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第10幕:詩人の決断

 犯罪界のグラウス・・・・・・・・


 この人名をフランクは分からないから首を傾げたがマドモアゼル・イヴォンヌと、その配下の使用人達は驚いていた。


 何せ目の前の老紳士が半世紀前に世間を騒がせた最後の正統派大盗賊と私が知っているとは思っていなかっただろうからね。


 しかしフランクだけは付いて行けず、私に問いを投げてきた。


 「ハインリッヒ・・・・この方は盗賊だったのかい?」


 「あぁ、大盗賊の首領だった方だよ。もっとも司法庁の長官たるゲシュヴォーレネ様に逮捕された身だけどね」


 だけど・・・・逮捕される前までは・・・・いや、今も盗賊界では三坂の怪紳士と並んで名を知らぬ者は居ないと言われている。


 ただ、三坂の怪紳士がそれぞれの異名に因んだ行動などをしたのに対して目の前の人物は・・・・・・・・


 「蜘蛛の巣みたいに四方へ手下を散りばめ、その手下が送る膨大な情報を基に計画を立てたに過ぎないんだよ」


 「え?それじゃ・・・・あくまで自身は盗み等に関与していなかったのかい?」


 「いや若かりし頃は宝飾盗難等に手を染めていたよ。ただし、彼を鍛え上げたのは三坂の怪紳士だから正統派と言えるよ」


 三坂の怪紳士という単語はフランクも知っていたのか、3人の名前を口ずさんだ。


 「”高坂のヒンメル”・・・・”飛坂のヴァイ”・・・・”色坂のズィンリヒ”・・・・」


 「嗚呼・・・・懐かしい名前だ」


 ジェームス殿はフランクが口ずさんだ3人の名前に大きな眼を細めた。


 それを見てフランクは漸く目の前の老紳士が盗賊だったと理解した表情を浮かべたが、直ぐに私へ説明を求めた。


 「ジェームス殿を鍛えたのは三坂の怪紳士だけど、その3人が引退するとジェームス殿が後を引き継ぐ形になったんだよ」


 ただし3人とは違い彼は部下を大勢持つ事はしなかった。


 「寧ろ同業者との網羅した独自の犯罪情報網を築いたんだ」


 その情報網を活かして同業者から情報を買い、その情報を基に選り抜かれた部下に仕事を任せて成功したら分け前を与える。


 「この他にも自身の技術を部下に伝授したから足跡を残す事は殆ど無かったんだ」


 しかし、これだけが凄い点ではないと私はフランクに言った。


 「ジェームス殿は三坂の怪紳士を師に持っていた点もあってだろうね?盗みの3箇条を守り抜いたんだよ」


 この盗みの3箇条は「女を犯すな」、「刃物を使うな」、「貧者からは盗むな」という正統派盗賊達が守る掟の事だけど・・・・・・・・


 「加えて部下の失敗には寛大で、同業者との友情を守ったんだ」


 その犯罪者なのに誇り高い性格と、蜘蛛の巣みたいに張り巡らされた情報網と綿密な計画などから付けられた名前が犯罪界のグラウス。


 「そうですよね?ジェームス殿」


 私がフランクに説明を終えて問うと本人は微苦笑を浮かべて私を見ていた。


 「あぁ、その通りだよ。しかし・・・・随分と懐かしい名前で呼んでくれるね?」


 「貴方とゲシュヴォーレネ司法長官の”知恵比べ”を書き記した本は何度も読み返しましたからね」


 「ははははははっ・・・・あの本は傑作だったのかな?」


 私とゲシュヴォーレネ殿の語りを2人の奥方が脚色して書いたんだとジェームス殿は暴露した。


 「脚色されていなくても私には5本の指に入る書物ですよ」


 こう私が言うとジェームス殿は満足そうに笑った。


 「嬉しい言葉だよ。しかし、どうして私が嘗て盗賊だったと分かったんだい?」


 初対面の相手に正体を見破られた事は唯の一度のみとジェームス殿は言ったが、その言葉振りからは正統派盗賊としての誇りが宿されていた。


 その誇り高さに私も応えた。


 「私が語りを始めた時に貴方が音も無くドアの前に立った時点からです」


 音も無く歩いたりする術はあるが、それを使うのは大半が闇の世界を生きる者達だ。


 「そして私達より先に歩いたであろう、あの薔薇園の道で・・・・貴方は足跡を殆ど残していませんでした」


