九割
先程殴られた警備員は朱音丸に雇われていた。
遊ぶ金欲しさに痛み役をすんなり受け入れた。
どの程度の怪我や痛みを伴うとも知らずに。
しかし朱音丸にとってそれらは事前のパフォーマンスに過ぎない。
一族の当主達。
彼女達の心は空だ。
遥か高みから部下達を見下ろし、時には天災を、時には恵みを、そして時には裁定を与える。
やっている事はほとんど神々と変わらない。
実体があるか無いかだけだ。
そんな彼女達に中途半端な演技をしたところで到底通用するはずが無い。
だから朱音丸は演技では無い“ある物”を使用した。
それを使えば、効かずとも僅かに不快な思いを忍ばせる筈、と朱音丸は考えていた。
その“ある物”とは【殺気】だ。
それも一瞬の、けれども濃厚で鋭利でドス黒いのを。
これを各々のサブリミナルに刷り込ませる。
そうすれば歯車は僅かに少しずつ狂い始める。
そして頃合いを見計らって後約を結ぶ。
しかし問題は各々の当主達がどう出るかだった。
いくらああなるだろう、こうなるだろうと確率の高い予測をした所で所詮は予測。
闘争にしても論争にしても、いつだって必ず不確定要素が予想外を連れてくる。
ましてや今回は一族の頭達。
見破る者、どうでもいい者、仕掛けてくる者。
何が来てもおかしくは無い。
しかし結局は自分の一族を第一として考えるのが当主たるものの務め。
故に最終的には朱音丸に挙手が上がるのは必然。
と予感していた朱音丸。
そして結果は予測の実現。
朱音丸の勝利だった。
筈だった。