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後篇 愛しき哀の追跡者 

後編がホワイトデー頃の公開になってしまいすいません!

4月1日に予定しているエイプリルフール企画の宣伝&準備作品です。

今でも携帯が震えると妙な怖気が走ることがある。


警察からの連絡。

父母の事故死。


病院からの連絡。

妹の発症。


企業からの連絡。

解雇の連絡。


そして今度は最愛の妹から、

「茂お兄ちゃん、私・・・、家を」









AM11:00


「頼む、萌、行かないでくれ!!!

へ?ここは・・・」

「ふん、ようやく目を覚ましたか。

ショッピングモールの営業部長というのは

余程暇なんじゃな。」


悪夢から飛び起きた俺を見下ろしていたのは、

腰が曲がりながらもどこかに気骨を感じさせる

おじいさんだった。

どっかで見たことがある気がするんだが・・・




「まあ、倒れるまで飲むなど若いころにしかできん

無茶ではあるし、年寄りがどうこういうべきではないか。

ほれ、お前さん、汗びっしょりじゃろ。

風呂を沸かしてあるから、入ってこい。」

「いや、そこまでお世話になるのは」

「次がつかえているんじゃから、さっさと動く!」

「はい!!」


おじいさんに一喝され、

俺は混乱しながらも急いで立ち上がり、そして

「・・・すいません、お風呂ってどこですか?」

当然の疑問を口にしたのだった。






AM11:30


「いや、さっきはすまんかった。

ついアホ息子を叩き起こす時と同じように言ってしまったが、

いくらなんでもお客人に失礼だったな。」

「いえ、覚えていなくて大変恐縮なのですが、

夜中にお邪魔した上に布団をお借りして、

挙句の果てにお風呂に着替え、

昼食まで用意していただいて・・・」

「なに、飯はワシも食うついでじゃし、

服は・・・長い間使っていなかった

バカ息子のお古じゃから遠慮はいらんよ。」


どこか気恥し気に答えながら自分で作ったチャーハンを

かきこむ老人の様子を見て、

自分の着ている地味なTシャツが

ここの長男のものなのだろう

ということに思い当った。


高原兄は昨日べろべろに酔っぱらってしまった自分と弟を

実家に押し付けて自宅に帰ってしまったらしいが、

確か彼と目の前にいる父親は犬猿の仲だったはずである。

スーパーを代表する高原兄と

かつてはスーパーやショッピングモールの出店反対運動の先頭に

立っていたらしい高原父。

随分と長い間冷戦状態が続いていたらしいが、

昨年高原蒼華という中学生の女の子が高原兄の所に

居候しだして以降、

徐々に関係が改善してきたのだと、

清水や高原弟が言ってはいたが・・・。

もちろん商売敵である自分に長男の服を渡したというのは、

それなりの意趣があるのかもしれないが、

かつては長男のことを話題にするだけでも怒っていたと聞いているし、

そこから考えるとやはり親子仲は前進していると見ていいのかもしれない。

そもそも高原兄も自分たちをここに連れてきたのだし、

もしかしたらお互いに少しずつ歩み寄っている最中なのかもしれない。


どんなに仲が悪くても生きていさえすれば関係は修復できるかもしれない。

家族とはやはりそういうものなのだろう。

自分の親はあの世にいる以上、

もうそういう訳にはいかないのであるが。




「妹さんと喧嘩でもしたんか?」

「な!!別にそういう訳では。」



目の前の老人と不愛想な長男の関係の変化について、

ボーっと考えていると、

急に思わぬ指摘を受けてビックリしてしまった。



「家族なんじゃから喧嘩ぐらいするもんじゃ。

特に妹さんはもうすぐ高校生なんじゃろ。

受験に恋愛に色々あるじゃろうし、

家族が疎ましいことだってあるだろうさ。」

「えっと・・・、萌のことをご存じなんですか?」

「商店街の子で同じ部活動に入っているのがいるから、

良くこっちにも来るんじゃよ。

真面目で礼儀正しい子じゃが、

最近まあ、色々出るとこ出てきて、

より別嬪さんになってきているからの♪」

「・・・」

「そんなに怖い顔をするな、お前さん。

寝姿でも同じような顔をしてうなされておったから、

心配の種はその辺りかと勝手に想像しただけじゃよ。」

「いえ、すいません。」



途中で萌へのセクハラ発言が飛び出したときには

なんだこのエロじじいはと思ってしまったが、

彼なりのユーモアではあったらしい。

大体この老人は堅物の高原兄とだけでなく、

清水の弟子たるおちゃらけ野郎とも血縁があるのである。

根っこの所にはふざけた部分も持ち合わせてはいるのであろう。



「まあ、そんな女っぷりがあがった妹さんに

悪い虫が付いていると余計に心配かの?

