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第12幕:詩人の門出に

 私はジェームス殿と肩を並べながら歩いていた。


 会話はしていないが別にジェームス殿は怒っていないのは雰囲気で解った。


 それはジェームス殿自身が孫娘の醜態に対する私の貫いた態度を理解していたからだろう。


 「君の友人には悪い事をしたね?」


 ジェームス殿は私と歩きながら詫びる台詞を発した。


 「確かに、あれは酷いですがフランクにも非はありました」


 だから示談を私は提案して2人が「痛み分け」するように仕組んだんだ。


 「亡き息子夫婦に頼まれたのに甘やかし過ぎたと思っていたから助かったよ」


 「息子さん夫婦は早くに亡くなられたのですか?」


 「流行病でね。そして私が引き取ったんだが、その時は自分の画廊商と、病気だった妻の看病でイヴォンヌを疎かにしてしまったんだ」


 そのため金こそ令嬢は有り余るほど持っていたが友人は居らず寂しい幼少期を過ごしたらしい。


 「それを私の友人が見かねて造園学をイヴォンヌに教えたんだ」


 「なるほど・・・・それが噂に出ていた独り身の老人だったのですか?」


 私の問いにジェームス殿は頷いた。


 「その友人の下で造園学をイヴォンヌは学び、やがて独り立ちすると言って私の所から出て行ってしまったんだ」


 ただ手紙でのやり取りはあったし、部下を送るなどジェームス殿なりに気遣いはしたらしいけど・・・・・・・・


 「それが結果的にはイヴォンヌ嬢を甘やかした訳ですか」


 「我ながら情けない事だよ。しかし、先の件を聞いて過ちに気付かされた」


 だから厳しく正そうと思って来たが私の登場で・・・・・・・・


 「空振りに終わったよ。いや、これ幸いにイヴォンヌと暫し暮らせる理由付けが出来た」


 礼を言うよとジェームス殿は頭を下げたが茶目っ気のある瞳だった。


 「やはり・・・・盗賊ですね?転んでもただでは起きないんですから」


 「あぁ、盗賊さ。しかし、この程度の狡猾さは君も持っている筈だよ?」


 自身が来た事を誰にも言わず、そして登場させるよう仕向けた事を指摘していると私は直ぐに理解した。


 そして正しいので苦笑する。


 「・・・・黒獅子殿に言われたんです」


 『狡賢くなれ』


 「なるほど。あの孤高の黒騎士に言われたのかい?」


 「はい。一度だけ会いましたが・・・・ああいう人物を最近は見なくなりましたね」


 私が小さい頃は本に出て来るような人物が周囲にも居たが、今では数える程しか居なくなった現実に小さな寂しさを覚えてジェームス殿に言った。


 「確かに減りはしたが全滅してはいないさ。そして減っているが、だからこそ言葉は悪いが”希少価値”となっているんだよ」


 その中には・・・・・・・・


 「君や友人達も入っていると私は見ている。なぁに、時代は巨大な海だ」


 その海の波は決して常に安定している訳でないとジェームス殿は語った。


 「私や三坂の怪紳士が生きた時代の波が激しい時もあれば穏やかな時があったと仮定するなら今の時代は大荒れだ」


 しかし、その大荒れも自然と落ち着く時が来る。


 「ただ一気にではなく少しずつだと私の経験上では言える。そして・・・・君等の世代が”第一波”さ」


 「”新しい酒は新しい革袋に盛れ”というヤツですか」


 「そういう事さ。古い酒を新しい革袋に盛っても然したる意味は成さない。逆に新しい酒を古い革袋に入れたら革袋が破けてしまうからね」


 この言葉を聞いて私はジェームス殿が盗賊業を営んでいた際に自ら名乗っていた職業を思い出した。


 「”伝道師”という職業でも食べていけましたね?」


 「ははははははっ。ゲシュヴォーレネ殿にも同じ事を言われたよ。しかし、西方派聖教の掲げる”アルシュ(箱船)”の中にある福音書が正しい訳ではない」


 この意味が解るかな?


