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海獣達の野球記(ベースボールライフ)  作者: Corey滋賀
3章 ペナントサバイバル
36/65

33 幸せ

もうシーズン終わるのか

来年は番長監督で優勝


契約改正


横浜・浪川、4倍6000万円でサイン「期待以上の活躍をしてくれた」



セ・リーグ新人王に輝いた横浜の浪川泰介選手が5日、横浜市内の球団事務所で契約更改交渉し、4500万円増の年俸6000万円でサインした。1年目で32本塁打を放ち、打点はリーグ2位の102打点を挙げる活躍をし「期待以上の活躍をしてくれた、という言葉を頂きました」と少し笑みを浮かべた。来期の目標を聞くと「しょうもない三振が多かったので(当てる)率を上げていければ」と話した


同じくルーキーでセ・リーグ新人特別賞を受賞した佐々城和人投手は4000万円増の5000万円で更改。「最後の最後で情けない投球をしてしまったので来年は満足のいくシーズンにしたい」と真剣な面持ちで話した。


田中太郎選手は1500万円増の2800万円で更改、また登録名を「田中太」から「太郎」に変更した。「よく地味だと言われるのでせめて名前だけでも」と笑みを浮かべて話した。「自分が思っているよりも球団に評価していただけたのはとても嬉しい。この値をいい意味で裏切りたい」と来期の飛躍を誓った。



※浪川視点


「あーあ、あと1週間で春期キャンプ始まって休みも終わりか。俺なにやってんだろ」


ぼそっと呟くと優香里に指摘される


「気を抜くと思ったこと口にしやすいのも変わってないのね。あなたここ四年でいい意味でも悪い意味でも本当に何も変わってない」


あ、そうだ、明日のことを考えてボーッとしていたせいで今京都のスケート場で優香里とデートしていることをすっかり忘れていた


今日は珍しくポニーテールにしているがそれなりに似合っている


「お前も変わってねぇだろ。冷めてて嫌なことは顔に出やすいところと...断崖絶壁なところとかな」

「断崖...何のことよ」

「お前の想像に任せる。胸に手を当ててみたらわかるんじゃないか?」


俺の言う通りに胸に手を当てるとその意味を理解したのか顔が怒りと恥ずかしさが混ざり真っ赤になった


滑りながら俺に殴りかかろうとする


「おっと、お前運動音痴なんだからちゃんと滑らねぇとあぶねぇぞ...ほらよっと」


勢い余って転びそうになった優香里を抱き抱えて支える


「あ、ありがと...」

「反射的に手が出ただけだ。てか離れてくれ。周りからじろじろ見られてる」

「そうね...ごめんなさい」


スピードを彼女に合わせて滑りながらずっと気になっていたことを聞く


「聞いても仕方ないだろうがお前のバカ親はまだ結婚強要してんのか?」

「えぇ。前言ってたみたいにあなたがそれを説得するためにわざわざ京都まで来てくれたんでしょ?」

「あぁ、残り少ない休みを満喫したいっていう考えでもあるが...本質的な理由としてはそれだな」


考え事をしながらリンクを出ると優香里に声をかけられる


「どうしたの?もう滑らなくていいの?」

「飽きた。てか、とっととお前のバカ親論破して気兼ねなく遊んだ方が楽しいだろ」

「...それもそうね」


優香里に場所を教えられたが有名な茶屋の家といこともあり「安里茶屋」と書かれている門だけでかなりの大きさが伺えた


「ほう、ここがお前ん()か。俺の実家の2、3倍はありそうだ」

「それはどうも」


緊張しているのか優香里は少し震えている


「安心しろよ。あと数時間経てばお前は自由だ」


そう呟くと優香里の肩をぽんと叩く


広い玄関で靴を脱ぐと優香里の母親らしき人物が顔を出した


「おかえりなさい優香里...その子が?」

「うん。話した浪川君よ」

「あぁ、浪川君こんにちは。優香里から話は聞いているわ。夫はだいぶめんどくさいから説得させるのは難しいと思うけれど...がんばってね」


どうやら母親の方は優香里の結婚や茶屋を継がせることを強いているわけではなく、むしろ優香里将来を自由にさせたがっているようだ


「大丈夫ですよ。討論は好きなので」

「そうなの?それならよかった...それにしてもなかなかのイケメンねぇ」

「はい、否定はしません」

「ふふふ、なかなか面白い子ね。優香里が惚れる理由も分かるわ。君のことを話している優香里が一番楽しそうだもの」


そうなのか、と優香里の方を見るとバチッと目が合いお互いに照れる


なんで俺等こんなにタイミングいいんだ..


