11 プロスペクトと韓国No.1
和人のデビュー戦の翌日、野球選手の休日である月曜日だというのに浪川は久々に人に頭を下げた事で変な気分になっていた
「はぁ...あー今思い出しても吐き気がするぜ。よりにもよってあいつに頭下げるとはな...だけどまぁ」
(泰助、相手に悪いことやっちゃったりお願いするときは頭を下げるのよ?お母さんとの約束よ?)
(はーい!)
「...俺久々に母さんとの約束を守ったな」
一方和人達は寮内でゲームをしながらのんびりと過ごしていた
「だー!くっそー...また一点差で負けた...ん?おい、佐々城。下から誰か上がって来るみたいだぜ?しかも明日のラビッツ戦の予告先発」
「え!?誰ですか?」
「えっと...ウォンだって。変わりにペットンが落ちた」
「あぁ!ウォンさんかぁ、そういえば川畑君が...」
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遡ること三週間前...
シーレックス二軍球場では輝かしいデビューを果たした浪川とは対照的に、高卒ルーキーの川畑と沢が出場機会を求め日々練習を積み重ねていた
「しゃあ!今何km出た!?」
「131kmだよぉ」
「くそー...130前半位しか出ないなぁ」
「川畑君は横投げだから仕方ないよぉ。スライダー凄い曲がるし」
「うーん...でも...」
「じゃあ僕のバッティング見ててねぇ...はぁっ!」
バッティングマシーンに向かって何度もスイングするが命中率は低い
「あ、当たったよぉ!」
(ぜ、全部振り遅れてる!!これ140kmだぞ!)
「あーあ、なんか俺達一軍に上がる未来見えねーよな」
「か、川畑君がネガティブな事言うと僕までネガティブになっちゃうよぉ」
川畑が愚痴っていると一人の男が二人に話しかけた
「アレ?カワバタクンとサワクン?今日は休日なのにレンシューかい?」
「あ、ウォンさん」
ウォン・ユーチン 27歳 178cm 71kg
昨年投低打高のKBOで防御率2.02で最優秀防御率を獲得した『魔術師』の異名を持つ韓国人の技巧派の左腕
最速は143kmながらコーナーを鋭くつくコントロールとスライダー、カットボール、シュート、カーブ、チェンジアップと豊富な球種で打たせて取るピッチングが主体
趣味は日本語の勉強、好きな食べ物は日本の牛丼と無類の日本好き
かなりのイケメンであり、もう既に女性ファンが沢山ついている
「これってキュージツヘンジョーって言うのかな?だとしたらエライネ」
「って言ったってウォンさんも練習しに来たんでしょ?」
「エヘヘ、そうだよ。まだまだミジュクだからネ」
(凄いなぁ、KBOのNo.1投手なのに慢心が一切無いもんな)
川畑が感心しているとウォンが空き缶を並べていた
「な、何してるんすか?」
「コーナーの四つ角に見立てて空き缶を置いてマウンドから当てるんだヨ。ボクは球が遅いからコントロールをもっとキワめないト...」
(なるほど...低いところを無理に上げようとせず、良いところを伸ばすのか...)
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カーンカーンと缶の音が練習施設内に響く
もう何十分も同じ事をやっている
(...早く上に上がるにはこれが近道だよな...よし)
「ウォ、ウォンさん!俺に技巧派のピッチングを教えて下さい!」
川畑がいきなり頭を下げてウォンが驚いて目を丸くする
「...うん、ボクでよかったら喜んで教えるヨ」
「ほ、ほんとですか!?ありが」
「ただし...ついてこれないとボクが思ったら君のコーチは辞めさせてもらう...いいかな?」
聞いたことのないウォンの真剣な声に川畑は少し震えたが真剣な眼差しと声で返事をする
「はい!頑張ります!」
一人取り残された沢は汗だくになりながら黙々とバッティング練習をしていた
「はぁ...はぁ...少しづつ当たるようになってきたぞ...はっ!」
その様子を見ていたウォンは少し安心する
(フフ、あのコは一人で成長出来そうだナ。多分僕のコーチは要らないだろウ)
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「ウン、スライダーだけなら一軍でもトップレベルなんじゃないかナ」
「え?そうですか!?」
「あぁ、モチロンお世辞じゃないヨ。だけど厳しいことを言うとストレートは横投げと考えると遅くはないけど正直ノビがなくて打ちごろ、コントロールもまだまだ課題がありそうダ」
「はあ...」
「スタミナは置いといてまずはそこかナ...キツイと思うけどついて来てくれヨ?」
「は、はい!頑張ります!」
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時は経ち現在、ウォンと川畑の特訓は三週間続いていた
ウォンの教えにより川畑のコントロールとストレートのキレはみるみるうちに良くなり、二軍でも高卒ながら中々の活躍を見せていた
沢も他を寄せつけない怒涛の練習量でバッティングが改善され、川畑と共にマルチな活躍をしていた
「チガう!そこはスライダーでインコースを攻めてゲッツーを狙うんダ!」
「はぁ...はぁ...はい!」
「ナイスボール!その調子ダ!...あ、あと大事な事を言ってなかったネ」
「大事な事?」
「すまない。ボクとの特訓は一旦これまでダ...一軍昇格でね」
「え!?ちょっと寂しいですけど...とりあえず頑張って下さい!」
「ありがとウ...そうだ、よかったら明日の試合見に来てくれないカ?二軍の試合休みだろうし、ボクが先発なんだ」
「喜んで見に行きます!沢はどうする?」
「僕も見に行きますよぉ」
「ハハ、二人ともカワイイコウハイだナ。じゃ、応援頼むヨ」
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「えー...コンニチハ、ウォンユーチンデス。勝てば2位になるという大事な今日のゲームの先発ということで緊張していますが、絶対に勝つという気持ちでマウンドに立ちたいと思いマス!これからよろしくお願いしマス!」
(すっげぇ...日本語ペラペラじゃん)
チームメイト全員がウォンの語学力に感心した
(あの人がウォンさんかぁ!イケメンだなぁ...)
なお観点がおかしい和人は別の意味で感心していた