


こういうところだけは和人を羨ましく思っているだろう。


そして話そうとしていた“本題”に入る。


「そもそも太郎さんのこと慕ってるけどさ…あの人がどんな選手か分かってるか?」


「もちろん、スーパーユティリティーの小技のできる便利屋…じゃないんですか?」


「まぁそうだな。だが、それは“表面(おもて)”の話だ」


「表面?」


「お前、太郎さんがたった一人で残ってる時のバッティング練習見たことあるか?」


「いえ、何かあるんですか?」


「俺もこの前偶然見たとき驚いたんだが…普段とは違うフォームでビビるほど飛ばしてる」


「…え?」


小鳥遊は耳を疑った。


「あの人、自分殺して便利屋に徹してんだよ。でもそれは太郎さんと俺しか知らないから監督もコーチも何も分からない」


「でも…どうして隠してるんでしょう?」


「さあな。それは太郎さんしか知らねぇだろ」


すると、球場から鋭い打球音が聞こえてきた。


「おっと、今日もやってんのか…ちっと見てくか?」


そう連れられて、球場の観客席でこっそりと覗く。


バットの乾いた音が球場に響き渡り、打球はスタンドの中段か上段にまで飛んでいた。


「お前なんでこんなに飛ばすのに普段あんなちょこまかした打撃やってんだよ。もったいない」 


バッティングピッチャーをやっていた球団職員がそう問うと、太郎は笑う。


「はは、いやいいんですよ。これ普段のストレス発散だから。いつもこんなフルスイングしてたら、ただの自分勝手…でしょう?」


またしても振り抜いた打球は軽くスタンドを超えていく。


「そうかもしんねーけどさ…」


「こういうのを試合でやって許されるのはソスとか矢野とか浪川みたいなホームランバッターだけ。俺はそうじゃない」


とは言いつつも、諦めきれてないからこんなことしてるんだろうな…と太郎は内心自分に呆れる。


その様子を見た後、二人はそくささとホテルに戻る。


「…僕なんだかもどかしいです。あれだけの打撃ができるのにそれを首脳陣が知らないし本人が知らせる気もないなんて…」


「んまぁそれは個人の勝手だし俺は何も口出しする気はないんだけどなー」


棒読みでそう言って小鳥遊の顔をチラ見すると、やはり考え込んでそうな顔だった。


「そんなら、明日の練習であの太郎さんの豪打を引き出すしかねぇか」


「引き出す…どうやってですか?」


食いついたな、と浪川が不敵な笑みを浮かべると右手の人差し指を立てる。


「…俺に一つ考えがある。というか、もう準備してある」




翌日の練習、約束通り太郎は小鳥遊に色々と指導することになった。


「そういうライン際の打球のときは逆シングルで取れ。そこまで俊足なバッターじゃない限りちっともたついたってアウトにできるから、とりあえずは難しくともボールを捌くことだな」


「はい!」 


すると、すぐに指導どおりに守備をこなし、太郎は感心する。


(この飲み込みの速さと守備のセンス…やっぱり俺に任せるのは間違ってるって)


脳内で劣等感を感じていると、小鳥遊が思い出す。


「あ、太郎さん。次フリー打撃練習じゃないですか?」


「ん、そうか。そんじゃ、行ってくるわ」


そこにフリー打撃を終えた浪川が、太郎に話しかける。


「やっぱり小鳥遊守備も上手くなりそうですね。まぁ俺ほどじゃないですけど」


「相変わらずのビックマウスだな。実力が伴ってるんだけどさ…」


そこで、浪川がバックネット裏を指差す。


「あの人分かりますか?」


「ん?どの…」


それを見つけると、太郎は驚いて口をあんぐり開けた。


社会人時代に別れた太郎の一人目の元カノだった。


実は昨日太郎と小鳥遊が話し合っているとき、浪川がこっそりと太郎のバックからスマホを取り出し、残っていた元カノの連絡先から宿泊費、移動費を全負担するから来てくれとお願いしたのだ。


「え、な、なんでお前いんの!?」


「えー、いいじゃん別に。元カレのカッコいいとこ見たいし」


それを聞いて、太郎は少し嬉しそうに跳ねる。


「今、彼氏いねーの?」


「いないよー」


その一言で太郎は軽くガッツポーズをする。


しかしそれでも“元”カノだ、と自分に言い聞かせていると、彼女が提案する。


「そーだなー、この練習でホームラン5本以上打ったらまた付き合う…っていうのはどう?」


太郎に電流が走った。しかし首をぶんぶんと横に振って考え直す。


「いやいやいや!これ練習だから。そんなお遊びじゃないんだよ」


「はぁ…だからアタシあんたのこと嫌いになったのよ。そうやっていつも理由つけて逃げてばっかり。なんだか自分で自分に嘘ついてるみたい」


彼女が軽蔑すると、太郎は胸が痛くなった。


全くもってその通りだからだ。


目を瞑って深呼吸をすると、バッティング練習のためにバットを持つ。


浪川がこれでもだめなのか、と諦めかけていると、太郎がため息をつく。


「…5本でいいんだな?」


そう一言残すと、練習に向かった。


小鳥遊がおおっ!と喜び、浪川は彼女に対して帽子を取って頭を下げる。


「すみません。わざわざこのために呼んでしまって」


「いえ、アタシもあいつのこと嫌いじゃないし…だけどなんで浪川選手は太郎にそこまでするんですか?」


太郎の背中を見て浪川が堂々と宣言する。


「連覇のためのキーマンだからです」




ざわめきは引き気味の沈黙に変わった。


わずか10球で5本のスタンドイン。


普段とは別人のようなオープンスタンスから放たれる豪打に投げているバッティングピッチャーも困惑していた。


練習を終えた太郎は彼女に向かってバットに寄っかかってドヤ顔をする。


「ま、こんなもんよ…で、ここまでお前のシナリオ通りってとこか?浪川さんよ」


名指さしされ、浪川は少し驚く。


「そうですね」


「…こんなことして何が目的だ?」


「その打棒を首脳陣に見せるためです。太郎さんが自ら見せないんで…そうしなかったのは理由があるんでしょう?」


太郎はため息をついて頭をかく。


「まぁ…無いことないけどさ…」


その太郎の表情から浪川は何かを察する。


「もし言いたくないことならかまいません…でも、あの打撃を試合で見せないのはあまりにもったいない」


「わーったよ。話すよ…あんま昔話するのは好きじゃねーんだけどな」


そう言うと一呼吸置いてからゆっくりと話し始める。

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