10 ふざけるな
長過ぎ
「俺はベンチスタートかぁ。代打とか代走で出場機会あるかもしれないから体慣らしとかないと」
(田中さんは高校、大学、社会人全てで大舞台経験してるから余裕そう...僕は多分出番は無いと思うけど、初の一軍試合やっぱり緊張するなぁ)
「う...緊張でお腹が...た、田中さん、すいませんトイレ行ってきます!」
「お、おう。大丈夫か?」
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(ふー、すっきりした...)
和人が手を洗っていると外で神茶谷と伊藤裕也が話している声が聞こえた
「...でさ、浪川がまた佐々城の話してたんだよ」
「え?なんて?」
「『投手としてのセンスないからいっそのこと投手辞めて野手に再転向すればいいのに』ってさ」
「ちょっとあいつ酷くないか?細山にも『大振りしか出来ないなら使えない』って言ってたし」
「俺もそう思うけど...なに注意しても直る気がしないんだよなぁ」
「監督に報告しとく?」
「うーん...どうしよう」
その話を聞いていた和人は浪川にひどく苛立ちの感情を覚えた
(投手のセンスない??野手に再転向??ふざけるなよ。まだ俺の球一球も捕ったことない癖に勝手に決めつけやがって...)
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和人の初の一軍試合、シーレックス対スワンズ戦は七回裏に入ろうとしていた
スタメン
一番センター 神城
二番サード 宮坂
三番キャッチャー 浪川
四番ライト ソス
五番レフト 筒号
六番ファースト ロベス
七番セカンド 芝田
八番ショート 山戸
九番ピッチャー 伊能
まず初回、今日三番の浪川がタイムリーツーベースを放ちシーレックスが先制する
しかし続く二回、五番山本哲人にソロホームランを打たれ、すぐさま同点に追いつかれる
そして六回表、四番バレンタインに勝ち越しのツーランホームランを打たれ、伊能はこの回で降板し、マウンドには三島が上がっている
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「ナイスボール。今みたいな感じで」
「はい!分かりました!」
『七回の裏に入ります...この回の先頭は二番の宮坂。まだ一点差何が起こるか分かりませんよねぇ』
『そうですね。この回先頭が出たら面白いんじゃないでしょうか』
『そうですかぁ...ああっと!!宮坂に死球!プロテクターの付いている肘でしょうから大事には至らないでしょうか?...あ、大事をとって代走送りますか。代走は...プロ初出場の田中太郎です』
「み、宮坂さん大丈夫かなぁ...」
和人達が試合の映像を見ているとブルペンの電話が鳴った
「ん?...もしもし...はい、分かりました...佐々城!8回から行くぞ!」
「え、えぇ!?エスターさんじゃないんですか!?」
「もし今日エスターが投げたら6連投になる。ガソリンタンクのあいつでも流石にこの接戦で6連投目はキツイだろう。というかそれほどサミネス監督はお前に期待してるんだよ」
「期待...分かりましたビハインドでしょうが同点でしょうがリードでしょうが絶対に抑えてみせます!」
(浪川め...見てろよ!)
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(さてと...俺の後は今日当たってるソスさんと筒号さんか...送るつもりでセーフティバント狙うか...相手はバント無警戒だし三塁線に転がせば間違いなくセーフになるだろ)
『一球目見送ってボール。田村さん。この打席浪川はなにを狙ってるんでしょうか?』
『いつもどうり引っ張り方向に打つのかなと思ったんですけど...なんだか別の事やりそうな雰囲気ですよ』
(良いカウントになったし...次の球で仕留めるか)
予想だにしていないバントをして無警戒のサードに転がす
(完璧、三塁線にキッチリ)
『バ、バントしたぁ!もうキャッチャーとピッチャーはファウルになるのを祈るだけ!セーフ、これでノーアウト一二塁とチャンスメイク!』
『いやぁいきなりこれやられたら対応出来ませんよ』
『おっと...スワンズはピッチングコーチがマウンドへ向かいます』
スワンズの投手コーチが焦って大川に助言を入れに行く
「今のは仕方ない、あれは相手が一枚上手だった。だけど二点のリードが有るんだ。落ち着いて次のバッター抑えろよ」
「は、はい」
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一方、ブルペン内では和人が肩を温めていた
「うわセーフティバントかぁ...あれは精神的にキツイなぁ」
「精神的にキツイ?」
とブルペン捕手の鶴見が聞く
「はい、なんかもうちょい工夫すればアウトに出来たんじゃないかみたいな後悔をずっと引きずっちゃうんですよね。で、その回は焦って大体失点します。僕だけかもしれませんけど...」
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『さぁ、ここで今日3の3のソスを迎えます。田村さん、勿論スワンズはゲッツーを取りたいでしょうね』
『そうですね、むしろシーレックスとしてはここでゲッツーは一番やってはいけませんよ』
(ミヤサカがイタいオモいをしてチャンクメイクした...ここはオレとツツゴウでゼッタイナミカワまでホームランにカエさないと!)