いやいや、何でもすごい学校に合格したと聞いておるし、

そんな風に言ってはヤス坊に悪いか。」

「ご、合田のことも知っていらっしゃるんですか?」

「昔はうちのアホ息子の金魚の糞の一員だったからの。

よくどやしつけてやったもんじゃ。

しかし最近妹さんと一緒にいる時の坊は

それはそれで中々いい男に見えておるぞ。

恐らく二人で少しずつ大人になっているのじゃろうて。

それを見守ってやるのも先人の仕事じゃぞ。」

「いや、決して頭ごなしに認めていないという

訳ではないのですが・・・」



実際受験の時の色々を含めて、

合田はあの年齢のガキとしては

見るべきところがない訳ではない。

元々全ての基本になる国語力は十分あり、

清水にも相当鍛えられていたとはいえ、

本当に海江田合格までたどり着いたというのは、

やはりあいつの熱意と努力があってこそのものである。

そのモチベーションの一端が萌であることを

俺の前で恐れ知らずにも口にしたことがあるし、

海江田での頑張りについても

萌から耳にタコが出来そうなほど

聞かされており、

ちゃんとそれ相応の評価はしているのである。


しかし、しかしである。



「はっはっは。それでもまだ納得は出来ないという顔じゃな。

理屈では認められるのに、感情の方がどうにもならないと。

若くして営業部長にまでなられたということじゃが、

まだまだ青いのう♪」

「・・・言い返す言葉もありません。」



悔しいが正直そういうことなのだろう。

理屈の上では、

自分の自慢の妹と勉強を教えたこともある少年の仲について、

節度ある範囲においては尊重すべきだということは、

清水や玩具屋にからかわれるまでもなく、

十分理解しているのである。


それでもまだ受け入れられない。

今まで自分の全てをかけて守ってきた、

何よりも大切な妹を誰かの手に委ねるなど

まだ全然現実のこととして考えられないのである。

恐らく合田がどうこうというものでなく、

自分の心の底にある喪失感、恐怖感が

本質的に拒絶させているのである。



「まあ、そんなに変に思いつめんことじゃ。

時間が気持ちを変えてくれることもあるし、

別の出会いが妹さんに対する気持ちを

いい意味で和らげてくれるやもしれん。

・・・わしも1年前にはあのバカ息子と

まともに話が出来るようになるなど

全く思っておらんかったからの。

結局可愛げのない息子のことでどうこう悩むより

可愛い姪っ子が喜ばせることを考えた方が

愉快じゃとこの年になってようやく気づいただけじゃよ♪」

「・・・そうですか。」



なるほど、姪可愛さが息子憎しを上回った訳か。

正直自分の状況にそのまま当てはめるのは難しい気がするが、

別の出会いが俺の萌への気持ちを変化させる、

そんなことがあるのだろうか?

・・・いや、恐らくそのことをあまり怖がるな、

そうこの老人は言いたいのだろう。

お節介な話ではあるが、

そのことに感謝できるぐらいの度量は

今も自分でも持ち合わせてはいる。



「ありがとうございます。

いい出会いがあるといいんですが・・・」

「何を言っとるんじゃ。

もうすでにお前さんには『イイ娘』がおるじゃろ。

ホラ、喫茶店の所のメイド服のお嬢さん。

いやー、いい趣味しとるのお主♪」

「ちょ、別にそういう関係では!

・・・あ、午後からショッピングモールの方に顔を出さないと

いけないので、そろそろ失礼します。

本当にお世話になりました。」

「はっはっは。誤魔化し方がまだまだじゃな。

その件についてはまた今度聞かせてもらうとするかの。

おい、直澄、お客人がお帰りじゃ。

さっさと風呂から上がって見送りせんか!」

「えー、もうちょっと待ってよ!!」

「いえ、お気になさらずに。

それでは失礼します。」




実際にショッピングモールに顔を出すつもりはあったのだが、

そろそろ高原弟が風呂から上がってきそうなことから、

美月さんの件についてこれ以上追及されてはたまらないと思い、

俺はさっさと退散することにしたのだった。



「鹿島ー、後で倫子さんとモール行くから、

よろしくなー♪」

「こら、ちゃんと頭を拭いてから出てこんか!」

「急いでって言ったん、親父じゃんか!!」



高原家を後にする背後から聞こえてくる親子の掛け合い。

そこからは子供が大きくなっても変わらない、

親の理不尽な愛情というものが垣間見えた。


事故死した両親に代わって幼い妹の面倒を

ちゃんと見なければという誓いが重なり、

きっと俺の萌に対する想いも今となっては

多少過剰な部分があるのだろうが、

それもまた家族と言うものなのだろう。

そう考えると少しだけ心が軽くなる。


高原父との会話を通して

俺は妹への心配に対して

ほんの少し冷静になれた気がしたのだった。






PM4:30



「見てみて、大きなチョコレートタワーだよ、ヤスお兄ちゃん♪」

「全く何メートルあるんだよ。

流石、茂さん、やるとなったら遠慮がねえや。

萌、人多いから気を付けろよ。」

「大丈夫だよ♪・・・ヤスお兄ちゃんの手、しっかり握ってるから。」

「ああ、・・・そうだな。離すなよ。」

「・・・うん、大丈夫だよ。」




夕方のショッピングモールは鹿島の仕掛けたバレンタインフェアの効果によって、

大盛況となっていた。

しかも多様なイベントを配置したことで、

その客層も若いカップルだけでなく、

家族連れや男性グループ、女性グループ、

はたまた普段はモールに足を踏み入れないような

シルバー層まで取り込んで、

売上以上に今後に向けての長期的な告知・集客効果は

本当に大きなものとなったのである。

このフェアの大成功によって、

責任者である鹿島は部長から取締役級への昇進を打診され、

それが彼の人生を左右する大きな転機となるのであるが、

今現在彼の頭にあるのは目の前の中高生カップルのことだけであった。



分かりやすくいちゃついているカップルが多い中で、

二人は手は繋いでいるものの、

そこまでベタベタくっついている訳ではなく、

萌の合田への呼び方もあり、

人によっては『仲の良い兄妹』くらいに見える様子である。


しかしよくよく見ると、

その距離感はこの前の夏祭りの時とは明らかに違っており、

気心知れた信頼感の中に微妙な緊張感とその裏にある成長した想いが

感じられるのである。

それまでは一応「付き合っている」ということになっていたものの、

あくまでも萌の入院時代からの付き合いの延長線上、

元気な妹分と面倒見のいいお兄ちゃんという感じが抜けていなかったが、

今の二人に漂っている雰囲気はもっと落ち着いた、

互いを思いやる恋人同士のそれを感じさせるものであった。




それを少し離れた所で見守る鹿島の様子も、

これまでとは少し違っていた。


高原父に諭されたこともあり、

二人の放課後デートを阻止するために

中学校まで講習を受け終わった妹を迎えにいくのをやめにして、

家で着替えた後はそのままモールに向かい、

断腸の思いで仕事に専念していたのである。

それでもやはり萌と合田が手を繋いで

モールに入場してきた姿を見つけてからは、

「巡回」と称してその後ろをこっそりつけてしまっていたのだが、

その姿を見ればみるほど今までとは違う苦さが

胸に沁みわたっていくのだった。


もっとベタベタしているならば

「俺の萌に近づくなこのクソ虫が!」と

今までのように怒りにまかせて

乱入する気持ちが湧いてくるのだが、

萌を優しくエスコートしている合田の姿を見ていると、

自分の心の中を占めるのはそんな激しい感情ではなく、

静かで悲しい寂寥感であった。








「おい、鹿島。

・・・もう認めてやれよと注意するつもりで声かけたけど、

その顔見てると自分も桃香が彼氏連れてきた時、

どんな反応するか怖いわ。」

「・・・清水か。」


そんな鹿島の様子に良く気付いたもので、

家族連れで来ていた彼の天敵、

清水渉が声をかけたが、

その清水にもかつてストーカーと化した

鹿島を羽交い絞めにしたときの覇気は全くなかった。

彼もまた娘を持ったことで改めて鹿島の悩みを

共感しはじめているのである。



「もう、二人とも沈みすぎよ!

