彷彿
ピチャリ
赤い液がしたたる。出元は手。
「痛ったいなぁもぉ!」
夕闇は右の眉をヒクつかせ、苛立たしく男を睨む。
手の表面は赤で染まり、地割ればりに裂けた。
物を掴めば焼けるような痛みが夕闇の顔を
僅かに歪ませる。
だが、夕闇は満足していた。
手痛い代償にかなう物はすでに達成したのだ。
男はねばついた笑みを浮かべながらゆっくりと
間合いを詰めよっていく。
もはや素手でいいと踏んだのだろう。しかしそれは油断でしかないと男は思い知らされた。
フラッと風吹く布のように体を揺らす男。
慌てて足で踏みとどまり、転倒はまぬがれる。
男は目をおおきく見開き、疑問を浮かべる。
だが、男の視界はさらに変貌する。
大地は右に傾き、空が左側を治めた。
男は混乱をきわめた。今まで見たことのない
世界を目のあたりにしたのだから。
「なっなにっがっあっあ?」
顔が熱い。頭が某とする。意識が遠のく。
思考がだんだん追いつかない。男は熱い海に身を浸していくような感覚に次第に溺れていく。
「あらら、風邪かしら」
勝ち誇った笑みを浮かべた夕闇。手の出血は
ようやく勢いを衰えたようだ。
夕闇は淡々と学校の先生ばりに説明してくれた。
「なぁに、貴方の中の水分をすこし沸騰させただけよ、人は水の塊と言っても過言ではないからね」
人間はとてもデリケートな生物。
人体の数パーセント失うだけで人は致命傷となりうる。
もしも体内の血液が沸騰した場合、熱が脳にまで到達したなら人は簡単に気絶する。血の流通が数秒止まった場合も同様。水分をすこし補給し忘れただけでも、めまいを起こしたり、吐き気を催す。
魂が融合しようと生物は生物。
生物である以上、水は絶対不可欠。
故に男は今、ジェットコースターに体を何度も
揺さぶられ、末期のインフルエンザウイルスに
感染した時と同じ状態で立っている。
熱ならば触っただけでも沸騰させる事は可能。
「でも、あんた身長でかいから時間かかったわ」
「どうっやってぇぇぇ!!」
夕闇は両手を男に見せる。
「!! まさッッかぁぁぁァァァ!」
「そ、手だけじゃあ、時間がかかり過ぎるから
血を使わせて貰ったの」
まず、手で相手の体の一部に触れる。
次に熱を流して沸騰。
さらに出血した血で覆い、血にも熱を流す。
結果、熱を伝える面積は大きくなり
沸騰する時間は速まる。
「勝負ありね」
夕闇はくるっと背を向ける。
「そこで待ってなさい」
夕闇は元居た小川へ歩む。