協定
当主達の手元に三枚の紙が配られた。
当主達は配られた紙に真剣な睨みをきかせながら書かれている内容に目を通す。
その間だけ当主達の威圧で濁った空気はリセットされた。
しかしものの数秒で全員が完読してしまい、空気は再び淀みを取り戻してしまう。
普段から一族の本職とは別に、最高責任者がになう書類審査や資料閲覧、もしくは調査報告から取り引き先に関する内容など、こと読みに時間をとられる毎日ゆえに当主達にとって速読は当たり前の所作に過ぎない。
「信憑性はあっての事でしょうけど、にわかに信じがたいですわぁ」
片目隠れの少女は凛とした佇まいでハープのような優しい音色の声を夜に放つ。
配られた紙には夜が対峙した少女と燕尾服に身を包んだ謎の男の内容が主に書かれていた。
無論、斧の持ち主だった大頭留の牛の事も含めて。
夜は隠す事なく全て話した。
敵の姿形、声、そして異様な気配だったという事も全て話した。
そして全て話し終え、質問が夜に飛んでいく。
正体は? 何かの組織か? 妖怪?
などといった質問が雪崩のように押し寄せてくる。
それらの質問にも夜は全て答えた。
しかし結果は分からずじまい。当主達は疑問を顔に張り付かせて黙りこんでしまった。
そこで夜は自分の予想を打ち明ける。
敵はおそらく組織的な何かであるだろう事。
そして狙いは間違いなく一族の桜である事。
桜を手に入れる為、我々一族に物理的、もしくは霊的な妨害工作を仕掛けてくる可能性が高い事を伝えた。
しかしそんな事は全員が分かっている。
夜はあえて全て答えた。
夜は当主を継ぐ者としてあえて事実を全て明かした事でまずは信用の基盤を作る事にした。
そして当然の思考を持ち合わせている事も明白に。
そして最後は筆頭当主として予想よりも、予言に近い言葉をいい残せば信用に足る者として当主達に確立される。
夜はその準備も出来ている。
あとはそのカリスマ性と大国を担う王のような輝かしい資質を証明すればいい。
そして夜は何よりも重要な一枚の紙を懐から取り出し、テーブルの中央にそっと差し出した。
「……協定書です、各々サインを」
一族間全ての情報共有、無戦、協力、一般人の守護、そして桜の監視と永守などを主とした絶対的強制協定書。
これにサインしない者は反逆者として扱われる。
そしてサインした者は未来永劫、それに縛られる。
先代の一族長もその前も行った通過儀礼の一つだった。
夜は今日この日をもって一族の長【桜樹】となる。