目の前で見ている鹿島君はしょうがないとして、

清水君も何遠い未来を想像して暗くなってるのよ!

うちの拓くんを見習ってほしいわ!!」

「まあまあ、果穂さん。

二人とも保護者として一歩ずつ成長している訳だから。」

「うちの父様のように凶行に出ないだけマシとは言えるかもな。」

「元気出してね。」

「げんきー!!」

「ほらほら、うちの娘たちにまで励まされてるわよ。

二人ともシャキッとしなさい!」

「「・・・はい。」」


珍しく通じ合っている二人に対して

合流した清水・小林両家の面々がツッコミを入れていくが、

完全に復活は出来ていない新米パパとシスコン末期。

本質的にはやはり良く似た二人なのであろう。



「うわーーーん!!」

「きゃあーーー!♪」

「ホラ、変な空気出すから桜也と桃香が起きたじゃないか!」

「す、すいません、司さん。

ごめんな、桜也、俺大丈夫だからな。」

「手間をかけてすいません、って、

桃香ちゃん、私の髪の毛は玩具じゃないんだけど!!」

「起こしてしまったお詫びにちょっと遊ばれてなさい♪」



そんな雰囲気を変えたのは

ベビーカーで寝ていた天使たち。

双子の賑やかな泣き声によって

ヘタレ二人は落ち込む余裕をいい意味で

失うことができたのだった。







PM5:00


「じゃあ、鹿島、フェア楽しませてもらうな。

あ、皇さん、お久しぶりです。

今度うちの子たちの誕生日プレゼントとして

絵本を買いに夢幻に伺いたいんですけど。」

「こちらこそお久しぶりです、清水先生。

ぜひとも、お越しください。

お子さんたちにぴったりの、

『イイモノ』を入荷しておきますね。」

「ありがとうございます。

そうだ、皇さん、チョコお好きですか?

昨日うちで作ったモノの残りで恐縮なんですが・・・」

「でも味は私と司ちゃんが保証済み、

若い子から熟れ熟れまで色んな女の子が作った

スペシャルミックスよ♪」

「果穂さん、その表現はどうかと・・・」

「なんとなんと!

ありがとうございます、奥様方。

これは本当に『とっておき』を

用意しなくてはいけませんね・・・。」






しばらく清水・小林一家と談笑した後持ち場に戻ったが、

直後に清水たちは知り合いとまた話し込んでいるようだった。


来場者数自体については手ごたえを得ていたが、

こうして見知った町民が多く来ているというのは、

地域密着の観点から考えて非常に重要である。

商店街と比べて顔の見える関係というのが

ショッピングモールでは

中々難しいのであるが、

今回のイベントを機会にリピーターを増やしていく戦略も

打っていきたい所である。

ああ、大分元気が出てきたぞ。


お、あいつは・・・

よし、ちょっとからかってやるとするか。






「これはこれは、高原さんに田中先生。

うちのフェア楽しんでいただけていますか?

初めてのイベントですので、

気になることがありましたら、

遠慮なくおっしゃってくださいね。」

「なんだよ、鹿島、

変に下手に出てて、気持ち悪い。

素直に『商店街では無理でしょう、フフン♪』

とでも自慢すればいいだろ。」

「澄くん、鹿島さんは仕事中なんだから、

絡んじゃ駄目よ。

いえ、本当に素晴らしい催しだと思いますよ。」



さっきまでの暗い気持ちを払拭するため、

丁度近くを歩いていた玩具屋&先生カップルに声をかけたのだが、

全くこの礼儀知らずは・・・

正直言って清水・小林夫婦と遭遇する順番が逆でなくて

本当に良かったと思う。

あの精神状態でコイツとかちあっていたら、

本気で逆上しかねなかった。



「ありがとうございます。

カップルで楽しめるイベントを多数用意しておりますので、

心行くまでご堪能ください。」

「いやでも、その点はマジで褒めてやるよ。

うろなってデートの場所とか

出会いの機会っていうのはやっぱ限られているからさ。

こういうイベントが定期的にある方が若者の定着には絶対いいって。

今度、商店街と合同で街コンイベントとか考えようぜ。」

「・・・」

「ふふふ、澄君も実は鹿島さんのこと結構認めているんですよ。

『やっぱ、オトナな感じを演出するのはアイツに敵わないよな。』

とか、時々こぼしてますから。」

「ちょ、倫子さん、そういうのばらさないでよ!」




玩具屋が素直にこちらのイベントを評価したことに

驚きすぎて絶句してしまったが、

どうやらアホはアホなりに成長しているようである。


さっきは萌達の成長において行かれたように考えてしまったが、

目の前のコイツにまで負けるのは流石に我慢ならない。

全く自分でもガキだなと思ってしまうが、

今まで妹最優先で生きてきたせいで、

そういう必要な子供っぽさも失ってしまったのかもしれない。


置いて行かれるのが嫌なら、

追いつけばいいのである。

俺も成長して誰かを幸せにするために動いていけば

もう少しあの二人をちゃんと認めてやることが

できるかもしれない。

少し前には想像することすらできなかったが、

今は俺も決して萌と二人っきりという訳では

ないのだから・・・





目の前のバカップルのいちゃつき具合を見ていて、

さっき萌達を見ていた時とは違う、

前向きな感慨を抱いていたその時、

玩具屋が思わぬ二の矢を放ってきた。



「なあ、そろそろ、お前の『彼女』の出番なんじゃないか?