『三遊間に痛烈な当たりぃぃ!セカンドランナー回すか!?回した回した!田中ホームイン!ファーストランナー送球の間に三塁へ!2ー3!ソスのタイムリーヒット!これで一点差!なおもノーアウト一三塁!ソスはなんと今日4の4です!』
(よし!ツツゴウタノむぞ!ドウテンにしてくれ!)
『同点の大チャンス...バッターボックスは五番の筒号。シフトは前進守備です。意地でも同点にさせたくないスワンズ!しかし外野に飛べば三塁ランナーは駿足の浪川、間違いなく帰ってこれるでしょう!』
(ふぅ...正直ここはゲッツーでもいい。それでも三塁ランナーが帰ってこれて同点になる...だけどここはそれ以上のモノを打たないと四番とは言えない!...ソスと同じような初球から甘いコース!読み通りだ!」
『またしても初球打ち!!強烈なゴロは一二塁間を抜ける...』
『いや、抜けない!!山本が飛び込んでキャッチ!セカンドアウト、ファーストもアウトーー!山本ナイスプレイ!!しかし三塁ランナー帰ってきて同点!好守備がありましたがスワンズとしては痛い失点です!』
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「うわー!完全抜けたと思ったのにぃぃぃ!!」
「でも同点だろ?結果オーライ」
「いやまぁそうですけど...同点でプロ初登」
『打球はレフトへ上がったーーーー!!ロベス第5号の勝ち越しソロホームラーーン!シーレックス逆転!!4ー3!大川ガックリ!』
「お、よかったな、一点リードに変わったぞ」
「神様、仏様、ロベス様」
「なに拝んでんだよ。ちゃんと肩あっためたか?」
「はい!バッチリです!」
「おっしゃ、じゃ行ってこい!」
「は、はい!頑張ります!」
(うわぁ、いざリリーフカーに乗ると目茶苦茶緊張する...前までは応援する立場だったけど...凄い大歓声だ!)
「がんばれー!ささきー!」
「緊張すんなよー!」
(おー、意外とお客さんの声聞こえるなぁ...)
和人が客の声に耳をすましながらマウンドへ向かう
「佐々城、初登板緊張するだろうがバックが居るんだから安心して投げろ!」
「はい!打たせるなら名手の山戸さんの方に打たせます!」
「俺も初出場で緊張してるから安心しろ!」
「田中さんそれ、むしろ安心できませんから!」
「トリアエズガンバレ!」
「ロベスさん勝ち越しホームランあざっす!」
「おい、佐々城サイン覚えてるだろうな?」
「...」
和人が無言で頷く
(ちっ、少しは喋れよ)
『さてゲームは八回の表に入ります。この回の先頭は9番の大川に変わりまして新木です。いやー田村さん。マウンドにはルーキーの佐々城が上がっていますがどうでしょうか?』
「うーん、投球練習をみる限り良いですね。まっすぐ走っててカーブも良く落ちてますし」
そして浪川は和人のボールを捕り、今まで言っていた暴言を全て取り消したくなった
(くっ...今まで三流三流とか言ってたが...前言撤回、予想以上だな。あの背の割に良い球放る。ストレートがかなり重いし、カーブも曲がりすぎて逸らしそうになる。当たってもこれじゃあ初見で打つのは難しいだろう。お前の球のキレなら強力なスワンズ打線も簡単に抑えられるはずだ。アウトローにズバッとストレート)
しかし和人はわざとらしく構える逆に投げ込み浪川を困惑させる
(うおっ!おいおい、アウトローのストレートっつってんだろ?インハイなんか要求してねーぞ...もういっぺんアウトローのストレート)
同じ要求をするがまたしてもそのリードに反抗し流石に浪川も怒る
(はぁ?いい加減にしろ。俺の要求通り投げろ!)
