表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界の卵  作者: ハグキング
14/14

13話 シドウVSデスベルゲン


 ―――デオロシア 首都モアクス。


 世界でも有数の科学国家であるデオロシアの首都、この街に住めるのは基本的に裕福な家庭だけだ。


 アンバスが生み出した異獣の素材を現代の科学と融合させる技術により、今や異獣素材は世界に無くてはならないものとなった。

 デオロシアは特に異獣災害の被害が多い国であり、異獣発生当初、つまり異界歴初頭は国が崩壊するほど甚大な被害を被っていた。



 見たこともないほど巨大な異形、炎や水、時には天候さえ操る獣たち。

 その皮膚や毛はとても硬く、銃弾でも通らない。

 核兵器を使うとの声も出たが、あるニュースが世界に報道された。


 中東の小国が異獣の大群に侵略され核ミサイルを使用したものの、異獣にダメージを与えたのはミサイルの爆発・衝撃のみで、放射線の効果は全く見られなかったというニュースだ。

 その他様々な兵器を用いて抵抗したが、しばらくしてその小国は崩壊した。


 異獣に勝つためには、同じ異獣であるバディを使いこなすしかなかった。


 多くの人は居住を諦め、別の国へと移動していった。


 しかし後に異獣の素材の有用性が発見される。

 故郷を諦めず、戦い抜いてきた屈強な国民とバディ、そして発足した異獣対抗組織アンバスにより、異獣は少しずつ狩られ、異獣素材の貿易に力を入れることになった。

 そうしてデオロシアは莫大な富を築いたのだ。


 デオロシアが裕福な国になり、故郷を捨てた国民たちが一斉に戻り始めたが、当時の政府と国民がこれに猛反対。


 故郷を捨てた軟弱者達が今更戻ってくるなど虫が良すぎる、と国民と元国民で戦争に発展しかけたこともあった。


 そんないざこざもあったが、今ではデオロシアは巨大な軍事国家となった。


 異獣の素材を使った特殊なコンクリート壁で街の周りを固め、入り口には防護フィールドを設置し、壁の上には街に近づいた異獣を掃討するための兵器が揃っている。

 街から出る車にも小型の防護フィールドを搭載している。


 現在では、未だに地球最高峰の異獣発生率を誇るものの、異獣による被害はほぼゼロになっている。


 国民受け入れの規制は緩くなったが、首都に居住できるのは、上流企業のCEOやアンバス上層部のメンバーなど、実力のある者か金のある者だ。


 何千億という資産をもった世界の富豪が集まる首都は当然防護システムの質も高い。

 皆安住を求めてモアクスに集まるのだ。

 


 財あるものは暇を持て余す



 世の中の科学が進み、娯楽の文化も前進した。

 様々なゲームやスポーツが新たに生み出されたが、富を持つ人々が一番興味を持ったのは別のことだった。


 ある時、隣星である“惑星ヨルムンガント”に突如として大量の異獣生物が生まれ、侵略されていった。異獣達の数は何十億にも登り、それらを率いる“ミファレム・ディアジョーカー”と名乗る、推定“黒”の強力な女王の存在も確認された。



 当時これは大きな話題になり、銀河中の人々が協力して対抗した。その様子はテレビやPPAで生中継された。


 人と獣のリアルな戦い、虫けらのように扱われる命。

 戦場はまさに地獄だった。

 結果だけ言えば、人類は敗北した。


 中継を見ていた人々の多くは絶望し、悲しみに暮れた。

 しかし、物足りない日常に暇を持て余した富豪達の認識は違った。

 


『これほどまでに面白い娯楽が今までにあっただろうか。』



 この世の闇と関わることの多い富豪たちは、この生死のやり取りに興奮した。

 自分たちは圧倒的権力者、戦いには決して参加しない余裕からの歪んだ思想だった。


 彼らはヨルムンガント戦記以降、大きな戦いの際は必ず放映するように、テレビ局に権力を行使した。


 アンバスや一般の民は反対したが、多額の支援金を餌に、後にアンバス上層部と銀河統括政府はこれを承認した。


 異星人を含む人間というものは順応するのが速く、何年もの月日が流れると、大戦や巨大異獣の討伐、認定試験の様子が世界に配信されることに違和感を持つ人はほとんどいなくなった。

