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海獣達の野球記(ベースボールライフ)  作者: Corey滋賀
4章 王座奪還
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42 奇策とマシンガン

地震やばかった

二戦目、シーレックス監督の三村は奇策に出た。


2点リードの7回、中継ぎエースの和人を投入。そして先頭の大林を抑えると続く代打のルーキーの吉成(よしなり)というところで左のワンポイントである川畑を投入。


ここで和人は早くもお役御免か、と思いきやなんと和人をファーストの守備につかせた。


当然スタンドもざわめくがこれにはある考えがあった。



「...え?すいません監督。僕の聞き間違いかもしれませんが...ファーストの練習をしろ、と?」


「おう。お前だけじゃなくて川畑や他の投手にもやってもらうけどな」


これは先週唐突に告げられたことだった。


中継ぎエースのエスターが実家の事情で緊急帰国。更には國吉が不調で二軍調整。手薄になった中継ぎの穴をどうにかするために考えた策はこれだった。


例えば終盤の7、8回、先頭が右打ちの場合中継ぎエースの和人をマウンドに送る。そしてその次の打者が左打ちの場合和人が一旦ファーストにつき、ワンポイントの川畑を投入。そしてまた次の打者が右打者の場合川畑がファーストにつき和人が投げる...というものだ。


この策を使うことによってワンポイントの川畑を投入しても投手を減らさずに済む、という利点が生まれる。


デメリットはファーストの守備に少し不安を抱えるというところだ。


名付けて「川畑スペシャル」。なお、川畑本人は「ダサい」とその名称を嫌がっている。



「ファーストなんて小学生のとき以来だなぁ...」


和人が独り言を呟いてボール回しをするとセカンドの太郎が和人に


「来たら取りやすいところ投げてやるから安心しろ」


と、言うと和人は笑顔で返す。


「いやぁ、太郎さんの送球はふんわり柔らかなので心配はしてませんよ」


そんな談笑をしている裏で焦った原山は卑劣な作戦を吉成に押し付けていた。


「な?簡単だろ?駆け抜けるふりして佐々城の足を思いきり蹴ってそれだけで1000万だ。勿論やるよな?」


和人を潰すことで明日の勝率をあげるという考えだ。右投手にとって右足は軸足のため、ダメージを与えれば大きなものとなる。


「で、でも、そんなことしたら僕はとんでもないバッシングを...」


怯える吉成の頭をガッと掴むと顔を近づける。


「やらないなら...明日すぐ降格させて永遠二軍に幽閉するまでだ」


そう脅すと吉成が震えながら打席に立つ。


三振だとその作戦ができないためになんとか当てないといけないと、初球を引っ掛けるとセカンドにボテボテのゴロが飛んだ。


その打球の行方も確認せず俊足を生かして全力疾走しているとベースについている和人の右足が見えた。


自分の右足がベースについた瞬間、和人の右足めがけて左足を出し、蹴る...が、その蹴ろうとした足はなく空振りして転倒。オーバーランとなっていたためタッチされアウト。一体何があったのか吉成は理解できていなかった。


オーロラビジョンを見ると、体勢を崩したセカンドの太郎の送球が高く逸れ、それを捕ろうとした和人がジャンプしたのだった。そしてカバーした捕手の浪川がファーストに送球し、フェアゾーンに転んだ吉成をタッチ。偶然だが和人は神回避で原山の作戦を潰した。


「だ、大丈夫?派手に転んでたけど...」


和人が足を捻った吉成に手を差し出すと吉成はその手を掴んで立つ。


「すいません、心配かけちゃって」


「いーよいーよ、こういうときは敵味方関係なしよ」


和人がそう言うと呼ぶと吉成は自分と原山の行動が愚かな行為だとふと気づき、申し訳なくなった。


ベンチ裏に戻ると原山は怒り、吉成の顔に平手打ちをしたが、それでも吉成は原山の目をまっすぐ見て


「そこまでして勝ちたいんですか?そんなチームなら僕は二軍に行った方がマシです」


と、豪語するとベンチに戻り、試合を見ていた。


結局この試合もシーレックスが勝利し、マジックは残り1となった。


明日勝たなければ...焦る原山は廊下で煙草を一服していた。


そこにシャワーを浴び終えて、バッグを背負っている浪川がその姿に声を出して笑う。


「その姿が見たかったんだよ俺は。実に滑稽だ。明日で野球界からおさらばだもんなぁ」


「ま、まだ決まったわけじゃない!あ、明日勝てば...」


「だから勝てねぇって言ったろ?てめぇがこのチームを根っこから潰したんだから」


「ぐっ...!」


原山が壁を殴ると浪川はあーあ、とため息をつく。


「今日吉成に佐々城の足蹴らす指示出してたのもお前だよな?どうせまた金で脅したんだろ?偶然にも不発だったがもし俺のチームメイトにまで手を出してたら...分かってるよな?」


