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第8幕:幼馴染に提案

 フランクを秘密の公園から持ち家に連れ帰った私は椅子に座らせた。


 あれからフランクは完全に酔っ払い、私に婦人との愛に満ちた日々を語り出し家に来ても変わらなかった。

 

 「ハインリッヒ!私は、私は・・・・彼女の事を心の底から愛しているんだ!!」


 椅子に座ったフランクはバンバンとテーブルを叩きながら私に家に帰るまで何度も言った台詞を言ってきた。


 「あぁ、そう聞いているよ。しかし婦人は君の求婚を拒絶したんだろ?その理由は解るかい?」


 私はコーンパイプにタバコの葉を詰め込みながらフランクに問い掛けた。


 「あぁ、知っている!言われたよ!!」


 フランクは更にテーブルを叩きながら婦人が言った別れの言葉を語った。


 『貴方の求婚を私は受け入れられないわ。だって貴方の職業は何?詩人兼代筆および翻訳家でしょ?とてもじゃないけど・・・・貴方と一生を添い遂げる女が居るのか疑問だわ」


 何せ仕事の話が来なければ食って行けないからだと婦人は言ったらしいが的を射た言葉だ。


 しかし、それはフランクも自覚していたのか・・・・こう語った。


 「確かに私の仕事は極めて難しい。センスも求められるしパトロンが居なければ貧困は避けられない!しかし、私の詩文を評価した地方貴族が居るんだ!!」


 その地方貴族は南部の者で、詩文以外にも代筆業と翻訳業も兼ねて雇うと提案したとフランクは語った。


 「しかも終身雇用なんだ!死ぬまで私は雇われるんだよ!!」

 

