37 左必殺
※川畑視点
自分で言うのもなんだがそろそろだろうなとは思っていた。
二軍で12試合左のワンポイントとして登板し、浴びた安打は1本のみ。一軍の左のワンポイントだった砂原さんがコンディション不良で降格した交流戦が始まったこのタイミングで初めてシーズン中に一軍からお呼びがかかった。
友人でありライバルでもある沢よりお先に昇格するのが第一の目標だったがまずそれは達成できた。
木村コーチの車に乗ってハマスタへの移動中、今日の対戦相手のホームスの左打者の映像とデータを見ていると
「緊張してるか?」
と、木村コーチが問いかけてきた。
「まぁ多少はしてますけど、一応オープン戦で投げたことあるのでそこまでではないです」
「おお、なかなかメンタル強いな。去年の佐々城なんて初昇格の時緊張で汗だらだらかいてたぞ」
今じゃニコニコでマウンド立ってる佐々城さんがそんなに緊張してたのかぁ...これであの人に一つマウント取れるな。
「まぁ俺からアドバイスできることはとにかく硬くならずリラックスして投げろってところか?お前が調子いいときは大抵あの変則フォームが柔らかく力がいい感じに抜けてるからな」
確かに昔から親父は「頭と豚の角煮とお前のフォームは柔らかい方がいい」って言ってたな。この文に豚の角煮という言葉は100%必要ないと思うけど...
初の昇格で三村監督に挨拶をするとロッカーへ荷物を置きに行くと「矢野ート」と書かれているノートに何かを書き込んでいるキャプテンの矢野さんの姿が見えた。
「こんにちは!今日二軍から上がってきました川畑です」
張り切って挨拶をすると矢野キャプテンも笑顔で
「お、元気いいな!よろしく!」
と、返してくれた。すると、またノートに書き込みをした。
「それ何を書いてるんですか?...あ、答えにくいなら大丈夫ですけど」
「ん?あぁ、これ?キャプテンとして少しでも皆のことを理解しないとと思って皆の特徴をノートに書き込んでるんだよ。例えば今永さんは試合中は真面目キャラだけどいつもはおふざけキャラ、とか、佐々城はアニメが大好きでいつも面白いやつをオススメしてくれる、みたいにね。俺は筒号さんほどのリーダーシップがないから俺のやり方でこのチームを引っ張らないといけない」
6月上旬現在矢野さんは打率.344で首位打者。本塁打数はやや他球団の4番に劣るものの打率打点リーグトップの横浜打線の主軸を担っている。
筒号さんの後に4番を任されてもそのプレッシャーをも跳ね返すかのような大活躍。自分のことだけでも大変だろうにキャプテンとして他の選手のことまで気にかけてるのか...本当に尊敬する。
矢野キャプテンの良いところを見て少し感動してグラウンドに出ると一軍のお馴染みのメンバーがそれぞれの練習を行っていた。
挨拶して回るとフォームの確認をしていた佐々城さんに声をかけられた。
「あ、川畑くんじゃん。初昇格?」
「公式戦だと初めてですね」
「それはおめでとう。最初は緊張するだろうけど頑張れ!」
「はい!」
寮内のフリーの時とは違って優しい真面目な先輩の佐々城さんが少し不思議で面白いがそれだけメリハリをつけてるってことだろうし、やっぱりこの人はなんやかんや真剣に野球に取り組んでるよな。
そして同じく鏡でフォームチェックをしていた今日の試合の先発であり俺の師匠のような存在であるウォンさんにも挨拶をする。
「あ、ウォンさん!おはようございます。俺ついに一軍上がれましたよ!」
俺の姿を見たウォンさんはまるで自分のことのように目を輝かせて喜んでくれた。
「おお!オメデトウ!ボクが教えた子がこんなに早く成長するのはボクとしてもスゴくうれしいヨ」
俺の頭をわしゃわしゃと撫でると笑顔で背中を優しく叩いて応援してくれた。
「あのスライダーは左打者からするとキョウリョクだし一軍でもその投球ができれば定着もトオイ話ではないヨ。一緒に頑張ろウ」
本当にこのチームは優しい人ばかりだなぁ...
