第7幕:薔薇の令嬢と
壮大な薔薇園を通り巨大で豪華絢爛な屋敷の前に到着すると先日の殺し屋が立っていた。
ただし服装は燕の尾のように伸びた裾が特徴の礼服で、白い手袋などを装着しており執事役に徹している様子に見えた。
もっとも・・・・懐が僅かに膨らんでいる辺り婦人から命じられてもいるのだろう。
「・・・・フランクが詩文を出す事を拒絶したら力尽くで奪えと命じられましたか?」
私が静かに問うと男は頷いた。
「先日も言いましたが悲しい宮仕えの性です」
肩を落としながら私の問いに答える男を案内の役を終えた2人は同情するように嘆息した。
しかし、私は帽子を取り頭を下げた。
「先日のヴァダー、御馳走様でした」
「いいえ・・・・私の方こそ”佳い夜”を過ごせて楽しかったですよ。流石は夢の騎士ですね」
殺し屋の男は私の礼に微苦笑して返答するが直ぐにフランクを冷たい眼で見た。
「フランク・ファン・ポエット殿。今回の件・・・・今一度、言います。ここで詩文を渡せば婦人は見逃すと仰せです」
これが最良の選択と殺し屋の男は言った。
「ですが・・・・それを拒否し、婦人と会った上で話し合いをするのも宜しいでしょう。しかし・・・・婦人は貴方の求婚は断ります」
それで潔く・・・・今度こそ諦めるのが次に良いと殺し屋の男は淡々とフランクに告げる。
「ただし、それすら拒絶し断固として詩文を手に婦人を脅すなら・・・・死を持って諦めて頂く他ありません」
そちらのハインリッヒ・ウーファー旗騎士様と御一緒に・・・・・・・・
殺し屋の男は何処までも淡々と・・・・そして冷たい口調でフランクに言葉を投げ付けた。
だがフランクは詩文を渡そうとはしなかった。
「・・・・ならば屋敷へ御入り下さい。ただ、当屋敷に居る使用人は素性もあってか柄が悪いので気を付けて下さい」
最後の止めとばかりに殺し屋の男は言うと屋敷の玄関へ歩いて行きドアを開けた。
そのドアが開けられると・・・・早々に柄の悪い男達が私とフランクを出迎える。
「・・・・ハインリッヒ、君が先に行ってくれ」
「そのつもりだけど赤の他人の私が先に入るのは無礼だから・・・・また、案内してくれませんか?」
『仰せのままに。ハインリッヒ・ウーファー旗騎士様』
私は殺し屋の男とは反対側に立っていた2人に頼むと、2人は快く頷いて屋敷の中へ先に入り私とフランクを招き入れた。
そしてフランクの背後を殺し屋の男は近すぎず、離れすぎずの距離を保ちながら付いて来た。
勿論フランクとしては背後から刺されるかもしれないという恐怖を覚えざるを得ない。
かといって私の隣に立てば必然と柄の悪い男に絡まれそうになるから・・・・・・・・
結局は私の後ろを歩く形に落ち着いた。
ただ、それも僅かな時間で・・・・直ぐに彼は私を押し退けて前に出る事になったけどね。
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柄の悪い使用人達の視線からフランクは漸く逃れたとばかりに安堵の息を吐いた。
しかし目の前のドアを潜れば婦人が居ると分かるのか・・・・厳しい表情を浮かべる。
ただ執事役になっている殺し屋の男が更にフランクを刺激するような台詞を発した。
「イヴォンヌ婦人。ただ今、守護騎士団のハインリッヒ・ウーファー旗騎士様と、その御友人たるフランク殿を御連れしました」
『嗚呼、そうなの?なら入れて』
ドア越しに聞こえてきた声は勝ち気な口調だった。
そしてドア開けられて中に入ると私は早くも個人的評価を下してしまった。
私の性格がそうだからかもしれないが、目の前の長椅子に半身を預け、胸元が大きく割れた赤いシュールコートゥベール姿はあからさま過ぎる。
顔立ちは卵のように端正だ。
大きな眼と、薄緑の瞳には程良い形で似合っているが・・・・濃いルージュは似合わない。
しかし目の前の女性は自己主張とばかりに見せているきらいがある。
そして私を値踏みするように半身を傾けて見る様は・・・・こう評価するしかない。