 「それを婦人には言ったのかい?」


 マッチではなく「然る場所」で考案した「トレンチ・ライター」を使ってコーンパイプに詰めたタバコの葉に火を点けながら私は問い掛けた。


 「言ったさ!だが、それを彼女は鼻で笑ったんだ!!」


 『地方貴族?冗談じゃないわ。私はヴァエリエに居を構える中央貴族か、若しくは大商人と結婚したいの。結婚が駄目でも第一愛人なら良いわ』


 「だから私なんて論外と彼女は言ったんだ!こんな屈辱は初めてだ!!」


 フランクはテーブルを叩くのに飽きたのか、今度は顔を突っ伏して泣き出した。


 「確かに・・・・これほど男心を傷つける台詞は余り聞かないね」


 私はコーンパイプを吹かしながら泣き出すフランクに相槌を打った。


 ただ内心では会った事も無い婦人の軽率すぎる言動に・・・・嫌悪感を抱かずにはいられなかった。


 たんに私の恋愛経験が足りないだけだろうが、それでも求婚するという人生において大事な儀式を鼻で笑う行為は許せない。


 また求婚した相手を一方的に傷付ける言動も頂けないし・・・・その婦人は自身の行動には何ら羞恥心すら無いのかと思う。


 しかし、それだけでは飽き足らない行為に及んだとフランクは泣きながら私に告げてきた。


 「彼女は・・・・彼女は私の目の前で他の男とキスする場面を見せたんだ!そればかりか私に告げたんだ!!」


 『貴方との関係は今日限りで終わりよ。キスも下手だし口説き文句も下手なヘボ詩人には飽きたの』


 「・・・・そして身一つで追い出された訳かい」


 紫煙を吐きながら問えばフランクはそうだと答えた。


 「だが、私にだって・・・・男の意地があるっ。いや・・・・意地の前に彼女が憎かった。だから彼女との詩文を書いたんだ!!」


 これがそうだとフランクは突然にもマントの襟首を手で裂いた。


 そして襟首から細長く加工した革を取り出すと私に見せる。


 「・・・・・・・・」


 私はコーンパイプを銜えながら革の詩文を読んだが・・・・これなら婦人が力尽くで奪おうとする理由も解った。


 また一度は愛した女性を憎むフランクの気持ちも理解できた。


 「愛情と憎悪は紙一重」と言う通り・・・・少し踏み外せば直ぐに転がる。


 フランクの場合は憎悪の道に足を入れてしまったんだ。


 しかし・・・・彼は言った。


 「男の意地」だと・・・・・・・・


 これは同性ならば多少の差こそあれ理解できる筈だよ。


 私にも意地がある通り・・・・フランクにも意地がある。


 ただ、その意地に憎悪が混ざった事で今件は起きたに過ぎない。


 また婦人側にも原因の一端はある。


 いや、そもそもの発端は婦人側にあると言い直そう。


 男心を弄ぶのは典型的な悪女とも言えるが・・・・私は革の詩文を読んで・・・・婦人は悪女の名に相応しくないと思った。


 悪女も聖女も紙一重だが、婦人の場合は悪女の素質が果たしてあるのかさえ私には疑問を抱くほど・・・・実に「強気に自身を見せる弱い女」としか詩文からは見えない。


 この点で対象者を挙げるならばローゼン・カヴァレリストのシェフたるブリュンヒルデ様か、スィパーヒー団のシェフであるマルジャーナ殿辺りが妥当だろう。

 

 どちらも男顔負けの武勇を誇るけど反面で女としての魅力、そして弱さを自覚しながら男を虜にする「魔性」を秘めている。


 もし、この2人では格が違い過ぎると言うならスパルタナ連隊のスヴェトラーナが妥当かもしれない。


 ただし、それはスヴェトラーナが婦人と年齢が近いし性格も似ているからだ。


 他の点は見当たらないし・・・・どちらが良いかと言えば断トツでスヴェトラーナだ。


 何せ彼女も女としての強さと弱さを知っていて、それを自覚しながらも上手く利用して男を虜にする魔性を持っているんだからね。


 ところが婦人の場合は凡そ「若さ」以外は魅力が見当たらないというのが私の印象だ。


 もっとも革の詩文だけでの評価だから実際に会えば違うかもしれない。


 それでも私は上記の3人と婦人が決定的に違う点がハッキリ言えた。


 『男の意地を・・・・矜持を小馬鹿にするのは悪女の風上にも置けない』


 少なくとも私の中で悪女とは罪を犯すという面も入っている。


 だが同時に自身では手を汚さず男に罪を犯させる面も入っており自分でも言うのもなんだけど非常に複雑な定義となっているんだ。


 だけど上記の3人を悪女に見立てたとしても・・・・やはり3人は婦人より格が上だ。


 何せ3人は魔性を秘めていて、男に罪を犯させる術も持っている上で・・・・男の意地を受け入れる度量がある。


 対して婦人はそれが無い。


 飽きた玩具を無常にも捨てる幼子のようなものなんだよ。


 この点を持って私は婦人が悪女にもなれない、ただの「小娘」という評価を下せるけどフランクは違う。


 「うぅっ・・・・どうして・・・・私は、ただ君を愛したいんだ・・・・ただ、死が2人を別ち合うまで・・・・居たいだけなんだ・・・・・・・・」


 しかし、それが駄目だと言うのなら・・・・いや、それでも・・・・・・・・


 フランクはテーブルに顔を埋めて泣きながら呟くように言葉を発した。


 恐らく・・・・これこそ彼の本心と私は見たが・・・・それを尋ねる前にフランクは眠りの世界に旅立ってしまった。


 だから答えは分からない。


 ただし・・・・私の答えは既に決まった。


 「フランク・・・・君は、幼い頃・・・・私が虐められていた時に何度か助けてくれたよね?」


 私はフランクを見ながら静かに問い掛けた。


 「私が虐められているのを見ると直ぐに大人達を呼んでくれたね・・・・あれは嬉しかったよ」


 大人達が駆け付けると君は遠目から私を見て、そして私が泣きべそを掻いて帰ると黙ってハンカチをくれたね。


 「あれのお陰で私は何度も・・・・助かったよ」


 周囲は私を仲間外れにしたが君は私を家に呼んで、そして詩文を見せたり即興で詩を書いたりした。


 「しかも私と、その家族の為に書いた詩は・・・・今も実家に飾ってある」


 これも嬉しい事だ。


 「そして・・・・彼女を巻き込んで謝った事・・・・これは人として非常に良い事と私は思っているよ」


 私は聖人でもないし勇者でもないから偉そうな事は言えないけど、これだけは人として良いと心の底から言える。


 だから・・・・・・・・


 「だから・・・・君と婦人の間で起こった問題を・・・・君の矜持を守る意味で”示談”を提案すると決めたよ」


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