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海獣達の野球記(ベースボールライフ)  作者: Corey滋賀
3章 ペナントサバイバル
22/65

19 お誘いと父

野球開幕だぁぁ


セパ1勝づつでオールスターが終わり後半戦までの短い選手の休み期間に入った


リフレッシュや自主練に時間を使い、有意義に過ごそうと予定を立てている中、和人は美波のことばかり考えてボーッとしていた


(んー...僕から連絡するのもなんかアレだし...かといってそうやって待つのも男らしくないよなぁ)


食堂で朝食を食べながら悶々と悩んでいると川畑に声をかけられる


「おはようございます、佐々城さん」


「あ、川畑くんおはよう...」


川畑が和人のいつもと違った様子に少し驚く


「佐々城さんなんかあったんすか?なんか元気ないような...もしかして女性関係とかですか?」


「い、いやそんなこと...」


力のない否定に川畑が確信してニヤニヤする


「やっぱりそうなんですね~」


見抜かれた恥ずかしさとおちょくられた怒りで和人がカアッと赤面する


「なっ...人の悩みを笑うなよ!」


「あ、すみません。そんなガチで悩んでるんすか。ちなみに何が?」


「あの、あんま他の人に言わんで欲しいんだけどさ...」


寮の川畑の部屋に移動しこそっと川畑にこの前の話を伝える


その話を聞いた川畑が腕を組んで頷く


「なるほど...その人に連絡しようか迷ってるってわけですね。なら絶対連絡した方がいいですよ」


「な、なんで?」


「そんなに迷うほどその人の事が気になるんでしょ?今日土曜ですし」


「うーん...わかったよ。連絡してみる」


「おっ、じゃあ僕もアドバイスしますよ!こう見えて一応過去に3回交際してたんで」


「して"た"?」


「全員俺のサイドスロー見てダサいって言ったのでそのショックで別れました」


涙目の川畑を見て和人が申し訳なく思う


「なんというか、ごめんね...ま、まぁそれじゃアドバイスよろしく。よし、電話するよ...」


「はい!...ってえ?で、電話?普通そこラインとかじゃ...」


時すでに遅し、和人はもう彼女の携帯に発信してしまっていた


「あ...や、やっぱりそっちのが良かった?」


「そりゃそうっすよ!早く切って...」


『も、もしもし!佐々城選手ですよね?』


川畑が絶望の表情を見せる中和人が返事をする


「もしもし。こんにちは」


「こ、こんにちは。私に何かご用件が?」


それを考えて無かったと和人が焦ると川畑が小声で指示する


「は、はい。えっと、あの...もしよかったらこの後お昼とかどうですか?」


驚いたからかドンッというスマホを落とした音が聞こえる


『あ、すいません!驚いちゃって...私なんかと一緒にご飯って、なんでですか!?』


「ちょっとお話ししてみたいなと。「選手とファン」じゃなくて同じ「横浜ファン」として。それなら無理に固くなる必要がなくて楽しいでしょう?」


「で、でも...」


「あ、嫌ならお断りして頂いても結構なので大丈夫ですよ」


「い、いえ!むしろ嬉しくて...本当に私でいいのならありがたく」


和人がOKされたことにほっとする


「あ、よかった..じゃあ正午の30分頃にハマスタの前待ち合わせで、それじゃまた」


「あ、はい!わかりました。また午後に」


電話を切ると彼女は顔を真っ赤になった顔を手で覆って壁にもたれ掛かり呟く


「あ、会う約束しちゃった...つい最近までただ応援してただけのファンだった私が...」


一方の和人は川畑によっしゃとガッツポーズをしてどや顔を見せる


「ふふ、これで彼女との好感度1くらいupしたんじゃない!?」


「いやほとんど僕が指示しただけなのに何やりきった感出してんすか。しかも本番これからですからね?」


「まぁ確かにそうだけど、とりあえず一区切りついて良かったじゃん」


「なんか他人事っぽい言い方っすね...流石に食事の時は俺指示出せませんから自力でその人を喜ばせてあげて下さいよ」


川畑の心配をよそに和人が自信満々に胸を張る


「大丈夫だよ。そういうのギャルゲーで鍛えてあるからね!」


「現実とゲームは違います!くれぐれもその人を幻滅させたり泣かせるような事は絶対にしないで下さい!」


「おいおい、僕がそんな女たらしに見えるか?」


「そうじゃなくて...うーん...」


川畑が頭を掻いて唸る


「まぁ、何がともあれ僕の悩みの解決手伝ってくれてありがとう。午後できるだけ頑張ってみるよ」


和人から感謝の言葉を受け少し照れる


「い、いえ。俺に出来ることなんてこんなもんですから。佐々城さんは尊敬してるんで頼りないかも知れないですけど何か困り事があったらなんでも相談してください」


「そ、尊敬なんて...そんなへりくだらなくても...」


「俺本気で尊敬してるから言ってるんですよ。1年目からバリバリ上で活躍して、"選手としての"佐々城さんはいっつも凄いなぁと思ってますよ」


「選手としてのってとこが気になるけど...まぁありがと」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【東京ラビッツ・監督室】


