人を射刺す蛇の暗怨
それは一本の刀だった。
月光を煌びやかに反射する、ゆるく反った刀身。
黒く、人の肘ほどまである長い柄。
そして円型の鍔に龍が住みついたような模様。
見るからに見事と言うほか無い、美しい全体像。
そして見る者をたちまち屈服させる圧倒的なまでの存在感。
その稀代の一振りが三人の前に浮遊していた。
夕闇達は目の前の光景に恐れはしなかったが、今まで以上の警戒を身に纏う。
ジリジリと前へ片足を忍ばせる夕闇。
すると不意に、天を指していた刀の切っ先はグルンと夕闇に向けられ、一直線に突進してきた。
しかし警戒していたのが幸を成し、夕闇は刀を難なく避ける。
突然の出来事だったが三人にとっては、油断さえしなければ避けられない速度では無かった。
刀はそのまま後ろの草木を突き進み、少し痩せ型の木の胴部へ切っ先を納めた。
しかしそれもつかの間、すぐに刀は刀身を引き抜き、再び夕闇のもとへ一線状に突き進む。
夕闇は再び避ける思いに走る。
すると刀は夕闇の数歩手前でピタリと停止し、時計の針のように身体を回した後、朝の方へ滑空する。
予想外の動きと、突然の来訪に眉をひそめる朝だったが、すんでの所で体を仰け反らし、ギリギリ串打ちは免れた。
刀は再び空を切り裂きつつ、地に身を納める。
そして瞬時に朝は二度と暴れぬよう、刀が抜き出でる前に柄を綱引きの時の綱のように力強く握る。
瞬間
朝の頭の中を重苦しい怨嗟のオーケストラが支配した。
同時に、朝は脳髄にタバスコソースをぶっかけられたようなひどい圧痛に見舞われ、思わず手を離してしまった。
刹那、呪いの演奏は幕を引く。
しかし、先程大地の鞘から抜かれた刀身は、綺麗な円を描きながら朝の左鎖骨を断たんと振り下ろされていた。
朝の目に白刃が映る。思考が死色に塗り替えられていく。
そんな思考の狭間際に朝は後ろへ引っ張られた。
白刃はギリギリ朝の股の間を空振り、そのまま刃を地につける。
朝を引っ張ったのは夜。
夜はそのまま右足で刀の峰を思いっきり蹴飛ばした。
飛ばされた刀は空中で連続して円を描き、七メートル程後ろの藪にボサッと不時する。
そして不時着する頃には、刀の復帰を待たず、三人は下山を再開していた。