俺は一刻も早くその首脳陣、先輩たちの期待に応える活躍をしないと!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そしてその出番は思わぬ形で早くもやって来た。
4対2でシーレックス二点リードの七回、先発のウォンさんがツーアウト2、3塁のピンチを背負い打席に今日二安打の中岡晃さんが入ったところで投手交代。
そこで告げられたのはなんと俺の名前だった。
流石に初登板は大差でのリード時かビハインド時のどっちかと思っていたのにまさかこんな場面での登板になるとは...とにかく呼ばれたからには投げるしかないのでリリーフカーに乗ってマウンドに向かう。
デーゲームのため強い日差しが少し眩しいがピッチングに影響するほどではない。それよりもファンの人のざわざわした声が気になった。
「なんでこんなところで初登板の投手?」「どういうことだ?」という声に内心、俺にも知るか!俺自身が一番その理由知りたいわ!と、ツッコミを入れる。
マウンドにいるウォンさんも少し驚きの表情を見せるも、ボールを渡すときに「がんばれ」と笑顔で応援してくれた。そして伊東さんとサインを交換して投球練習を始める。
キレは悪くないしむしろいい感じ、ただそれは俺の中の基準であって一軍で通用するのかは未確定だ。オープン戦でも多少は一軍の選手相手に投げてそこそこ打たれたけれどその打たれた球のほとんどがまっすぐで一番自身のあるスライダーはそこそこ空振りを取れてた。
それを考慮して伊東さんも変化球中心のリードだろう。
まず初球、外のスライダーの要求だったが緊張ですっぽぬけて真ん中付近にボールがいってしまった。とあるゲームだったら頭の上の辺りに「!」マークが出るほどの失投だ。
やばい!と思ったが、初球は様子見のつもりだったのか手を出さずに見送った。
ヒヤッとしたもののまずストライクを先行、続く二球目は内のストレート。見せ球だったので胸元をえぐるような球を投げてインコースを意識させることができた。三球目はその見せ球を利用して外のスライダーで空振りを取ってこれで2-1と追い込んだ。
四球目も同じく外のスライダーのサインだったが俺は生意気にも首を振って外のストレートに頷いた。
オフに鍛え上げて入団したての頃から+7kmで最速140まで出るようになったこのストレート。クイックから放った速球は中岡さんのスイングしたバットの上を通過し空振り三振。
思わずグラブを叩いて雄叫びを上げてベンチに戻る。
伊東さんに
「よっしゃ、ナイスボール!」
と褒めてもらって電工掲示板の表示速度を見ると142kmと映っていた。俺はもう一段プロへの階段を上った気がした。
試合はシーレックスがそのまま逃げ切り二位スネークスに6ゲーム差をつける首位独走の7連勝。俺はプロ初登板で初ホールドを挙げた。
先を越されて悔しいだろうに沢とカレラスはわざわざケーキを買ってくれるなど大いに祝福してくれた。
福岡 011 000 000|2
横浜 002 020 00X|4
本塁打
福岡
松岡6号【ソロ】
横浜
浪川15号【ツーラン】
投手リレー
福岡
小竹●ー石嵜ー笠田ーモイネル
横浜
ウォン○ー川畑 Hーエスター Hー三島 S
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一方で完全にフォームをつかんで覚醒した浪川はこの試合で4試合連続アーチ、成績は.364 15本 47打点 11盗塁 OPS.1170という驚異の成績で一ヶ月近く開幕から遅れたにも関わらずたちまち本塁打ダービーの上位に躍り出た。
和人もこれまで28試合に登板し自責点はわずかに1で防御率は驚異の0.29。21HPはリーグトップで首位の原動力の一人となっている。
太郎も優秀なユーティリティサブとして様々な守備位置を守りつつ.286 2本 10打点。ちなみにこの二本塁打は彼女と破局した当日に二打席連続で打ったもの。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あー、美波ちゃんの水着姿、見たいなぁ...」
食堂で和人がふとぼやくと左隣の沢がその話に乗る。
「僕も見てみたいですっ。美人な女の子の水着は至高ですからねぇ。合法的におっぱいとお尻が拝めるなんて最高ですよぉ」
「ははは、君はかわいいくせにたまにとんでもない発言するなぁ。このむっつりスケベめ!」
「それは奈落の底に堕ちて全身殴打してでも佐々城さんには言われたくないですよぉ」
「君最近かなり毒づいてきたよね。本題に戻るとして、シーズン中じゃ海にもプールに行くのも難しいよなぁ。そこでもし怪我なんかしたらシャレにならないし...お願いして写真送ってもらうとか?」
「その人に一生変態の烙印押されると思いますけどぉ...」
ふっ、とため息と笑いが混ざったような息をつくと無駄にキリっとした顔で高らかに宣言する。
「そこまでしてでも僕...いや、俺は彼女の水着姿が見たい!」
「性欲の化身ですねぇ」
「誉め言葉かい?」
「罵倒ですよぉ」
そこに右隣の太郎がボソッと一言呟く
「あの、割り込むようで悪いんだが、今の俺の近くで彼女って単語出さないでくれ...思い出しちまうんだ」
ただ無の表情でカレーを食らう太郎を不憫に思った和人は背中をさすって慰める。
「仕方ないですよ...その人が失礼なこと言ったからそうなってしまったんですから...きっと今後いい出会いありますよ。その時まで待ちましょう、次郎さん」
「あぁ...気遣いありがとう。でも...「太郎」、な...」
追記
作者の都合上しばらく投稿が遅れます
次の更新は年明けになると思うのでみなさんよいお年を!