 いやそれどころか観戦に白熱する人が増えていった。





 そして現在、もっぱら注目されているのは、年に2回開催されるアンバス認定試験だ。

 難易度の高い浮遊島の大森からのスタート、眼帯の男による無差別な辻斬り、そして『人獣融合』なる技を披露した青年。世界、そしてモアクスは大きく盛り上がっていた。



「あのデスベルゲンという受験者にほとんど殺されて、今回の試験はつまらなく終わるものかと思っていましたが、なかなかどうして、面白くなってきましたねえ。」


「『人獣融合』などと初めて聞きましたぞ私は、それにあのA級賞金首のグレゴリをたった二発で倒した少年・・・・興味深いですな。」


「最初の黒いトカゲ使いの少女もかなりの実力者でしたが、相手が悪かった。例年の試験であれば間違いなく合格というところでしょうな。」


「ルーシィという粗相をした少女やチーズとかいったマヌケな顔の受験者はてんでダメでしたがな!はっはっは!」



 モアクスのとある高級レストランでは、30人ほどの貴族や大企業の主たちが高級料理に舌鼓を打ちながら、試験の様子を観戦していた。


 この試験のために抑えた超VIP会場である。


 皆、思い思いに意見を言いながら楽しんでいた。



「さて、いよいよデスベルゲンとシドウの試合が始まりますぞ。そうだ、ランジェロ氏、賭けをしようではないですか。私はデスベルゲンに1万ドル。」


「はっはっは、バーナム公もお好きですな。良いでしょう、私はシドウに1万ドルです!」



 ちらほらと賭けをする者が現れ、その波はレストラン中に広がっていった。

 全体の比率としてはデスベルゲン8のシドウ2といったところだ。

 受験者を次々と殺していったデスベルゲンとミーティア・スライムの印象は強く、シドウに入れた者は『人獣融合』の可能性に期待して半分博打気分の者たちだ。


 そして試合が始まり、シドウがいきなりデスベルゲンへ先制攻撃をしたことで、レストラン、そして世界は大きく盛り上がった。


 しかし数分後、事態は大きく進む。






街中のテレビ、人々のPPAの映像ホログラムには、地面に倒れるシドウと、それを見下ろすデスベルゲンの姿が映っていた。





***


 シドウに殴られたデスベルゲンは、グラついたものの、吹き飛ばされるようなことはなかった。


 シドウの銀の小手。実はこれは異獣装備だった。


 一般的に普及しているビームソードやビーム銃は、異獣の研究からヒントを得て熱光線を収束させたものであって、異獣の素材を直接使っているわけではない。


 異獣装備とは、異獣の素材を用い、その異獣の“異能”を取り込んだ装備のことである。

 10年ほど前にアンバスの研究本部長、マルフォス・ウェルナンドが確立させた技術で、例えば《硬化》の異能を持つ異獣の素材で作った鎧やベストであれば、耐久力が格段に上がる。