自主練を終えた坂木が監督室をコンコンとノックして入室する


「失礼します」


監督の原山は三角巾とエプロンを着けて部屋の掃除をしていた

坂木がその姿に少し笑いそうになるが堪える


「お、坂木か。珍しいなここに来るなんて。何かあったか?」


「はい、今日は監督に少し質問があって来ました...浪川の父親について」


「浪川」という言葉を聞いて先ほどまでの笑顔がすうっと消え表情が暗くなる

三角巾とエプロンを外し、ふぅっと一息つく


泰知(たいち)の事か...あいつは俺の出身の東島大学の監督をやってたときの俺の教え子でな...だから最初に浪川を見たときは驚いた。気だるげな目元も体格も泰知にそっくりすぎてもしかしてあいつの意思が乗り移ったんじゃないかと思ったなぁ」


坂木が、ん?と首をかしげる


「意思が乗り移った?...それって...」


原山が少し重い口調で話す


「...あぁ、あいつはもうこの世にはいないよ」


その時坂木がホームランダービーの浪川の言葉を思い出す


「『おたくの監督には父が『お世話』になりましたから』...この前のオールスターで浪川がこう言ってましたけど、語気の強さから大学でお世話になったという意味より、失礼かもしれませんが監督がその人の死に関与してるという意味に聞こえました」


「『お世話』か、皮肉を利かせてるな。やはり父親そっくりに育ったか...」


すると少し古い新聞を机の引き出しから取り出して坂木に見せる


「これは...200×年の7月3日、昨夜山梨県在住の30歳の浪川泰知さんが近くの川で入水自殺を図り死亡。原因は不明...」


「そう。書いてないが...そこまであいつを追い込めたのは俺だ」


「な、なんでそんなことに?」


「あいつの家は農家だったが祖父の代から土地の借金を背負っててな。それを払うのが精一杯でこれじゃ息子に良い環境で野球をやらせてやれないから借金を代わりに返済してくれってそのときラビッツの監督やってた俺に頭を下げて頼み込んだんだ。暫く悩んだんだがその息子のずば抜けた野球センスの高さを見て払ってやると言った...条件付きでな」


「条件、ですか...」


「あのときの俺は不調だった監督業で精神的に参って頭がおかしくなってたな...ラビッツの球団職員としてあいつを雇い1日20時間もの労働を課せたんだ。それを俺が満足するまでやれと。しかも采配が上手くいかなかったときあいつだけを責めて怒鳴ったりもしてしまった」


その話を聞いて坂木が顔色が悪くなる


「む、惨いにも程があるでしょう。まともに考えて耐えられる環境じゃない」


「あぁ、その結果あいつを死に追いやってしまった...それで辞任になってしまってはとメディアに高額な金を払ってあいつがここの球団職員だったという事実を隠蔽してこれで大丈夫だと時、ハッとなって俺は教え子にとんでもないことをしてしまったとやっとしでかした事の大きさに気付いた。罪悪感と自分の不甲斐なさに悲しくなってどうしようもなくなった...」


原山が声を詰まらせる


「だからその罪滅ぼしのつもりで泰知との約束通りに借金を全額返済し、あいつの奥さんにも仕送りを何年も続けて、息子にも出来る限り最高の環境で野球をやれるようにした...だが、そんなことをしたって俺がやったことは殺人と同じだ。いくら償ったって浪川家は俺を恨み続けるだろう」


浪川と原山がそんな辛い過去を持っているという事実に坂木がフォローも否定も何も言えずに黙り混む


「父親がそれで自ら命を絶ってしまったから当然といえば当然だが...だから浪川は人の力を借りたがらずに一人でなんでもやろうとしてしまうんだろう。むしろ言うと借りるのが怖い、か。」


「...分かりました。わざわざ辛い話をしていただきありがとうございます」


失礼しました、と言って坂木が監督室を早足で後にしてこの前の発言を反省する


(そら、そんな思いをしたのにウチ来るかなんて言われたら腹立つよな...後であいつには謝らんとな)


一方、当の浪川は珍しく自主練をせずに山梨の実家に帰省していた


連絡もしていなかったため突然の再開に母親の由季が喜んで出迎える


「あら、泰介じゃない!お帰りなさい」


「...ただいま、1年ぶりくらいか」


「そうねぇ...そうだ、この前オールスターでホームラン打ってたよね?頑張ってるじゃない」


母親の誉め言葉が内心嬉しいもののわざと無関心ぶる


「頑張ってるだけで結果はまだまだついてこねーよ。出塁率も.370程度だしホームランも30乗るかわからないし...」


「うーん、母さん野球詳しくないからよくわかんないけど父さんはあなたの活躍に喜んでるんじゃない?」


「父さんはこの程度じゃ喜んでくれないよ...」


そう言って部屋の隅にある父親の仏壇の前に座る


そしてバッグから1つのボールを取り出す


(父さん、これは俺がラビッツから初めて打ったホームランのボールだ...これからたっぷり原山の絶望する顔を見せてやるからな。父さんの敵は俺が討つ!)


手の平をグッと合わせて亡き父へ強く誓った

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