4話 銀髑髏の眼帯
―――森の上空、俺はストームホークの背に乗りながら空を飛んでいた。
「はー、いい眺め。空にある島のさらに空ってのがオツだね。」
遠くに円形の大きな建物が見える。あれが闘技場だろう。
辺りを見渡しても鳥型の異獣は見当たらない。もしかしたらこのストームホークは群れからはぐれてこの浮遊島に来たのかもな。そうだとしたら運が良かった。他に翼を持つ異獣がいたら何度か戦わなければいけなかっただろう。
「よし!ストームホーク!あの建物へ向かえ!」
「グ、グエ・・・」
遺憾だが首元の刃には逆らえないといった様子で微妙な返事をしつつも、闘技場のほうへ羽ばたいた。
途中で何体かの異獣を見つけたので暇つぶしにスキャンしていく。
群れで移動する巨大蟻、バタリアント。
人型の悪魔、イビルマン
3mはある獰猛な猪、ラースプギィ
白~銅の様々な異獣がいる。さすがに“銀”以上はいないようだが、数が多い。囲まれでもしたらひとたまりもないだろう。
何体かこちらに攻撃しようとしてきたやつもいたが、上空のストームホークまで届くことはなかった。
しばらく飛び続け、闘技場のすぐ近くまで来た。
「よし、ストームホーク、あの建物の手前で降下してくれ。無事に着いたらちゃんと解放してやるよ」
「グェ・・・?」
ほんとにぃ?とでも言いたげな微妙な声を出す。
安心しろって、俺は約束は守るぜ。
ストームホークが高度を下げ始めた瞬間、視界に影が横切った。
「え?」
なんだったんだと思ったら、突如視界が下に落ちる。
「ストームホーク!落ちてるぞ!どうした!・・・っえ?」
ストームホークの両翼がない。いや、バラバラになった破片らしきものが見える。
攻撃を受けた?いったいいつ・・・・まさかさっき横切った影か?
「グゥエエエエエエエエエエ!!」
ストームホークは悲痛の叫びをあげ、どんどん降下していく。
「ちっ!」
俺は地面衝突寸前で飛び退く。受け身を取り、衝撃を外へ逃がす。大丈夫だ、ダメージはない。
落ちたそこには、一人の大男と異獣がいた。
大男の背丈は2.5m程だろうか、かなり大柄だ。黒い布を全身に纏い、体は見えないが輪郭から凄まじく鍛えられた筋肉に包まれていることが分かる。銀髑髏の刺繍の入った眼帯を左目にしている。
・・・今の所敵意は感じない。
「あァ?人間が落ちてきやがった。・・・そこの鳥、お前のバディか?悪ィな、ブンブンと目障りに飛んでるもんだから、コイツがつい殺っちまってよ」
眼帯の男は横の異獣を顎でクイッと指す。
(こいつは・・・)
系統はスライム系。体長は2mほどか、スライムの中では最上と言える大きさだ。
透明な体の中では赤や青や金、色々な色が散りばめられている。それぞれは爆発するように発光しては消え、また別の色別の色で光り、また爆発を繰り返し続けている
「ミーティア・スライムか」
男はピクっと片眉を上げる。
「ほォ、こいつの名前をスキャンなしの初見で見抜いたやつは初めてだぜ」
ミーティア・スライム。それはスライムの超上位種。流星のように素早く、様々な魔法を放つ異能を持っている。確認されているスライム系統の異獣の中では上から2番目の強さを誇る。
野生なら白でも災害指定の特危険生物だ。
「ちょっと記憶の中にあってね。そいつはあんたのバディかい?」
こいつはやばい。ミーティア・スライムという特危険生物を前に、俺の危険察知はスライムではなく人間のほうに警笛を鳴らしていた。
おそらくかなりの実力者だ。バディ抜きでも無策だと俺では厳しいかもしれない。
だがもっとやばいのはその中身。
おれの直感が告げている、こいつは人を殺すことになんの躊躇いも無いやつだ。むしろ殺すことに快感を覚えるタイプ・・・
恐らく俺ごと殺していたとしても今と同じ様にヘラヘラしていたろう。いや、そもそもの狙いはストームホークではなく俺だったのかもしれない。
「あァ、俺様の相棒でな。名前が長くてめんどくせェからミーティアって呼んでる」
男はスライムを後ろに下がらせる。
「引き止めちまって悪かったなァ、先行ってくれや。お前ェの相棒の鳥は・・・.ま、諦めてくれや」
