プロローグ
いまさらながら
9月上旬、横浜スタジアム。
上位のチームが優勝争いでデッドヒートする中、冷たい秋風とともに試合開始10分前とは思えないほど殺風景なガラガラのスタンドで二人の男が会話をしている。
「今日負けたら借金いくつ?」
「40。今年はついに大台のシーズン100敗行くかね」
そんな二人の被っている帽子にはアルファベットの「S」がサメのような魚になっているものがプリントされている。
プロ野球球団、横浜シーレックスの帽子だった。
一言で表すのなら「超弱小球団」。創設してから優勝はわずか2回、現在4年連続最下位独走という圧倒的な弱さだ。
それだけでなくフロントと現場の対立や、スター選手の移籍などもあり、人気は常に右肩下がり。
ファンからすればこのガラガラのスタンドもなんらおかしくない「いつもの光景」だ。
負けにも慣れ、もはや悔しいともなんとも思わない気持ちになっている者も多かった。
そして話題は今マウンドで投球練習をしているエースの三村になる。
「今年のオフ、三村もFAすんじゃねーの?残ったって仕方ないだろこんなオンボロ球団」
「そうなったら本格的に球団消滅あるだろうなー」
応援や希望などはなく、ただ暇でチケットが格安くなっているからスタンドに来ているだけ…
どうせ数年後には消えてしまっている球団だから最期の姿を見ておこうという気持ちも強かった。
「み、三村選手は絶対に横浜に残ってくれます!あっ、た、多分…」
二人が後ろを見ると、中性的な顔立ちと髪の少年がそう言っていたのだった。
自信があるのかないのか、最初は元気があった声がどんどん小さくなっていった。
そこで一人の男が飲み物片手に優しく話しかける。
「なんでそう思うの?はっきり言うけどシーレックスって弱いじゃん。多分残ったら現役中に優勝できないでしょ?あれだけの実力があるのに、それじゃ寂しいじゃないか」
「で、でも、毎年優勝できるって言ってます!あれだけ言うなら来年、再来年にはできる…はず…」
その少年の服装を見ると汚れたユニフォーム姿だった。
おそらく近所の野球チームに入っているのだろう。
片方の男が微笑んで少年の頭を撫でる。
「ははは、そうだなぁ…来年か再来年はわからないけど、いつか君がシーレックスに入団して優勝に導いてくれないか?」
そう言うと、少年の顔がパっと明るくなり、喜ぶ。
その愛らしい姿に頬が緩む。
「はい!楽しみにしてください!」
すると、少し遠くから少年の両親らしき人が彼を呼ぶ。
「あ、お父さんお母さん。遅いよー」
両親に向かって走るその少年の後ろ姿。
すると、突如少年の身長が大きくなり、周りは大歓声のスタンドとなった。
シーレックスのユニフォームを着ていて背番号は「98」、背ネームは「SASAKI」。
「えっ?」
動揺した男が目をこすると、その少年の姿は元の姿に戻っていた。
その泥だらけのユニフォームの背番号「9」が夕日に輝いて見えた。