青天の霹靂、クズ神の思惑
それは正に青天の霹靂であった。
今日は日曜日、いつものように勤務先の工場へ向かう道すがら、それは訪れた。
「はぁ、今月も休みなしか……いっそ、異世界にでも行ければなぁ」
働きづめの毎日に疲れ果てた俺が、そう呟いた瞬間であった。晴れ渡った空から、唐突に差し込んだ一筋の雷光が俺の脳天を貫く。
「あばばばばババババ!」
俺の意識は即座に絶たれ、深い闇に包まれた。
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気が付くと、俺は知らない部屋でパイプ椅子に座らされていた。
「ここはどこだ?」
周囲を見渡せば、そこは俺が勤務していた工場で言うところの喫煙室のような、こじんまりとしたありふれた部屋であった。
その部屋と違うのは、目の前にある横長のテーブルと、その奥に座っている厳ついオッサンくらいだ。
「気づいたみたいじゃな、ボウズ」
「あのぉ、お言葉ですが、ボウズと言われるほど若くは……」
「ワシからすりゃあ人間の男など皆、ボウズじゃ! いいからオヌシは黙って聞いてりゃええんじゃ」
というかなんで俺がこんな目に……ただでさえ、今日も休日出勤で死にかけてるというのに。
オッサンとの位置関係の所為か、圧迫面接でも受けてるような気分になってくる。
「それで私はどうしてこんな所にいるんでしょう?」
「なんじゃい、覚えとらんのか? オヌシが異世界行きたいなんぞ願うから、こうして招いてやったんじゃろが」
「そんな……私が願ったからって、了解も得ずに勝手に呼ぶなんて……あなたは何様のつもりですか?」
「神様じゃ! ワシはオヌシらの言うとこの神じゃぞ」
神様ときたか、このオッサン……神が誘拐紛いのことをするのかよ。
「何を言ってるんです、神様がこんなことするわけ無いじゃないですか」
「何を勘違いしとるかは知らんが、神というのは本来『お願いだから何もしてくれるな』と、恐れ敬うもんじゃぞ。神が人に祟るなんざ、珍しい事でもなかろうて」
むっ、そう言われると、そんな事も聞いたことがあるような気が。
ともあれこんなオッサンと話してる時間は無い、早く戻らないと遅刻してしまう。
「はぁ、もうそれでいいです。とにかく、元の場所に帰してもらっていいですかね?」
「そりゃ無理じゃ、オヌシはもう死んどるからのぉ」
「ちょっ!? それ、どういうことです!?」
「どういう事も何もそのまんまの意味じゃ。生身のままで異世界に行くなんざ、よほどの偶然が重ならにゃ無理じゃからの、さくっと死んでもらったんじゃ」
……たちの悪いドッキリとかじゃないだろうな、これ?
一瞬そう思ったものの、目の前の人物から発せられる有無を言わせぬ雰囲気に、その思いも打ち消される。
「…………ちなみにどうして、私の願いを叶える気になったのか教えて頂いても?」
「なあに単なる、利害の一致っちゅう奴じゃ。ワシは最近、下界のネット小説にはまっておってのぉ、ワシも一つ異世界転生物でも書こうと思ったんじゃ。じゃがの、いざ書こうとなるとこれが中々難しくてのぉ」
「はぁ、それにいったい何の関係が?」
「よく『事実は小説より奇なり』と言うじゃろ? なら事実を元にすれば、面白い小説が書けるんじゃ? とまぁ、ワシは思ったわけじゃ!」
…………マジっすか? それが本当なら、こいつ完全に祟り神じゃねーか。
「大マジじゃ! さあサクッと行って、ワシにネタを提供するんじゃ。おっと言い忘れたが、ワシは純愛物を書くつもりじゃからの、ハーレム物のネタは要らんぞ。チーレムなんぞもってのほかじゃからな!」
くっそこの野郎、絶対ハーレム作ってやる! 異世界っていったらハーレムだろ普通。
いや、その前にもっと重要の事が有ったな……。
「あのぉ、もちろんチートな能力とかは頂けるんですよね?」
「こんの、軟弱もんがっ!!」
「ひぃ! すっ、すみません!」
めっちゃ怒られた……俺、何もおかしな事いってないよな?
「オヌシも、日本男子じゃろう! 自分の力で生き抜こうっちゅう気概は無いんかい、これだから最近の若いもんはダメなんじゃ」
いや、チート無し転生とか絶対無理ですし、俺ってただの一般人ですし、おすし。俺ってほら、チート大好きな最近な若者ですから。
「そうは言いますが、何も無い状態で飛ばされましても……私、すぐ死んじゃいますよきっと」
「それなら安心せい、ワシも鬼や無いからの、言葉と一般常識だけはなんとかしちゃる。これから脳に知識を直接書き込むからよ、ちいと痛いが我慢するんじゃぞ」
そう言ったオッサンが俺の頭へと手をかざすと、
「あばばばばババババ!」
俺の脳内を地獄の苦しみが支配する。
「ほいじゃ逝ってこいや。あっちで死んでも構わんが、そんときゃ良いネタ死を期待しとるぞい」
そんな無責任な台詞を最後に、俺は意識を手放したのだった。