ストームホークを見ると既に事切れているようだ。
(すまん、ここまで運んでくれてありがとうな・・・)
男はヘラヘラと笑いながら手を振る。ミーティア・スライムを後に下がらせたのは、自分に敵意はないと示すためだろう。
「じゃあそうさせてもらおうか。」
暫し睨み合い、その場を離れる。男の不気味な視線が背中を刺すのを感じたが、ついに気配を感じなくなるまで何もして来なかった。
「さて・・・」
俺はどさくさに紛れておれはあの眼帯男のバディであるミーティア・スライムをスキャンしていた。
自分のバディをスキャンされることは手の内を晒すにも等しいので、激昴して襲いかかってくる輩もいる。あいつもその類であったなら、逃げ切れるとは思うが何かしら手傷を追っていたかもしれない。
ある意味賭けだったが、あいつの手の内は見ておかなければならない気がした。
PPMを起動し、スキャンした情報を見る。
「おいおい嘘だろ。」
―――――――――――――――――――
ミーティア・スライム【特異個体】『金』
《異能》 流星群
韋駄天EX
???
???
スライム系統の超上位種に当たるミーティア・スライム。その中の特異個体。
流星を降らせ、流星のように動く。
―――――――――――――――――――
「き、金・・・!!しかも特異個体!?」
特異個体とは、突然変異による強力な力を持った個体の事だ。通常種のものと比べ強靭で、異能も複数所有している事が多い。
逃げ切れる所の話じゃないな・・・俺の命はあいつの気まぐれで助かったわけだ。
「《流星群》と《韋駄天》はたしかミーティア・スライムの基本異能だったな。でもそのあとの《???》ってのはPPAでも読み取れない【特異個体】のみが持つ異能なのか?」
それにしたってなんであんな奴がハンター認定試験を受けに来ているんだ?
実力的には間違いなくアンバス幹部クラス。連れているバディはその幹部が複数で対処するような化け物。
とにかく今後は関わらないようにしよう。
思わぬトラブルはあったが、闘技場の位置は記憶しているので問題ない。さっさとゴールした方が良さそうだ。それに闘技場のということはまだ戦闘があるのかもしれない。早めに休息をとろう。
―――眼帯の男は森の奥へ消えた青年を思い浮かべ、舌なめずりする。
(いいねェあいつ、美味くなりそうだ)
『クアトロ、イイノ?逃ガシチャッテ。スキャンサレチャッタヨ?』
ミーティア・スライムは念話で眼帯男・クアトロに話しかける。
「あァ、いいんだよミーティア。お前の強さを知ってれば何か対策してくるだろ?そのほうが戦った時におもしれェ」
クアトロは強い。自分より強い者に中々巡り会えない故に相手が育つのを待つ。
一度打ち負かした相手に素質があればわざと逃がすこともある。
殺しは好きだが戦うのはもっと好きだ。
「さっきの女といいい、ちらほら良さそうなのがいるなァ、はやく育たねェかなァ。」
クアトロは殺気を撒きながら森の中へ消えて行った。
―――――ハイネがクアトロの攻撃を受ける前、リリア・メアトリアは闘技場の目と鼻の先まで来ていた。
私は足には自信がある。私が産まれた地域はとても治安が悪くて、強盗殺人は当たり前、中にはバディを使って悪事を働く人もいた。
そんな人たちから四六時中逃げ回っていたらいつの日か、100mを1秒で駆け抜けるような俊足と、その速度を保ったまま6時間は走り続けられる持久力を手に入れていた。
異獣にだって捕まったことはない。努力の賜物だと思うんだけど、お母さんには天賦の才能って言われた。
ラーハルトと一緒になってからは悪人や異獣たちと正面から戦っても圧倒できるようになったので、逃げる必要がなくなった。いいことだけど、走る時間が減ったのは少しだけ寂しいね。
50km程度の距離を走るのは簡単だけど、闘技場がどこにあるかわからなかったので、ムース試験官に場所を聞いてみた。すると、
「ん~、どこでしたかねえ。ちょっと正確に覚えていないのでご自分で見つけてください。」
と言われた。
おそらくあの人は敢えて場所を言わなかったんだと思う。ちょっと意地悪な性格をしている気がするけど気のせいかな?
