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終幕:薔薇の騎士

 サルバーナ王国歴3093年10月15日。


 その日もヴァエリエへ戻った時と同じように青い空だった。


 「・・・・今頃、彼も見ているのかな?」


 家の鍵を閉めて青い月の手綱を掴んだ私は空を見上げながら先にヴァエリエを出たフランク・ファン・ポエットを思い出した。


 彼の令嬢との示談に彼は応じたが金は一切取らずに身を引いたのは私の思いもあったが、彼自身の強い決意があったのは言うまでもない。


 そして彼は私の家で酒を飲んだ翌日には引っ越しの準備をし始めた。


 どうやら令嬢との一件もあり殆どやっていなかったらしい。


 『あと3日で旅立つから急がないと』


 こう彼は言いながら頭の痛さに耐えつつ私の家から去って行った。


 しかし、その後ろ姿は完全に令嬢との件を終わった物としていたから良かったと思っている。


 対して私の方はフランクが帰った後に直ぐ前日、彼と飲んだリーヴ・ヴィエイヤールを令嬢の祖父たるジェームス殿に送った。


 これが最後にジェームス殿が私に投げた問いの答えだ。


 それはリーヴ・ヴィエイヤールの樽が元はワイン樽だったからだ。


 私の家となった元の主人たる川岸の御爺さんの言葉で言えばこうだ。


 『元はワイン以外は酒として認めない聖教の眼を欺く為にワイン樽に酒を隠したのが始まりだ』


 ところが樽の色が浸透し、そして香り等も染み込むという副作用を然る人物が発見した事で・・・・使い古されたワイン樽などを再利用するようになっている。


 そこをジェームス殿は西方派聖教の聖書---アルシュの中にある福音書に引っ掛けたんだ。


 つまり「新しい酒は古い革袋に入れて寝かせるのも良い」と言いたかった訳なんだよ。


 些か回りくどい問いだけど私個人としては茶目気のある問いだった。


 だけどジェームス殿からの答えは返ってこない。


 私の答えが外れたか、気に入らなかったのかは分からないけど休暇も終わったので行くしかない。


 「さぁ、行こうか?」


 青い月の手綱を優しく引いて私が言えば青い月は頷いて歩き出した。


 既に朝日は昇り切っていて、市場等は賑わいを見せているけど青い月を連れているので私は最初と同じように馬車等が通る道を通ってヴァエリエの門まで行った。


 後もう少しという所まで来た所で私は一度、足を止めた。


 それは門から少し離れた所で・・・・が立っていたからさ。


 「やぁ、どうしたんだい?」


 私は彼女に近付いて声を掛けた。


 すると彼女は「フランクの事だけど」と少し言葉を濁しながら尋ねてきた。


 「彼ならヴァエリエを出て行ったよ。ただし、ちゃんと問題は解決したから大丈夫だよ。君の方も現れてはいないんだろ?」


 「そうだけど・・・・あんたは、何でもなかったの?」


 「あぁ、特に何の問題もなかったよ。しかし・・・・長い休日だったよ」


 「・・・・今度は何時、帰って来るの?」


 彼女の思わぬ問いに私は驚いた。


 だけど私は直ぐに答えた。


 「冬を越してからか・・・・若しくは冬が来る前に帰るかもしれないね。まぁ、仕事の具合だから何とも言えないよ」


 「そう・・・・帰って来たら・・・・家に来て。姉さんが礼を言いたいって」


 「別に私は職務を全うしたに過ぎないよ。ただ、前にも言った通り今度からは守護騎士団に直ぐ行きなよ?」


 守護騎士団のモットーは・・・・・・・・


 「民草の側に寄り添え・・・・だからね」


 「・・・・・・・・」


 彼女は私の言葉に何も言わなかった。


 ただ私も答えを求めた訳ではないので、静かに彼女の横を擦り抜けて門の方へ歩んだ。


 門の前で最初と同じように私は身分証明書を見せて門番の会釈を受け取って潜って外に出た。


 門の外に出てから青い月に跨ってヴァエリエに背を向けるが・・・・彼女の視線が背中に感じたのは気のせいじゃないだろう。


 だけど青い空の方が・・・・今も天上から見守っている女神の優しい視線が降り注ぐと酷い事に私は魅了され・・・・彼女の視線を直ぐに忘れてしまった。