そんな事を思いながら、優香里の母親に父親のいる和室に案内してもらった


「お父さん、優香里とお客さんよ」


「お客?誰だ?」


ごつごつした顔と体格に甚平姿の強面があぐらをかいていた


これから一体どうやってスレンダーな優香里が生まれたのか


「こんにちは、浪川泰介と言います。優香里さんと高校時代からお付き合いさせてもらっている友人です」


ふん、と強く鼻息をすると


「優香里の友人?それが私に何の用だ?まぁとりあえず座りなさい」


座布団に正座すると友人という所を訂正する


「あぁ、すいません。正確に言うと『恋人』ですね」

「なにを言ってるんだね君は。優香里には西本正也君という婚約者がいるのだが」

「本人も西本さんもその結婚嫌がってるみたいですが?」

「嫌がっていようがなんだろうが婚約は婚約だ。それに、その話に君は何か関係あるのか?」


太股に置いた手をぐっ、と強く握って大きくハッキリと


「えぇ、大有りです。僕と優香里さんは相思相愛で結婚すら望んでいる仲ですから」


と、言って見せた


いやこれちょっと盛ったな


「ほう、そうなのか優香里?」

「そ、そうよ」


恥ずかしいのか赤くなって震えている優香里の背中を撫でる


「ふん。だからなんだというのが私の感想だがな。西本君はかの有名なスーパーの創始者のお孫さんだが...君はなにかそこまでの物をもっているのかな?見る限り平凡な男にしか見えないが...」


鼻で笑われると怒りで眉をピクッと動かす


「...単純な年収で言うなら6000万円と言っておきましょうかねぇ」

「ろ、ろ、6000万?お、おほん、失礼ながら君の職業は?」

「プロ野球選手です」


俺の年収に驚いていたのもつかの間でプロ野球選手という言葉を聞くと手を叩きながら笑った


「はは!野球選手?まーだそんなくだらん職業があったとは驚きだ」

「下らない、とは?」

「あんな子供がやるような球技を大の大人が優勝を目指すなんてことをやっているのがくだらないと言っているのだよ。球を投げて打つだけの楽な仕事で何千万もの金を稼ぐのは楽しいかね?」


今まで人生をかけてやってきたものへの侮辱で流石に堪忍袋の緒が切れた俺は机を思いきりドンと叩いて優香里の親父に詰め寄る


「なんも知らねぇ素人がほざくなぁ!!今のは野球そのものを侮辱するような発言だ!プロの選手、いやプロを目指している全ての選手に謝りやがれ!栄冠を掴んで美酒を味わいたいことの何が悪い!野球はいい意味でも悪い意味でも俺の人生そのものだ。それを侮辱するような発言は絶っ対に許さねぇ」


久々に長々と叫んだことによって少し呼吸が乱れる


「それになぁ、それを言ったらあんたらはただ茶を作るだけの楽な仕事で何万っつー金を稼いでるって話になるんだよ。でも俺は茶葉の作り方も茶の入れ方も知らねぇからあんたらの仕事を貶すつもりは一切ない。あんただって茶に人生かけてきたんだろ?だから娘にそれを継がせてやりたいんだろ?俺の親父もそうだった。文字通り人生かけて俺に野球をやらせてくれくれたからな」


言いたいことを全部言うと少し息切れして座って深呼吸をする


「でもあなたのやっていることは空回りしてしまっていて、逆に優香里を苦しめています。安泰な将来のために見知らぬ人間と結婚を強要することが本当に彼女のためでしょうか?」


優香里の父親は考えるように唸り、ため息をついてから口を開く


「...君の言う通りかもしれないな。君の誇りをもった職を侮辱してすまない」


頭を下げて謝罪する姿を見てなんだかむず痒い気分になった


「いえ、謝ってくださったならそれで十分です」


そこで、父親はずっと口を閉じていた優香里にも謝る


「それと優香里...すまん、ずっと隠してたんだが...実のことを言うとここ数年うちは経営難なんだ。茶葉が予想より収穫できずに仕舞いでな。だからお前を大型スーパーの御曹司の西本くんと結婚させれば倒産にならないはずだと思って...娘のお前を利用しようとした俺は最低な父親だ」


頭を抱えて自分を責める優香里の父親を見過ごせなかった俺は真剣な面持ちで提案をする


「それなら経営がまともになるまで僕が年に500万くらい支援金を送りますよ。ある条件付きで」


金額に驚いたのか目を丸くして食いつく


「ご、500万も!?その条件とはなにかな?」

「娘さんを自由にしてやってください。彼女には茶屋の他にもやりたいことがあるはずです。結婚相手だって自由に選びたいはずです。それを縛っては彼女の個性を潰してしまいます」


