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第5幕:殺し屋からの助言

 「その酒は?」


 フランクは店主が差し出した酒瓶を見て私に尋ねた。


 「この酒は白樺の樹液を元にした酒です」


 「白樺の樹液で酒を?」


 私に代わってブーロー・ブランを説明した店主にフランクは驚いた様子だった。


 「はい。もっとも使うとすれば1滴辺りが良いと今は言われています」


 2滴以上では「甘すぎる」からと店主は言い、私をチラリと見た。


 「そうですよね?考案者のハインリッヒ様」


 「まぁ・・・・あくまで私の好みですけどね」


 店主の悪戯心に私は苦笑しながらブーロー・ブランの瓶を眺めつつジードを飲む。


 味は何の変哲もないジードだが、直ぐ横にあるブーロー・ブランを見ると・・・・最小限の甘さが加わり良い具合となる。


 それでも甘口を好む人達から言わせれば辛すぎるだろうが・・・・・・・・


 「ちょうど良い辛さだ・・・・貴方もどうです?」


 私は小さな入り口の前で腰を折って立っていた男に言葉を振った。


 「そうですね・・・・急いで来たので喉が渇きました」


 男は私の言葉にクスリと笑いながらフランクの直ぐ真後ろを通り私の横に腰かけた。


 「マスター。私にもハインリッヒ殿と同じ物を」


 「畏まりました」


 店主は男の注文に直ぐ応じたが、そこに恐怖等の感情は無い。


 寧ろ平然としており怯えるフランクとは対照的だけど・・・・使者である男にはフランクという青年は眼中に無いのか・・・・私に婦人の返事を伝えてきた。


 「婦人からの返事はこうです」


 『3日後に私の屋敷へ来なさい。勿論ヘボ詩人と、私を脅かす代物を持ってよ』


 「・・・・あの2人に予め言ったんですが婦人は信用してないのですね?」


 「あの婦人は自分の思い通りにならないと癇癪玉のように怒りますから気にしない事です。それ以外にも男漁りが些か目に余りますがね」


 「赤の他人である私が言うのもなんですが・・・・何れ今以上に痛い思いをすると想像できます」


 私の言葉にフランクは怒ったが使者の方は肯定した。


 「そうでしょうね?中堅幹部の位置に居る私から見ても婦人は男を甘く見ています」


 だから今回の騒動は婦人にも非があると使者は断言した。


 「ですが”宮仕え”の辛い所でして・・・・文句を言おうものなら即日、解雇されてしまうのです」


 「それは大変ですね。私の元上司も人使いが荒くて大変でしたが婦人に比べれば遥かにマシと思えますよ」


 私が挙げた元上司が誰なのか使者は直ぐに察したのかクスリと笑った。


 「あの不良騎士は良い上司ですよ。少なくとも婦人に解雇されたら直ぐにでも守護騎士団のヴァエリエ分署に私は足を運んで雇ってくれるよう直談判します」


 「ははははは。そんな真似をされたらアルバン団長も直ぐ了承せざるを得ないですね」


 「えぇ、そうでしょうとも。しかし・・・・婦人はアルバン殿とは違います」


 ここで男は静かな口調で私に語り掛けてきた。


 「貴方も守護騎士団に所属しているなら婦人の事は知っておりますよね?」


 「裏世界の人間と深い係わりがあるんですよね?それこそ殺し屋を何人か配下に置いているとか」


 フランクは殺し屋という単語にビクリとした。


 「えぇ、そうです。そして・・・・その殺し屋の一人は私です」


 男の言葉にフランクは先ほど以上に恐怖で震えた。


 だが店主は平然としているし、私も平然としている。


 「・・・・やはり私が殺し屋と知っていましたか?」


 男は平然としている私を興味深そうに見て問い掛けてきた。


 「身のこなしに隙がありませんでしたからね」


 「では、どうして私に席を勧めたのですか?こう言ってはなんですが・・・・私が殺そうと思えば、そこの小僧など直ぐに殺せたんですよ?」


 ただ入って投げ剣を1本だけ心臓に向けて投げれば・・・・それで終わりだと殺し屋の男は冷たい口調で断言した。


 「そうでしょうね?ですが、あの手練れ2人は私に”使者”を送ると言いました。だから私は彼等の言葉を信じたに過ぎません」


 「・・・・・・・・」


 殺し屋の男は私を無言で見つめたが・・・・やがて微苦笑した。


 「ははははは・・・・上司の言う通りですね。貴方を2人はこう言いました」


 『夢の騎士団の団長ハインリッヒ・ウーファーは・・・・馬鹿みたいに真っ直ぐな男だ』

 