(なんだよ...散々俺のことバカにしやがって...絶対要求通りなんか投げるか!)
『んん?どうしたんでしょうかストレートのフォアボールです』
(あいついい加減にしろよ...)
怒った浪川がマウンドに駆け寄り次の瞬間和人の頭をバチンと叩いた
「捕手の要求通り投げろよ。てめぇのせいで負けたらどうすんだ」
「ふざけるなよ!お前なんなんだよ!俺の球一球も捕ったことなかったのに『三流』だとか『野手転向した方が良い』だとか決め付けて!まず大学時代に捕手の要求を無視したのはあいつがその前の回に俺のワンバウンドしたカーブを逸らさないように捕ろうとして手首をグネったのに無理してカーブを要求してきたからワンバウンドしないストレートを投げたんだ!何も分からないくせに分かった様な事言うな!」
浪川は和人のその言葉が心に突き刺さった
「...正論だ。俺は一球も捕ったこと無い選手を三流だと決めつけた。その事情すら知らずにな。だけどそれは間違いだと分かった。さっきの投球練習でな。お前の球は凄い。あれだけノビのあるストレートは始めて見た。すまん、三流だとかお前に対しての侮辱は全て取り消して、俺のことを好きに侮辱してもいい!だから頼む俺の要求通り投げてくれ"和人"!」
浪川は頭を下げて和人に謝った
観客がざわめく中、和人はその姿に目を丸くし、なんとも言えない気持ちになった
「...分かったよ」
「...すまん。ありがとう」
浪川はマウンドを下りて定位置に戻る
(さてと...今度は本気でアウトローに投げてもらうぞ)
和人が首を縦に振り、全力で腕を振る
『打順は一番に戻り黒木ですが、まず初球ストライク!157kmです!』
(くっ...!手が痺れる...!さっきのボールとは段違いだ)
2球目もストレートを投じて空振りを奪う
『二球で追い込みました。さぁ三球で仕留めるか!』
(さて三球で決めるか...インローにカーブ)
『空振り三振っ!最後はカーブで三球三振でした!』
(凄い落差だ...気を抜くと逸らしちまう)
『ワンナウト一塁となりまして二番の高田、今日は二打席連続三振です』
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『高田粘っています。次で10球目!』
(ここでエンドランかけて来そうだな...アウトローにカーブ)
『ランナー走った』
(かかった!)
『三振!!三振ゲッツー取れるか!?』
浪川が見事な送球をセカンドに送る
『取ったぁぁ!!スリーアウトチェンジ!!佐々城、先頭は出しましたが後続は断ちました!』
(す、凄い肩だ!エンドランとは言え一塁ランナーは足の速い新木さん。さらにショートバウンドしたカーブだったのに刺した!)
「ナイススロー浪川君!」
「...ナ、ナイスピッチング佐々城」
「えーさっき"和人"って言ってたよね?」
「べ、別にどっちだっていいだろ!」
「へへーん照れちゃって」
「うるせー!馴れ馴れしくすんな!」
(佐々城と浪川、仲悪くなったり良くなったり繰り返してるなぁ...)
試合は4ー3でそのままシーレックスが勝利し、3位をキープした
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試合後寮内
「おい浪川。このネットニュース見ろよ」
「なんですか」
「『ドラ1、2ルーキー大活躍!試合途中浪川が頭下げる!』だってよ」
「へぇ...」
「俺理由知らないんだけどお前なんで頭下げたの?」
「絶対に嫌ですね」
「えー教えろよー...まぁ多分良いことだったんだろう。いっつもあったお前の眉間のシワが緩んでるもん。今の方がイケメンだぞ」
「別にどっちでも同じでしょう」
この試合で浪川の眉間のシワと頬と心を縛っていたものが少し緩くなった事を知っているものは数少ない
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「佐々城、お前浪川と仲良くなった?」
「仲良く?...どうでしょうね?」
「なんで隠すんだよ」
「だって仲良くなったって言ったら浪川君がキレると思うんで」
「あー...なるほどね」
(でも浪川君、君とはいいバッテリーが組めそうだ...まだまだ未完成だけど)
和人はその日の夜わくわくして中々寝付けなかった