表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

第2幕:薔薇園の婦人

 赤い月に彼女を乗せて私は実家から2ブロック挟んで在る建物に来た。

  

 そこも平民が居を構える通りだけど郊外に引っ越す者も多かったのか、今は店などの方が多かった。


 ただ私には慣れ親しんだ場所だし顔馴染みの人間も居るから心は気持ち良い。


 しかし私は真っ直ぐ然る建物の玄関前で箒を使って掃き掃除をしている男に声を掛ける。


 「こんにちは」


 「嗚呼・・・・これはハインリッヒ旗騎士。お久し振りですね」


 男は私が声を掛けると温和な笑みを浮かべた。


 「店はどうですか?」


 「繁盛しております。それはそうと休暇ですか?」


 今は国境警備課に配属されている筈でしょと問う男に私は頷いた。


 「えぇ、休暇です。上司から無理やり取りました。それで帰って来たのでコーヒーを頂きたいのですが」


 「そうでしたか。では、どうぞ。貴方様なら予約無しで構いません」


 私の娘を助けた恩人と男は言い、それを聞いて彼女は先の件と察したように俯く。


 「さぁ馬から降りな」


 彼女の様子を見て私は膝を折り、彼女が降り易いようにした。


 「・・・・・・・・」


 彼女は少し躊躇いながらも私の背中に足を置いて赤い月から降りた。


 「では店に入って下さい。私はこの馬を小屋に連れて行くので」


 男は私から赤い月の手綱を受け取ると建物の裏側へと向かい、私は彼女を伴い店の玄関前に立った。


 軽くドアを叩くと直ぐに内側から開けられて私と彼女は難なく中に入れた。


 「いらっしゃいませ。ハインリッヒ様。どうぞ、こちらへ」


 案内役のボーイは私に会釈すると店の奥へと案内してくれたが、その横には席が空くのを待つ客が何人も居た。


 すんなりと席に案内される私と彼女を客達は不審そうに見たが何人かは知っていたのか・・・・こう言った。


 『”夢の騎士団”の団長だ』


 この言葉を彼女は聞くなり顔を俯かせるが私は気にしていないと前を向く事で伝えた。


 しかし彼女は席に着くまで顔を俯かせたままで、ボーイが飲み物を尋ねても顔を上げる事はなかった。


 「どうも気分が優れないんだよ。それはそうと・・・・外でウロチョロしている輩が居るよ」


 「分かりました。直ぐに連絡しておきます」


 ボーイは私の言葉に頷くと直ぐに席を離れた。


 「飲み物が来るまで・・・・話してくれないかな?」


 私達の幼馴染の一人たるフランク・ファン・ポエットは・・・・・・・・


 「何処の婦人に恋をしたんだい?」


 真っ直ぐ彼女を見て問うも・・・・彼女は私を見ずに言葉だけ発した。


 「・・・・”薔薇園の婦人”は知っている?」


 「薔薇園の婦人・・・・嗚呼、最近になってヴァエリエに引っ越して来た商家の女性だね」


 私は直ぐに思い当たる人物が居たので言った。


 すると彼女は肯定するように頷く。


 「そうか・・・・彼は、あの婦人に恋をしたのか」


 「・・・・知っているの?」


 彼女は少し顔を上げて私に問いを投げてきた。


 「まぁね。噂では既に両親とは死別していて、10代半ば辺りから”遍歴庭師”として働き、その腕を認めた然る老商人の屋敷に雇われたと聞いているよ」


 その老商人は独り身だったらしいが、造園が趣味だったらしく彼の婦人にあらゆる造園を試させたらしい。


 そして老商人が死んだ頃には一人前の庭師として成長し、老商人が遺した金を元手に造園業を始め瞬く間に一財産を築いたというから大したものであるが・・・・・・・・


 「一方では男漁りが激しく、また・・・・裏世界の人間とも深く係っていると聞いているよ」


 「裏世界の人間・・・・その人達って・・・・・・・・」


 「金さえ貰えば人を殺す奴等も中には居るよ」


 私の語りを聞き終えた彼女は息を飲んだように問いを投げてきたけど、それも途中で途切れたので代わって・・・・知りたい事を伝えた。


 すると彼女は再び視線を落とした。


 しかし私は先輩達からの助言と自分の経験から敢えて沈黙した。


 そして彼女の方から話すを待っていると先程のボーイが戻って来て2人分のコーヒーを差し出した。


 「ありがとう。それからさっきの件は?」