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 サルバーナ王国歴3093年10月28日。


 私は自分が所属する国境警備課の基地にある事務室で一人、書類と格闘していた。


 「はぁ・・・・何とか今日中には片付きそうだな」


 上司に報告する書類を見て私は独り言を呟いた。


 だが、そこへ上司が来て私に1本の瓶を差し出してきた。


 「お前宛の酒だぜ。”薔薇の騎士”殿」


 「薔薇の騎士という渾名は止めてくれませんか?」


 意地悪そうな笑みを浮かべる上司に私は何度目か忘れた台詞を発したけど、上司は皮肉気に口端を上げてきた。


 「本当の事だろ?何せ、お前宛に何通”恋文”が届いてんだよ」


 「薔薇の香り」がする恋文が・・・・・・・・


 そう・・・・あれから私の所には頻繁に手紙が届く。


 しかも薔薇の香りを染み込ませた手紙だが宛先人の名前は書かれていない。


 ただ、私は心当たりが一人しか知らない。


 もっとも正解とは思っているが・・・・そこからが問題だ。


 今の上司もアルバン分署長から私がヴァエリエで過ごした休暇を聞いたのか・・・・その日から私を薔薇の騎士と呼び始めたんだ。


 お陰で同僚からも言われたので恥ずかしい事この上ないけど・・・・酒瓶からは「ミスティーク・パルファン(神秘的な香り)」の香水の匂いがした。


 添え文もからも同じ香りがした。


 「薔薇の令嬢からか?随分と良い趣味しているぜ」


 上司は酒瓶のに薄く刻まれた絵柄を見て口笛を吹いた。


 何せ、その絵柄はゲシュヴォレーレネ司法長官の紋章が刻まれていたんだ。


 これが何を意味しているのかは簡単だよ。


 ゲシュヴォレーレネ司法長官の紋章が刻まれているという事は、ゲシュヴォーレネ司法長官の治める土地で造酒された物にしてゲシュヴォーレネ司法長官自身も認めたという事なんだ。


 つまり地方貴族が御墨付きを与えたと酒で、庶民が飲むには些か値の張る酒になるんだよ。


 そしてゲシュヴォーレネ司法長官の領土で出来た酒はランクも高いから送り物としては申し分ない事になるのさ。


 「なぁ、薔薇の騎士。そいつを俺にも飲ませてくれないか?」


 上司は仕事の時とは違い猫撫でするような声で私に話し掛けてきたが眼は完全に・・・・酒瓶を捕えていた。


 「相変わらず酒好きですね?」


 「お前が言えた義理か?それより飲ませてくれよ・・・・今日の献立は熊の肉なんだ」


 あの脂がタップリ詰まった肉は胸焼けを起こさせると上司は大袈裟に言った。


 「だが・・・・それを食後に飲めば明日の仕事も出来る。なぁ、飲ませてくれよ」


 「えぇ、良いですよ。10日間も休日を下さりましたからね」


 そう私が言うと上司は子供みたいにはしゃいだから面白い。


 しかし私は・・・・誰が差出人なのか気になった。


 もっとも・・・・これを送ったのは薔薇の令嬢ことマドモアゼル・イヴォンヌではないと確信していた。


 酒瓶に添えられた手紙と今まで送られた手紙の筆跡が先ず違う。


 また令嬢は渾名の通り薔薇を好む。


 それなのに酒瓶と添え文からは全く違う香りがする。


 そして・・・・手紙を読む限りイヴォンヌ令嬢は蒸留酒よりワインが好きだ。


 だから酒を送るとすれば自身が好きなワインを送るだろう。


 ところが私に送られたのは蒸留酒だ。


 そこを考えると・・・・これを送った人物はイヴォンヌ令嬢の祖父たるジェームス殿だろう。


 理由は私が送ったリーヴ・ヴィエイヤールに対する礼と見て良い。


 もっとも私の想像でしかない。


 何せ添え文には差出人の名前が書かれていないんだ。


 ただ手紙には・・・・こう書かれている。


 「素晴らしき酒を御馳走様。薔薇の騎士」と・・・・・・・・


                                        薔薇の騎士 完

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