狐は狡猾に兎は鋭敏に
それは妖々と光っていた。
まわりに舞い散る紫の花びら、ずっしりとした体幹はとてつもない年月の経過を感じる。
私の目にうつったのは一本の桜の樹だ。
私はその桜の樹に歩みをよせた。
他にあてが無いのもそうだが、何よりも呼ばれている気がしてたまらなかったから。
しかしすぐに違和感に気づく。
いくら歩いても桜に近づかない。ていうか遠ざかっている。
いくら走っても、慎重に歩を進めても、全く近づいている気配を感じない。
私は疑問の嵐だった。
息を切らして下を向いていた。
そんな時、ふと気づく。
「 あれ? 」
地面が芝生ではなく濡れた落ち葉に変わっていた。
慌ててまわりを見直す、するとさっきまで雨宿りしていた場所に私はたっていた。
首をグリングリンと左右にふって軽いパニックに陥る私。
天気、ばしよ、気温なにもかもが違っていた。
私は底知れぬ恐怖に大雨の中をひたすら走った。
我が家まであと数十分。ただひたすらに駆けた。
そしてそのかいあって、私はようやく我が家の前に辿りつく。
見慣れた表札、見慣れた風景が私を心底安心させてくれた。
ただ一つをのぞいて。
「 ……またお会いしましたね、露火 真狐兎さん 」
私はこの時、なぜか胸がむしょうに熱くなったのを覚えている。