10話 人獣融合
『一回戦、リリア・メアトリア側のギブアップにより、シドウ・アオイの勝利です。』
「おおおおおおお!!!」
「なんだったんだありゃ!!」
「今回は初戦からとんでもねえな!」
「女の子の方も相当レベル高かったよな・・・」
上空のキューブが試合終了を告げると、観戦席のホログラムたちから様々な歓声が上がる。
画面に映る幹部は顔色が読めないな。
それにしても『人獣融合』、まさかあんな技があるなんてな。人間がバディと融合して弱点を補うだけでなく、あれは明らかにパワーアップしていた。
事実、最後の動きは《疾風迅雷》を使ったレオンより数倍速く、俺でも油断していたら反応できないかもしれない。
「『フー、疲れた。』」
人獣融合したシドウが淡い光に包まれ、シドウとレオンが分離する。
融合した時と同じく、レオンはシドウの肩に収まっていた。
よく見ればラーハルトが突き刺した胸の傷も綺麗さっぱり消えている。
パワーアップだけじゃなく、再生能力もあるのか?
「ムースさんよ、リリアを治療してやってくれ、体中の火傷に、もしかしたら内臓も損傷してるかもしれない。」
シドウは凝った肩をぐるぐると回しながらムース試験官に頼む。
試合に勝った直後だというのに相手の心配か、やっぱりコイツ良い奴だな。
ムース試験官はリリアのもとに駆け寄ると、ポケットから小さめの白いキューブを取り出した。
俺も心配になってムース試験官の後に続く。
「ご心配なく、試験官には回復キューブが配布されておりますので、四肢の損傷や死んでいない限りは治療できますよ。」
ムース試験官がキューブの角をカチッと押すと、緑色のガスのようなものが噴き出し、リリアを包む。
闘技場のゴールゲートにあった物も、上空にある物も、ムース試験官が使ったのもそうだが、アンバスが開発したキューブという品はいつ見ても便利なものだ。
聞いた話だと、色々な異獣の異能と科学を組み合わせ、あの立方体に閉じ込めているらしい。
防護フィールドを張っているキューブは結界系の異能を持つ異獣を使っているのだろう。
ムース試験官の使った回復キューブは言わずもがな回復系の異能を持つ異獣だ。
回復系の異能を持つ異獣は希少種なので、回復キューブはかなり高価らしい。
その回復キューブが配布されているということは、アンバスが新人の発掘に力を入れている証拠だ。
「ん・・・」
やがて緑のガスが消えると、リリアが目を覚ます。
あちこち爛れていた皮膚は綺麗に戻っている。
「リリア、大丈夫か?」
リリアの顔を覗き込む。
「あ、ハイネ君・・・そっか、私、負けたんだね。」
「ああ・・・」
自身の実力に自信を持っていたリリアが、デスベルゲンからの逃走を含めれば、一日に二度も敗北したのだ。心が折れかかっているのかもしれない。
よし、ここはひとつ・・
「あのなリリア「落ち込む必要はないぞ小娘!!」
俺の言葉を、高い声が遮る。
声の主はもちろんレオンだ。
「え?」
突如敗れた相手に声を掛けられ、リリアはきょとんとする。
「考えてもみろ、オヌシのバディである黒トカゲが、不意打ちで我が主の胸を貫いたろう?もしこの試験が不殺条件でなければ、迷わず首を獲りに行ったのではないか?」
「ああ、実際の戦いであれば、まず首を落とすね。」
レオンの問いにラーハルトが首肯する。
「で、あればだ、本来負けていたのは我らの方であったのだ。主が死ねば我も消滅するのだからな。」
隣のシドウもバツの悪そうな顔でポリポリと頭を掻いている。
「故に貴様は俗に言う、”勝負に勝って試合に負けた”ということだ。」
レオンの奴、俺が言いたいこと全部言いやがって・・・
レオンの言う通り、さっきの戦いが殺害禁止の試験でなければ、勝っていたのはリリアの方だ。
ラーハルトがその気であれば、《絶影剣》はシドウの首をスッパリと両断していただろう。
俺は今回初めて知ったことだが、マスターが死ぬとバディも死ぬらしいから、レオンにとってもただ事ではない。
シドウの実力であれば、影から出現するラーハルトに気付くことはできたろうから、シドウの油断が原因だな。
しかし、今回は試験、勝ったのはシドウだ。
にも関わらず自分からそれを指摘するとは、レオンといいシドウといい、憎めない奴らだ。