中央ホールでのピアノ演奏。」

「べ、別に美月さんは彼女という訳では・・・」



丁度彼女のことを思い浮かべた瞬間、

まさか目の前のアホから美月さんの話題が

出てくるとは思っておらず、

ついうろたえてしまったが、

確かに今日、中央ホールではバレンタインデーの

雰囲気をさらに盛り上げようと

プロアマ合同のミニコンサートが開催されているのだ。

普通にやるならプロだけを呼べばいいのだが、

「せっかくだから学校関係も噛ませてよ。」

という清水の提案もあり、

うろなの小中高生の代表が演奏したり、

プロとの連弾に挑戦するなど、

音楽を通じたプロとアマの交流も狙った

プログラム構成になっているのである。

美月さんもアマチームの一員として、

音大生でもあることから2曲だけであるが、

ソロ演奏もお願いしており、

曲の間の演奏者紹介などは俺が引き受けることになっている。

その段取りなんかも一応頭の片隅においていたため、

音楽的素養のかけらも感じられない玩具屋からその話題が

出てきたことに逆に驚いてしまったのである。



「いや、自分から個人名出しておいて語るに落ちすぎだろ。

女性の扱いが手馴れている割にはそういう所割と初心・・・。

なるほど今の『恋人』に相当ぞっこんってことか。

鹿島のシスコン道もついに年貢の納め時か~~♪」

「貴様!!」

「ちょ、澄くん、煽りすぎよ。

ごめんなさい。うちの生徒も何人か

参加させていただきましたから、

楽しみにしてますね。」

「倫子さん、別にそいつにいちいち謝らなくても・・・」

「す、み、く、ん?」

「・・・はい、ごめんなさい。

調子に乗ってました。・・・鹿島もごめん。」

「いや、別にいいんだが・・・」



一回り以上年上の彼女に諭され、

玩具屋がそれまでの勢いを完全に殺された上に、

俺に謝るという雨でも降りだすんじゃないかっていう

所業に出たことで、

俺の方も心にむくむくと湧き上がってきた敵愾心を

完全に削がれてしまった。


流石玩具屋の元担任にして、現恋人。

いつもは振り回され気味に見えるが、

締めるべき所は締めているようだ。

清水の奥さんもそうだが、

地の胆力について、

うろなの女性は相当強いようだ。

・・・萌も引かないときには絶対に引かないからな。



「ふふふ、この人がごめんなさいね。

それでは後程お会いできれば。」

「鹿島、『未来の嫁さん』の実力、

しっかりと聞かせてもらうぜ!」

「もう!」

「いいじゃん、これくらい♪」



そう言って結局いちゃつきながら、

熟女&玩具屋カップルは去っていったのだった。



まったくからかうつもりが、

完全に向こうのペースに乗せられてしまったな。

・・・演奏前に美月さんの緊張を

ほぐしにいこうと思っていたが、

今の俺じゃあ、逆に緊張させかねない。

とはいえ、会場周りを俺がうろちょろしていると

他のスタッフも気にするだろうし・・・、

そうか、『あそこ』なら。



バカップルの熱気に当てられてしまった頭を軽く掻きながら、

俺は美月さんの演奏を聴くための『特等席』へ向かおうと、

『staff only』と書かれた扉をくぐっていったのだった。





PM5:30


「続いては喫茶店Courageのレアな看板娘、

美月さんです。

1曲目はジョージ・ウィンストンの

『あこがれ/ 愛』になります。

それでは演奏の方よろしくお願いします。」


司会の簡単な演奏者紹介に続いて、

1曲目を弾き始める美月さん。

彼女の紡ぎ出す流麗な響きを、

俺はヘッドホン越しにじっくり味わっていた。


ここはショッピングモールの警備モニタールーム。

館内全体に配置されている監視カメラと集音マイク、

スピーカー等の制御を行う部屋である。





「鹿島部長、差し出がましいとは思いますが、

折角ですし、直接側でお聞きになったらいかがですか?

