第3幕:秘密の公園へ
ヴァエリエは既に淡いオレンジ色の空となっていた。
黄昏時となり市場は店仕舞いで忙しそうだったが私と彼女が居る銅像の前は今も人が多かった。
その銅像は噴水の上に築かれていたが他の銅像とは少し違う。
先ず人物は居らず、左右の車輪が2つある屋根付きの馬車が眼を引く。
屋根付き馬車の中には人形や絵本が入っていて、その馬車の前にはトランプの絵柄が描かれた長方形の盾たる「スクトゥム」がある。
屋根付き馬車を攻撃しようとする斧、メイス、手榴弾などの前に立ちはだかるスクトゥムの手前には銅像の名前が書かれている。
『夢の騎士団』
そう・・・・この銅像こそ彼女がフランクと待ち合わせ場所なのだ。
恐らくフランクは最近の銅像で、しかも人だかりが多い事を理由に場所として指名したのだろう。
しかし私には・・・・仲間達との功績を皆が感謝した証であり意味深い。
逆に彼女としては・・・・・・・・
「・・・・・・・・」
彼女は私の隣に黙って立っていた。
だが右だけ少し長くした自身の黒髪を黙って弄っているから苛立っているのだろう。
対して私は自製の「コーン・パイプ」を銜えて立っているが眼は周囲に配っている。
『・・・・さっきの尾行者は居ない、か』
あの店のボーイがヴァエリエに出来た「新・裏町」の治安当局に連絡したから問題は本当になかったのだろう。
ただ私の身体は既に職業病となっているのか・・・・油断なく周囲に気を張っている。
「・・・・フランクは、来ないのかしら」
突然、彼女はポツリと呟くように声を発したが私は直ぐに否定した。
「彼は来るよ」
彼は君と会うと自分の口で言ったのなら・・・・・・・・
「それは彼にとって違えてはならぬ”約束”となったんだからね」
「・・・・確かに、昔から小さな約束も破った事・・・・無かったわね」
私の言葉に彼女は小さな声で相槌を打ってきた。
「だから彼は必ず来るよ。多少は遅れるかもしれないけどね」
「・・・・・・・・」
彼女は再び無言となり自分の髪を弄り始めたが苛立った気は消えた。
それに多少の安堵を抱きながら私も探していると・・・・人込みの中に紛れるようにして歩いて来る一人の青年が見えた。
彼女も見つけたのか、髪を弄っていた手を止め今も痛そうに腫れ上がった顔の痣を見つめている。
逆に私は・・・・約束通り現れた幼馴染のフランクを追い掛けて来たであろう・・・・尾行者の位置と人数をシッカリと把握した。
私と彼女の前に現れたフランクは私の隣に立つ彼女を見て、次に私を見たが驚いていた。
しかし直ぐに彼女が話したと察したのか一瞬だけ怒った表情を浮かべるも・・・・直ぐに非は自分にあると認めたのだろう。
観念したように・・・・私達の方へ歩み寄って来て声を掛けてきた。
「・・・・やぁ、久し振りだね?ハインリッヒ」
「あぁ・・・・数年振りかな?出来るなら・・・・こんな形で再会したくはなかったけど」
「私もだよ。だけど、これは私が解決する事だから・・・・・・・・ッ」
「随分とやられたようだけど・・・・今日はどうなんだい?」
「何とか、逃げているよ・・・・ただ、それも時間の問題だ」
「・・・・立ち話もなんだから”夜の公園”で話そう」
あそこも顔が利くと私が言えばフランクは苦笑した。
「小さい頃は泣き虫で弱虫だったのに・・・・変わったね?」
「変わるように努力しているからさ。さぁ、行こう」
「あぁ、そうだね。でも先に・・・・ごめんよ」
フランクは私の隣に立っていた彼女に頭を下げた。
「怖い思いをさせたようだね?だけど、もう大丈夫だよ。だから後は家に帰りな」
「・・・・・・・・」
フランクの言葉に彼女は沈黙を保っていたが一瞬だけ私に視線を送ってきた。
しかし私は彼女を見ずフランクを伴い歩き出す。