そしてスタートゲートを通る前、私はラーハルトにお願いした。
「ねえラーハルト、ラーハルトに任せれば闘技場の方角なんてすぐわかると思うけど、たまには思い切り走りたいから私に任せてね!」
『はいはい、存分に楽しむといいよ。』
私は思いっきり森を駆け抜ける。方向は適当だ。何なら森中全部まわればいいしね。
ラーハルトもなんだかんだ言いつつ、私の意見を尊重してくれる。
今日は影に潜んでるけど、たまに外に出てきて競争することもあるのだ。大概は私の勝ちなんだけどね。速さだけなら負けないのだ。
途中、ラーハルトが何かを見つけたようで念話を使ってきた。
『リリア、前方400m先に異獣だ。大きさは3mほど、動きから見て大した相手じゃないな。』
「おっやっとお出ましだね!意外と野生の異獣がいないから、せっかくだし運動がてらに一戦しよっか!」
「いや異獣はかなりの数いたぞ、僕が伝えなかっただけで。」
ラーハルトは本当に無駄が嫌いだなぁ。
そしてついに異獣に出くわした。
大きなイノシシの異獣だ。あ、すでにこっちに気づいたみたいだね。前足で地面を蹴って突進の準備をしてる。
「えーっとなんて異獣だったっけな」
見覚えはあるんだけど、と思いながらPPAのスキャンレーザーを当てる。
―――――――――――――――――――
ラースプギィ『銅』
《異能》 猪突猛進
獰猛なイノシシ型の異獣。動きが速く、パワーもあるが、一直線の突進しかできない。
武器を持った大人が5人いれば対処可能
―――――――――――――――――――
「そうだ!ラースプギィ!この子のお肉は美味しいんだよねぇ!」
『ああ、確かにあのステーキは美味だったな。なるべく傷つけないように仕留めよう。』
ラーハルトも昔食べたラースプギィのステーキの味が忘れられないみたい。
“銅”だからそこそこスピードもありそうだね。
十分気合を溜めたラースプギィが勢いよく地面を蹴って突進する。
それを横にひょいっと避けようとした時
『リリア!!飛べ!!!』
ラーハルトが突如念話で叫んだ。
なぜ?と聞く前に私は反射的に上に跳んだ。
ゴオォォォッ!!!
確かに見た。
禍々しい色をしたスライム?が、ラースプギィごと先ほどまで私のいた場所を抉り取ったのを。
通過した余波だけでも凄まじく、私は吹き飛ばされそうになるが、影から出てきたラーハルトが支えてくれる。
「はぁ・・・はぁ・・・なに今の・・・?」
ラーハルトが叫んでくれなければ確実に死んでいた。それほどに速く、強力な攻撃。
確かな死の予感を味わい、体力を一気に消費する。
直撃したラースプギィの体は粉々に消し飛び、残った頭と肉片があたりに散乱している。
「解らない、スライム系統の魔物・・・か?あんなの見たことない。僕の索敵範囲に何か入り込んだと思った時には既に目の前にいた」
やはりラーハルトもスライムを見たらしい。襲撃してきたそれは超高速でどこかへ消えた。
シャドウアサシネルリザードは感知能力がとても鋭く、敵が索敵範囲に入りこんだら影に潜り、暗殺の機会をうかがう。そういう異獣だ。
ラーハルトの感知能力も特出していて、身の回り半径500m以内なら障害物が有ろうとも敵の姿を感知することができる。
そのラーハルトが感知したその瞬間には目の前にいたと言った。500mの距離をコンマ何秒の速さで移動したということだ。
どんな化け物なのそれ。
「おォ?ミーティアの攻撃を躱すなんてお前やるなァ」
茂みの奥から、銀髑髏の刺繍の入った眼帯の大男が姿を現す。
ミーティア?さっきのスライムのこと?