 「御安心下さい。連絡したら直ぐに駆け付けて下さり追い払ってくれました」


 「それなら良かった」


 ボーイの言葉に私は満足して頷いた。


 「では、ごゆっくり」


 ボーイは私達に一礼すると直ぐに席から離れ、再び私と彼女だけとなった。


 すると彼女は再び視線を少し上げて唇を動かした。


 「・・・・フランクと久し振りに会ったのは今から1週間前よ」


 その時は近くの市場で安売りがあったので買い物に行っていたと彼女は語った。


 「それで思いの外・・・・時間を掛け過ぎて家に帰る頃には暗かったわ・・・・そんな時に路地裏からフランクが出て来たの」


 路地裏から出て来たフランクは衣服はボロボロだし、身体中も痣だらけで数人の男に暴行を受けたと一目で判ったと彼女は語った。


 「直ぐに家へ連れて行ったわ。お姉さんが薬師で、医療にも長けているのは・・・・知っているでしょ?」


 「あぁ、知っているよ。それで姉さんの診立ては?」


 「命に別状は無いし、フランクも帰れるって言ったから・・・・そのまま帰したの」


 ただ、その日の夜に・・・・・・・・


 「柄の悪い男が来て・・・・私に言ったの・・・・・・・・」


 『あの餓鬼の女なら忠告だ。今すぐ婦人を脅すような真似は止めろ!!』


 「・・・・それで君と姉さんは?」


 末の妹は地方で行商中と聞いていたので私は敢えて目の前の彼女と、実姉の行動を尋ねた。


 「直ぐに男は消えたから・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・」


 彼女は二の次が言えなかった。


 だが私には言わなくても解ったし・・・・彼女を叱る気分にはなれなかったが彼女は私が沈黙したのを怒っていると捉えたのだろう。


 「わ、悪かったと思っているわ。姉さんも直ぐに通報しておけばと言っていたわ。ただ・・・・フランクが次の日に来て口止めしたの」


 『この件は誰にも言わないでくれ。私が自力で解決する』


 「・・・・・・・・」


 私は無言を貫いたがフランクの行動には多少の怒りを覚えた。


 ただ、それよりも彼女の説明を聞くのを優先させ続きを促す。


 「・・・・それからフランクは来なくなったわ。男も現れなかったけど・・・・ここ数日は、誰かに見張られている気がするの」


 「・・・・恐らくフランクが再び現れるのを待っているのかもしれないね」


 この言葉に彼女は視線を再び落としたが・・・・眼は泳いでいる。


 「この際だからハッキリ言うけど・・・・フランクは確かに幼馴染だよ。でも、この話は明らかに事件性が高いから・・・・今の内に全て話してくれると助かるんだ」


 余り言いたくない台詞だが彼女の生活と、フランク自身の事を考えて私は強い口調で断言した。


 すると彼女の泳いでいた眼はピタリと止まった。


 そして・・・・こう言った。


 「・・・・今日、夕方・・・・会って欲しいって手紙が来たの」


 「場所は何処だい?」


 「・・・・”夢の騎士団”像の前よ」


 ここで彼女は私をチラリと黒い瞳で見てきたが直ぐに視線を逸らし、代わりに場所を教えてくれた。


 「あそこか・・・・それじゃ・・・・そこまでは私と一緒に居てくれないかな?」


 「どういう・・・・意味?」


 彼女は私の心理が解らず戸惑った問い掛けをしてきた。


 「この件は事件性が濃厚だ。いや、君の家に見知らぬ男が来て脅した時点で脅迫罪が適用される。そしてフランクに対する暴行罪も適用できるんだ」


 つまり・・・・守護騎士団の仕事となる。


 「生憎と地方課の私は管轄外になるけど目の前の事件を見過ごせないからね」


 だから今から・・・・私が今件は担当すると彼女に言った。


 「そこでフランクが来たら君は家に帰って良い。そうすれば向こうも私を見張る筈だからね」


 こう私が言うと少なからず彼女は安堵の表情を浮かべた。


 昔なら・・・・そう・・・・幼少時代なら恐らく天にも昇るような気持ちになっただろう。


 しかし大カザン山脈で女神と出会い、そして別れたからか・・・・・・・・?


 私の心は既に如何にして今件を解決するか・・・・それだけで頭を一杯にさせていた。   


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