28 一難去ってまた一難
ちょっと短い
シーレックスが優勝を逃した数日後
浪川がCSに備え二軍の室内練習場で一人打ち込んでいると誰からか電話がかかってきた
見知らぬ番号に何だと不審がって着信する
「はい、浪川です」
『どうも、僕だよ。原山』
その名前を聞くと浪川は目を見開いて少し嫌な汗をかく
「これはこれは、セ・リーグ優勝監督が僕になんの用でしょうか?」
『いや、昨日の試合はナイスゲームだったよって伝えたくてね』
「はぁ、それはどうも。でももし昨日横浜が勝っていたら間違いなく電話してませんよね?嫌味なら切りますよ」
『あ、一つ言わせてくれないか?昨日のホームラン本当に見事だったよ。失投を逃さない能力なら既に球界トップレベル...ただ一つ明らかな弱点があるけど...」
弱点という言葉に疑問を持ち、浪川が聞き返す
「明らかな弱点?」
「え、もしかして君自身すら気づいてないのかい?」
「はい、カウント別やコース別の打率は結構チェックしますけど自分で言うのはなんですがそんなに弱点という弱点は無い気が...」
すると原山が二ヤリと笑って宣告する
「それならこちらからすると好都合だな...もしシーレックスがファイナルステージに上がってきたら君を完璧に封じて、日本シリーズにいかせてもらおう」
「...今から楽しみにしておきますよ。それじゃあ...」
「ああ、待ってまだ1つ言ってなかった」
「なんですか?」
「君はそろそろ他人に頼るということをしてみるべきなんじゃないかな?...僕のせいでトラウマになってしまったことはわかる。でもいつまでも一匹狼でいると自分を見失ってそれこそ誰も信用できなくなってしまうよ?君がそれでいいなら構わないが僕は君のような実力者にそんな風になってほしくはない」
「ご忠告どうも...」
電話を切るとため息をついて小声で
「なにが人に頼ってみろだ...もう俺は...」
と、呟やいて唇を噛むと早速パソコンで自分のバッティングの映像を細かく解析する
しかしヒット、ホームラン、凡打、三振、いろいろなケースのバッティングを見たがやはり明確な弱点というものは見つからなかった
(あー、全くわからん。対右も左も極端に変わるわけでもないし、強いて言うなら追い込まれた後の打率と三振率、センター方向への打球が少ないってとこだが明確な弱点っつー程でもないよな...)
浪川は不安要素を残して初のCSに望むこととなった
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※川畑視点
暇だから部屋でストレッチをしていると
「ねぇ、佐々城さんどうしたの?今朝食堂にいたんだけどなんかすごい元気なかった...」
と、シーレックスが優勝を逃したことを知らない沢が唐突に俺に聞いてきた
はっきり言って嫌な予感しかしない
「え....?まさかおまえ今の佐々城さんに話しかけたのか?」
「いやー、食堂に居て明らかに暗いなぁって思ったからさぁ」
まぁ、流石のこいつでも落ち込んでる佐々城さんに無駄なことはしないだろう
「「元気ないならこれあげます」って昨日たまたまプロ野球ポテチ買ったら当たったラビッツの岡選手のレアカードあげたんだ」
期待した俺がバカでしたー
時たまにやらかす沢の奇行が運悪くこのタイミングに出るとは
「ん?どしたのそんな死んだ顔して」
「このナチュラルど畜生がぁ!理由知らないなら教えてやるけど、佐々城さんはこないだの優勝決定戦で炎上してめちゃくちゃ落ち込んでんだよ!しかも決勝打打たれたのは見事にお前があげたカードの岡さん!これわざとじゃねぇなら本当にすげーわお前」
言いたかったことを一部始終言うと、ビビった沢がおろおろとして半泣き状態になる
「あぁ、ど、どうしよ...これじゃ僕がまるで嫌味でわざと岡選手のカードをあげたみたいになっちゃってるよ...」
参ったな、俺は昔から涙と女とファッションには弱い
「あー...わざとじゃないとはいえとりあえず早く佐々城さんに謝れ。俺も一緒に行って説明してやるから」
「ありがと川畑くん...」
俺達は田中さんと佐々城さんの部屋の前で
「さ、佐々城さん!すいません、沢が変なことしちゃって...でも悪気はないんすよ!」