曲の間のMCや最後の花束贈呈もお知り合いであるという

部長がされると伺ってますし。」



それを邪魔する奴が一人、といっては可哀想なのだが、

顔見知りの警備員が気遣わしげに話しかけてきたことで、

俺の集中は乱されてしまった。

とはいえ、彼の疑問ももっともなことであるから、

さっさと説得して、彼女の演奏をゆっくり楽しむとしよう。



「大々的に宣伝したせいもあってか、

予想以上の数の人がモールに来てますからね。

念のため警備の全体状況を確認しておきたかったんです。

もちろん君たち警備部のことを

信用していないわけではないですよ、筒井君。」

「いえ、そんな、俺、じゃなくて、私みたいな新米に

警備主任を任せていただいているわけですし、

まだまだ足りない所は多いと思うので、

もし改善点がありましたら、すぐ対応させていただきます!」

「では私は演奏を聴きながら、

全体をチェックしてますね。」

「はい、何かありましたら、

遠慮なくお声掛けください。」



そう言って、筒井君は私の後ろに

直立不動で仁王立ちしたのだった。


本当なら気を利かせて、

部屋からも出てほしい所なのだが、

責任感から来る行動なのであろうし、

そこまでは要求しなかった。

そもそも就職できずに悩んでいた彼を警備部に斡旋し、

バイトでの経験も長く職務に忠実ということで、

警備員のリーダー格である警備主任に早期に昇進させるよう

提言したのも自分であり、

上司であり恩人である人物を前にして、

いつも以上に張り切っているのだから、

あまりそれを責めるのもなんである。



・・・ただし本当の目論見は自分の息のかかった

警備担当者に権限を持たせることで、

もしもの時のための「小細工」を

色々やりやすくするためであったのだが。

とはいえ時々口調がバイトの時のような荒っぽいものになったり、

少々やりすぎてしまう時があるものの、

基本的には痴漢などを現行犯で捕まえる件数も多く、

年上の警備員たちにも可愛がられている中々の有望株である。


初めて会った天狗仮面とのやり取りを聞いていたときには、

融通が利かず、正直どうかと思った点も多かったが、

実際にその後上司として接してみると実に素直で

怪しい人物以外に対してはとても心優しい青年だった。

そういう自分とは違う二面性を持っている点も

俺が彼をそれなりに買っている理由だった。


実際に美月さんの曲に聞き入りながら、

監視カメラのチェックを一通りしてみたが、

特に問題がある点は見られず、

警備員の配置や安全管理も、

十分合格点と言えるものであった。

お客が予想以上に集まったイベントではあったが、

それに警備部全体としてしっかり対応してくれたようであり、

営業部としても警備部に何らかの謝意を示すことを、

今後の脳内スケジュールの中に

俺は改めて書き込んでいったのだった。





PM5:35



半分口実のカメラチェックを終えて、

後は美月さんの演奏をゆっくり出番近くまで堪能して、

2曲目は近くで聞いていよう、

そう思って緊張を解いた矢先のことであった。

俺は目を閉じ、彼女の『音』へと集中を傾けていったのだが、

そこに聞きなれたいつもの音とは違う『何か』を感じとって、

俺は再び目を開け、改めて彼女の演奏する姿を映すモニターを

見つめることとなった。


そこに移る美月さんの姿にはどこか『不安』の影があった。

もちろんプロという訳でない彼女にとって、

これだけ多くのお客さんの前で演奏するというのは、

緊張し不安にもなる状況であってしかるべきなのである。

しかし彼女の大学での定期演奏会にも

行かせてもらった人間としては、

そこでの音から感じられた『不安』と

今回の『不安』の響きとは

全く異質なもののように感じられたのだった。

そう前者があくまでその場限りの気持ちの

高ぶりの反作用であるとしたら、

後者は自分の身も心も縮みこませるような

恐怖に必死に耐えているような、

そんな必死さが感じられるものであった。


なんでそこまで言えるのかというと、

この『あこがれ/ 愛』は彼女の大好きな曲であり、

Courageで何度も聞かせてもらっているのである。

その時の彼女はいつもとても幸せそうで、

それをすぐ側でコーヒーを飲みながら聴くのが、

最近の自分のお気に入りなのである。

そんな大好きな曲をこんなに辛そうに弾く彼女を

俺は放っておくことが出来ない。


もしその感情が彼女の中にあるものなのだとしたら、

それをこの後のMC、そして演奏後に食事にでも誘って、

ゆっくりそのしこりを解してあげたいのだが、

仮にそれが彼女の『外』にあるもので、

それによって彼女の演奏の素晴らしさが

損なわれているのだとしたら。

清水に聞いたことがあるが、ある道を極めた、

またはそれに近づいていく人間は

非常に感受性が鋭くなっていくらしく、

竹刀を持っている時の奥さんはいつもなら気づかないような、

自分の嘘を見抜いてしまうのだという。

もし美月さんが俺たちが見過ごしてしまった、

会場に紛れ込んでいる『異物』を感じ取って

しまっているのだとしたら・・・、

この企画の主催者として

いや、それだけじゃない、

彼女のことを『大切な存在』だと思っている一人の男として、

それを捨て置くわけにはいかない、絶対に。



俺は視線を美月さんに一番寄っているカメラから外すと

彼女のいる中央ホールの映像を映している全てのカメラを

改めてじっくりと見直していった。


今度は単に映像を目で追うのではない。

カメラに写っている人間が何を見ているのか、

何をしようとしているのか?

殆どの人間が美月さんの演奏に聞き入り、

何人かはお互いに彼女の、

そしてこれまでの演奏の感想を言い合っている。

どちらにしてもそこに悲しみも苦しみもなく、

皆、穏やかな笑みに溢れている。

美月さんは心に大きな『不安』を隠しながらも、

聴衆に出来る限りの優しさを届けているのである。

そんな彼女により心穏やかに、

演奏に集中してもらうために、

今俺ができることは・・・



俺はあえて『ヘッドホン』を外し、

見るのではなく、

目で『聴く』ことに集中した。

この耳に直接彼女の『音』が届かなくても、

彼女の『音』によって揺り動かされた人々の身体の動き、

表情の変化が俺にその響きを教えてくれる。

ホールを包む一体となったメロディーの中に隠れている、

一筋の不協和音。

そいつは。






『どいつも、こいつも』





見つけた。

ホールの入口すぐ側。

従業員用出入り口の扉を背にして立っている背の高い男。

すっと見る限りでは微笑をたたえて、

その場の雰囲気を楽しんでいるようにすら見える。

俺も最初見たときはその違和感に全く気付かなかった。

彼は確かに美月さんの演奏のリズムにのっているのである、

ただし良く見るとそれは『自分以外の全員を無視するように』

どこか『ズレて』いるのである。

彼にじっと焦点を合わせると

彼がだんだんとリズムにのっているのではなく、

少しずつ『苛立ち』を増していることに気づかされる。

そして彼の細目が一瞬見開かれた時、




『じゃまああ!!』




その眼には俺が萌の治療費を稼ぐ中で何度も見てきた、

そしてうろなに来てからも

よいの先生を巡る争いの中で見たことのある、

死に魅了された、『狂気』が宿っていた。

それに気づいた途端、思わず震えてしまう俺の手。


どうやら俺はなかなかヤバいのを釣り上げてしまったようである。

これは表だって声をかけたりすると、

逆上して無差別に周りを害するタイプの可能性がある。

会場には清水たちも含めて家族連れなんかも多いっていうのに!

とはいっても、放っておけばいつ暴発するのか

分からない様子であり、

早急に対応する必要がある。

何とかして注意を引き付けなければ・・・




「あ、また『アイツ』は性懲りもなくうちにやってきやがって!

