3話 異能を殺す
タートゲートを通ってから、おれはあることに気付いた。
ムースは50km先の闘技場まで来てくれと言っていたが、どの方向に50kmとは言っていない。ましてやこの密林だ、まっすぐ歩いていたつもりが同じところをぐるぐる回っていたなんてことにもなりかねない。
失敗した、ゲートを通ったらもう戻ることはできないだろう。
それにムースに直接聞いたところでおそらく教えてはくれないだろう。あの試験官はそんな感じの意地の悪さを感じる。
50km程度の距離に制限時間がなぜ5時間もあるのかを不思議に思うべきだったな。
しばらく走り回ってみたが、手掛かり1つつかめない。
同じ状況に陥っている受験者が何人かいるようで、みな悩んでいるようだ。
「あとでね!」なんて言ってスラスラと迷いなく先に行ったリリアについて行くべきだったか。
どうするか・・・
「うわあああ!たすけてくれええ!!」
悩んでいると尋常じゃない叫びが聞こえてきた。
隠れながら声の方向に向かってみると、木々が少し開けたところで、受付で絡んできたモヒカンが鳥型の異獣に襲われていた。
「ストームホークか、そこまで強くはないはずだけど仮にも受験者が一方的にやられてる所を見ると“銅”以上か?そうすると結構めんどくさいな・・・」
空からの攻撃にモヒカンは一方的にやられ、縮こまっている。おそらくアイツのバディであるダンゴムシ型の異獣も丸くなって防御に徹することしかできないようだ。正直ざまあみろ。
「よし、スキャンしてみるか」
俺はPPAのスキャン機能を起動させ、ストームホークにレーザーを当てる。
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ストームホーク『白』
異能:《乱気流》
鷲の異獣。特殊な翼の構造で嵐のような風を起こす。
幼子が攫われることが稀にあるが、武器を持った成人男性が3人いれば駆逐できる。
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“白”かよ、全然強くないじゃねーか!モヒカンのバディは・・・ダンゴロームか、あれは基本的には防御しかできないからなあ。“白”のストームホークにも勝てないのによく認定試験なんて受けにきたな。
必要ないと思うけど一応ダンゴロームもスキャンしておくか。
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ダンゴローム『赤』
異能:《外殻硬化+》
ダンゴムシ型の異獣。同種の“白”の2倍の硬さの外殻を持つ。
転がって体当たりが唯一の攻撃手段だが命中精度はかなり低く、目を回す。
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さすがに一応“赤”だったか“白”より1段階上なので外殻硬化に+がついている。
俺もダンゴロームと戦ったことはあるが、一直線に転がってくる体当たりにさえ気を付ければどうってことない相手だ。種族の差を考えると“赤”のダンゴロームでも“白”のストームホークに勝つのは難しいだろう。
さてどうしようか。あんな奴を助けることもないと思うけど。
いや待てよ・・・・ストームホークか・・・。
「いいこと思いついた。」
俺は颯爽とモヒカンの前に飛び出した。
モヒカンは助けが入ったことに一瞬歓喜の顔をしたが、俺の顔を見た途端再び絶望の色を浮かべた。
「お前!変な頭の脱落者のガキじゃねーか!ぬか喜びさせやがって!この大鷲はてめーみたいなガキが勝てる相手じゃねえ!」
血だらけで這いつくばりながら怒鳴り散らしてくる。やかましい。
変な頭は言い過ぎだろう。
ストームホークは狩りの邪魔をされたことに怒り、標的を俺に切り替えた。
一度上空に舞い上がり、翼を大きく広げた。おそらく《乱気流》を使うつもりだろう。四方八方に暴風を吹かし、相手を錐もみにする技だ。
だが、俺には通用しない。
俺は腰の刀を鞘から引き抜く。
まるで体の一部と錯覚するほどに手に吸いつく柄。
80㎝ほどの刀身の直刀で、霞仕上げの刃はほんのりと青みがかっている。
どこで誰が作り、なぜ(・・)おれ(・・)が(・)持って(・・・)いる(・・)のかもわからない美しき刀。
銘はわからないから【無銘】と呼んでいる。
「そんな時代遅れの金属製の刀で戦いになるわけねーだろ!!せめてビームセイバーを使え!何なら俺様のを貸してやるから!」