それにしても、声を掛けられるまで、まったく気配に気が付かなかった。
「馬鹿な、感知には何の反応もなかった。あの男が声をかけて来るまでこの僕が存在の認知すらできなかっただと!?」
ラーハルトでさえ気が付かなかったということは、あの男がその気であれば、私たちは奇襲を受けていたということだ。
だが、眼帯の大男は無防備な様子で無防備にヘラヘラと笑っている。
奇襲をかける必要もない、つまり雑魚だと私たちは認識されているのだ。不服だけど私でも解る。この男にはその実力がある。
「《絶影剣》!!」
ラーハルトが影の剣を生み出す。鉄でさえバターのように切り裂く切れ味抜群の剣だ。
大概の異獣はこの剣の一振りで絶命する。つまりこれを出したってことは。
「先手必勝一撃必殺だね。」
私はラーハルトの意思を察知し、すぐに剣を取り、男に斬りかかる。
踏み込みに最大の力をかける。先ほどまで走っていた速度を一瞬の瞬発力にすべて注ぐ。
たぶん普通の人じゃ私の影すらとらえられないと思う。そんな速さだ。
人を殺すことは初めてじゃないけど慣れない。でもこの男はやらなきゃこっちがやられる!
《絶影剣》は的確に相手の首筋への軌道を描く。
「もらった!!」
剣を振り下ろしたその時、信じられない光景が目の前にあった。
「馬鹿な!!なんだこいつは!!」
ラーハルトが叫ぶ。
眼帯の男は私達の《絶影剣》を素手で掴んでいた。
《絶影剣》は持ち手以外全て影でできている。
その影は触れるだけで相手を引きずり込み、ズタズタに切り裂くのだ。剣の形にしているのはフェイクで、実際どの箇所に触れても相手を斬る事ができる防御不可の武器・・・のはずだった。
「この剣、《異能》かァ?」
男は《絶影剣》を指先でつつく。
私はすぐさま後ろに跳び、離れる。
「そのトカゲ、なかなか良いバディだなァ。お前もパワーはねェが、スピードはまァまァ。もっと強くなりそうだ、見逃してやるよ。」
男の服をよく見ると、あちこちに血がついている。おそらく返り血だ。それも異獣ではない・・・
この場所で多くの人間を殺している。そう確信できるほどの気味の悪い気配をこの男は漂わせている。
『リリア、おそらくこの男の言葉に嘘はない。それにさっきのスライム、あれはきっとこの男のバディだ。ここはおとなしく逃げたほうがいい。』
ラーハルトが念話に切り替えた。
プライドの高いラーハルトですら逃げの選択肢を即決している。ラーハルトは人の内面を見る能力に長けている。
どういう原理か解らないけど《絶影剣》も素手で受け止められたし、それだけ危険な相手だってことだ。
あのスライムもバディ?この男でさえかなりの実力者だというのにあのスライムまで加わったらそれこそ勝ち目がない。悔しいけど逃げよう。
『わかった。ラーハルト、《潜影》をお願い』
念話でそうラーハルトに伝えると、地面に丸い影ができ、私を飲み込んでいく。
影に潜み移動するシャドウアサシネルリザードの異能、《影繰り》の中の一つの能力だ。
訓練して私も潜れるようになった。
影に飲み込まれながらも男から目を離さない。男は相変わらずヘラヘラと笑っている。
ついに何も仕掛けてくる事なく、私とラーハルトは影に潜りきった。
――――少女が消え去ったすぐ後、色とりどりな巨大なスライムがのそのそと姿を現す。
『ゴメンゴメンクアトロ、勢イ余ッテ飛ビ過ギチャッタヨ。』
「お前のあのスピードに反応できたってんだから中々のもんだあの小娘。強くなるかもなァ。」
眼帯の男、クアトロは頭ボリボリと掻きながら頭上を見る。
「それにしても、ハエがぶんぶんぶんぶんうるせェな・・・・ミーティア、頼むわ。」
『了解』
巨大なスライムは上空にいるストームホークへと思いっきりとびかかる。まるで流星のように。