「そっか、そうだよね・・・!負けは負けだけど、私たちも強かったってことだよね!!」
「ああ、その通りだ、レオンの《雷哮》の中、自分を囮にしてバディの攻撃の隙を作るなんて中々できることじゃない、大したもんだ。」
シドウがリリアに手を差し出す。
リリアはそれを力強く握り、二人はさわやかな握手をした。
「二人ともお疲れ様、それにしてもシドウ、さっきの『人獣融合』ってのは何なんだ?あんなの初めて見たぞ。」
やっと俺も会話に加わる。
何とかこれだけは聞きたい。なにせ人間とバディが融合するなんて初めて見たのだ。
「それについてはワタクシがお答えしましょう。」
答えはムース試験官から帰ってきた。
「『人獣融合』、それはバディがマスターを心から信頼した時、使えるようになる技です。戦いにおいて弱点となる人間を守れるだけでなく、元の力より何倍もパワーアップします。」
「心から信頼?」
「ええ、『人獣融合』はベースが人間なので、バディからすれば自分のすべてを預けることになるんです。融合した後は異能を使う快感に溺れて、分離させないように無理やりバディを引き留めようとする者もいますからね。」
「バディと融合することによって、マスターがバディの能力を全て使えるって訳か。しかも元通りに分離するかどうかはマスター次第・・・確かにバディが心から信頼していなきゃできないな。」
レオンはフフンと得意げに鼻を鳴らしている。
シドウも嬉しいような照れ臭いような表情を浮かべている。
「むむむ!ラーハルトォ・・・・・」
リリアがジト目でラーハルトを睨む。
「べ、別にリリアを信頼していないわけじゃない・・・本当だ。」
だんだん顔を近づけるリリアにラーハルトは冷や汗を垂らしながら顔を背ける。
「まあ、リリアさん、そう簡単な問題でもないんですよ。そもそもマスターもバディも卓越した才能を持っていないとできませんし、信頼関係のほかにも色々と条件があるかもしれないと言われていますから。『人獣融合』はまだまだ研究中の技なのです。実際ほとんどの人は使えないですしね。シドウさんの若さで使えるとは、感服いたしましたよ。」
「いやーそれほどでも!」とシドウが頭を掻く。
コイツはたぶん褒められるのに弱いな。最初はあんなに喧嘩腰だったのに今ではクネクネしてるし。
「ムースさん、アンバスの上層部には『人獣融合』が使える人がいるのかい?」
気になったことをムース試験官に尋ねる。もちろんいると思うが一応の確認だ。
「もちろんいますよ。ナンバーズでも上位の方々は皆使えます。」
やっぱりね。
俺の探している『人の記憶に介入できるバディ』を持つ男もきっとアンバスのトップレベルだろうから『人獣融合』できるだろう。
記憶を読む能力を持つ人間、強者のにおいがプンプンするな。いや、戦うわけじゃないんだけどね。
「もしかしてムースさんもできたりします?」
リリアがラーハルトからぐりっと首を向ける。
ラーハルトがホッとしたようにため息をつく。
「さぁ~どうでしたかねぇ・・・」
相変わらずの調子だな。
「けっ!相変わらず食えない奴だ。」
シドウも同じ意見のようだ。
クネクネしたり唾を吐いたり忙しい奴だ。
「まあ、シドウさんもご存知でしょうが、”限界”にはお気を付けください。では、そろそろ次の試合を始めますよ。」
「はいはい」
限界?と聞こうとしたが、キューブからアナウンスが流れる。
『二回戦、ルーシィ・ウィンドウ VS デスベルゲンを始めます、該当者以外の方は舞台から離れてください。』
「行こうリリア、シドウ。」
「うん」
「ああ」
俺たちは舞台から降り観戦席の真下にある椅子に腰を掛ける
二回戦は眼帯の男、デスベルゲンとお菓子を食べていた女の子ルーシィか。
ルーシィの方はデスベルゲンを見たときに震え上がっていたし、正直勝負は見えている。
『防護フィールドを展開します。防護レベルは最大です』
「また可愛らしい嬢ちゃんが出てきたなー!がんばれよ!」
「あの眼帯、できるな」
「眼帯野郎―手加減してやれよー!」
観戦席からルーシィとデスベルゲンに向けて野次が飛ぶ。
「それでは、二回戦はじめ!」
ムース試験官の掛け声が会場に木霊する。




