41 M(マジック)3
今年こそ無事に野球が開幕しますように
「打率.330本塁打45打点113、おまけに出塁率.466で盗塁も27...あと20試合くらい残しててこの成績って...」
今日の試合の先発である堺はその浪川の圧倒的成績に驚愕していた。
「逆に今日あいつを抑えたらお前の株大上がりやん?がんばれよ」
「はい。俺、絶対抑えて勝ちます。坂木さんも援護お願いします」
坂木にそう言われても今日の堺はいつものうるさいビックマウスとは違い慎重で、気合いが入っていた。
シーレックスの優勝マジックは現在3。この三連戦もし三つ、または二つ負けたらこの横浜スタジアムで屈辱の胴上げをくらう可能性があるからだ。しかもその初戦となれば絶対に落とすわけにはいかない。
「普段もそんくらいおとなしけりゃいいんだけどなぁ...でもこんな試合でナーバスにならないだけメンタルは強いわ」
頭をかいて呆れながらも、境の背中をぽんと叩いて褒める。
一方シーレックスのメンバーは優勝への道を突き進んでいてムードは最高潮。どの選手も自信に満ちあふれ、良いプレーが連発する。
しかしその中でも後半戦から正捕手の座についた浪川はそれに流されず、自分の中の世界を持ってプレーしていた。
そのため毎試合、毎試合、球場の廊下で腕組をして目をつぶり、イメージトレーニングをし、今もそれをしていたところだった。
イメージするのは良いバッティング、プレーをしたときの自分。そのときの感触を忘れないようにするためだ。
そこに水を差すように一人の男が話しかけた。
「やぁ、泰介。君の活躍ぶりは見事だね。あのゴミとフォームが同じというところを除けば...ね」
その男は原山だった。浪川からすれば世界一憎んでいる相手だろう。
「下の名前で呼ばないでいただけませんか?気色悪くて吐き気がします」
イラついた原山は少し眉をぴくっと動かして浪川に詰め寄る。
「...君は誰のおかげでここまで野球をやってこれたと思ってるのかな?あのゴミが地に頭をつけたからしかたなーく借金を返して君に野球をやらせてやったというのにねぇ...」
「それはどうも。ですがそれを利用して人を追い込んで殺してるようではどちらがゴミだか分かりませんよ?あなたが親父を川に突き落として殺したんですよね?二階堂さんから聞きました」
「ちっ、あのジジイ無駄なことを...まぁそれは後にして、今日の本題を話そう。これからのうちとの三連戦、全打席凡退してくれないか?勿論ただでとは言わない。君の口座に一億円を振り込んでおくよ。握手で成立としよう」
そう言うとおもむろに浪川に右手を差し出す。
浪川はそれを握ろうとする...というところ鼻で笑って
「...その右手、金で汚れに汚れきってて触りたくないです。それで何度も悪事を隠してきたんでしょうね」
と、呟いて右手をハンカチでわざとらしく念入りに拭く。
「というかそれでラビッツの選手は納得すると思いますか?もし堺なんかがこの会話を知ったら監督とか関係なくあなたをぶん殴りに来ると思いますよ。それに今の俺が全打席凡退したとて今のシーレックスの流れが止められると思いますか?100%ムリです。断言できますね。あなたみたいな監督が指揮をとっている限り...」
原山を煽りに煽るとそれに乗る。
「こ、このクソガキが...はっ、所詮あの母親もこの程度の息子しか育てられないないゴミか...」
これまでなんとか怒りを抑えていた浪川も女手一つで育ててくれた母親を侮辱され怒りの限界に達し、怒鳴る。
「幼い俺に人間と金の汚さ覚えさせてクソガキにしたのはてめぇだろが。あぁ?」
しかしその声にも動じずふてぶてしい態度で反撃する。
「...そうだな。顔もわからないような父親の膨れ上がった水死体を見たらそうなるかもしれないな!ははは!」
「!...このっ...」
自身のトラウマを掘り返され頭を抱えて壁に寄っ掛かる。その様子を見た原山はさらに続ける。
「奴を突き落としたときの絶望した顔は最高だったなぁ!水に晒されて一夜が経てばあんなに人間と言うものは膨らむものなんだと感心したよ。警察はちっとばかし金を払えば証拠を隠蔽、抹消したし世の中すべては金なんだよ。金があれば全てが解決する!不倫も反社へのつるみも金で揉み消せたしな!」
言いたいことを全て言ったような原山は頭をかかえて汗をかいた浪川を見下すような目で見つめる。
「お前の親父も金のために頭を下げたんだ。たった3試合ノーヒットで1億、いいもんだろ?」
浪川が苦しそうな顔から一転、嘲笑って黒いブロック状のものを取り出し、スイッチを押す。
『これからのうちとの三連戦、全打席凡退してくれないか?勿論ただでとは言わない。君の口座に一億円を振り込んでおくよ』
盗聴機からの音声を聞いた原山は顔面蒼白になった。
「バーーカ。全部録ってんだよ。八百長持ちかけたことも、親父を殺して隠蔽したことやこれまでの悪事の自白もな...さーて、これであんたをどうしてやろうかね?ネットに晒すか、刑事告訴するか...煮るなり焼くなりだな」
盗聴器をまるで今の原山のように手の内で転がしながら今度は浪川が見下す。原山は過呼吸になって懇願する。
「や、やめてくれ!それだけは!俺にも、俺にも家族がいるんだ!」
「ほぅ、奇遇だな。俺にもいるぞ...一人てめぇに殺されたけどなぁ...」
「あ、謝る!なんでもする!だからそれを...」
「なんでもする?言ったな?」
浪川はニヤリと笑って告げる。
「それなら、この三連戦、一つでも勝ったらこれやるよ。その代わり...」
胸ぐらをつかんで盗聴機を見せつける。