 使う異獣の卵の色によって、装備も“黒”“金”“銀”・・・というようにランク付けされる。

 もちろん黒に行くほど装備の性能もよく、価格が上がる。



 そしてシドウの銀の小手は《超衝撃》の異能を持つ猿の異獣“ショック・ウータン”の素材から作られた装備だった。


 ショック・ウータンの拳の骨をすり潰し、銀と混ぜて生成したシドウのオーダーメイドだ。

 使われたショック・ウータンは“銀”で、かなりの高級品だ。


 シドウがいくら鍛えたからと言って超人のようなパワーは出せない。リリアを数十メートルも吹き飛ばせたのはこの銀の小手の《超衝撃》のおかげであった。



 車位であれば一撃で廃車にできるほどの威力をもつこの小手で殴られたにも関わらず、立ち上がれたリリアのタフネスは称賛に値するだろう。




「『(だがコイツは・・・まともに顔面に受けたのに膝すらつかねえ。しかもわざと受けやがったな。)』」




 デスベルゲンは明らかにシドウの動きを目で捉えていた。にもかかわらず避ける素振りすら見せなかった。

 デスベルゲンは大したダメージを負った様子もなく、首をポキポキと鳴らす。


 小手には一応雷も纏わせていたのだが、しびれている様子もない。



「なかなかいい拳だ。その腕の異獣装備のお陰かァ?」



「『《疾風迅雷》』」



 質問には答えず、レオン単体のそれより数倍速い《疾風迅雷》を使い、シドウはデスベルゲンの背後に回り込む。

 だが次の瞬間、シドウのすぐ目の先には赤い刃が迫っていた。



「『!!!』」



 慌てて回避するが、デスベルゲンは休む暇もなく赤い大剣を振りかざす。


 シドウが『人獣融合』を使えるようになったのはほんの一年前だった。

 それから、いつでも自力で融合できる訓練は続けたが、実戦では中々使う機会がなかった。


 理由は単純、使う必要がなかったからだ。


 たいていの異獣はレオンの《疾風迅雷》ですら捉えることができない。なのでわざわざ『人獣融合』を使うまでもなかった。


 シドウにとって、『人獣融合』を習得して以降、マックススピードの自分の動きに攻撃を合わせられるのは初めての経験だった。



「『(頭、首、足・・・・どこでも受ければ戦闘不能になる箇所ばかりを狙ってきやがる。もはやコイツの頭には“相手を殺したら失格”概念はない!確実に殺しに来ている!)』」



 《雷壁》を張れば・・・と一瞬考えたシドウであったが、その考えはすぐに捨てる。

 先程、小手に雷を纏わせていたにも関わらずデスベルゲンは感電していなかったし、《雷壁》で眼前の赤い大剣が止まるとは思えなかった。



ビビビビビビ!



 1.5メートルはあろうかというほどの大剣を、デスベルゲンはまるで小枝のように凄まじいスピードで振るう。


 シドウも《疾風迅雷》を全力で使い、それを回避する。

 

 二人の動きはもはや常人の目で追えるものではなく、わずかな赤い残像と剣が空を切る音が舞台に木霊している。



「おいおい何が起きてるんだ・・・」

「今回の受験者はどうなってんだ。」

「おれ、絶対あいつらに勝てない・・・」



 観戦席のアンバス構成員から驚嘆の声が漏れる。





 ―――幾たびの殺意を躱したのだろうか、シドウがついにデスベルゲンから距離を取り、膝をつく。



「『ハァ・・・ハァ・・・』」



 一瞬も気の抜けない命のやり取りの中《疾風迅雷》を使い続け、疲弊しないはずがない。



「なんだ、体力ねェな。」



 すぐ近くで発せられた声に、シドウは慌てて顔を上げると、そこには大きな靴。


ゴシャ!!!


 思いっきり蹴られたシドウは後方へ吹き飛ぶ。


「『がはっ!!』」


 地面に皮膚を削られながらも、なんとか立ち直る。



「『ハァ・・・ハァ・・・化け物が・・・』」



 彼我のあまりの実力の差に、シドウは思わず悪態をつく。

 文句の一つも言いたくなるだろう。

 なにせ、デスベルゲンはまだバディを出してすらいないのだから。



「『(接近戦じゃ歯が立たねぇ・・・かといって《雷哮》で遠距離から削るのも無理だな、こっちの体力が尽きる方が絶対に早い・・・。それにあの赤い大剣、こっちの体力を吸い取っている気がする。)』」