しかも女連れだと・・・」

「どうしたんだね、筒井君。」

「いえ、ちょっと不審人物を見つけてしまいまして・・・。

あ、鹿島部長、お知り合いなんですよね、

大変失礼しました!」

「・・・誰のことを言っているんだい?」

「いえ、コイツのことですよ。」



俺が潜伏犯への対応に頭を悩ませている後ろで、

筒井君がずいぶんと荒い口調で監視カメラを

見ながらブツブツ言っていたので、

何事かと問いただしてみたら、

彼は監視カメラに映るある人物の姿を指さしたのだった。

そこに映っていたのは・・・




PM5:40



--------------------------------


もうすぐミツキの演奏が終わる。


ようやくあの子にオシオキをしてあげられる。


ミツキはボクのオヨメサンなのに。


ミツキのピアノはボクだけが聞いていればいいんだ。


あれほどナンドモ言ったのに、まだあきらめないなんて。


今回限りはもうガマンデキナイ。


ミツキのキレイなお肌にボクのものだってサイン、

しっかりとつけてあげるから、

待っててね、カワイイミツキ♪



--------------------------------



「素晴らしい演奏、ありがとうございました!」


司会者の声に美月は立ち上がり、

ぎこちなくお辞儀をしたが、

その顔は殆ど真っ青である。

聴衆はそれを緊張しているからぐらいに思っているようだが、

彼女の感じていたのは非常に切迫した危機感であった。

なぜなら、このホールに自分を追いかけ続けている、

周りの人間に危害を加えることを厭わない、

危険なストーカーが紛れ込んでいるのだから。




「それでは本営業部の鹿島茂より、

演奏者と演奏曲についての詳しい紹介をさせていただきます。」


その言葉を聞いてビクッと震える美月。

このことは美月を緊張させないために内緒にされていたのだ。

清水たち、鹿島と美月がいい感じなことを知っている連中は

その反応を恥ずかしさから来るものと微笑ましく見ていたのだが、

彼女が感じていたのはそんな甘いものではなく、

鹿島にストーカーの注目が行き、

彼が危険に晒されるのではないかという、

この上ない恐怖であったのだ。



本当は鹿島さんに側に来てほしかった。

ストーカーの視線を壇上でこれ以上受け続けるのには

正直耐えられそうにない。

でもそれでは鹿島さんまで、

ストーカーに目を付けられてしまうし、

彼に被害が及ぶなんてことになったら・・・





美月が恐怖に押しつぶされそうになっている中、

スタッフたちがざわつき始めていた。

何かあったのだろうか?

そう思って美月が顔を上げた瞬間、

スタッフの静止を振り切り、

壇上に一人の人物が駆け上がった。



そこにマイクを持って立っていたのはなんと・・・















「諸君!我が名は天狗仮面!!

鹿島殿の代わりに、

美月殿のプロフィール紹介を行うのである!!!」

「「「「えーーーーーー!!!」」」」




思いがけない天狗仮面の登場に

ホール全体は騒然となり、

美月だけでなく、

スタッフやホールの聴衆一同、

壇上に釘付けになっていた。


そのためホールにいた誰一人、

天狗仮面が登壇して話し始めた瞬間、

ホールの入口近くに立っていた一人の男性が

従業員用出入口に『吸い込まれた』ことなど、

知る由もなかったのである。





その後、美月の紹介という名目の

天狗仮面の独演会がしばらく続き、

騒ぎを聞きつけた警備員が天狗仮面を連行するまで、

会場はそれまでの静謐な空間とは打って変わった、

賑やかな雰囲気となっていた。


美月は何が起こったのか訳が分からず、

半ば呆然としながら騒ぎの渦中にいた。

しかし天狗仮面が連行される直前、

彼女にだけ聞こえる声で

「入口のドアの辺りを見てみるのである。」

と言ったのを聞いて、

ようやくストーカーの存在を思い出し、

立っていた場所を勇気を振り絞って、

もう一度見てみたのだった。


するとそこにはすでにストーカーの姿はなく、

従業員用出入り口に先ほどまではなかったはずの

手書きの張り紙が貼ってあった。

その内容を理解した瞬間、

美月の目には涙が溜り、

そして同時にそこには2曲目に向けた

静かな意思が宿りはじめていたのだった。




「舞台は整った。

いつもの優しい音色を聞かせてほしい。

君の一番のファンより」








PM5:45


『さっさと起きろ、この野郎。』

「うう、ここは・・・・?

ちょ、どうして私の手足を縛っているんですか?

・・・私が何をしたっていうんですか?」


どこかから聞こえてくる妙な声によって

ストーカー男は意識を覚醒させた。

そこは自分以外誰もいない事務室、

しかもストーカー男は暴れ出さないように、

ロープか何かで椅子に縛り付けられていたのだった。

本来ならその時点で少しは恐怖を感じてもいいはずなのに、

ストーカー男は周りを瞬時に見渡し、

自分が身動きのとれない状態にされていると気づくと、

何とまるで自分が”無実の被害者”であるかのように、

しゃあしゃあと主張し始めたのだった。




『この期に及んでしらばっくれるとは

あんた、やはり初犯とかではないな。

結構いい会社に所属しているみたいだが、

一体どうやって今まで隠し通してきたのやら。』

「私が何をしたっていうんですか?

私はただ”コンサートを聞いていた”だけじゃないですか?

”無実の人間”にこんなことをして、

名誉棄損で警察に訴えますよ!」



実に”慣れた”感じで無実を主張するストーカー男に

別室からマイクで念のため声も変えて話しかけていた俺は

正直吐き気すら感じたものの、

これもまた想定内ではある。


では最初の一手といきますか。




『”無実”ねえ・・・

こんな立派なツールナイフを懐に隠し持っているのは、

銃刀法は大丈夫でも軽犯罪法には

十分ひっかかる気がするけどな。』

「それは”仕事上必要で許可を得て所持している”もので、

会社に確認してもらえばすぐに分かることです。

一体あなたは誰なんですか?

こんなことをしてタダで済むと思ったら、

大間違いですよ!!」

『・・・なるほどそれも含めた防御手段ってことか。』



こちらの追及にまるで待ってましたとばかりに

用意した反論を並べ立てるストーカー。

もしかしたら何度か不審に思われた際に

こうやって追及を逃れていたのかもしれない。

が、あんまりこっちをなめてもらっちゃ困るんだけどな。

さてじゃあ、本題に入っていきますか?