それを見て彼女は正反対の道---即ち自身の家へ足を向けたが・・・・彼女を追う尾行者は誰も居なかった。
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夜の公園に行くまでに私は一通りの事をフランク自身から聞いた。
「彼女と初めて会ったのは今から3週間前だった」
その時のフランクは代筆の仕事で生計を立てていたが、その仕事で薔薇園の婦人と出会ったらしい。
「初めて見た時には雷で打たれた衝撃を受けたよ。今まで私が出会った女性の中でも・・・・最高の美しさを誇っていたんだ」
場所も薔薇園というロマンスに溢れていた事も加わったのか、婦人の方から声を掛けたとフランクは言った。
「声も美しかったし、仕草も綺麗だった・・・・そして・・・・その日の夜に私は彼女と結ばれたんだ」
「・・・・・・・・」
私は無言でフランクの語りに耳を澄ませたが気配は尾行者に向けている。
『・・・・人数は変わらず5人。その内手練れと思われる相手は2人か』
恐らく手練れ2人が詳しい情報は知っていると私は推測しながらフランクの語りに相槌を打つ。
「夢のような時間を彼女とは過ごせたけど・・・・私は、それだけでは満足できなかった」
薔薇園の婦人は自分以外の男にも似たような台詞を掛け、そして気に入れば夜を共に過ごすのが日常だったとフランクは語る。
「それを同じ屋敷に住んでいた私は我慢できなかった。だけど彼女に言っても聞く耳は持ってくれなかった」
それでも諦め切れず・・・・・・・・
「求婚したんだ」
フランクはギュッと拳を握り締めて強く言ったが少しずつ手が震え始めた。
「でも彼女は私の求婚を断った。そして代筆の仕事もキャンセルすると言い・・・・私は追い出されたんだ」
本当なら・・・・その時点で諦めるべきだとフランクは言った。
「だけど諦め切れず何度も屋敷に足を運んでは復縁を求めて・・・・その度に追い出される始末なんだ」
「・・・・それだけではないだろ?脅迫の真似事もした筈だ」
この言葉にフランクの顔が引き攣った。
「図星のようだね?しかし・・・・それから先は、後で聞くよ」
私はフランクを庇うようにして前に立ち・・・・先回りする形で現れた5人の尾行者と対峙した。
「き、君達は・・・・・・・・」
フランクは尾行者達を見て顔を更に引き攣らせるが、尾行者達は半ば呆れた表情を浮かべてフランクを見る。
「おい、餓鬼。てめぇ・・・・好い加減にしたらどうなんだ?」
「さっきから聞いてりゃ・・・・ナニを持っている野郎なのに女々しいぞ」
「たくっ・・・・こんなチンケで張り合いのない仕事なんてやった事ねぇよ」
5人の内3人はフランクに皮肉と愚痴を零すが2人の手練れは私を見ている。
「・・・・守護騎士団の人間か?」
右側に立つ長身の男が私に問い掛けてきた。
「あぁ、その通りだ。王立守護騎士団国境警備課所属のハインリッヒ・ウーファー旗騎士だ。君達は薔薇園の婦人が差し向けた人間だね?」
私が問い掛けに答え、今度は逆に質問すると男は頷いた。
「あぁ、そうだ。婦人から言われたんだよ」
『フランクというヘボ詩人を私の前に連れて来なさい。女の名誉を傷つけた御仕置きをくれて上げるわ』
「女の名誉とは随分な言い草だね。何より・・・・婦人が君達にやらせた事は明らかに犯罪だ。守護騎士団の団員として見過ごせないよ」
ただし・・・・・・・・
「話を聞く限り・・・・フランクにも非はありそうだから・・・・どうだい?」
日を改めて私達の方から薔薇園へ行こう。
「・・・・・・・・」
尾行者達は私の言葉に一瞬驚き、次に警戒するような視線を送ってきた。
フランクの方もそうだが私は続けた。
「この件は双方に非がある。そして公の場で問題を解決するには双方の為にはならない。なら・・・・一度、話す場を設けてはどうかな?」