『傲慢と傲岸が服を着たような女性だな』
私は婦人という言葉も似合わないと思うがフランクは私を押し退けた。
「イヴォンヌ!!」
「フランク、落ち着きな」
私は今にも目の前の女性に抱き付こうとしたフランクの肩を掴んで止めた。
「何をするんだ?!」
「私と君は屋敷に招かれたんだよ?そして相手は未婚だ。ここは“礼節”を弁えないと駄目だよ」
川岸のお爺さんが言った台詞を思い出しながら私はフランクを諭した。
『良いか?“親しい間にも礼儀あり”だ。特に女には礼儀・礼節を弁えて接しろ』
そうする事で女性の顔を立たせるとお爺さんは言ったし私も賛同している。
しかしフランクは私を振り解こうとさえしたから・・・・3人は女性を護るように立ち位置を変えた。
すると先ほどとは打って変わりフランクは私の背中に引っ込んだ。
「守護騎士団の一員にしては情けないわね?ヘボ詩人を抑える事にも手間取るなんて」
女性は私がフランクに対する態度を見て辛い評価を下したが私は肩を落とした。
「否定はしません。ただ、先に自己紹介をさせてくれませんか?」
「マドモアゼル」と私が言うと女性はギロリと睨んできた。
「私はイヴォンヌ・ファン・ジャルディニエ”婦人”よ。それを御嬢さんと言うなんて失礼よ」
「それは違います。失礼ながら貴女は確かに年齢で言うなら婦人と言えます」
御年23歳でしょと私が言うと女性は更に怒った。
「女に対して年齢を言うのも失礼よ」
「えぇ、そうですね。それについては謝罪します」
私が帽子を取り頭を軽く下げると女性は長椅子から上半身を起こした。
「そんな謝罪は要らないわ。私が欲しいのは、貴方の後ろに隠れているヘボ詩人の詩文と・・・・貴方が土下座して詫びる姿を見る事よ」
女性は3人を押し退けて前に出ると私を指さして要求を言ってきたが私は態度を崩さなかった。
またフランクは再び私の背中から出ようとしたが左右の部屋から出て来た柄の悪い男達を見て縮み上がった。
「この男達は私の屋敷に住み込みで働く使用人よ。ただ、見た目通り荒っぽいの。しかも・・・・人を殺す術も心得ているわ」
「そうでしょうね。しかし・・・・そこまで手練れと言えるのは居ませんね。居るとすれば目の前の3人くらいでしょうか?」
そして・・・・・・・・
「自分から手札を見せるのは3流賭博師の証と私の親友は言っていましてね・・・・そういう点でも貴女は婦人と呼ぶには程遠い女性ですよ。私にとっては」
女性は畳み掛けるように指摘した私を憤怒の表情で睨み、そして左右から囲むように立った柄の悪い使用人達に命じようとした。
しかし、それを3人が止めた。
『イヴォンヌ婦人。ハインリッヒ・ウーファー旗騎士様は守護騎士団の一員です。その方を相手にするという事は即ち司法庁を敵に回す事になります』
司法庁を敵に回せば痛手は大きいどころか運が悪ければ一網打尽にされかねないと3人は口を揃えて言い、イヴォンヌ婦人はグッと堪えるように拳を握り締めた。
そして3人の言葉を聞き入れるように柄の悪い使用人達を少し下がらせたが・・・・私を睨むのと要求は変わらなかった。
「残念ですが土下座して詫びるのは断ります。ただ・・・・フランクの書いた詩文については・・・・些か御話しましょう」
「話す事なんて無いわ。私の要求を呑むか、拒否するか2つに1つよ」
「ですが、その前に今回の経緯を私に説明させて下さい。これは”任意事情聴取”の一環でもあるんですから」
ここで私は手札の中でも「そこそこ」強い一枚を女性に対して見せた。
すると女性はグッと怒りを再び抑えて・・・・こう言った。
「なら経緯を説明して。まぁ経緯なんて説明されても私の要求は変わらないけど」
「えぇ、そうでしょうね?しかし・・・・果たして最後まで貫けますかね」
私は殺し屋の男の様子から「然る動き」を察してから女性に言ったが、女性は分からなかったのか経緯を語るように促した。
「では、今から3日前にフランクが私の持ち家で語った事を御話します」
そう言って私はフランクが3日前に語った経緯を改めて語り始めた。