盗聴器を見せて睨むと、原山が冷や汗をかく。


「わ、わかった、明日はやらない!正々堂々やる!」


その言葉を聞くと浪川は球場の出口へと歩いていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


翌日の試合前、ロッカールームにて。


「なーににやにやしてんだ?気持ち悪いな」


太郎がスマホを見ている和人につっこむ。


「おわっ!な、な、なんでもないですよ!」


目を泳がせて顔を赤くしている様子を怪しむ。


「その反応、絶体なんかあるな。見せろ」


「絶っっ体嫌です!いくら太郎さんでも見せられません!」


「そこまで拒絶するなら仕方な...あっ、右肩に虫ついてるぞ!」


「きゃっ!ちょっとどこに!」


甲高い悲鳴をあげて左手で払っているその隙に田中がスマホを覗くとそこには水着姿の美波が映っていた。


「え、これお前の彼女?可愛いしスタイルよくない?」


「あぁ、ちょっ!そうですけど僕以外の男に見せたくなかった!」


意外と独占欲の強い和人に太郎が頷く。


「まぁ初恋ってそんなもんだよな。俺も最初は独り占めしたいって気持ちが強かったけど何人とも付き合ってるうちに...」


「僕は美波ちゃん一筋なのでこれ以外に恋なんてしません!三次元では!」


「二次元だとするのか...」


「無論。あぁ、美波ちゃん可愛いなぁ。今すぐにでも会ってちゅーしたいよー」


画面越しにキスしようとする和人を見て太郎がドン引きする。


「俺こんなのが日本No.1の中継ぎだと思いたくねぇ...なぁ浪川?」


「はい」


巻き込まれた浪川が即答する。


「答えるの早すぎない?てか浪川くんも優香里さんと上手くやってる?」


「ん?...まぁ、な。それはそうと今日は気引き締めろよ。勝てば優勝なんだからな」


「話逸すなよ!まぁでも大勢のお客さんの前で胴上げしてビールかけ、早くやりたいね!」


和人とは対照的に浪川は冷静に考えていた。


(昨日は原山にあんな強気なこと言ったが...恐らく今日は厳しい戦いになるだろうな。うちの先発は最近不調の東山さんだし、相手はうちが苦手としてる田内さん。野手陣も四番の矢野さんが不調だし...どうなるものか)


その考え通り、試合はシーレックス側からすると厳しいものとなった。


先発の東山が序盤に炎上し7回表を終えて7-1の6点ビハインド。原山は余裕の表情を見せていたが浪川はそれを見て行動を起こす。


(あの余裕っぷりを焦りに変えさせてやる。せいぜい采配できる残りの時間を楽しめ)


ベンチから立ち上がると浪川が矢野に円陣を組むことを提案する。普段表に立ちたがらない浪川がそんなことを言うので矢野は驚いたがその案を飲んだ。


円陣を組むと言い出しっぺの浪川が皆に話す。


「今の点差は6。ですが今の俺たちにとってこの点差は無いようなもんです。ホームプレート6回踏めば同点。残り三回でこれをひっくり返して優勝決めましょう...っしゃあ!行くぞ!!」


「「「おっしゃあ!!」」」


大差で負けてるとは思えないほどイケイケムードのシーレックスベンチと異様な球場の雰囲気にラビッツベンチは動揺していた。


「お、俺たち大量リードで勝ってるんだよな?」


「落ち着けお前ら。スコアボード見て気持ち整えろ」


その雰囲気を断ち切ろうと経験値豊富な坂木が声かけをするもその焦りが消えることはなかった。


その回、シーレックスは苦手な田内から伊東翔のタイムリーと梶のタイムリー3点を奪い、3点差に詰め寄る。


8回裏も先頭の浪川がホームランを放ち2点差。この勢いで逆転、といきたい所だったがその後は仲川に抑えられる。


しかしもう一度流れをつかもうと9回表にビハインドながら守護神の山崎泰隆を投入。三連投となったが点差を広げられることなくしっかり抑える好リリーフでシーレックス打線のマシンガンはリロードされる。


守護神のデルロサをコールしたとき、原山はかなりの汗をかき生きた心地がなかったろう。


先頭の伊東翔こそ打ち取られたものの、続く8番の倉木がレフト前ヒット。9番の投手のところで代打の太郎にセンター前ヒット。一番の梶が四球で一死満塁の逆転サヨナラの大チャンスを作り、球場も盛り上がる。スネークスが今日も勝利したため、シーレックスが今日優勝するには勝つ以外ない。そのため観客も祈るように見守っていた。


そして二番のソス。あまり粘るタイプではないがこの打席は執念で11球粘り、デルロサを疲れさせていた。そして運命の12球目、見送った際どい球はストライクとコールされ見逃し三振。デルロサは雄叫びをあげてガッツポーズ。


そして三番にはこの三連戦で全試合マルチヒット以上を放っている好調の浪川が原山を睨みながら打席に入る。


(まさかこんな場面で俺に回ってくるとはな...けりは自分の手でつけろっていう神のお告げか?)


そう思っていると、原山がベンチから出てくる。誰もが投手交代かと思ったたがそうではなかった。


なんと申告敬遠。満塁で押し出しとなるため1点差となるが浪川は一瞬目を丸くして驚いた。それはラビッツバッテリーも同じだった。


捕手の大林がデルロサになんとか声をかけていたがデルロサの表情は微妙なままだった。浪川は確信し笑った。やはりこのチームの最大の癌は原山だ、と。


一方最大の屈辱をうけた四番の矢野は打席に入る前に監督である三村に呼ばれる。


「あ、代打ですか。すみません」


このカードの初戦の先制本塁打以外は無安打という不調に陥っている矢野は唇を噛んだ。でも、迷惑をかけるくらいなら交代した方がいいのか...と思いつつ。


しかし温厚な三村はその情けない矢野を見て珍しく激怒する。


「なに言ってんだバカ!自分が決めてやると思わない奴が打てるか!そんなに変わりたきゃ変えてやる、そんな選手がキャプテンのチームがこの先日本一をとれるとは思えんがな!」


矢野は背中に電流が流れたような気分になった。それは感動などという感情では表せないようなものだった。


手足が震えて心臓の脈打ちが速くなる。打席に立ちたい、打ちたい。


「...はい!矢野恵太、この試合決めてきます!」


そうバットをグッと握って告げると、三村は笑顔で頷いて送り出す。


「あぁ、行ってこい」



東京ラビッツ対横浜シーレックス 7-6 九回裏 二死満塁 打者矢野 投手デルロサ


横浜シーレックスの伝説に新な1ページが加わる。

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