 ジェームス殿はドアの前で立っていたフランクを見てから私に問いを投げたが、それは私の家に在る酒を知っての事だと直ぐに察した。


 「失礼ながらジェームス殿。貴方は暫しマドモアゼル・イヴォンヌの屋敷に住むのですよね?」


 「あぁ・・・・まぁ、1~2ヶ月は住むつもりだよ。何せ久し振りに遠出をしたんだ。妻達に土産を買いたいし叡智の泉にも行きたいからね」


 「そうですか・・・・では明日にでも貴方様宛に”送り物”を出したいのですが良いですか?」


 「あぁ、良いとも。それが私の問いに対する答えなんだろ?」


 私の意図を直ぐにジェームス殿は察すると茶目気のある笑みを浮かべてきた。


 「はい、その通りです」


 「では明日まで待つとしよう」


 「何を待つのですか?」


 ここでフランクがジェームス殿に問いを投げたが、ジェームス殿は微笑みを浮かべてこう言った。


 「なぁに・・・・君の良き友人が私に送り物をしたいと言ったんで待つと答えたのさ」


 「そうでしたか・・・・・・・・」


 フランクはジェームス殿の言葉に短い相槌を打った。


 「なにを塞ぎ込むんだい?君は、まだ若いんだ。これから更に素晴らしい恋愛が出来るさ。それこそ新しい土地に行くのなら尚更さ」


 あそこの地方貴族はとても聡明だとジェームス殿は言い玄関を出た私とフランクに手を上げた。


 「では・・・・また会おう」


 『えぇ、また何時か』


 私とフランクはジェームス殿に軽く頭を下げて再び例の3人に案内される形で来た道を戻った。


 ただ、鉄門を潜るまでジェームス殿の視線を背中に感じた。

 

 その視線は「厳しい世間へと旅立つ息子を心配しながらも祝福して見送る老父」のような視線だったのが印象深かった。

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 私とフランクは薔薇の屋敷から出るとそのまま私の持ち家に向かった。


 持ち家に帰ると馬小屋から馬の鳴き声が聞こえてきたが、その声は頗る元気そうだった。


 「3日前は分からなったけど・・・・君が乗って来た馬が居るのかい?」


 「あぁ、そうだよ。私にとっては大事な家族の一員なんだ。挨拶するかい?」


 「あぁ、勿論だよ」

 

 フランクは私の言葉に頷き、2人で馬小屋に行き・・・・そこで大量の飼い葉を食べる青い月を見つけた。


 青い月は私を見ると食事を止め、次にフランクを見た。


 「斑点が特徴の馬だね・・・・だけど青毛が立派だ」


 「そう言ってくれて嬉しいよ。青い月、この男は私の幼馴染のフランク・ファン・ポエットだ」


 私が近付くと青い月は甘えるように顎を肩に乗せたが眼はフランクの方をジッと見つめている。


 しかし敵意は無く・・・・ただ純粋に彼の胸に仕舞い込まれたであろう「思い出」を見ただけだ。


 それがフランクにも解ったのか、静かに歩み寄ると青い月を撫でた。


 「初めまして。私はフランクだ。君の家族であるハインリッヒには世話になったけど・・・・今夜も少し世話になるよ」

 

 青い月はフランクの言葉に何も言わず頷いて、私の方に再び顔を擦り寄せたが私はフランクに青い月を頼んだ。


 「フランク、少し青い月と遊んでいてくれ。私は家の中を軽く清掃するよ」


 私の頼みをフランクは快く受け入れたので私は家に入り直ぐに清掃を始めた。


 ただしフランクと私が寛げる広間と寝室だけで、それを終えた私は直ぐに彼を呼び寄せて軽い食事を作り・・・・酒を飲んだ。


 3日前に飲んだ8年ほど樽に寝かせた酒とは違う。


 12年間も私の家に在った地下で寝かされていた「リーヴ・ヴィエイヤール(川岸・河畔の老人)」だ。


 それをフランクに飲ませると彼は漸く「美味い酒」に出会えたんだろうね?


 3日前とは違い自棄酒ではないけど、それでも酒苦手が嘘みたいに飲んだよ。


 そんな姿を見て私は静かにグラスを傾け・・・・彼の新しい門出に幸あれと願った。 


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