『あんたが頭いいのはよく分かったよ。

その頭で考えているのが

”こんな小っちゃい女の子”のことばかり

だっていうのは全く恐ろしいな。』

「な!キサマ、私の大事大事な

タカラモノを!!

どこにやった!?

返せ、返セ、カエセ!!!」

『ついに本性みせやがったな、

このロリコンストーカー。』

「誰がロリコンだと!

あの子は私のハナヨメなんだ!!

ゼッタイに誰にもワタサナイ!!!

一体誰なんだ、キサマ!!

コロシテやる!必ずコロシテやるからな!!」



それまで平然とした態度を貫いていたストーカーであったが、

昏倒している間に胸ポケットからストーキング相手の

写真を抜き取られていたことに気付くと一気に逆上して

本性を現し始めた。

その様子はまさに俺が危惧した通りの

ヤバいストーカー像そのものであった。

直接相対しなかったのはやはり正解だったようだ。


俺はそんな風に考えながら、

事態を収拾させるために

ストーカーが落ち着くのを待って、

改めて話し始めた。




『悪いがお前のような奴に名乗る名はないんでな。

さて、さっきの発言だけでも十分に警察に

突き出してやれるんだが、

それだけでは弱いし、

すぐに出てこられてもたまらんしな。

なあ、ちょっとした”取り引き”をしないか?』

「フザケルな!

警察に連れて行くなら連れて行け!!

ただし、釈放されたらすぐにオマエが誰か探し出して、

ヤツザキにしてやるからな!!!」

『おうおう、威勢のいいことだね。

確かに凶器の所持と恐喝ぐらいじゃ、

大した罪にはならないからな。

それを知ってて強気になっているんだろうけど、

なあ、腕の拘束を外してやるから、

ちょっとケツのポケットを探ってみろよ。』



ピッ!


マイクからの声が途切れると

短い電子音と共に腕のロープが外れたのだった。

そのことを怪訝に思ったストーカーだが、

足はまだ拘束されていることもあり、

仕方なくズボンのポケットを探していくと

そこにあったのは・・・



「別に何も・・・、な、何だ、この”白い粉”は!!」

『何って、それはあんたしか知らないはずだがな。

でも昔モールでいきなり暴れ出した暴漢から似たようなのを

押収したことがあって、

その時警察の人が”ハッピーシュガー”とかって呼んでたな。

危険ドラッグの一種らしくて、砂糖のような味と見た目だけど、

効能が激烈らしいから、警察も重要調査対象にしてるんだと。

もしそんなん持ってたら、仮に初犯であっても

数年は刑務所から出てこられないだろうし、

少なくとも”家宅捜索”が行われれば、

色々”都合の悪いもの”が出てくるんじゃないのかな?』



自分のポケットから出てきた白い粉の入った袋に

流石に驚いた様子のストーカーであったが、

俺の指摘、特に”家宅捜索”当たりのキーワードから

明らかに別の焦りと共に打算的な表情が

露わになってきた。

ちなみにストーカーのポケットに入っていたのは、

コーヒー用に事務室においてあった「ただの砂糖」だが、

そんなことまでストーカーがその場で判断できるわけもなく、

しかも実際にそういう危険ドラッグが出回っている以上、

仮に警察に突き出されてしまった場合、

ストーカーの身に降りかかる嫌疑は

何も変わらないのである。



「・・・何が目的だ?」

『ほお、状況が分かってるみたいだな。

俺は別に正義の味方ってわけではないんでね、

別に俺の知らない所でお前がストーカー行為を働こうが

どうしようが、正直知ったこっちゃないんだよ。

俺が望むのは、俺のフィールドである、

このショッピングモール、そして

うろな町に貴様のような下種が近づかないこと、

ただそれだけだ。

それさえ守ってくれるなら、

今すぐあんたを解放して構わない。

ただし言っておくが、

再びうろなに近づいたりして

正式に俺と事を構えようっていうのなら、

覚悟しておくんだな。

警察に突き出して終わりなんていう程、

俺は”優しく”ないからな!!』

「・・・分かった。」



俺は尋問の中で初めて声を荒げると、

ストーカー男にそう強く釘を刺した。

結果として脅しが効いたというよりも、

自分の顔や立場が知られてしまっているという

辺りを打算的に考えて判断したのだろう。

ストーカー男はその後大人しくこちらの指示に従い、

解放後は、すでに天狗仮面を連れて戻ってきていた

筒井君に案内される形で、

モールを後にしたのだった。





PM5:55



ストーカー男を連れて出て行った筒井君に代わり、

俺は警備モニタールームで天狗仮面の取り調べを

することになった。

勿論それは”建前”としてであり、

実際には美月さんの2曲目を聞きながらの

事後報告会である。



「しかし急に呼び出してすまなかったな。

緊急事態だったんだ。」

「・・・まあ、後で私が千里に怒られれば済む話である。

恐らく原因は先ほど筒井殿に連れて行かれた男であったな。

確かに非常に邪な気を感じる男であった。

警察に突き出すような感じではなかったが、

それで良かったのか、茂殿?」

「簡単に言うと警察はあんたほどの観察眼は

持ってないってことだよ。

軽微な罪で突き出すよりも、

大本のヤバい部分が明るみになる恐怖でしばっちまったほうが、

今後を考えれば安全だ。

勿論筒井君にはしっかり顔を覚えておくように言っておいたし、

何より天狗仮面が分かっていれば、”町の平和”は万全だろう?」

「勿論である!

しかし渉殿も言っていたが、

茂殿もすいぶん大人になられたのであるな。

少し前なら妹御のことしか頭になかったであろうに、

”町の平和”を考えた対処をされるとは。

ようやくこれで”しすこん野郎”も卒業であるな♪」

「うるせえよ!