 馬車の車輪跡さえ残さないように工夫されていたと私が言うとジェームス殿は肩を震わせて破顔した。


 「いやはや・・・・まるで若かりし頃のゲシュヴォーレネ殿を見ているようだよ」


 あの方が唯一初対面で私を盗賊と見抜き、そして長年の盗難事件等を隈なく調べて私の痕跡を正確に見つけ出したとジェームス殿は語った。


 「だが私だって負けたくなかったからね。いや・・・・対等の相手と出会えた喜びから・・・・張り合ったよ」


 しかし結果は着実に自分の後を追い掛けたゲシュヴォーレネ司法長官によって捕えたとジェームス殿は語った。


 「この点では三坂の怪紳士を師に持った身としては痛恨の極みだったよ」


 「ですがゲシュヴォーレネ司法長官に捕らえられた事を貴方は後悔していないのでは?」


 貴方とゲシュヴォーレネ司法長官の知恵比べを脚色した本たる「光と影の双子」ではこう書かれていると私は言った。


 『遂に光の騎士たるゲシュヴォーレネは影の騎士たるジェームスを捕えた。しかし、ジェームスは何処か誇らしそうだった。

  それは対等の相手に漸く自分は捕えられたという一種の高揚感とも取れる感情があったからではないだろうか?

  いや、きっとそうに違いない』


 「あぁ・・・・その通りだよ。私は、ゲシュヴォーレネ殿に捕らえられた事に後悔していない」


 その時から体調が優れなかったから引退を考えていたとジェームス殿は私に言った。


 「しかし、その前にゲシュヴォーレネ殿は私を捕まえた。この点は今も私には”良い思い出”だよ」


 「そうでしょうね?それはそうと・・・・貴方が遥々ヴァエリエに来たのは孫娘たるマドモアゼル・イヴォンヌの件を部下から聞いたからですよね?」


 私は些か話が逸れたのでジェームス殿に今回ヴァエリエに現れた理由を尋ねる事で軌道修正した。


 「あぁ、その通りだよ。まぁ私も若かりし頃は派手に遊んだりした時もあるから大目に見ていたんだが・・・・今回の話は流石に見過ごせなくてね」


 ジロリとジェームス殿はマドモアゼル・イヴォンヌを鋭い眼光で射抜いた。


 するとマドモアゼル・イヴォンヌはビクリと身体を震わせるが、ジェームス殿の睨みで逃げる事すらままならないでいた。


 「イヴォンヌ。私は、お前を孫娘として心から愛している。しかし・・・・このような騒動を起こした上で、更に騒動を起こすようなら如何に孫娘とはいえ見過ごせん」


 本来なら正統派盗賊の掟に従い殺す所だったとジェームス殿は冷たい口調で孫娘であるマドモアゼル・イヴォンヌに告げた。


 そこには孫娘可愛さの念は一切無い。


 寧ろ余りにも自分勝手な行動を犯した小娘を許せないという・・・・気持ちが全面に出ていた。


 これを敏感に感じ取ったのか、マドモアゼル・イヴォンヌは子犬みたいに怯えた様子を見せたが・・・・・・・・


 「しかし、ハインリッヒ殿の提案を飲むなら今回に限っては見逃しましょう」


 鞭の次に出された「甘い飴」にマドモアゼル・イヴォンヌは安堵の表情を浮かべるが直ぐに険しい表情になり沈黙した。


 それは私の出した示談を受け入れた後の損得を考えているのだろう。

 

 こういう点も私には受け付けないと無礼にも思った。


 だが、そういう所も人間らしいと言えば人間らしい。


 もっとも・・・・フランクの方は既に気持ちの整理がついたのか・・・・私を静かに見た。


 「君の答えは決まったようだね?」


 私はコーンパイプを口から離してフランクに問い掛けた。

 

 するとフランクはマドモアゼル・イヴォンヌを一瞬だけ見てから再び私を見て・・・・こう言った。


 「・・・・君の示談を受け入れるよ」


犯罪界のグラウスのモデルはシャーロック・ホームズの宿敵とも言える「ジェームズ・モリアーティー教授」がモデルです。


ただ、彼のモデルにもなったとされる実在の強盗紳士たる「アダム・ワース」の方が濃いかもしれません。


彼の自伝もあり一読の価値ありと個人的にはジャック・メスリーヌの自伝同様にある感じです。

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