と、謝罪する
すると田中さんがドアを開けて少し困惑する
「は?え、どうしたお前ら、佐々城なら二軍の練習場行ったぞ」
「え?佐藤さん?あの人もう練習してんすか?」
「田中な。よっぽどこないだの炎上が悔しかったんだろうよ。ところでお前らあいつに何を謝ろうとしてたんだ?」
「いや、実は沢が...」
沢のやらかしを話すと田中さんが爆笑する
やっぱこの人普通に見えて意外とサイコパスだな
「ははは!マジかよ!やべぇなお前、同室の俺ですら気使って1日話しかけらんなかったぞ」
「まぁ、仕方ないっすよ。こいつ偶発的にこういうことやらかす奴なんで...」
「まぁ事情は分かったよ。沢はとりま謝ってこい。佐々城はそんな根に持つような奴じゃないから安心しろ」
「はい...すいません鈴木さん」
「田中な。お前らわざとだろ」
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田中さんの言われた通りに二軍施設に行ってみると佐々城さんがなぜか今シーズン二軍で16本のホームランを放って長距離砲の片鱗を見せたカレラスに打撃の指導をしていた
いや、教わるのは分かるけどなんでピッチャーの佐々城さんに聞いてんだあいつ
「体は開きまくりで壁もつくれてない...やっぱりちょっとフォームがガタガタしすぎだね。これで打ててるのって異常なパワーとスイングスピードのお陰だよ」
「ウーン...ヤキュウヤッテマダニネンメナノデ、ギジュツトカムズカシイコトハヨクワカリマセン...」
「まぁ、徐々に理解すればいいよ。今年で20歳でしょ?いやー、まさしくロマン砲だね」
「ロマンホウ....?オイシクテアツイアレデスカ?」
「それは小籠包」
漫才みたいな会話をしているところ、沢がこそこそと佐々城さんを呼ぶ
「ん?沢くん。どうしたの?」
「あ、あの...すみませんでした。その、今朝...事情を知らずに岡選手のカード渡しちゃって...」
「え?あー、もしかして僕が炎上したの知らなかったの?あれってわざとくれたのかと思ってたよ。もう岡に打たれんなよって遠回しに発破をかけるつもりで...そのお陰でもうすっかり元気になれたよ!いつまでもくよくよしてたって仕方ないしね」
佐々城さんが、気を使ったのか本音なのかは分からないが沢をフォローしていつものようにニコニコと笑う
はー、やっぱ俺はこの人の選手としてだけでなくこういう人間性(一部を除く)も見習うべきだな
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※和人視点
沢くんと川畑くんとカレラスが寮に戻るとため息をついて軽く柔軟する
相変わらず沢くんは天然というかおバカというか...まぁ元気を取り戻せたのは彼のお陰だから悪くは言えないけど
ストレッチを終えて室内練習場に入ると汗をタオルでぬぐっている浪川くんがパソコンをいじっていた
「あれ、なにしてんの?」
「佐々城か、いや特に何をしているってわけではないが」
聞くと誤魔化したように返答してきた
「パソコンゲーでもやってるんじゃないの?マインスイーパーとか」
「昔結構やってたけど今はやってねぇよ」
へぇ、浪川くんもゲームとかやるんだな
確かにパズルゲーとか好きそうだけど
「...つーかお前もグローブ持ってんなら軽くキャッチボールしようぜ。やることなくて暇だ」
「別にいいけど、やることはあるでしょ。前言ってた元カノと遊ぶとか」
「んじゃ、まず10mくらい離れてやるか」
はいはい、お得意の無視ですかい
呆れながら浪川くんからボールを受け取ってボールをリリースしようとしたその瞬間、岡に決勝打を打たれた時のことが突然フラッシュバックして体が投球を拒んだ
この嫌な感覚、身に覚えがある
金縛りのような感覚に陥って投げようとする度トラウマがフラッシュバックして投げることへの恐怖に襲われる
今試合なんてしていないのに、そこに打者は立っていないのに
「おい、どうした?...佐々城?」
「ははは、おかしいな。あ、あれ?ほんとどうしたんだろ...」
「...お前もしや」
浪川くんも察したのか重苦しい表情で頭を抱える
「またイップスになっちまったのか」