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おりん

作者: 川流河童
掲載日:2015/03/10

                    おりん


 「へい、いらっしゃいませ、おあいにくさまですがもう仕舞うところなんで、また明日にでも・・・おや、これはこれはお役人様でしたか、お武家様がどうしてこんな汚いめしやに?・・・え?めしじゃない?・・・話をお聞きに?・・・はぁ、おりんちゃんのことですかい、それはまた随分前の話を・・・この辺りに住んでた頃の事を詳しくお聞きになりたい?・・・ええ、ようございますよ、良く覚えていますとも、良い子でしたよ、大人しくって親の言いつけも良く聞いて、お使いなんかもよくしてましたよ・・・。

 ただ・・・どう言ったら良いんでしょうかね、小さい頃からちょいと不思議な雰囲気のある子でしたなぁ、なんだかあの子の周りだけちょっと冷たい空気がまとわり付いているようなね・・・まぁそんなはずもないんですがね、でもそう感じてたのはあっしだけじゃないんで、みんながそう言ってましたよ・・・ええ、なんとなく子供たちの間でも除け者にされてました、どこかみんなと違っているとそう言う事ってありますでしょう?特に子供ってのは遠慮がありませんからねぇ、ええ、少し気味悪がられてたみたいでしたよ・・・いえ、可愛らしい子でした、子供をつかまえてこう言うのもなんですが、可愛らしいと言うより奇麗な子でした、あんなに奇麗な顔をした子はそうそういやしません、でもね・・・なんだか目の光が違ってたんです、子供らしい無邪気な目じゃないんですな、底知れないくらいに深くって冷たい目でしたよ、まるで深い井戸みたいなね・・・そうそう、一度ね、日が暮れ時にあの子がひとりで町外れにぽつんと座って泣いてるのを見かけて声をかけてやったことがあるんです、『おりんちゃん、どうしたんだい?』ってね、何にも答えませんでしたよ、いえ、口がきけなかった訳じゃありません、入り用なことだけはポツリポツリとしゃべりますがね、普段は滅多に口をきかない、そんな子でした・・・どうやら他の子たちに仲間外れにされて置いてけぼりを食ったんだなと思いましてね、手を引いてやりました、その時あの子の手が妙に冷たかった事を覚えてますよ・・・いえ、冬場じゃありません、夏の時分のことだったんですがね・・・。

 おふくろさんですか?おふくろさんはあの子を産んで直に亡くなりました、難産だったのかですって?いえ、その反対だったようですよ、取り上げ婆さんの言うにはびっくりするくらい安産だったって言うんでさぁ、本当にするりと生まれてきたって、なのにどうしてあんなことに、って不思議がってましたよ・・・人の寿命なんてわからないもんですなぁ・・・おやじさんですかい?真面目な男でしたよ、正吉って言いましてね、染物職人でした、ええ、そんなわけであんな土手っぷちにぽつんと小屋を建てて住んでたんですがね、ええ、おりんちゃんの面倒もよく見てやってましたよ、男手一つで育ててましたからうちにもちょくちょくめしを食いに来てくれました、ええ、おりんちゃんを連れてね、ちょいと遅い晩飯だとおりんちゃんは寝ちまうんですよ、腹がくちくなった途端にね、良くおぶって帰って行きました・・・土手っぷちに住んでましたから人との付き合いはあんまりなかったんですがね、うちにとっちゃぁ父娘揃ってお馴染みさんでした・・・ああ、それはご存知で?なるほど、それであっしに話をと・・・腕も良かったようでして小金を貯めてるって噂されてましたよ、本当のところは知りませんがね、もっとも飲む打つ買うってことにゃとんと縁のない固い男でしたからね、ちっとは貯めてたでしょうなぁ・・・でもその噂がいけなかったのかもしれませんねぇ、あの家を泥棒が狙ったのは・・・。


 岡引の親分さんが仰るにはひでえ有様だったらしいですよ、正吉は腹と心の臓を刺されて血の海だったそうで・・・さっさと金を渡しちまえば殺されなくて済んだだろうにって言う人も居ますがね、どうもそうじゃなかったらしいんですわ・・・へぇ、長いことめしやなんぞやってますとね、親分さんもちょくちょく食いに来てくれてましてね、ええ、お得意さんでした、お役目柄手が離せないことも多かったんでしょうな、時分どきを随分外してみえることもありましてね、ある晩、ちょうど店仕舞いをしてる最中にみえまして、もう仕舞いかい?とお聞きになるんで、残り物しかありませんが、それでよろしければお銚子をお付けしやしょう、あっしもこれから一杯やるところですからって申し上げますとね、そいつは願ったりだ、と仰いまして・・・ええ、結局やったりとったり・・・話が弾んで二人で五~六合も空けましたかねぇ・・・。