「俺らが三連勝(3タテ)したらこれをダシに刑事告訴する、又は監督を辞任して野球界から足を洗え。二度と世間に面を見せるな」
「ひ、1つ勝つだけで許してくれるのか...!?」
「勝てばの話だがな。あ、今のも録音してあるからな?...逃げ場はないと思え」
そう言うと浪川がロッカーに戻っていくと原山がひきつった笑みで呟く。
「...ふっ、余裕ぶりやがって。たった一勝で許す?今日で終わるな、この賭けは...」
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『見逃し三振!堺はこれで8個目の奪三振!両投手の快投によって依然としてスコアボードにはゼロが並び続けています!』
気合の入った堺はシーレックスのエースの今永にも負けまいと三振を奪い続けていた。
しかし気合いが入りすぎ、7回を終えた頃でベンチでぐったりとしてしまった。
なんとしても勝ちたいためにイラついていた原山は舌打ちしてベンチを蹴った。
「バカが、球だけじゃなく自分のコントロールもできんのか」
「...はっ?それがHQSの投手に対する労いっスか?かつての名将も今やただの老害だな」
疲労からかネジが緩んだ堺が顔に被っていたタオルを外して怒る。
「なんだとこのガキィ!」
原山がキレると堺も負けじと言い返す。
「ジジイはすぐキレるから嫌いなんだよなぁ...メディアにはいいかっこするくせに選手の俺らには舐め腐った態度。もう俺は今年だけであんたに尊敬の気持ちは0になった。あんたの下で野球やるくらいなら干されるか放出された方が100倍いいよ。メジャー行った菅沢さんもそう思ってる」
ここまでの暴言を聞いても誰も堺を止める人間はいなかった。そう、これが今のラビッツの原山への信頼の無さだ。強かったチームは一人の人間によってバラバラになってしまった。
その様子を見ていた浪川はベンチでしてやったりと不適な笑みを浮かべる。
(たかが一勝、されど一勝。さぁ焦れ原山。その様子が俺にとっては最高の絵面だ)
8回表も今永が0に抑え、その裏の攻撃。ラビッツは投手を堺からデルロサにスイッチ。そして打席には四番で主将の矢野が入る。
今シーズンの打率は.313で、対右が.308、対左が.317と、左だが左を苦にしない矢野。むしろもってこいというところ、初球を狙ってインコースのストレートを強く引っ張る。
打った矢野はその瞬間に確信し足を緩める。
『ライトへ高く上がった!上がった!逆風を跳ね返すようにスタンド中段だぁぁ!!四番の一発でついに試合の均衡が破れました!打たれたデルロサはマウンド上で項垂れています!』
WBTの時と見劣りしないほど熱気を帯びた横浜スタジアムが揺れる。そのダイヤモンドを堂々と一周してベンチでハイタッチする。
「おーし!ナイスバッティング矢野!」
監督の三村やコーチ陣、選手が身を乗り出して手を出す。矢野はそれに笑顔で応える。
ホームランで盛り上がる中、続く浪川は意表を突いてセーフティバントをしかける。
左打席に立ち、引っ張りを警戒したシフトでサードががら空きになっていたところに強く転がしたため、俊足を生かして二塁を狙う。ショートの坂木が素早く取って投げるが間に合わずツーベースとなった。
浪川がセカンドベース上から三塁側ベンチの原山を見ると明らかに焦りと苛立ちを隠せていなくて、浪川がその様子を見てふんっ、と鼻で笑う。
その後の連打で2点を追加し、最終回は大不振からの復活を果たした山崎泰隆が締める。
満員の横浜スタジアムで「ヤスタカジャンプ」が鳴り響くその光景は絶対的信頼の証だろう。
自慢のツーシームに加え、スライダーを使うことによって引き出しが増えて投球の幅が広がり、打者がヤマを張れなくなったのも大きな理由だろう。
きっちりと三者凡退で抑え、本拠地優勝への大事な初戦を制した。スネークスが勝利したためマジックは2と1つ減らしたのみだった。
ヒーロインタビューでは先制弾を放ったキャプテンの矢野が「明日か明後日、絶対に優勝を決めますのでより一層熱いご声援よろしくお願いします!」と観客と選手を鼓舞していた。
その試合後、矢野に電話が届いていた。
「もしもし、お久しぶりです」
「もしもし、確かに久しぶりだな矢野。キャプテン初年度なのによくチームのことまとめてるよ。トップ独走してるんだろ?」
その声の主は以前のキャプテンでタンパベイライズにポスティング移籍した筒号だった。現在.267 28本 74打点OPS.882と中々の成績を残している。
あちらでは今早朝でトレーニングをしていた。
「いえ、俺は...他のみんなが支えてくれてるから勝ててるだけですよ」
「謙遜するなよ、打率3割越えて20本くらい打ってるんだろ?成績も十分だ」
「そう言ってくれると少し楽になりますよ。でもなんか申し訳ないです。ずっと活躍してたゴウさんが渡米してその後すぐに首位独走だなんて...」
「いやほんとだよほんと!羨ましいよビールかけ」
笑いながら冗談混じりにそう言うと矢野が見えもしないのに笑顔で軽く頭を下げる。
「でもまぁみんなすごい結束力だよ。今のシーレックスは優勝にふさわしいチームだとみんな思ってるはずだ。残り試合数少ないけど気ぃ抜かずに全力で戦えよ!」
「はい!ありがとうございます!」
ゲキを受けると矢野も力強く返事をする。
残りマジック2。電話を切ると一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「なんとしても、なんとしてもここで優勝するぞ。それがファンへの最大の恩返しだ...!」|