 呼吸を整えながら戦略を練るシドウ。


 デスベルゲンは追撃してくる様子もなく、赤い大剣を右手左手に持ち替えて遊んでいる。

 赤い大剣が自身の近くを通るたびにシドウに降りかかる倦怠感は異様に増していた。

 おそらくあれも異獣装備だろう、とシドウは推察する。



「オレはよ、強い奴と戦うのが大好きなんだ。俺の剣をここまで躱せる奴は中々いない、もっと楽しませてくれ。」



 デスベルゲンは、戦うのが大好きだった。

 面倒な時や相手が弱いときはミーティア・スライムのミーティアに頼んでいたが、楽しめそうな相手の場合には、必ず自身で戦っていた。



「『(やっぱり、大きな一撃で勝つしかねぇ!!)』」



 シドウは腹を決めると口を大きく開けた。



「『《雷哮》!!』」



 シドウの口から無数の雷が放たれる、レオンの《雷哮》が球体状のブレスなのに対し、シドウのそれは、一つ一つが獅子の形をしていた。


 視界を埋めるほどの数の獅子は変幻自在に自由に動き、デスベルゲンに襲い掛かる。



「しゃらくせェ!!」


 

 襲い来る雷の獅子をデスベルゲンは大剣で切り裂いていく。

 一つ切り伏せるたびにデスベルゲンの体に凄まじい電流が流れるが、動きが阻害される様子はない。


 次々と雷の獅子は霧散し、デスベルゲンの視界が晴れていく。




 そこには両手を前に構えたシドウが立っていた。




 掌の先には大きなエネルギーが集まっているのか、バチバチと音をたてて発光している。



「『これで消えろ!!《雷獅子の怒り(ラース・レオ)》!!』」



 高密度に凝縮されたエネルギーが一気に放出される。

 その光は闘技場全体を白く染め上げ、雷を纏いながらデスベルゲンに向かう。



雷獅子の怒り(ラース・レオ)》、正真正銘のシドウとレオンの必殺技である。



 レオンの持つ異能の数は3つ。


 1つ目は《雷繰り》ラーハルトの《影繰り》と同じような異能で、《疾風迅雷》や《雷壁》、《雷哮》がこれに当たる。



 2つ目は《王の咆哮》一定レベル以下の異獣を服従させる異能だが、ラーハルトはその一定レベルを大きく超えていることは明白だったので使用していなかった。



 そして3つ目《雷獅子の怒り(ラース・レオ)》、自身が発生できる雷エネルギーすべてを凝縮し、相手に放つ。レオンの持つ最強の技であり、一番消耗が激しい。一度使うとしばらく動けなくなるほどの代償があるが、ここぞというときに使う大技だ。




 必ず当てなければ自分の負け、よってシドウは《雷哮》で目くらましをし、その間にエネルギーを溜めていた。



 《超衝撃》をも乗せた圧倒的エネルギーは、舞台を抉りながらデスベルゲンに迫る。

 デスベルゲンの顔からは笑みが消えていた。さすがにこの技をまともに受ければ多大なダメージを受けることを理解していたからだ。



「『このタイミング!躱せるはずがない!』」



 もはやシドウの頭にも“相手を殺さずに勝つ”という概念はなかった。


そして《雷獅子の怒り(ラース・レオ)》が到達するかと思われたとき、デスベルゲンは呟く。



「ミーティア、《万物溶解》。」



 直後、デスベルゲンの体から極彩色の巨大なスライムが飛び出し、《雷獅子の怒り(ラース・レオ)》をその体でまるごと包み込む。


バチバチバチ!!


 と爆音を響かせながら、スライムの体の中でエネルギーが暴れていたが、数秒後にはすっかりと収まってしまった。


 会場に静寂が訪れる。



「残念だったなァ、ま、ミーティアを使わせたのは褒めてやる。」




「『これでもダメか・・・・』」




 体力の限界に達したシドウはその場に倒れこむ。

 シドウとレオンは分離し、元の二人に戻るが、二人とも気絶している。


 それを見下ろすデスベルゲンはニッと笑う。



「お前らはまだ強くなる、もっと強くなってまたオレに挑んで来い。その時まで生かしておいてやる。」



 そう言ってデスベルゲンは踵を返す。





『シドウ・アオイの気絶により、デスベルゲンの勝利です。』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