 「否定できませんね」


 今度は私が微苦笑する番となったが殺し屋の男はこう返した。


 「そう言いますが・・・・だからこそエリーナ王女を始め貴方は皆から大切にされているのですよ。マスター。この真っ直ぐな旗騎士に私の奢りで酒を一杯頼みます」


 「何になさいますか?」


 店主は殺し屋の男にベースの酒を尋ねた。


 「私はヴァダーを好みますが・・・・大丈夫ですか?」


 「ヴァダーは私も好きですよ」


 「それなら・・・・”水牛”のヴァダーをストレートで御願いします」


 殺し屋の男は大カザン山脈付近に自生している水牛草を漬け込んで造酒されたヴァダーを店主に頼んだ。


 「畏まりました」


 店主は直ぐに用意する為か、店の奥へと消えた。


 殺し屋の男は奥へ消えた店主の背中を見てから私に語り掛けてきた。

 

 「最初に比べると酒の種類が豊富になりましたね」


 「えぇ・・・・最初の頃は1種類の酒だけで、数杯飲めば終わりでしたからね。しかし、そういう飲み方も悪くないでしょう」


 ただ・・・・・・・・


 「貴方のような男と飲めるのですから多少の我儘を言いたくなります」


 「私もですよ」


 殺し屋の男が苦笑するのに対して私は小さな笑みで返した。


 そしてヴァダーを飲む為にジードを飲み干し、口直しにコーンパイプを口に銜えてタバコの葉を入れた。


 「コーンパイプとは良い趣味ですね。しかも自製とは恐れ入ります」


 「趣味みたいなものですよ」


 タバコの葉を入れた私はマッチで火を点けて香りを楽しみ口直しを行った。


 その横でフランクはビクビクしては酒を飲んでいるが殺し屋の男は見向きもしない。


 ただ水牛のヴァダーが来ると小さく息を吐いた。


 「・・・・怯えるなら諦めた方が良いだろうに」


 「そうは言っても”恋は盲目”ですからね。貴方にだって忘れ得ぬ女性は居るのでは?」


 店主が殺し屋の男にもグラスを差し出しながらフランクを庇うように問い掛けた。


 「居ましたね。もっとも彼女は・・・・あちらに居ます」


 静かに殺し屋の男は天井を・・・・天を指さし、次に自分の心臓を親指で指した。


 「・・・・彼女は天に召されたが、それでも貴方の思い出の中では今も生きている訳ですか」


 私が静かに言うと殺し屋の男は頷いた。


 「儚く散った男の失恋話と笑うかもしれませんが・・・・そういう物こそ恋愛であると私は思っています」


 そちらの小僧の言う恋とは、ただの「我儘」でしかないと殺し屋の男は断言した。


 「・・・・そうかもしれませんね」


 私は殺し屋の男が言った台詞を肯定する台詞を発したが、フランクは恐怖と飲み慣れぬ酒もあってか頭を上下に揺らしている。


 だから聞かれていないと私は思った。


 しかし・・・・本当の事だから寧ろハッキリ言った方が良いのではないかとも思ってしまった。


 それは友人を傷つけかねないが・・・・婦人の屋敷で如何にして双方を取り纏めるか・・・・・・・・


 私の頭の中で導かれた答えを考えれば・・・・・・・・


 やはり・・・・今の時点で言うべきかもしれない。


 「・・・・友達を思う気持ちは、時に厳しい態度も必要ですよ」


 殺し屋の男が静かにグラスを掲げながら私に語った。


 「私にも友人は居ます。だから・・・・より良い人生を如何にして友人が歩めるか考えます」


 その中には厳しかったり、冷たい台詞を吐く時もあると殺し屋の男は言う。


 「言えば友人は怒りますが・・・・それでも私は、その友人を真に思えば・・・・言います」


 「・・・・・・・・」


 殺し屋の男が言った台詞は私の胸に深く刻み込まれたが、考えてみれば・・・・ドクがそうじゃないか。


 ドクは私と違い言いたい事は何時もハッキリ言う。

 

 そこには皮肉や手厳しい指摘もあるが・・・・その言葉で間違いだった事は殆ど無い。


 「・・・・助言、ありがとうございます」


 私はグラスを持ち上げて殺し屋の男に礼を述べた。


 「いいえ。少し年を取った男の世話焼きですよ・・・・しかし、その律儀な性格に乾杯しましょう」


 「では私も・・・・その世話焼きに乾杯です」


 私と殺し屋の男は静かにグラスを掲げてヴァダーを飲んだ。


 そして殺し屋の男は去り、私は酔い潰れたフランクを自宅へと連れ帰り・・・・3日間説得し続けた。


ハインリッヒが飲んでいるジードはジン、そして飲み方はウィンストン・チャーチル首相が好んだ「マティーニ」です。


ただ、チャーチルの飲み方は諸説ありますが今回は斜め前にベルモットを置いて、ジンを飲む方法にしました。

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