 その時ですわ・・・酔いもあったんでしょうね、ぽつりと話してくれたんです、ええ、正吉が死んだ時の話です・・・親分さんにとってもどうにも解せないヤマだったようでしてねぇ・・・・・・・。

 ・・・・・・おりんちゃん、丸裸だったそうですよ、着物を脱がされて気を失ってたそうで・・・正吉はおりんちゃんを守ろうと立ち向かったのかもしれませんねぇ・・・ええ、確かにその時八つです、そんな小さい子に妙な気を起こすなんてねぇ・・・でもね、おりんちゃんってのは不思議な雰囲気の子でしたし、子供とは思えないくらいに奇麗な娘でしたからね、人ひとり刺して気が立ってたとすれば、泥棒が妙な気を起こしたってのもあながち・・・まぁ、人としてやっちゃあいけねぇことには違いありませんがね。

 え?・・・ええ・・・そうですな、確かに妙ですな・・・泥棒は正吉を刺して金を奪った上におりんちゃんを手篭めにしようとした、正吉は最後の力を振り絞ってすがり付く、もみ合いになって心の臓を一突きにされた正吉はこときれた・・・そんなところじゃないかと思うんですがね、へぇ、お役人様もそうお思いになる?そうでしょうねぇ・・・そのとおりだとしたら、もう邪魔者はいませんや、人を殺めて気も立ってる・・・そこへもってきておりんちゃんを裸に剥いた・・・後は火を見るより明らかでしょう?手篭めにされた挙句に殺される、普通はそうじゃありませんか?・・・でもね・・・でも、おりんちゃんは手篭めにもされなければ殺されもしなかった・・・あべこべにね、泥棒の方が死んでたんですよ、いや、刺し傷なんざありゃしません、首にね・・・首に何かが巻きついたような青痣があったそうですよ、・・・いえ、正吉の仕業じゃありません、何しろ心の臓を一突きにされてたんですからな、とっくに息絶えてたんじゃありませんかね、もし首を絞めてるところを刺されたとしてもですよ、そのまま絞め殺せるわきゃぁありやせん、そうじゃありませんか?


 だとすると・・・だとすると一体誰が泥棒の首を締めたんでしょうな?・・・八つの女の子が大人を絞め殺せますかい?それも刃物を振り回す大の男を・・・。

それにですよ、親分さんの話じゃ指だの縄だのの跡じゃなかったそうで・・・まるで刺青みたいな鮮やかな痣だったそうですよ・・・・・・。


 へへ、こうして改めてお話しますとね、少しばかり怪談じみてまいりますなぁ・・・あっしは店仕舞いの後ちびちびとやるんですが、お役人様もいかがで?・・・まぁそう固い事を仰らずに、もうこんな夜更けでもございますし・・・そうですか?じゃあっしも茶で・・・え?構いませんかい?・・・それじゃお言葉に甘えさせていただきまして・・・茶も淹れて参りやしょう、少しお待ちを・・・」


________________________________________


 「ふぅ・・・五臓六腑に染み渡りますなぁ・・・あっしはこいつが何より楽しみでして・・・話の続きでございますね?ええ、どこまで・・・ああ、そうでございましたな・・・。

 ・・・その話を聞いた時にね、あっしは取り上げ婆さんの話を思い出したんですよ・・・おりんちゃんが産まれた時にね、あの子にも痣があったそうですよ・・・青い細長い痣がね・・・まるで体に蛇が絡み付いている様だったってねぇ・・・。

 ・・・ええ、そうです、仰るとおりで・・・親分さんからこの話を聞いたのはおりんちゃんが遠くの親戚に引き取られて行って何年も後のことでした、ええ、親分さんが亡くなる少し前のことで・・・事件のすぐ後に親分さんが皆に言ってたのは『染物職人の正吉の家に泥棒が入って揉みあいになって二人とも死んだが娘のおりんは押入に隠れていて無事だった』・・・それだけです・・・ええ、嘘っちゃぁ嘘ですがね、方便ってのもありますでしょう?だって本当の事を言っちゃおりんちゃんが可哀想ってもんです、おやじさんが殺された側に裸で転がってただなんてことが世間に知れたら・・・殺されなかったまでも傷ものにされたって誰だって思うじゃありませんか、違いますかい?それに死んだ泥棒の首の痣のこともありますしねぇ、あの子は魔性の者だなんて噂も立ちかねませんや、そう言われても不思議のねぇ雰囲気がある子でしたしね・・・いえ、おりんちゃんの痣の事は正吉を別にすれば取り上げ婆さんとあっししか知らなかったと思いますがね・・・。

 え?・・・へへへ、お察しのとおりで・・・取り上げ婆さんとは古い馴染みでして・・・え?・・・へへ、敵いませんなぁ・・・ええ、仰るとおり、お得意様だったってだけじゃありません、あっしも婆さんもまだ若かった頃にちょいと深い仲だったことも・・・まあ、旧い話でございますよ。