条件を提示すると優香里の父はうーん、と唸って考える


まぁ無理もない。優香里はこの家庭の唯一の子供でもし他職についた場合継ぐ人間がいなくなって安里茶屋の伝統が途絶えてしまうと考えると難しい決断だ


そこで父親が優香里に問う


「お前はどうしたい?素直に言ってみてくれ」

「...私、とりあえず茶屋で仕事するわ。今のところなにもやりたいこととか思い付かないし。でも結婚相手は西本くんじゃなくて...隣の人とがいいわ」


と言うと珍しく強気に俺の腕を断崖絶壁の胸を俺に押し付けた


普通に柔らかい感触が伝わってきてこっちが恥ずかしい


「そうか。この茶屋を継いでくれてお前が幸せなら私はそれでいい」


と、父親が安堵すると今度は俺に向かって頭を下げる


「どうか娘をよろしく頼む。それに500万円という高額な支援をしてもらうなんて申し訳ないし不甲斐ない。君の面子のためにも一度京都一の茶屋に返り咲いてみせる」


なんだ、気難しくて頑固な人かと思ったら普通に誠実な人じゃないか


「もしそうなったときはお茶を一杯頂きますね」


ここのお茶は以前に飲んだことがあって普通に美味しいかったので再建に期待するとしよう


その時には俺ももっと選手として成長していないとな


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お前さっき結構ハッキリと俺と結婚したいって言ってたよな?」


話し合いが終わってキャッチボールをしながら質問する


「あ、あれは別に説得するための口実であなただって相思相愛で結婚望んでるみたいなこと言ってたじゃないの」

「確かにそれもそうだな。どっちにしろ事実上の婚約を結んだようなもんだしこれからお前は俺のもんだ。これからいろいろ楽しい遊びができるな。夜も」

「あなたってなんでそういういやらしい言い方するのかしら?」

「そういう風に聞こえるお前が一番いやらしいぞ」


動揺したのかボールがすっぽ抜けてあらぬ方向に行ってしまった


ボールをのろのろと追っかけてそこから優香里に向かって遠投する


しっかりと落下地点に入って捕球し流石日本一の野球部の元マネージャーだと感心した


「おー、ナイスキャッチ」

「...それほめてるの?それとも貶してるの?感情が表に出なさすぎてわからないわ」

「ちょっ、なに怒ってんだよ」

「別に怒ってないわ」


声色が完全に怒ってるだろというツッコミは余計怒りを買うような気がするのでやめた


「普通もっとこう...将来的にとはいえ結婚するってなったら馴れ初めみたいなのあるでしょ?なのに全然照れないから私だけ浮き足立ってるみたいで...」


...ったく、俺だって顔に出ないだけで照れてるっつーの


それを隠すためにからかってんだから


「可愛いもんだなぁ。そんなに俺と一緒に一つ屋根のしたで過ごすのが楽しみか?」


少しニヤニヤしながらからかうと涙目になって怒る


「...ええ!そうね!知らないわよバカバカ!!」


ボールを返球されるとふと昔の記憶が甦った


「...そういえばキャッチボールしてたときだったよな。俺がお前に告白したの」

「あら、覚えてたのね。あなたのことだから忘れてたのかと思ってたわ」


あぶないあぶない、俺の思い違いだったら気まずいことになってた


「そうだな、あんときは確か2年の今頃か...」


呟きながら微かな記憶を手繰り寄せる


『...俺がお前のこと好きだって言ったら笑うか?』

『いえ、別に。あなたって性格以外はかっこいいと思うし、嬉しいわよ』

『じゃあ俺の彼女になってくれ』

『ちょっ、え?それ本気なの?』

『本気に決まってんだろ。こんな恥かいてまで言ってるんだから』

『そ、そう...じゃあ私でいいなら...』


...ん?告白ってこんな簡単でよかったのか?


昔の俺って今より大雑把だな


「お前あんな告白でよく受けたよな。もっと心込めて言われた方がよくないか?」


俺がそう聞くとクスッと笑う


「あなたがそういう人間だって分かってたから単刀直入で言われた方が楽だったわよ」


俺と優香里って意外と好相性なのかもしれない


お互いにお互いのことを尊重するけど時に罵り合ったり...


神様がもしいるなら優香里と出会いは俺へのご褒美なのかもしれない


いくつもの苦行を乗り越えてきたその褒美として運命の相手を俺に出会わせてくれた


こんなこと優香里に言ったら「宗教の信者?」とか言われて笑われそうだが俺は勝手にそんなことを思っている


だけど俺には近い未来の一つの苦行が見えている


原山との確執の決着だ


俺はあいつがどうなろうと許すつもりはないし、隠蔽がバレないままのんきに監督を続けている姿は見ているだけでしゃくに触る


俺の来年の一つの目標としては原山の隠蔽を世間にバラすことだ


そうすれば自然とあいつの社会的立場は厳しいものになるだろう


「何をそんなに考え込んだような顔してるの?」


すっかり自分の世界に入っていた俺に優香里が話しかけてきた


「あぁ、なんでもない。キャンプが始まる前のただのイメージトレーニングだ」


実戦を意識した強く低いボールを優香里に送る


「ちょっと!少しは手加減しなさいよ」

「悪い。手加減しまくってこれなんだよ」


なんやかんやしっかり捕球してるのが凄い


「...まぁ来週からのキャンプ頑張って。彼女として彼氏に恥ずかしい成績残されたらたまったもんじゃないんだから」


彼女からのエールに頷いて強気に宣言する


「おう。誇れる数字残してやるから楽しみにしとけよ」


お互いに笑顔になって普通の会話をするこの時間がずっと続いてくれないかと切実に思った

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