熱光線を使用した武器が主流の現在、確かにこの金属製の刀は時代遅れだろう。
だがこの刀は妖刀である。
「グエエェェェエーーーー!!」
ストームホークが雄叫びを上げながら羽ばたくと、辺り一面に凄まじい暴風が吹き荒れた。
暴風は周囲の木を切り刻みながら俺に一直線に向かってくる。
モヒカン相手にこの《乱気流》を使わなかったのはいたぶるのを楽しんでいたんだろう。
使っていれば俺が駆けつける前にモヒカンの命はなかったはずだ。今俺に対して放ったのは単純に怒っているからだな。
迫りくる暴風に向かって無銘を横なぎに振るう。すると暴風は真っ二つに切り裂かれた。
もちろん俺にダメージはなく、暴風はやがて霧散した。
「グェ!?ギィイイイ!!」
何が起きた!とでも言わんばかりにストームホークは驚き、再度《乱気流》を放ってくる。
連続で襲いくる暴風を俺は次々と切り払っていく。
“《異能》を切り裂く《異能》”
それがこの無銘の力であり、妖刀たる所以だ。
この刀は、異能で発生した現象であれば、どんなものでも無効化して切り裂ける。対異獣を想定した戦いにおいて、これほど有利な能力はないだろう。
――――『《異能》を持つ道具を作ることは可能か』
10年前、記者から投げかけられたこの質問に、アンバス研究本部長 マルフォス・ウェルナンドはこう答える。
『可能じゃな。増え続ける異獣に対し、我々には常に進歩が必要じゃ。』
マルフォスは組んでいた足を解く。
『現在、異獣の素材を使って多くの便利道具を生み出しているが、《異能》そのものを持つ道具の作成はかなり難しい・・・極々稀にそんな物が作れることは確かじゃ。そうして出来上がった道具の《異能》の制御や作成成功率の向上が現在の課題ではあるが・・・』
『この研究が進めば、我々人類の反撃の狼煙になるじゃろうな。』――――
それから10年かけ、研究チームは《異能》を持つ道具の安定化した生産を確立した。
―――――
この刀には異能が通用しない。
それを悟ったのか、ストームホークは《乱気流》を使うのを辞め、鋭い嘴を向けてこちらに突進してきた。異能が通用しないとあれば、当然肉弾戦しかない。
「遅い。」
これまで多くの魔物が同じ行動に出たので、俺はひたすら身体能力を鍛えた。
自分でやっておいて言うのも何だが、あれは地獄の修行だった。
高々“白”の異獣の攻撃などよけるのは訳ない。
ストームホークの突進を余裕を持って躱し、その首に刀の背を思い切り叩きつけた。
「ギョウ!!!」
ストームホークはうめき声をあげ、気絶した。
「思ったより大したことなかったな・・・あとはこいつを・・・」
「なにモンだおまえ!あの大鷲を簡単に倒してのけるなんて!」
あ、すっかりモヒカンのこと忘れてた。結果的に助けちゃった感じになったな。
「なんにしても助かったぜ、お前みたいなガキのまぐれに助けられたってことが癪に障るが。アイツはおそらくこの森の主だろうな、まちがいねえ。」
何言ってんだこいつは。あんな“白”程度の異獣が森の主な訳ないだろうに。それにコイツ、命を助けてやったってのに全然感謝してないなこれ。助けなければ良かった。
「こんなのはそこらじゅうにいる雑魚異獣だよ。俺の見立てではこの森にはこいつの何倍も強い奴がうじゃうじゃいる。あんた、たぶん生き残れないからリタイアした方がいいと思うよ。」
刀の切っ先でつんつんとストームホークをつつきながら言うと、モヒカンは顔を真っ赤にした。
「ガキがまぐれで勝ったからって調子に乗るんじゃねえ!俺様が本気を出せばこんな試けンボラぶぁ!!!」
言い終わらないうちにモヒカンは錐もみになって吹っ飛んでいった。
大樹に当たって気絶したようだ。バディのダンゴロームも一緒にどこかに吹き飛んでしまった。
「お、もう眼を覚ましたか。」
モヒカンを吹っ飛ばしたのはさっきまで気絶していたストームホークの《乱気流》だ。思ったより早い目覚めだが、ダメージが残っていて思うように動けないようだ。
殺さなかったのには訳がある。
俺はストームホークを体重をかけて踏みつけ、無銘の切っ先を喉元に突きつける。
「“白”でも頭のいい異獣だ、言葉は理解できなくても俺の言いたいことは解るだろう?」
『逆らえば即殺す』そういう思念を込めてストームホークを睨むと、キュゥと怯えた声を出して諦めたようだ。
「よし、じゃあ飛ぼうか!」