俺だって守りたいものが色々増えているんだ。

萌や合田が成長していっているのに、

俺だけ立ち止まっている訳にはいかねえだろう。」



俺は天狗仮面の茶化しに舌打ちしながらも、

横目でホールを映した監視カメラに目をやった。

そこには2曲目のアイドル曲のアレンジを

本当に楽しそうに弾く美月さんの姿が写っている。


結局ストーカ男の持っていた写真から

ストーキングされていた被害者を割り出すことはできなかったが、

彼女のいつもの優しい笑顔を演奏を取り戻すことができた、

今回の所はそれでよしとしてもいいのではないかと思っている。

ただ写真に写る少女の姿に何か不思議と心動かされ、

どこかで会った気がするのは気がかりではあるのだが、

それについてはまた何かの機会に思い出せればと思っている。


今回もギリギリの手段を使って、

何とか事を大事にしなくて済んだけれども、

やはり俺は清水達のように派手に上手くはやれないらしい。

よいの先生の誘拐事件以降意識的に鍛えるようにしていたから、

何とかストーカー男の意識を奪って

バックヤードに引き込むことが出来たが、

それだって天狗仮面が注意を引き付けてくれていなかったら、

難しかっただろう。


俺には主役は似合わない。

俺に出来ることは主役が輝くための黒子ぐらいのものだ。

ただそれで俺の大事な人たちが喜んでくれるならば、

多少の危険や仮に手を汚すことになったとしても構わない。

それは萌のことを盲目的に守ろうとしていた

あの頃から変わらない、俺の根本だ。

守るために、穢れる覚悟。

それが俺とあの狡猾なストーカー男を分ける分水嶺なのだから。



ブーブー!!


「茂殿、何かが鳴っておるぞ。」

「ああ、すまん、携帯だ・・・・・・。」

「表情が固まっておるが大丈夫か?」

「・・・萌から、

”ヤス兄ちゃんと一緒にご飯食べてから帰ってもいい?”

とメールが来た。」

「それはそれは、兄上としては心穏やかでいられないな。

それで返事は如何に♪」

「心配する振りして面白がってんじゃねえよ!

ちゃんと俺に相談してきたんだ。

信じてやるに決まってるだろ。」

「・・・やはり茂殿は妹思いであるな。」

「当然だ。俺は今も昔もこれからも、あいつの兄貴なのだから」






その直後、鹿島萌の携帯に兄から

門限までには帰ることを注意したうえで、

楽しんでくるよう伝えるメールが届いたのは、

彼の成長の証しであろう。

・・・ほぼ同時に合田の携帯に

「送り狼なんかになったらぶっ殺す!」

との大人げないメールが届いたのも、

実に彼らしい対応ではあったのだが。



また取り調べの結果お咎めなしということで、

天狗仮面は鹿島から謝礼代わりにもらった

レストランのタダ券を手に

待たせている同行者のもとへと戻っていったのだった。

ただし鹿島と天狗仮面が部屋から二人で出てきて、

しかも美月に演奏後渡すための花束をタダ券と交換する形で

天狗仮面が鹿島に渡すシーンを

噂好きのスタッフに見られてしまったことから、

モールではしばらくの間、

『鹿島さんが天狗と今でも逢瀬を重ねていて、

今度は天狗仮面から鹿島さんに花束を渡した』

みたいな噂が囁かれる事になるが、

仮に鹿島の耳に入ることがあったとしても

今の彼なら軽く笑い飛ばすことができるかもしれない。

彼はホールでその花束を美月に渡した後、

思い切ってモールのレストランでの食事に

彼女を誘ったりしていたのだから。



この年のバレンタイン、

多くの愛の花が育ったうろなにおいて、

ショッピングモールの営業部長、鹿島茂も

また少し愛の意味を知ったのであった。

そのことがこの町の未来にどのような意味を

もたらすのか、

それを知る者はまだ少ない。



シュウさん達の企画、『うろな町』計画の作品です。


・・・いや、まさか完結まで1か月かかってしまうとか(汗)

半分近くはバレンタインデー直後に出来ていたのですが、

その後バタバタが深刻化してしまって・・・

まあ、それでも何とか書き上げることができて本当に良かったです。

何名かの方のキャラをお借りしていますが、

問題がありましたら、

遠慮なくツッコミをお願いします。


桜月りまさんには美月さん、ストーカーの設定、美月さんが弾いている曲の案など多くのご協力をいただきました。一度途中までお見せしてから時間がかかってしまい申し訳ありませんでした。大分長くなってしまいましたが、何か気になる部分があればよろしくお願いします。


連城さんの「悠久の欠片」からは古本屋夢幻の存在と店主の皇さんをお借りしております。エイプリルフール企画の最初の舞台にさせていただきますので、

どうぞよろしくお願いします。チョコもおそくなりましたが、どうぞお召し上がりください(笑)


加えて三衣千月さんの「うろな天狗の仮面の秘密」より天狗仮面(ちらっと千里さんがいる風も)、警備員の筒井君をお借りするといいますが、大分「10月5日 閑話 天狗、弁明する」での鹿島と天狗仮面の絡みをネタとして使わせていただいております。気になる部分がありましたら直しますので、どうぞよろしくお願いします。やはり天狗仮面は根が真面目なキャラと絡ませるとより面白いですね。あと筒井君を色々改変してしまってすいません。


そして作品の中でも匂わせていますが、

ようやく色々落ち着きエイプリルフール番外編を

本格的に書き始められそうです。

まだまだプロット段階の部分も多いですが、

皆さんにいただいた多くのアイデアを生かしていけるように

この2週間頑張っていきますので、

皆さんどうぞよろしくお願いします。


コラボ作品URL

うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話

http://ncode.syosetu.com/n2532br/

うろな町長の長い一日 その九 喫茶店編(美月さんと鹿島の初がらみ)

http://ncode.syosetu.com/n8715cc


悠久の欠片

http://ncode.syosetu.com/n0784by/


うろな天狗の仮面の秘密

http://ncode.syosetu.com/n9558bq/

10月5日 閑話 天狗、弁明する(鹿島、天狗仮面、筒井君の絡み)

http://ncode.syosetu.com/n9558bq/49/

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