2話 試験開始
ワープした先は森を切り開いたような広場だった。樹齢数百年はあろうかという大樹たちが受験者達を囲んでいた。
ワープゲートが正しく作動しているのならここはもう浮遊島のはずだ。
すごいな、地上からは遠すぎて豆のような島に見えたけど、こんな巨大な森があったなんて思いもしなかった。会場なんて言うからてっきり建物にワープするものかと思っていた。
もしかしたらいきなり実戦試験に入るのかもしれない。
周りの100名ほどの受験者たちもそれを察してか、食事や武器の手入れ、バディとの意思疎通を図っている。
隣のリリアも例外ではなく、ラーハルトと念話で会話しているようだ。
しばらく待つと妙齢の紳士が奥から歩いてきた。灰色のストライプが入った黒スーツを着こなし、短く切りそろえた白髪をオールバックで綺麗にまとめている。口元のヒゲも綺麗に整っている。物腰は柔らかだか隙がない。
「ハイネ君ハイネ君、あの人かなり強いよ・・・もしかして試験官の人かな。」
リリアの耳打ちに俺はうなずく。
「えー皆様お揃いですかね、アンバス認定試験へようこそお越しくださいました。ワタクシの名前はムース、今試験の試験官を務めさせていただきます。」
リリアの言うとおり、こいつはかなり強いな、バディは連れてないみたいだけど身体能力だけでも並じゃなさそうだ。スーツで隠れてはいるが、凄まじく鍛えられた肉体だろう。
「それでは早速一次試験を開始しましょう。ここから50キロ先にある闘技場まで来てください。制限時間は5時間。到着したタイムが短いほど評価されます。チームを組んでも一人で目指しても構いませんが、チームを組んだ場合は評価に多少の影響があるのでご留意を。準備ができた人からワタクシの所に来てください、出発確認をワタクシのPPAに登録させて頂きます。」
ソロで挑んでもチームで挑んでも良いが、ソロの方が評価は良さそうだな。
「なお、ここは浮遊島ではありますが、もちろん異獣が生息しています。生死の保証はできかねますので腕に自信の無い方はチームを組むこと、又は後ろのワープゲートで帰還することをおすすめします。それでは、準備ができた方からいらしてください。」
生死のの保証は無しか、まあそうだな。それにムース試験官は口には出していないが、受験者同士の殺し合いもアリなのだろう。
ムース試験官が説明を終えると、周りはすぐに、チームの勧誘を始めた。アンバス認定試験受験者なだけあって、皆、野性の異獣の強さを知っているのだろう。それぞれのバディと相性のいい異獣持ちを探している。もちろんバディのいない俺を勧誘するような物好きは居ないだろう。
「ハイネ君、良かったら私とチーム組まない?力になれると思うよ!」
リリアが俺に声をかける。
「ここに一人物好きがいたか・・・」
ははっと思わず笑みがこぼれる。断りを入れようとしたところ、リリアの影が伸びて口を挟んだ。
「リリア、勝手な真似は困る。悪いなハイネ・オラクル、僕達は君とはチームは組めない。」
随分直球なやつだな、まあ仕方ないか、俺にはバディがいないしな。普通に考えたらただの足でまといだろう。それに、リリアは良い子だけど、同じ受験者同士、競う相手にあまり手の内を見せたくない。
「いや、いいんだラーハルト、元々俺は一人で行くつもりだったしな。誘ってくれてありがとうリリア。じゃ、俺先にいくわ」
そう言っておれはムース試験官の元へ向かう。
「おや?一番乗りは君ですね。チームを組まずにソロで出発とは、中々腕に自信があるようですね。それに.・・・バディもいないようですね。」
ムースはヒゲを撫でながら、観察するようにこちらを見る。
「まぁね、これまでにも何頭かの異獣はこの刀で討伐してきたし、それに一人の力で受かることに意味があるんだ。」
「ほぅ、バディを連れずに野生の異獣を・・・これは期待できそうですね。それに今の時代に金属製の刀とはなかなか古風ですね。えー名前はハイネ・オラクルさんですね。ではPPAをこちらに。」
ムース試験官は俺の腕のPPMに自分のPPAを重ねた。するとPPAから5.00.00との立体表示が出た。これはゴールまでの制限時間の事だろう。任意で非表示にもできる。
「それは簡単に言えばストップウォッチ、いやタイマーですかね。そのデータを持ってスタートゲートを通るとカウントが減っていき、ゴールの闘技場のゲートを通るまで止まりません。数字が0になりますと内部に仕込まれたワープデータが起動して地上の受付まで戻され、失格となります。また、リタイア機能も付いていますので、試験を諦める場合はご利用ください。」
数秒でインストールされたタイマーデータだが、凄まじい技術の結晶らしい、PPAを媒介にした強制ワープ機能のあるデータなんて初めて聞いた。おそらく位置情報の監視もできるだろう。
「それでは言ってらっしゃいませ。ご健闘をお祈りしています。」
おれは一番乗りでスタートゲートの前に立つ。人ひとり通れるくらいの小さなゲートで、これから始まる試験の門出にしてはやや寂しい。
ちなみにこの広間は電流仕込みの柵に囲まれているので、ワープゲートで地上へ戻るかこのスタートゲートから前へ進むかの二択しかない。
この門を超えればついに試験がスタートする。合格は出来ると思うがやはり緊張するもんだな。
ゲートを超え、森の中へ足を踏み入れると同時にPPAのカウントがスタートした。
―――
「彼、凄まじい肉体レベルですね・・・それにあの刀・・・。」
離れていくハイネを見ながらムースは小声でつぶやく。彼以外にも今回の試験はなかなか優秀なのが潜んでいるようだ。
(今回の試験、面白くなりそうですね。)
――――森の中をリリアが走る。結局彼女らもチームは組まず、ソロで挑んでいた。
「ラーハルト、さっきのは失礼だよ!いくらハイネくんにバディが居ないとはいえ・・・」
ハイネとチームを組もうとした時にラーハルトが断ったことにリリアは苦言していた。
「私とラーハルトがいればすぐにゴール出来ると思うけど。」
『まあ、そうだろうな。』
喋るリリアにラーハルトは念話で返す。本当はリリアも念話で良いので、口に出す必要はないのだが、つい癖で喋ってしまう。
リリアの身体能力はかなり高く、ほかの受験者を置いてきぼりにするスピードで走り続けているものの、汗一つかいていない。
『リリア、お前は一つ勘違いをしている。僕はべつにハイネとかいうあの少年が足でまといだから断った訳ではない。』
「え、そうなの?じゃあやっぱりソロの方が評価が高いから?」
ラーハルトがいつになく真剣なことにリリアは気づく。
『それもあるが・・・そもそもあいつの身体能力は恐らく超人レベルだ、放っておいてもゴールできるさ。それに、アイツの所持している卵・・・まだ孵化はしていないようだが・・・』
「えっ・・・?」
『“アレ”は化け物だ。』