 お役人さんはおりんちゃんがどこでどうしているのかご存知なんで?・・・え?・・・庄屋のお屋敷のご奉公に?そうでございますか・・・で?・・・そこの息子が?・・・首に刺青みたいな青痣をつけて?・・・ほう・・・その息子ってのは手が早かったんじゃないですかい?・・・でしょうねぇ・・・おりんちゃんは今十四ですか?え?十五? 八つでもあんなに奇麗だったんだ、さぞや別嬪さんになってるんでしょうなぁ、妙な気を起こしたんじゃないんですかい?その息子とやらは・・・まあ、お役目柄そんなことはお話になれないでしょうがね・・・・・・お役人さんはおりんちゃんをしょっ引かれるおつもりで?・・・そのおつもりはない・・・そうでしょうな、おりんちゃんは小さくて華奢でしたからな、大の男を絞め殺す・・そんなことが出来るわけもありませんからなぁ・・・それに首についた痣のこともありますし・・・。


 ・・・お役人さんがおりんちゃんをしょっ引かれるおつもりがないなら・・・もう一つだけお話ししやしょう・・・おりんちゃんのおふくろさんってのは何時から正吉の小屋に住みついたのかも誰も知らなかったんです、気が付いたら正吉と一緒に暮らしてたってわけでして・・・奇麗な人でしたよ、あっしみたいな年寄りが見てもどきっとするくらいにね・・・でもね、やっぱり目が違ってました、おりんちゃんよりもっと深い井戸みたいでしたよ、それでね、やっぱりあの人の周りだけ空気が冷たい・・・もっとも子供のおりんちゃんと違ってそんなところもひっくるめてえらくいい女に見えましたがね・・・へへへ。


 あの辺りには真っ白な蛇が棲み付いていたんですよ、いえ、あっしは見た事ねぇんですがね、見たって人は幾人も居ますから本当にいたんでしょうな、その白蛇をね・・・でもあの人が正吉と暮らし始めてからは見なくなった・・・・・・そう言うんですな、まあ、死んじまったのかもしれないし何処かへ行っちまったのかも知れない、ただ姿を見られてないだけなのかも知れませんしね、あんまり奇麗な人だったんでやっかみ半分でそんなことを言うのかもしれませんしね、そこんところはわかりません・・・でもね、あの人ばかりはねぇ・・・本当は人間じゃなかったんだ、なんて聞くと、もしかしたらそうだったのかも知れねぇな・・・って思ったこともありました・・・あっしは化物だの妖怪だのってのは信じねぇ口なんですがね、取り上げ婆さんからおりんちゃんの痣の頃を聞いた時にはさすがにちらとそう思いましたよ・・・。

 おふくろさんの名前ですかい?それがですね、誰も知らなかったんです、あの人が亡くなった時に焼き場に早桶を担いで行った連中が帰って来てこの店で一杯やりながら話をしてましてね・・・その時誰かが言ったんです『そういやぁあの人の名前を俺は知らねぇんだ、誰か教えてくんねぇ』ってね・・・そうしたら・・・そうしたら誰も知らなかったんですな、何処から来たのかもわからねぇ、それどころか声を聞いたことのある者もいなかったんですよ、あの人が正吉の小屋に住み着いてから亡くなるまで二年足らずでしたがね、それでも名前もわからねぇ、声も聞いたこともねぇってのはねぇ・・・・・・。


 へへへ・・・お役人さんもあっしと同じ風に考えてるんじゃないですかい?泥棒と庄屋の息子がどんな風に死んだのか、何に首を絞められたのか、おりんちゃんのおふくろさんのこともありますしねぇ・・・そんな怪談じみた話、帳面には書けねぇでしょうし、書いたところで信じちゃ貰えないでしょうがね・・・おふくろさんは自分の命が長くないのを知ってておりんちゃんに残して行ったものかもしれませんねぇ・・・その痣ってものを・・・・・・・・・・。

 まぁ、あっしはこんな話、墓場まで持って行くつもりでございますがね・・・そうですか、お役人様もそうしてくださる・・・有り難いことでございますねぇ・・・あっしはおりんちゃんの身内でも何でもありませんがね、あの娘のことになると・・・へへへ・・・どうしてでしょうねぇ、庇ってやりたくなるんですよ・・・・。


 おりんちゃんねぇ・・・久しぶりに名前を聞きました・・・幸せになって貰いてぇとつくづく思いますなぁ・・・・奇麗な良い娘でしたからねぇ・・・大人しくって親の言いつけも良く聞いて、お使いなんかもよくしてましたよ・・・」


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― 新着の感想 ―
[一言] 小さんの「うどん屋」とか、夢野久作「ソーセージ」の感じ。酒の臭いと舌鼓の音が聞こえてきそうでした。
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